23.シン・歴史研究部発足
「歴史研究部、今年は何と三人も新入生が入ってきてくれました!入部ありがとう!ラスト先輩、ご挨拶お願いします」
フランがパッカーンとパーティークラッカーを鳴らす。
部員数五人となり、やや手狭になった部室をラストは感慨深げに見回した。
「改めて、入部ありがとう。エイユ嬢、ユーシャ、ヒイロ。君達の入部によって、歴史研究部は過去一番の大所帯となった。とても嬉しく思う」
ユーシャは隣の席に座るヒイロをちらりと見た。
コイツ、「行けたら行く」で本当に来てくれるタイプなんだな。そう心の中でボヤく。ヒイロにビンタされた頬は腫れたままだ。一日経っても治らないなんて、どれだけ全力で殴ったのか。親にもぶたれた事のない頬にそっと手を当てた。
部活仲間となれたことは勿論嬉しくはあるが、それはそれとして一言物申さなければユーシャの気が済まない。
肝心のヒイロはといえば、ラストの話を真剣に聞き入っており、ユーシャのことはまるで気にしていない。いや、今は記念すべき歴史研究部新体制発足の時なのだから、それで正しいのだが。
「歴史研究部の当面の目標は、『勇者の迷宮』の攻略だ。まずは『鬼説羅墳』の探索だね。よって、歴史研究部の活動は学外活動が中心となる。大変だとは思うけれど、部活動が楽しいと思ってもらえるよう君達のサポートは私とフランで精一杯努めるよ。一年間、この五人で頑張ろう」
そうラストが締め、フランとユーシャは全力の高速拍手、エイユは静かに拍手を送る。ヒイロは控えめに拍手しながらも、困惑を隠せない表情で呟いた。
「『勇者の迷宮』……?」
ヒイロの反応は当然で、勇者の迷宮と言えば、魔物が一匹も出ないとされている知名度の低い迷宮だ。名前を聞いても分からないだろう。
「説明すると長くなるんだが、入学前に色々あってな。ラストさんフランさんエイユ俺で冒険者の街にある勇者の迷宮に行ったんだが、よく分からないまま攻略してしまったんだ。そこの迷宮の主に『勇者の迷宮第二の宮に行け』って言われて、今に至る」
これが証拠、と胸元から五芒星の一角だけが描かれた円盤状のチャームを引っ張り出す。
ヒイロは頭痛が痛いとでも言うようにこめかみを押さえ、「説明が雑すぎる」と唸り声を上げた。
「最初から整理しよう。君とエイユが知り合いなのは分かっていたけど、ラスト先輩とフラン先輩とも知り合ってたってこと?だから先輩じゃなくてさん付けだったわけ」
「そこから気になるのか?まあ、そうだな。あの時はミッシーク入学も決まってなかったから」
「それで?何で勇者の迷宮とやらが出てくるの。というか、何それ。知らない。聞いたことないんだけど」
「ギュエエエエ何するんだ離せ馬鹿!」
ぐわんぐわんとユーシャの胸ぐらを掴み揺さぶるヒイロを、ラストが穏やかに止めに入った。
「そこからは私とフランが説明しよう。勇者の迷宮に連れて行ったのは私達だからね。迷宮とは何か、勇者の迷宮とは何か。一年生のお勉強も兼ねて、座学の時間といこうじゃないか」
取っ組み合いの喧嘩に差し掛かろうとしていたユーシャとヒイロは、有無を言わせぬ圧力に手を止め、互いに見つめ合った。
◇◇◇
フランが用意してきた黒板の前、突発迷宮講義が始まった。教師役であるラストは何故か眼鏡を掛けている。フラン曰く「その方がぽいから」だそうだ。黒板を挟み隣に立つ助手フランは、何故か白衣を着ている。曰く「その方がぽいから」だそうだ。
ラストは自身に注目を集めるべく、パシンと指示棒を手で打ち鳴らした。
「さて、君達はそもそも迷宮というものが何か知っているかな?」
「はい!黒穴の先にある異空間です!」
「他には?」
「中には魔物がいて、特に強力な魔物は金品や高性能の武器装備を隠し持っています」
「黒穴の発生は時間も場所も予測不可能。しかも、迷宮を放置しすぎると穴から魔物が溢れ出てくるから、定期的な調査と攻略が必要。迷宮の破壊には最奥にある核の破壊が必要」
口々に己の持つ知識を披露する一年生三人に、ラストは「よく出来ました」とにっこり笑った。
「皆、よく勉強しているね。その通り。世界を見ても群を抜いて迷宮の数が多い我が国は、建国当初から研究機関が置かれているけれど、未だ二割も解明出来ていないと言われている。……では、勇者の迷宮について知っていることはあるかな?」
