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02.駆け出し冒険者の日常


 駆け出し冒険者の朝は早い。

 鶏が鳴くより前に起き、ユーシャは一階の炊事場へ向かう。



「おはようございます、女将さん」

「おはよう。今日も頼むよ!」

「はい」


「竃の中に火を付けて」



 そう〝お願い〟を口にすると、どこからともなく現れた炎が揺れた。



 この世界には数多の精霊が存在している。水に風、大地や光、自然界の至る所に棲まいあらゆる現象を司るとされるそれらは、基本的に見ることも聞くこともできない。但し気に入った人間にはその力の一端を〝精霊術〟として分け与えることがある。

 日月火水木金土の精霊術七曜七属性のうち、火属性持ちはかなり珍しい。一番有名な火属性持ちは救世の勇者と謳われた初代国王で、それ以外では聞いたことがない。勇者とお揃い、ユーシャの数少ない自慢ポイントだった。



「よし、今日もいい火加減だ」



 薪に火が移ったら、酒場名物スジ肉煮込みの仕込みに取り掛かる。水を張った大鍋にぶつ切りにされた肉をポイポイッと放り込む。火加減を調整しながら、よきところで灰汁取り。この作業を繰り返す。

 数少ない自慢ポイント二つ目、暑いところが得意。得意というだけで平気ではなく、夏の炊事場は地獄を見る程度のものだが、それでも人より耐性がある方だ。長時間の火の番もどんと来い。

 決してショボいなどと思ってはいけない。派手なものでなくとも、自分の強みと言えるものがあれば、それだけで気分が上がるというものだ。




 朝の仕込みの手伝いを終え、身支度が出来たら急いで南東の森に向かう。春先とはいえ寒さの残るこの季節、まだ薄暗い道だが森までなら慣れたものだ。どこに木箱が置いてあるか、酔い潰れた人が転がっている可能性が高いかまで記憶してある。


 そうして暗く細い路地裏を小走りで駆け抜け街壁を越えると、景色は鬱蒼とした森へと一変する。




 南東の森は、その広さの割に多くの迷宮が点在している。この街が冒険者の街と呼ばれる由縁だ。


 忘れ去られた洞窟に、巨木の洞に、墓場の隅に、家の裏に、ある日突然巨大な穴が開く。その穴を潜ると、明らかに人の手によって作られた建物の内部へと繋がっているのだ。人工物らしいという共通点はあれど、ひとつとして同じ構造のものは存在せず、来る人を惑わせる巨大な迷路のよう。故に、穴の先にある異空間は迷宮と呼ばれている。


 迷宮に巣くう魔物は一般市民では太刀打ちできないほど凶暴だが、皮は防具に骨は武器や薬に、瞳は精霊術の媒介に肉は食用とその身体は捨てる所がない。つまり、金になる。迷宮の多さのお陰で同業者と被ることなく思う存分魔物を狩り尽くせるこの森は、冒険者にとって絶好の狩り場というわけだ。



「さて、今日も刈るか」



 ユーシャも一介の冒険者、例に倣って魔物狩りと行きたいところだが、残念ながら彼にそこまでの力量はない。彼が行うのはかりはかりでも草刈りの方だ。


 この森の浅層には朝露草と呼ばれる薬草が群生している。この葉は痛み止めや抗炎症作用があり傷薬によく使われるのだが、早朝以外は萎れてしまう植生から、高い薬効の割に市場に出回る数は少ない。故に冒険者への依頼を管轄している冒険者組合では、朝露草の採集が常時依頼として出されている。まとまった数を冒険者組合に納品すればそこそこ良い値段で買ってくれるのだ。とはいえ魔物の方が格段に割が良いので、他の冒険者にとっては魔物が見当たらなかった時の保険程度の依頼だろう。毎朝薬草で日銭を稼ぐ冒険者なんてユーシャくらいのものだ、悲しいことに。


