28.開けゴマ、出でよお宝
宝の地図を掲げ、意気揚々と歩みを進める。疲れを忘れてしまうほど興奮が治まらない。まさか、あれ程探し求めた宝の在処が、文字通り炙り出されるとは!
この仕掛けに気付けたのは、自分達だけなのではないだろうか。そう思うと余計に気が昂ぶり、ニヤついてしまう。
「気配がするのはこっち」
「……確かに。関節鳴らしてるような音がする。これはもう、『勝ち』だろ」
今日一番の功労者、炙り出しの仕掛けに気付いたエイユの先導で、お宝目指して五人で歩く。
エイユはかなりの方向音痴で地図は読めない、というか読まないが、空気の流れは読める。いつも方角すら分からないのに直感で進もうとするからいけないのだ。エイユの直感は頼りにならないが、彼女の五感ほど頼りになるものはない。
さらにずば抜けて聴覚が鋭いウルフィのお墨付きまであるとなれば、止まる理由は何処にもなかった。
止まる理由が、何処にもなかったのだ。
「最後は獣道か。本当に秘宝を探しているみたいだ」
「お宝も洞窟に隠してあったりして」
ようやっと終わりが見え、クスクス笑い合う余裕が生まれた。疲れ切っていたのを、笑顔と油断で誤魔化していた。
「ああ、道が開けてきたぞ」
草木を掻き分け、光を求めて飛び出したその場所で、
異常。
異変。
異様。
異質。
あらゆる歪みを詰め込んだ、ソレと対面してしまった。
「何だよ、アレは……」
ヒイロが茫然と呟く。
あれは、魔物なのだろうか。
四足歩行の獣の様にも見える。全身真っ黒で、ごぽりごぽりと形を変え続ける胴体から伸びる細長い四本の脚は、巨体を支えきれずに折れ曲がっている。背には脚よりさらに細い、後付けの棒きれのような突起が二つあった。その表情は、体表から噴き出し続ける黒い靄に阻まれよく見えない。
魔物でも、もう少し生物らしい姿形をしている。
歪で、生物として未完成。何かの成り損ないか、あるいは成ろうとする最中なのか。
こんなにも禍々しい生き物を、ユーシャは初めて見た。
「見たこともない、知らない!」
「当たり前だ、お前が知ってる事を僕が知らない訳ないだろ!つまり、誰も知らないんだよ、あんな化け物!」
何故かユーシャにブチ切れるヒイロ。誰も彼もが混乱し、恐怖に陥っていた。
ただ一人、エイユは静かに化け物を見つめ、庇うように剣を抜きながら前に立つ。
「うるさい。アイツ、まだこっちに気付いてない」
バキッゴキッと骨が折れるような音を立てながら、ゆっくりと黒い首が回る。その顔はやはり靄がかっているが、立ち込める靄の隙間から一瞬だけ、剥き出しになった白い歯が見えた。
「うそ。すっごいこっち見てくる。攻撃はしてこないけれど」
エイユは小さく唇を噛んだ。自分の感覚は鈍ってはいない。
気配というのは小さな音や風の動き、匂いから何となく分かるもので、人間、馬、羊、猿、鳥、それぞれの生き物に特徴がある。眼前の化け物からは、確かに人間の気配がする。遠くからでも届くように、何倍も濃縮された人間の気配が。
世の中には、獲物が好むフェロモンそっくりの匂い物質を分泌しておびき寄せ、騙されやって来た獲物を捕食する生き物が存在する。
エイユもまた人間の気配に惑わされて、四体の餌を引き連れて来てしまったのだと理解した。
真正面から対峙すれば、相手の力量はある程度分かる。きっと五人掛かりでも勝てやしないだろう。
地を踏みしめる右足が、知らずと半歩後ろへ下がり、ジャリと音を立てる。
よく目を凝らす。化け物が攻撃してくる素振りはないが、構えは解かない。背を向けてはならない。目を逸らしてはならない。こちらから攻撃もしない。動かない。
エイユ以外が錯乱状態の今、この均衡を崩すべきではない。そう判断した。
長いようにも、一瞬のようにも感じる沈黙の果て。
落ち着きを取り戻したセイバとヒイロが、それぞれ剣と杖を抜き、エイユの隣に並び立った。
その顔は変わらず恐怖で引き攣っているが、心を奮い立たせて武器を構える。
「誰か発煙筒は持っているか?」
「持っていない。朝まで何するか知らなかったから、救難信号になるような物は何もない」
「水柱なら代わりにならないかな」
「それは戦いながらでも撃てるのか?命中精度は?」
