08.この美少女が目に入らぬか
「これでお別れなのか」
「そうだね。ほら、出るよ」
涙に濡れるユーシャに、エイユは間髪入れずに頷いた。
命との向き合い方に悩む気持ちはよく分かる。エイユも一度通った道だ。悩むことは命を尊ぶ気持ちがあればこそ。傷付けることへの恐怖は、むしろ尊重されるべき感情だとエイユは思う。
これは命のやり取りを行う職業に就いていれば誰しもがぶち当たる壁であり、それを乗り越えられるかどうかは本人次第だ。他人が口を出す問題ではなく、彼の中で結論が出るまで見守る他ない。
それはそれとして、さっさと立て。いい歳した男だろうが。
エイユは今すぐこのウジウジキノコの原木を背中から蹴り飛ばし、適当にボコして置き去りにしたかったが、そんなことをすればこのひ弱な人間は死んでしまうだろう。それは、弱きを守るエイユの信条に反する。
ユーシャの意見を聞き入れず、ほとんど強制的に迷宮に連れて来たエイユが悪かったところもあるし、情緒不安定な人間をこのまま引き連れ回すほど鬼ではない。早いところ安全圏に戻らせた方が良いだろう。
キノコの原木が動かないため、仕方なしにその肩を支え、立ち上がらせた。
原木——もといユーシャは瞬きひとつして、まあそうだよなと納得し、涙を雑に拭って気持ちを切り替える。エイユの目的は当面の資金稼ぎであり、ユーシャへのお詫びはそのついでだ。本音を聞いてもらえて気が抜け血迷ったことを言ったな、と反省した。
ユーシャとエイユは、ただの行きずりの冒険者だ。
「悪い、もう大丈夫だ。入り口までよろしくたの——ッ!?」
ユーシャが前を向いたその瞬間、臓物を奥底から揺らすような重く低い声が聞こえた。
「uoooootaaaaaasss!!!」
エイユはユーシャを守るように手を前に出し、声のする方向——エイユが壊した石壁の先、暗黒の空間を睨み付ける。
瞳を極限まで見開き、塵のひとつや空気の流れに至るまで変化を見逃さない。とろ火虎とは格が違う怪物がやってくると、咆哮のひとつで察したのだ。
直ぐさま死霊を再召喚し、剣を構える。その額には脂汗が浮かんでいた。
「合図したら、私は敵方向に突っ込む。敵は抑えるから、ユーシャはそのまま逃げて」
「エイユはどうするんだ。まさか、それもお詫びとか言うんじゃないだろうな」
「違う。戦えない人を守るのは、戦う人の役目」
迷宮が揺れる。空気が軋む。
「来る!早く走って!!」
「maaaaatteeeeeeee!!」
闇の中から現れたのは、ユーシャ達の三倍ほどあろうかという巨体の虎。とろ火虎に似ているが、黄みを帯びた毛皮の体躯から二股の首が伸びている。だらりと下がった頭から、がらんどうの瞳が覗いた。
「たーすーけーてー」
「なあ、何か喋ってないか?」
「人語を話す魔物……まさか、魔族」
「魔族って……そんなの、初代国王が滅ぼしたはずだろ!?」
「ちーがーうー!」
「逃げて。時間は稼ぐから。本当に魔族なら、私が手に負える相手じゃない」
「一緒に逃げるぞ!」
「ハア?そんなの一緒に死ぬだけ」
「やってみないと分からないだろ!一緒に生き残るんだよ!」
エイユの言葉も聞かず、ユーシャはその手を取って走り出した。
エイユが死ぬようなことはあってはならない。自分はいいから先に行けなんて、そんな真似を許して一人だけ助かったりなんてしたら、ユーシャは一生後悔する。
ユーシャはエイユを守るなんて格好良いことは言えないし、そんな力もない。けれど、エイユに生きてほしいと伝えたい。血の流れない日はないと言われている、頻繁に命が喪われる世界だからこそ、自分の命を一番大事にしてほしい。
勿論ユーシャだって死にたくない。ならば、この場で取れる行動は、二人一緒に逃げること一択のように感じた。
しかし、崩落した壁に底の抜けた床、怪物の出現と共に大きく変形した迷宮はユーシャ達の行く手を阻み、焦りが募る。
怪物はそんなユーシャ達を甚振るように這い寄り。
「だから魔物でも魔族でもないってぇーの!人の話はちゃんと聞けーッ!」
ズガアンとけたたましい音を立て、怪物が地に突っ伏す。迷宮が損壊したことにより生じた黒い粒子を掻き分けて、よっこいしょと人の形をしたモノ……というか、人が現れた。
「この超絶美少女が目に入らぬか!」
美少女らしいその人は、居丈高に声を張り上げた。
◇◇◇
「ふぃー、重かったー!疲れたよぉ」
迷宮出入り口まで、わっせわっせと三人プラス死霊一人掛かりで気絶している魔物を運ぶ。ほとんど死霊頼りになってしまったのは致し方ないだろう。
外に出て、ほど近い木の幹に魔物を縛り上げたところで、ユーシャとエイユは精根尽き果て頽れた。
四肢を投げ出す二人の前に仁王立ちして顔の前でパタパタ手扇する少女は、言葉の割に汗のひとつもかいていない。
大きな栗色の瞳に長く天を向いた睫毛、パーツのひとつひとつは人形のように整っているが、全体的に見ると柔らかな雰囲気でまとまっている。小動物を感じさせる愛らしい容姿だが、それよりも目を引くのは奇抜な格好。
瞳と同色の栗色をベースに赤、緑、青の三色が混ぜられた髪は猫耳のように結われ、服はロリィタとパンクとカジュアルを継ぎ合わせたようで何とも形容し難く、主張の激しい猫のぬいぐるみを肩から提げている。服装にしか目がいかないド派手さだ。
「あとは知り合いに運んでもらうから大丈夫。手伝ってくれてありがとうね!折角生け捕りにした魔物が重くてさぁ。持って帰るのに難儀してたんだよね!」
そう言って、ニコ!と快活に笑いかけた。
エイユが脂汗を垂らすほどの咆哮は、ニコ!で済ませられないものだと思うのだが。エイユよりやや低めの身体のどこから聞く者に恐怖を与える重低音が発されるのか、ユーシャには皆目見当も付かない。
「やっとお日様の下に出てこれたことだし、改めまして自己紹介するね。ミッシーク精霊術学園所属、フラン・クルス!どうぞよろしく」
フランはブンブン腕を振りながら握手を求めた。
ミッシーク精霊術学園といえば、ナロ王国随一の精霊術士養成学校だ。武勇を轟かす戦士を数多く輩出しており、卒業生は騎士団長をはじめ国の要職に就く錚々たる顔ぶれだ。その名を聞くだけで敵兵は武器を投げ捨て逃走するという逸話もあるほどの名門校である。
つまり、この超絶ド派手美少女ことフラン・クルスは、超絶エリートのたまごであった。
「ミッシーク!?すごい、エリートだ、エリートですね」
「じゃあ、フラン先輩だ」
エイユは一人、訳知り顔で頷いた。
「私、春からミッシークに入学する」
「えっ、そうなのか」
「そうなんだ!フランの初めての後輩ちゃんだ!嬉しい!よろしく、ユっちー!」
フランはキャーと甲高い叫び声を上げてエイユに抱きつく。
トンチキなあだ名を付けられたエイユは、虚ろな瞳でされるがままになっていた。
三人でしばしの小休憩を挟む。白目を剥いた魔物の隣で談笑できる心の強さをユーシャは持ち合わせていなかったが、女子二人はまるで気にしていないようだ。ミッシークの入学資格欄には度胸の項目もあるに違いない。
話はエイユの入学準備、入学するまでの自由期間で人探しをしていること、それから今の金銭状況へと移っていた。
「ええ、ユっちーお金無いの?宿は取ってあるの?」
「野宿する」
「いや、それは流石に……夜の森は獣だけじゃなくて、危ない人とかもいるよ?」
そりゃあそんな反応にもなる。
フランは眉をひそめて腕を組み、何か考える素振りを見せた。
「ふうむ、キミ、フランちゃんと取引する気はあるかね?」
ずびし、とエイユを指差し、フランはふふんと得意気に告げる。
「フランはキミに宿を提供する。あ、フランが借りてる部屋に一緒に泊まるってことね!だだっ広い部屋だから不便はしないと思うよ。その代わりに明日、手伝ってほしいことがあるんだよねー」
「?手伝い」
「そんなに難しいことじゃないよ、ただの部活動のお手伝い」
なんだか話がまとまりそうだったので、女の子同士の話の腰を折ってしまうのは忍びない、とユーシャは遠慮がちに「それじゃあ俺はこれで……」と去ろうとした。
そんな彼を、フランは慌てて引き留める。
「シャっちーも手伝ってくれたら、少しだけどアルバイト代を出すよ?」
「明日はよろしくお願いします!」
金がないのはユーシャとて同じ。どんなアルバイトでも薬草採集よりは稼げるだろう。またとないチャンスに食い気味に返事した。
どうやら明日も騒がしい非日常が続くようだ。