 早速朝露草の群生地を発見し、銀の短剣でサクッと根元の少し上を切っていく。彼が七歳の誕生日に姉から貰ったこの短剣は、見るからに相当な業物なのだろうが、その真価が発揮される機会はまだ無い。今のところ研ぎいらずのすごく切れ味が良い鎌として使っている。



「まあ、こんなものか」



 予め用意していた麻袋の中身は七割埋まった程度。上々の収穫量だ。

 この後は街へ戻り冒険者組合に納品。店頭で一番安いパン一個程度の賃金を得たら朝の仕事は終了。というより、今日の仕事が終わる。



「誰かとパーティーを組んで、バリバリ冒険者として大活躍……なんて、そう旨い話があるわけないか」



 麻袋を揺らして溜息を吐いた。


 端的に言ってユーシャは弱い。

 誰かとパーティーを組むことなく、一人で冒険者業をしているにも関わらず魔物を倒せる力がないのだ。パーティーを組もうにも、悪評が付き纏う彼と組もうなどという狂人あるいは聖人はこの街にはいない。冒険者は実力主義、誰もお荷物なんぞ欲していないのだ。


 冒険者業の中核は魔物狩りであることを考えると、魔物を倒せない冒険者の報酬はお察しの通りで、雀の涙、蟻の目玉、竜の良心、ごく僅かなものの例えをあげつらう程度には少ない。

 それでも彼が生活できているのは、一流冒険者として名を挙げている姉の脛を齧りまくっているからだ。端から見れば薬草採集で申し訳程度の小遣いを稼ぐ道楽坊主。なんで冒険者をしているの?と疑問に思われるようなことしかしていない。



「俺ももう十五歳だし、いつまでも姉貴におんぶに抱っこという訳にもいかないが。とはいえ、迷宮以外で勇者の情報が得られる場所なんてあるのか……?」



 こんなところでくだを巻いていても仕方ない。

 帰って朝ご飯を食べたら、いつも通り迷宮探索だ。手慰みに麻袋の紐を人指し指に掛け、ブンブン振り回す。どうせ誰も見ていないのだ、少しくらい遊んだっていいだろう。



「さっさと納品して迷宮に――あッ」



 麻袋が吹っ飛んだ。辺りを見回し、遠くの木の枝に引っ掛かったのを視界の端で捉える。


 気を緩めると、こうなるんだよな。


 気分はだだ下がり。のろのろと麻袋の方へと歩く。

 ふと、風向きが変わった気がした。



 木がワサワサと揺れる。

 それは、麻袋が飛んだ衝撃で揺れているのでも、木々の間を通り抜けるそよ風で揺れているのでもなく、何か生き物が意思を持って揺らしているような。いや、生き物自体が揺れているような。


 瞬間、ユーシャは木と視線がかち合った。



「うわ、オバケツリーだ」



 オバケツリー。通称、馬鹿発見木。

 その名の通り木に擬態する魔物だ。近付かなければ攻撃してこない特性を持つため、大抵の冒険者は接触を避けて戦闘を回避する。そもそも迷宮内部は人工物と魔物しか存在しないので、急に木が現れたら余程の馬鹿でない限り魔物だと分かる。非常に対処がしやすい魔物だ。



 そう、迷宮内であれば。


 此処は冒険者の街、南東の森。広さの割に迷宮が点在する冒険者にとって絶好の狩り場。その中には冒険者の手付かずの迷宮も存在して、餌を求めた魔物が迷宮の外に出てきてしまう、そんなことだってあるわけだ。



 繰り返そう。

 此処は冒険者の街、南東の森。広さの割に冒険者が集まる魔物にとって絶好の狩り場。餌を求めた魔物が迷宮の外に出て舌舐めずりして待ち構える、そんなことだってあるわけだ。


 ユーシャは瞬時に状況を理解した。



「ああ、これは……終わった」



 冒険者には稀によくある、絶体絶命のピンチというヤツだ。

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