26.新入生歓迎会ハードモード
今日は新入生歓迎会。野外での活動となるらしいが、一日のスケジュールは何も伝えられていない。
一年生は朝早くから運動場に集められ、「ダル」「眠すぎ」と好き好きにぼやきながら開始を待っていた。入学式の時は皆騎士団員のようにピッシリ背筋を伸ばして待機していたものだが、ひと月も経てば人間は順応する。教師の目も無い今は、各クラスで辛うじて列を成している、といったところか。
ユーシャも例に漏れず、緊張感の欠片もなくエイユと小石を蹴り合って暇を潰していると、別のクラスから野太い歓声が上がり、足を止める。
声の方向から、全身鎧の巨人にその姿だけで良い匂いがする可憐な乙女、工作部で会った狐女も、ラストも歩いて来る。先輩方がお揃いのようだ。
「リンシア様ー!今日もお美しいですー!」
「ナルシスかいちょーう!朝っぱらから人を集めるなー!」
「午後開催にしろー!」
一気に熱が増した運動場に、皆元気だなと思いつつ、自分も流れに沿って野次を飛ばすべきか?と前を見つめると、ラストと目が合う。
ラストはユーシャへ微笑むと、ひらりと手を振った。爽やかだ。流石イケメンは何やっても様になる、とユーシャは会釈で返した。
溌剌としたオレンジ色の髪の青年が、拡声器を片手に指揮台から一年生を見下ろす。
「一年生諸君、おはよう!俺様は生徒会長のナルシスト・オレサマーだ!さて、入学からひと月経つが、どうやらお前達は今までぬるま湯に浸かっていたと見える。この『新入生歓迎会』は元々『一年生特別強化訓練』と言って、丸一日扱かれるだけのつまらん行事だったが、去年から名前を変え、内容も見直した。お前達には要らん世話だったか?」
ナルシスは不敵に笑うと、運動場中に響き渡る声で宣言した。
「新入生歓迎会のテーマは、ズバリ『楽しく鍛錬』!我が校の四年生にも手伝ってもらい、様々な企画を用意した。一日かけてお前達をみっちり楽しく鍛え上げてやる。まずは麓にある野外炊事場まで、馬に追いかけられながらランニングだ!」
馬鹿じゃないか。
そう思ったが、反論の余地は残されていないようだ。
先輩方の何人かは手綱が付けられた大型の黒馬に騎乗し、準備万端といった様子であった。
あれは騎士団でも飼育している、戦闘に特化した種の馬だ。馬車用の輓馬と比べても体躯が大きく力がある。身体能力に秀でた代わりに、肉食獣かと錯覚するほど気性が荒いのが難点で、民間ではほとんど見かけないが、見たところ十頭は居るのではなかろうか。黒馬は前脚で土埃を立て、走り出す時を今か今かと待ち構えている。
馬鹿だろ。
お馬様に人間ごときが勝てるわけがない。すぐに追いつかれ、踏み潰されてしまう。そう思ったのはユーシャだけではない。ブーイングの嵐が起こる運動場を、ナルシスは満足げに眺めた後。
「総員、走れーッ!!」
怒号とも取れる号令を皮切りに、黒馬とユーシャ達一年生は一斉に走り出した。
◇◇◇
「ゼェー、……ハァ、ス、はッ」
ユーシャは肩で息を吐いて吸い、浮かび上がる玉の汗を放置して走り続ける。
走って、もうどれ程経っただろうか。足は惰性で動かしているようなもので、口は半開きになったまま閉じることが出来ない。
ユーシャはこれでも、体力には自信があった。実戦はてんで駄目だが、素振りや走り込み等、基礎訓練は幼少の頃からずっと続けてきたからだ。
その甲斐あってか、初めは先頭集団に食らいついていた。しかし山下りによる足への負担から徐々にペースが落ちていったのだ。
「ぎゃあああ!!」
後ろから断末魔の叫びが聞こるが、鉛のように重い足はこれ以上速く動かせない。
ユーシャは一人また一人と散っていく同級生に合掌し、唇の端に流れてきた汗を舐め取って、ぼんやり現実逃避を始めた。
お昼ご飯は何だろうか。
やっぱり肉が良いな。