「僕を舐めるなよ。バク転しながらでも顔面にぶち当てる」
「フッ、流石は学級委員長だ」
恐れは消えずとも、立ち向かう覚悟。並々ならぬ気迫で化け物の前に立つ彼女達の背中に、ユーシャはさらに不安を駆り立てられた。
まるで、死地に向かう戦士のようだ。
「逃げよう」
そう言葉が溢れ出た。
小さく尻すぼみになった言葉を、今度は前を向いて確かに伝える。
「なあ、攻撃されないうちに、逃げよう。炊事場まで戻って」
「それは駄目」「それは駄目だ」
エイユとセイバの声が重なった。
二人がユーシャの方を振り返ることはなく、ただ静かに化け物の様子を窺っている。
「此処は町から近い。あんなモノが町に下りたら、町ひとつが壊滅してしまう。それだけは避けないといけない。第一に異常を報せて町民の避難。それからアイツを人里離れた森の奥へ誘導するべき。それが一番犠牲が少ない。アイツは鈍足そうだから、一人が誘導役になればいい。私が行く」
至極当然のことを言い聞かせるように語るエイユの瞳はあまりに澄んでいて、星空のようにキラキラ輝いていた。
セイバは剣を構え直し、ヒイロは杖を握る手に力を込める。
戦えない者を守るのは、戦う者の役目だ。命を賭して防壁となり、あるいは情報を落とし、来たる「次」に命を繋げる。それこそが戦士の本分。
死の危機が迫る異常事態だからこそ戦士として為さなければならない事を、セイバとヒイロ、そしてエイユはよく分かっていた。
「ユーシャもウルフィも、もう震えてないね。大丈夫そう。それじゃあ、決まり」
剣を振り上げ飛びだそうとするエイユを、待て、とユーシャがエイユの腕を掴むのと同時に、反対側の腕をヒイロが掴んだ。
「それも駄目。行かせない。誰ひとり死なせない」
眉をひそめるエイユのことはお構いなしに、折れそうなほど強い力で引き止める。
ヒイロの瞳には強い決意の光が宿っていた。エイユが星ならば、ヒイロは太陽だ。瞳が心を映す鏡であるならば、ヒイロは今、心と心、遠い遠い星を灼く熱を持って、彼の正義が燃えている。
「吊り橋だ!」
怒鳴るように叫んだ後、邪念を払うように頭を振ると、今度は努めて冷静に策を共有する。
「ヤツの動きはそう速くない。飛べもしないだろう。吊り橋を落とせば、ヤツが崖を越えることはないはず」
胡乱げだったエイユとセイバはちらりと互いを見遣り、小さく頷いた。イケる、と、そう判断したのだろう。
エイユが剣を下げたのを確認して、ユーシャもまたエイユを引き止める手を緩めた。
誰ひとり死なせない。絶対に生きて帰る。
ヒイロはふうと息を吐き、杖の先を化け物に向ける。
「僕達がすべきは、可及的速やかにあの化け物の存在を上級生へ報せることだ。連絡手段は僕の精霊術。僕が合図したら、死んでも吊り橋まで走れ。それまでに先輩が来てくれれば良し。来なくても吊り橋を渡ったら僕達の勝ちだ。化け物が来る前に橋を落として、化け物の侵攻路を断つ。いいね?」
「あー、ひとついいか」
これまで黙っていたウルフィが、ナイフを遊ばせながらヒイロの肩を押し退け、誰より前へ躍り出た。
「俺、残るわ。やっぱり一人くらいは囮役が居たほうがいいだろ」
「何言ってんだバカ!」
「悪ィ、俺、走れる体力残ってねェの」
そう言って振り返ったウルフィは情けなく眉尻を下げ、肌も青白いのに、薄く笑っていた。
「野糞垂らしながら死ぬよりも、コッチのがカッコつくだろ……って、何すんだユーシャ!」
「糞でも何でも垂らしてろ!お前、手が震えてるぞ。生きたいんだろ、生きるんだよ、全員で!」
ユーシャの身体は自然と動いていた。
離してたまるか、死なせてたまるか、とウルフィをウルフィを担ぎ上げ、鼻息を荒げる。
そんなユーシャに、エイユはやれやれとジト目になり、セイバはその意気や良しと頷き、ヒイロは闘志溢れる笑みで、
「ユーシャの言うとおりだよ。全員で生きて帰るから」
周りを鼓舞するように声を掛け、視線を走らせた。重かった空気が一変する。胸にあるのは恐怖でも絶望でもない。あるのはただひとつ、仲間達と共にこの窮地を脱するという未来のみ。
「みんな、腹括れ。行くよッ!——水精召喚!」
新入生歓迎会特別種目、吊り橋撤退戦。開始を告げる水柱が上がった。




