09.エリートwithアルバイト
オバケツリーの襲撃から始まり、エイユ襲来、フランとの邂逅、怒濤の出来事が起きた翌日。
フランとの約束通り、ユーシャは待ち合わせ場所である冒険者の街の広場へやって来た。彼女のド派手な装いは、待ち合わせの目印になるくらい探さなくても視界に入る。フランとエイユは既に待機しているようだった。
「おはようございます。すみません、遅れてしまいましたか?」
「ぜーんぜん!早いくらいだよ!もう一人来るんだけど、先輩はきっかり時間通りにしか来ないからもう少し待ってねー」
フランの先輩。どんな人物だろうかと想像する。昨日フランが語ったミッシーク談義から察するに、謎に包まれた名門校は混沌渦巻く場所であるらしい。先輩とやらも相当アクが強い人物と見た。歩く世紀末みたいな人が来たらどうしよう、うまく会話できるだろうか。ユーシャは本気で悩んだ。
「おや、全員揃っているみたいだね」
思考の海に揺蕩うユーシャに、耳心地のいいテノールボイスが届く。顔を上げると、ビッカビカに光り輝く美青年がいた。
「初めまして。私はミッシーク精霊術学園三年、ラスト・リリンベルンだ。フランから君達の話は聞いているよ。私達の部活動を手伝ってくれるそうだね、今日はよろしく頼む」
夕焼け空を思わせる緋色の髪に飴色の瞳。右顔の涙ボクロと艶ボクロが華やかな顔立ちに甘さのスパイスを加え、おまけに身長もスラリと高い。柔く微笑んでいるが、その視線は射貫いた者を自然と平伏させるような覇気がある。
すっごいイケメンがきた。
口が開きっぱなしになるユーシャに、エイユは目にも止まらぬ速さでユーシャの足を踏んづけ、優雅にお辞儀をした。貴族式の淑女の礼、カーテシーというやつだ。
「お初にお目にかかります。ヤマタイ伯爵イヨカンが娘、エイユと申します。本日はこのような機会を設けていただき光栄にございます。短い時間ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします」
「ユーシャ・ヨクイル、です。よろしくお願いします……」
痛みに悶えながらも何とか挨拶するユーシャの耳を引っ張り、エイユは小声で耳打ちする。
「ユーシャは今すぐ貴族名鑑を読み直すべき」
「そんなもの存在すら知らないが……」
「自分が居るところの領主すら知らないの。この方はこの辺りを治めるリリンベルン公爵家の、当代公爵閣下」
まじまじと眼前の美形を眺める。言われてみれば、領主はこんな顔立ちだったような気がしなくもない……つまり全く記憶にない。
だが、リリンベルン公爵の名前は流石に聞いたことがある。初代国王の息子を祖とする、王家の傍流にあたる由緒正しきお家柄。公爵家といったら、ただでさえ偉い貴族のなかでも超偉い貴族であり、しかも公爵子息ではなく当代公爵と来たら、どれだけ偉いのかユーシャには想像もつかない。雲の上より偉いので、太陽くらいだろうか。
お貴族様イコール不敬。投獄。打ち首。そんな言葉がユーシャの脳裏をよぎる。
「はは、そんなに堅苦しくしなくていいとも。確かに公爵ではあるけれど、一学生でもあるからね」
「そうそう、ラスト先輩なんてテキトーに相手しておけばいいんだから!ミッシークは身分関係ない学び舎だしね。フランも身分とか気にしたことないよ」
「フランは身分以前に、もう少し相手を敬うことを覚えようか」
「いよっ!ラスト先輩王国イチ!イケメン!金持ち!いつもありがとう!フゥ!」
バシンとラストの背中を叩きながら囃し立てるフランに、当のラストはやれやれと苦笑した。
「私達はいつもこんな風だから。本当に気を遣わなくていいよ」
ユーシャとエイユはフランの不敬に恐れ慄いたが、どうやら本当にいつものことらしい。精神が太々しすぎる。
カチコチに固まるユーシャと目が合ったフランはウインクひとつして、天に向けて指差した。
「全員揃ったことだし、出発進行!目指すは南東の森、勇者の迷宮!ゴーゴーレッツゴー!」
◇◇◇
一行は地の利があるユーシャを先頭に、勇者の迷宮を目指す。慣れ親しんだ勇者の迷宮への道だが、誰かと一緒に、となると途端にむず痒さを感じる。ニヤけそうになる顔を努めて真顔に保ち、何故か前に出たがるじゃじゃ馬エイユを宥めすかせ、ものの数分で目的地へと辿り着いた。
