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給食のチャイムが鳴ると、彼女はいたずらっぽい笑みを見せて、準備室の内側に隠れた。僕はもう、給食を運んできてくれた担任に、彼女のことを言いつける気なんて、全く起きなくなっていた。
「食べないでいいの?」
「いいの、おなか、空いていないし。一食くらい平気だよ。ダイエット。
君はちゃんと食べて。先生に、妙な詮索をされたら面倒でしょ?」
一人で給食を食べるのは悪い気がして戸惑っていたけれど、そう言われてすっかり納得した。なぜ給食に手を付けないのかと問い詰められたら、困る。
翌日も、そのまた翌日も、彼女は生物室にいた。
二人の話は尽きなかった。宇宙の成り立ち、なぜ、速度がはやくなると、時間が遅く進むのか。ヒマラヤの花の谷、サハラ砂漠に沈む夕日。古民家の黒くすすけた梁の話。
ふいに、彼女はこんな話をし始めた。
「ねえ、この学校の七不思議って、知っている?」
「七不思議?」
入学してほとんど他の生徒と関わる事もなく、こうして生物室にこもりきりの僕は、そんな噂話に触れる機会はなかった。
彼女はぼくに顔を近づけ、声のトーンを落とした。
「この生物室も、七不思議のひとつに数えられているの」
この、生物室が? 確かに、水槽に藻が発生しないようにカーテンを閉め切っていて薄暗いし、どこか不気味な感じはするけれど。
「この生物室、うめき声が聞こえるんですって。うう、って。
それと、女の人のすすり泣く声。だしてえええ、とか、聞こえるっていうの」
「なんか、それ、生物室、関係なくない?」
「ええ、関係って?」
「普通さ、七不思議って言うと、その場所の特徴っていうか、そこならでは、みたいなのが、あるでしょ」
音楽室なら、ベートーベンの肖像画の目が、とか、誰もいないのにピアノの音が、といったところだろうし、プールには、病気か怪我で大会に出られず、無念な思いを残した水泳部員が夜な夜な泳ぐ水音が響き、溺れた女子生徒の長い髪が足に絡まって欲しいし、生物室と言えば、動き出す人体模型、もしくは骨格標本、というのが、定番路線といえるだろう。
出して、と、すすり泣く声なら、開かずのトイレの方が、場面的に合う。いじめを受けて、トイレに閉じ込められて、とか。
彼女は、不服そうに唇を尖らせた。
「そんなの、ベタじゃない」
「七不思議なんて、だいたいベタだろ?」
「そういう、お約束みたいなのに縛られないリアリティみたいなのが、あると思わない?」
「リアリティ、ねえ。
唸り声は、あれじゃない? 水槽のモーター音、とかさ」
「なによう、夢がないわね」
「リアリティが欲しかったんじゃないの?」
思わず笑ってしまうと、彼女も、そっか、と、笑った。