この地獄は何時終わるのか。まだ解放されないのか。
終わりが分からないことが、一番辛い。
「あともうちょっとやでー」
「うわっ!?」
唐突に真横から声がして、身体が跳ねる。思わず前につんのめって、転けそうになるのを絞りかす程しか残っていない気合いで回避する。
そんなユーシャにからから笑って、
「そんな驚かんでもええやんか。無駄に体力減らしてバテてまうで」
「ミタマ先輩……」
「おん、ミタマ・モックス先輩やでー」
工作部の体験入部で出会った狐女ことミタマは、ユーシャをおちょくるように「生きてるー?」と顔の前でパタパタ扇を開き煽ってみせた。わざわざ黒馬から降りて、ユーシャに合わせるように走っているのが、思考回路が読み取れず余計に不気味だ。
何で此処に居るんだ、と心の声は閉まっておく。そもそも、今は人に構っている心の余裕が無いのだ。
ミタマから顔を背け、息を切らして走り続けるユーシャの横で、ミタマは勝手に話し続ける。
「『何で此処に居るんだ』って思ったやろ。正解は、ユーシャくんとお話しに来たんや。学園やったらラスト・リリンベルンの目があって面倒くさいからな」
確か初めて会った時も、「愛しのラスト」とか言ってエイユに嫌みったらしく当たっていたなと思い返す。親密な関係だからこその言葉かと思っていたが、その口振りからして違うようだ。
もっと一方的な関係——まさか、ラストさんのストーカーなのか!?
身構えたユーシャに、ミタマはスンと真顔になって、
「そんな訳ないやろ。あれはその場のノリや」
そう静かに否定した。
心の声が漏れている!?と顔を引き攣らせると、「全部顔に出てんねん」とツッコまれた。解せぬ、と口角がへの字に曲がる。
「自分オモロいな。あの血も涙もないラスト・リリンベルンが入学前から目ェ付けてた子が二人も居るとか、こんなオモロい話ないやろ思うたけど。揶揄いがいあるわー」
ミタマはにんまり笑みを形作ると、「なあなあ」とユーシャの肩を叩き、
「工作部に入らん?」
「はっ、何て?」
努めてミタマを気にしないようにしていたユーシャだったが、流石に何を言っているんだと驚いて目を見開いた。
体験入部期間はとうに終わっている。中途入部出来ないこともないが、やや煩雑な手順を踏まなければならない。
思い通りの反応を得られたようで、ミタマはユーシャの肩を扇でバンバン叩き、ひとしきり笑った後、何事も無かったように真面目な顔になった。
「これは冗談やなくて、ほんまにオススメやで。体力と器用さは身に付くし、色んなところに顔を売れる。加えて毎日おやつ付きや。良いことだらけやろ」
「急に、真面目に、ならないでください!というか、何で俺に構うんですか」
「ウチがユーシャくんを構う理由な。普通に後輩が気になるとか、いけ好かんクソネチ男にひと泡吹かせられるとか、色々あるけど。一番は、せやなー」
ミタマは紅を引いた目を細め、思案する素振りを見せる。
ユーシャの瞳に汗が入って痛みを感じるが、見開いたまま、吸い込まれるようにその横顔を見つめた。
皮膚の薄い唇が悪辣に弧を描く。
「その方が、ウチがオモロいからや」
思ったより理由が最悪だった。
この人はヤバい。逃げよう。
ユーシャはそう確信して、足を必死に動かす。一歩でも遠くへ離れなければならないと、本能が警鐘を鳴らしていた。
そんな努力も虚しく、木の根に足を取られてバランスを大きく崩し、地に転がり伏す。
ミタマは嗤いながらユーシャの近くにしゃがみ込み、汗と土で汚れた頭を優しく撫でた。
「よお頑張ったやん。ほなウチと相乗り、しよかー」
「イヤッ!ヤメロ!ハナセ!チカヅクナ!」
極度の疲労で何故かカタコトになりながら、ユーシャはドナドナ野外炊事場まで運ばれていった。辿り着くまでの五分間、ミタマに弄ばれ尽くしたのは言うまでもない。