「勇者の迷宮にこんな近道があったとは。よく知っていたね」
「ね!シャっちーやるぅ」
「毎日来ているので。滅多に人が来ないので、勝手に訓練場にしているんです」
草原に鎮座する石造りの門をしげしげと眺めるミッシーク生二人に、ユーシャはそう答えた。他人に褒めてもらえた、それも年上のエリートに、とつい鼻の穴が大きくなる。
オバケツリーから逃げおおせたとき――実際にはエイユに倒してもらったが――暇に任せてあちこち探索し尽くした成果が現れたと思ったが、その時感じた報われた感覚とは比べものにならない充足感で満たされる。ユーシャの燻れた日々は、他人の役に立って褒めてもらうためにあったのだ。
そんなユーシャに、フランは合点がいったようにウンウン頷いた。
「いつも勇者の迷宮にいる霞の勇者ってシャっちーのことだったんだぁ」
「霞の勇者」
勇者という単語にエイユがピクリと片眉を上げる。霞の勇者なんて通り名は酒飲み爺が付けたただの煽りだ。そこに深い意味はないが、ユーシャという名前にすら反応したエイユは気にするだろう。
てっきり、エイユは霞の勇者の噂を聞いて勇者の迷宮へやって来たとばかり思っていたが、この反応を見る限り知らなかったようだ。
ユーシャはバツが悪そうに髪をガシガシ乱した。
「俺の通り名だ。迷宮に潜っても禄に魔物を倒せず、持ち帰るのは霞のみ。故に霞の勇者、ってな。ただの名前のもじりだ」
わざわざ自分の情けない通り名を解説するのは恥ずかしい。逃げるように迷宮の入り口である門を潜った。
勇者の迷宮内部は、よく整備された洞窟のようだ。綺麗にならされた地面に、岩肌のアーチ。側面と天井面には所々に意味ありげな壁画が描かれている。とろ火虎の迷宮とはまるで雰囲気が違うが、光源もないのに明るいところは同じで、やはり異次元空間なのだと再認識させられる。
迷宮へ入るなり、ラストからペンとスケッチブックを配られた。
「今から君達には、この勇者の迷宮にある壁画をスケッチしてもらう」
アルバイト代が出ると聞いて二つ返事で了承してしまったが、そういえば肝心の仕事内容を聞いていなかった。
わざわざ迷宮へ来てお絵描きとは、何の意味があるのだろうか。
ユーシャとエイユ、二人してきょとんとした顔でスケッチブックを眺めた。その様子に何かを察したラストは、眉間を押さえながらフランを問いただす。
「フラン、手伝いをお願いしておいて、彼等に何も説明していないのかい?」
ギク!と分かりやすく背筋を伸ばしたフランは「ウヘェごめんなさい」とすぐに説明を始めた。
「フラン達は歴史研究部で、名前の通りナロ王国でどんなことがあったのか調べたり、いろんな伝承を集めたりしてるの。それで、今回調査対象として選んだのが勇者の迷宮。そもそも勇者の迷宮自体謎が多いうえに、壁画はロマンの塊だからねー!君達のスケッチは、ミッシークに持ち帰ってフラン達の研究資料になります!」
歴史研究部。
ラストとフランが所属する部活動と聞いてイメージしたものより遥かに地味だ。もっと華々しい、茶会部や仮面舞踏会部のような部活と思っていたが。いや、人を見た目で判断するのはいけないことだ。
「いくら勇者の迷宮に魔物が出現しないとはいえ、迷宮と銘打ってある以上イレギュラーは起こり得る。エイユ嬢とユーシャは、私達から離れないこと。分かったね?」
「「はい」」
ラストの言葉に元気よく頷く。ユーシャの立場はアルバイト、賃金程度の仕事はしなければならない。それに、地味な作業とはいえ天下のミッシーク生に関われるとなれば、ペンを持つ手に力が入る。
「いやぁー、ここの壁画、数が多くてさ。スケッチとかマージでやる気出なかったんだけど、二人が居るなら百人力だよね!それじゃ、私の分までよろし」
「フランはまず、あの狼の壁画を描いてくれるかい。それと、ユーシャのアルバイト代はフランのおやつ代から引いておくからね」
「ギョエエエエエエエエ!!!」
それだけはご勘弁を、と汚い悲鳴をあげるフランを尻目に、ユーシャとエイユは黙々と壁画のスケッチを始めた。




