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生物室の目  作者: 羽月
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P3

 給食のチャイムが鳴ると、彼女はいたずらっぽい笑みを見せて、準備室の内側に隠れた。僕はもう、給食を運んできてくれた担任に、彼女のことを言いつける気なんて、全く起きなくなっていた。

「食べないでいいの?」

「いいの、おなか、空いていないし。一食くらい平気だよ。ダイエット。

 君はちゃんと食べて。先生に、妙な詮索をされたら面倒でしょ?」

 一人で給食を食べるのは悪い気がして戸惑っていたけれど、そう言われてすっかり納得した。なぜ給食に手を付けないのかと問い詰められたら、困る。


 翌日も、そのまた翌日も、彼女は生物室にいた。

 二人の話は尽きなかった。宇宙の成り立ち、なぜ、速度がはやくなると、時間が遅く進むのか。ヒマラヤの花の谷、サハラ砂漠に沈む夕日。古民家の黒くすすけたはりの話。

 ふいに、彼女はこんな話をし始めた。

「ねえ、この学校の七不思議って、知っている?」

「七不思議?」

 入学してほとんど他の生徒と関わる事もなく、こうして生物室にこもりきりの僕は、そんな噂話に触れる機会はなかった。

 彼女はぼくに顔を近づけ、声のトーンを落とした。

「この生物室も、七不思議のひとつに数えられているの」

 この、生物室が? 確かに、水槽に藻が発生しないようにカーテンを閉め切っていて薄暗いし、どこか不気味な感じはするけれど。

「この生物室、うめき声が聞こえるんですって。うう、って。

 それと、女の人のすすり泣く声。だしてえええ、とか、聞こえるっていうの」

「なんか、それ、生物室、関係なくない?」

「ええ、関係って?」

「普通さ、七不思議って言うと、その場所の特徴っていうか、そこならでは、みたいなのが、あるでしょ」

 音楽室なら、ベートーベンの肖像画の目が、とか、誰もいないのにピアノの音が、といったところだろうし、プールには、病気か怪我で大会に出られず、無念な思いを残した水泳部員が夜な夜な泳ぐ水音が響き、溺れた女子生徒の長い髪が足に絡まって欲しいし、生物室と言えば、動き出す人体模型、もしくは骨格標本、というのが、定番路線といえるだろう。

 出して、と、すすり泣く声なら、開かずのトイレの方が、場面的に合う。いじめを受けて、トイレに閉じ込められて、とか。

 彼女は、不服そうに唇を尖らせた。

「そんなの、ベタじゃない」

「七不思議なんて、だいたいベタだろ?」

「そういう、お約束みたいなのに縛られないリアリティみたいなのが、あると思わない?」

「リアリティ、ねえ。

 唸り声は、あれじゃない? 水槽のモーター音、とかさ」

「なによう、夢がないわね」

「リアリティが欲しかったんじゃないの?」

 思わず笑ってしまうと、彼女も、そっか、と、笑った。

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