エイユとヒイロの視線がユーシャへ向けられ、これは一年間通い詰めたユーシャしか知らないだろうと鼻高々になって語る。
「ナロ王国各地に存在する、勇者を生み出すための試練が用意された迷宮の総称です。ソレ・マジナの大改革の一端とも呼ばれていて、大賢者マジナに召喚された異界の人間が、勇者の迷宮を全て攻略して三代目勇者を襲名したと伝えられています。その後も勇者の迷宮は多くの冒険者で賑わったとされていますが、いつしか魔物が出現しなくなり、寂れてしまいました」
「シャっちー、よく知ってるね。文献を漁らないとそこまで出てこないんじゃない?」
「そうだね。よく調べている」
勇者オタクをしてきた甲斐があるというものだ。ユーシャは褒められてさらに鼻を高く、ついでに鼻下も伸ばした。
「付け加えるならば、三代目勇者が攻略されたと言われている迷宮は全部で五つ。第四の迷宮までの所在は判明していて、最後の一つだけが分かっていない。フラン」
「はいよっ」
ラストの呼び声に応じ、フランが大きな地図を黒板に貼り出した。
ドーナツ状の地形は、見慣れたナロ王国の地図だ。四方を山と海に囲まれ、森や丘、都市と土地の様子が細かく記されている。
中央だけが白くぽっかり空いているが、此処は『太陽の森』といって、誰しも一度は「悪いことをすれば竜が太陽の森に攫ってしまうよ」と親に脅される場所だ。
年中濃い霧が立ち込め、強い魔物が跋扈し、中層までですら生きて帰れた者はいないと聞く。今では浅層から禁足地に指定されている。仮に禁足地でなくとも、うかうか森に入るような命知らずはいないだろう。
地図に書き加えられた四つの赤丸は、建国時の国土、旧ヤマタイ国や周辺諸国を平定する前の土地に集中していた。
「私とフランは、勇者の迷宮第五の宮の在処を突き止めるべく、調査をしていたんだ。エイユ嬢とユーシャにスケッチしてもらった、第一の宮の壁画もその一環だ」
「スケッチはちゃんと保管して役立ててるよ!ありがとね!感謝感謝!」
ラストは茶々を入れるフランに苦笑して肩を竦めると、わざとらしく咳払いして空気を戻す。
「さて、何故私達が勇者の迷宮を調査しているかだけれど。四代に渡る勇者の歴史の中で、三代目だけがあまりにも異質なんだよ。何もかも予測不可能な迷宮を用いて、勇者の試練というシステムを作り上げた。そして、異界から人間を召喚し、試練を達成した勇者として祭り上げた、人為的に造られた勇者」
ごくりと息を呑む音が聞こえた。それほどに、部屋が静まり返っていた。
ラストはとんでもない事を語り始めたと、脳の許容量は既にいっぱいいっぱいだったが、直感で分かった。世界の禁忌に触れるようで、このまま聞き続けてもいいのかと、手汗が染み込むのもお構いなしにズボンを握り締めて俯いた。
「彼の勇者の軌跡は徹底的に消された。けれど、人の口までは抑えきれずに、功績のみが現代にまで伝わっている。三代目勇者の功績は主に二つ。一つは厄災の黒竜を討ち倒したこと」
エイユとヒイロはどうだろうか、と気にする余裕は、ユーシャには無い。ドクドクと心臓が鳴る音が身体中に響いた。
「もう一つ、これはごく一部の地域でしか語り継がれていないが。太陽の森深層へ侵入したこと。そして、三代目は深層から戻って来なかった」
心臓がどれほどうるさくても、朗々と響くラストの声が耳を突き抜ける。塞ぎたくても肩から震えて、思うように手が動かせなかった。
「太陽の森は当時から禁足地として認識されていた。しかし、人為的に造られた勇者は其処に向かわされ、足取りが途絶えた。それが意味することは何か。私はこう考えているよ。太陽の森深層には、ナロ王国の——世界の歴史を揺るがす何かがあると」
ラストの言葉は重さを増し、瞳に剣呑な光が宿る。
ただ、フランだけはまるで何も感じていないように、ピュウと口笛を吹いた。
「君達にも教えておこう。歴史研究部が設立された目的は、不可侵の土地である太陽の森深層への到達手段を確立すること。そのために、三代目勇者の足取りを辿り、勇者の迷宮第五の宮の在処を突き止めること。これは、歴史研究部創設者のエルシエル様——ユキナ・ヨクイル様が秘密裏に進められてきた、世界の謎を解き明かす鍵となる計画だ」




