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化け物の勇者  作者: 豚瓦福
第一章 夢と絶望のハッピー学園生活
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25.精霊はいつも傍に


 一応ミッシーク精霊術学園の敷地内である雑木林の中。エイユは岩に腰掛け、ユーシャから献上されたミパカツサンドをもっきゅもっきゅと食べ進める。瞳をきらきら輝かせ、ごっくんと飲み込んだ傍からかぶりつき、頬袋をパンパンにする。相当にお気に召したようだ。


 ユーシャがごまをするようにチラチラとエイユを見ると、やっとミパカツサンドから口を離し、



「授業をサボるような奴の面倒を見るつもりはない」



 そう冷たく言い放った。ユーシャは口をあんぐり開けるが、エイユの言い分は尤もである。

 

 膝から崩れ落ちて打ちひしがれるユーシャを、エイユは冷めた瞳で見下ろした。 



「当たり前。授業は基礎。基礎も放棄する奴は何やっても駄目」

「まさか、そこから試していたのか。俺が、エイユに稽古をつけてもらうに足る存在か……」



 エイユは『ミパカツサンド』と伝えただけで、彼女の心を勝手に汲み取り授業を抜け出して買いに走ったのは全てユーシャが自主的に行ったことである。何も言わずにユーシャがどう対応するか、道徳心を見極めていたというのか。

 ユーシャは顔を青くして己の愚かな行いを責めた。



 一方、エイユは足をぶらつかせ、平静を装いながら明後日の方向を向いた。

 正直、何も考えていなかったからだ。

 ミパカツサンドは普通に食べたかった。タイミング良くユーシャがお願い事をしてきたので、使い走りさせようとした。しかし、そのために授業を抜け出すとは夢にも思わなかったのだ。



 しゅんと肩を落とし、涙目のユーシャは雨に濡れた子犬のようだ。しょぼくれ顔なぞ目糞ほどの価値もないので止めてほしい。



 ユーシャはどうしようもなく馬鹿で弱くて度胸もないのに、思い込んだら一直線のきらいがある。悪い奴ではないが、ただ馬鹿すぎて、目的のためにその外を蔑ろにしかねない危うさは感じていた。今回はその危うさが前面に出てしまった。

 今でこそユーシャは平々凡々だが、そのうち彼を彼たらしめるもの——命との向き合い方まで蔑ろにして、壊れてしまいそうで。


 どうにも心にしこりが残る。ユーシャが授業を放り出してまでエイユへ稽古を頼む目的とは、何か。


 エイユは逡巡し、黒髪をくるくると指に巻き付けた。


 エイユにとって一番大切な、師匠の言葉が脳裏にチラつく。「その時抱いた想いを大切に生きろ」と。

 普段であれば、アホのユーシャは放って部活に行っていただろう。でも今は、今だけは、彼を捨て置いてはいけない。そんな己の直感に従うことにした。



「でも、ユーシャの覚悟に免じて、今回だけは話を聞いてあげる」

「本当か!」



 パッと顔色を明るくしたユーシャは涙と鼻水でぐしゃぐしゃだ。汚い。げんなりして、これを使えとハンカチを顔面に投げつける。



「私は美食部も決闘部もあって忙しい。本題は早く。ユーシャは何がしたい」



 ユーシャは「ごめん」と顔を拭って、



「精霊と話がしたかったんだ」



 ずびずび鼻を鳴らし、しゃっくりが止まらない聞き取りにくい声で語る。



「ほら、とろ火虎の迷宮で、俺の守護精霊の気配を感じるとか言っていただろ。こんな俺にも力を貸してくれる精霊のことを少しでも知りたくて。精霊を理解出来れば、俺も強くなれるかと思って」



 左目の眼帯に爪を立て、ギリギリと握り締めた。そしてユーシャは立ち上がり、



「頼む。俺の守護精霊のこと、教えてほしい」



 そう、泣き腫らした眼でエイユをまっすぐ見つめた。 


 精霊との対話。

 それこそが、ユーシャが思い付いた『短時間で破茶滅茶に強くなれる都合の良い鍛錬方法』だ。

 精霊との縁が強くなればなるほど、精霊術士は強くなる。つまり、ユーシャを守護する精霊がどんな姿で、どんな性格で、どんな好き嫌いがあって。そんなことを知ることが出来れば、たった一日で精霊術士としての階段を三段は駆け上がれるだろう。


 ユーシャが知る中で、精霊を感知出来る人間はエイユただ一人。エイユを介することで、精霊との距離を縮められないかと考えたのだ。


 ふーむ、とエイユは首を傾げ、



「蛇」

「は?」

「私には、ユーシャの守護精霊は白くてニョロニョロの発光体に見える。だから蛇かと思った。ぴょんぴょん跳ねてるからきっと合っている」



 表情を変えずに淡々と説明され、気圧されるうちにユーシャの涙は引いていた。

 人型ではないのか。精霊神殿にある精霊王の石像は美男で、絵本に描かれる精霊も美男美女なので、てっきり精霊はみな人型だと思っていたが。


 エイユは答え合わせ、と徐に手を宙に翳し、



死霊召喚(コール・ファム)



 落ち武者のような骸骨がむくりと沼から這い出ると、腕をバッテンにして激しく主張を始めた。

 腕をくねらせたり額から光線を発射したり口から光線を発射したり、骨を軋ませながらジェスチャーをしているが、蛇ではないらしい、ということ以外は何も分からない。


 二人顔を見合わせて、早押しクイズに回答するように矢継ぎ早に精霊の正体を探る。



「ウナギ!」

「ミミズ」

「太った蛇!」

「デブの蛇」



 思い付く細長い生き物は出し尽くし、最後の方は普通に悪口になっていたが、死霊のバッテン印は変わらない。


 エイユは肩を竦めて両手を挙げ、降参のポーズをとった。



「分からない。お手上げ」

「いや、ぼんやりどんな姿か分かっただけでも嬉しい。俺の守護精霊。俺に力を貸してくれる存在が、傍に居てくれていると分かったから。……今まで助けてくれてありがとう。俺、お前と話せるように頑張るから。これからもよろしく頼む」



 ユーシャは、精霊が居るであろう、目前の宙に向かってサムズアップする。


 すると、ユーシャの言葉に呼応するかのように、小さな火の玉が浮かび上がった。



 本当に小さな炎だ。

 ふうと息を吹けば搔き消えてしまう、弱々しい炎。けれども確かに其処に在る。その姿は見えずとも、その声は聞こえずとも、木々から伸びる暗い影の上で揺れる赤い炎は、幾度も見てきたユーシャと共に居る精霊の証だった。


 もっと傍に居たい。温度を感じたい。


 咄嗟に炎に手を伸ばすが、指先が触れる前に消えてしまう。しかし精霊から返事が来たという興奮は消えずに、ユーシャは瞳を輝かせてエイユの方へ振り向いた。

 


「エイユ!俺、精霊と話したい!どうすればいい!?」 

「精霊と対話するには、精霊と繋がりを深めること」

「それ、授業でもあったが、繋がりって具体的に何なんだ?四六時中精霊のことを考えるとか、精霊術を使い続けるとか?」



 ハテナを浮かべるユーシャに、エイユはこてんと首を傾けた。



「そんなことしても疲れるだけ。全く効果がないとは言わないけれど、きっとすごく時間がかかる。一番簡単なのは、腕利きの精霊術士が使っていた武器や装飾品を使うこと。精霊と縁深い物を使うことで繋がりは強化される。精霊術士と血縁関係だったらなお良し。年代物だと更に良し」

「お古を使うってことか。そんなことでいいのか」

「うん。本当は迷宮でたまに手に入る業物の武器や強い魔物を素材にした武器が一番良いとされているけれど、まず迷宮攻略が難しい。中古でも効果はあるし入手しやすいから、貴族は高名な精霊術士の武器を高値で買い取ったり、家宝にしたりしている。もっと言うと、血を家に取り込んだり。強い精霊と縁を持とうと思ったら、同じ属性の強い精霊術士と縁を持つのが手っ取り早いとされている。そうやって、代々同じ属性、強力な精霊術を守り抜いている家もある」

「うへえ。血継(けっけい)精霊術ってヤツか。お貴族様も大変だな」



 自分には想像もつかない世界だと苦笑いしてみせると、「大変という言葉には同意する」とエイユは頷いた。



「精霊術の属性と強さは大抵血で決まるとされているからね。そういう意味では、ユーシャは本当に珍しい。貴族だったら代々受け継ぐ属性武器の一つや二つあるけれど、ユーシャは突然変異だから何もない」

「そうだな。俺の武器と言えば姉貴から貰った短剣くらいだ」

「そう。まあ、繋がりは薄いけれど同じ火属性だから、ラスト先輩から使わない剣を譲ってもらえないか聞いてみるといい。それで鍛錬すれば、拳一つ分くらいは精霊との距離が縮まるはず」

「成る程な、ラストさん!相談してみる」



 ユーシャの周りの強力な火属性術士と言えば、ラスト・リリンベルンしか居ない。

 彼は名門ミッシーク精霊術学園で四年生まで上り詰めた超エリートだ、腕利きであることは間違いない。きっと精霊とも縁を紡いでいるはずで、ユーシャもおこぼれにあずかれないか相談してみる価値はある。


 勇者の迷宮攻略という目標に向けてまた一歩道が開け、ユーシャは満面の笑みを浮かべた。



「ちなみに、エイユはどうやって強くなったんだ?エイユの死霊術こそ突然変異だろ」

「私が死霊術に目覚めたのは物心つく前。気付いた時にはご先祖様を召喚して、ある程度の意思疎通は取れていた。強いていうなら、私に流れるヤマタイの血が私の武器。精霊と精霊術士よりも濃い血の繋がりが私達にはあるから、死霊術士は強い」



 そう言って、エイユはムフンと胸を張った。




 ◇◇◇




 その後、何だかんだで剣術の指導もしてもらい、汗だくになりながら閉まる寸前の食堂へ駆け込み、夕飯を胃袋に流し込む。


 エイユと別れて寮に戻り、風呂で汗を流して、やっと自室のベッドに倒れ込んだ。



 ベッドサイドに置いた銀の短剣を手探りで掴み、革製の鞘を外す。ついでに左目の眼帯も外して、力任せに短剣を突き刺した。


 ガキンと甲高い音が鳴って、短剣は左目の真上で止まる。どれだけ力を込めても、虹色の瞳は傷ひとつ付かない。


 いつも通りだ。

 

 ユーシャはフッと力を抜いて、今も傍に居るはずの存在へ声を掛けた。



「お前はコレも、ずっと見てたのか?」



 自嘲するような声に、返事は無い。

 ユーシャは「あーあ」と短剣をベッドサイドに戻して、今度は左目に爪を立てた。

 月明かりに照らされ不気味な光を放っているだろう黒い竜鱗は、やはりどれだけ力を込めても剥がせない。



「頑張るから。俺、頑張るから。いつか勇者になって竜を倒すその時まで、お前の力を貸してくれ」



 返事は無い。

 バタリと腕を投げ出し、全身の力を抜いた。



「明日は新入生歓迎会で丸一日校外学習なんだ、早く寝ないとな」



 ユーシャは頭をボリボリ掻き、再び「あーあ」と溜息を吐くと、放り投げた眼帯を付け直して、布団の中に潜り込んだ。


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