22.体験入部諦めました
ミッシーク精霊術学園には、巨大な闘技場がある。円形のステージとそれを取り囲む階段状の観客席、屋根のない開放的な造りはナロ王国の都市部で見られる伝統的なものだ。
ナロ王国では古くから決闘が盛んである。単純明快な問題解決方法として好まれてきただけでなく、決闘が賭け事の対象となっていたことから発展して、いつしか腕の立つ戦士達の一騎打ちを決闘と銘打ち、見世物として公に集客するようになった。
今では、決闘は歌劇と並んで週末の娯楽として栄えている。引退した有名冒険者が決闘士として闘技場を沸かす、なんてのもよく耳にする話だ。
故に、精霊術士——引いては戦士を養成する学校であるミッシークに闘技場があることは、そう不思議なことではない。
「チェストオオオ!!!」
「天誅ッ!!!」
「あれれ?さっきから攻撃速度が落ちてるでござるが?」
「ちょこまかウゼえんだよドブネズミが!」
ステージでは二十人ほどが汗水垂らして訓練に励んでいる。観客席最前列からステージを見下ろすと、打撃音や金属音に混じって口汚い罵りがよく聞こえてきた。
入学式の時、大講堂の外から漏れ聞こえた乱闘の声を思い出し、ユーシャはもしやあの時暴れていたのはこの中の誰かではないか、と立ち尽くす。
思考に耽るユーシャに、ゆらりと黒い影がかかる。
「よお、若ぇの」
男はニヒルに笑いかけた。
緑がかった灰色の髪をオールバックに整え、一切光を通さないサングラスをかけている。学生とは思えない貫禄があり、青空よりは曇り夜の下の方が似合う男だ。
観客席とステージを隔てる柵に寄りかかり、葉巻でも取り出しそうな立ち姿でユーシャとエイユへ顔を向ける。
「興味があるなら、テメエらも戦るか?決闘部は何時でも何処でも決闘がモットーだ。空いている場所は勝手に使っていいし、何なら武器も貸してやるよ」
ユーシャが口を開くより早く、エイユが頷き「武器庫の場所を教えてほしい」と返した。
決闘部へ行きたいと言い出したのはエイユだ。やはり戦闘狂のきらいがあるらしい、戦える機会はあればあるほどいいと言っていた。心なしか、瞳が爛々と輝いている。
このままだとユーシャがエイユの剣を受けることとなる。正直役不足なので勘弁してほしいところだが。
武器庫まで案内してくれるという、強面に反して面倒見の良い男の後を付いて歩く。
闘技場の地下にある両開きの扉は既に開け放たれていた。
ごく一般的な片手剣や両手剣をはじめ、槍や棍棒、弓、刀、盾……戦輪や鎖鎌、モーニングスターなんて変わり種もある。多種多様な武器が一堂に格納されている様は、圧巻の一言に尽きる。武器の美術館のようで、この場所で一日過ごせるほどだ。
武器の並びの狭間に、ユーシャは見知った顔を見つけた。
「セイバ。お前も来てたのか」
「ユーシャにエイユか。決闘部に体験入部に来たのか?」
「ああ。……主にエイユが、だが。セイバも?」
「私は既にこの決闘部に入部届けを提出したのでな。体験ではなく、正式な部活動を始めるところだよ」
セイバは顎に手をやり少しの間考える素振りを見せると、ピシリと背筋を伸ばして強面サングラス男へ向き直る。
「イルド・ニキ部長。この者達への指導は私が担ってよろしいでしょうか」
「戦る気だな。構わねえよ、好きに戦れ」
「はっ、ありがとうございます!」
直角のお辞儀をするセイバに、強面の男——決闘部長のイルドは片手を挙げて武器庫を去って行った。
セイバはイルドの姿が見えなくなってからやっと頭を上げ、格納されている武器の中から刃の潰された片手剣をユーシャとエイユに手渡した。
「貴様達の今日の相棒だ。早く上に行くぞ」
そう言って、セイバはユーシャの横を通り過ぎ、ステージへと向かった。
◇◇◇
「やはり、貴様は強いな……!だが、これはどうだ!」
「ぐッ、……いいね。セイバの剣は一撃が重い。けれどその分動作が遅くて、手数で攻められると守りが間に合わない時が出てくる。つまり、私の方が強い」
「フッ、成る程。ならば私も手数で攻めるとしよう」
「二刀流。面白い、曲芸でも始まるのかな」
激しく打ち合いながらも雑談に興じる女子二人を、ユーシャはステージの壁に張り付いてぼーっと見ていた。
エイユをセイバに取られてしまった。あの様子では、しばらくエイユは解放されないだろう。いや、解放しない、という方が正しいかもしれない。舌が回りに回りまくっているところを見るに、エイユの方がノリノリだ。
この戦いにユーシャが混じるのは無粋だ。というより、二人とユーシャが戦ったところで、今度こそ本当に剣がぶち当たって保健室送りになるだろう。
特にすることもなく隅で素振りをするも、ステージ上はあちこち乱闘だらけだ。あらゆる武器が飛び交う様に命の危険を感じ、未だ打ち合い続けるエイユとセイバに一応、聞こえているかは分からないが、一声掛けてから闘技場を脱出して、歴史研究部室へ向かう。
色々と部活動を見て回ったが、結局歴史研究部が一番だ。他の部活に入ろうものなら、ユーシャの可能性が広がるより早く色々な意味で疲弊して倒れてしまうだろう。
兼部はなしにして、当初の目的である『勇者の迷宮の攻略』一本で頑張っていこうと決意を固めた。
もうすぐ部室へ辿り着くという所。向日葵畑を一望できる場所にあるベンチに、白混じりの金髪が生えているのが見えた。これまた見覚えのある頭だ。
ふいに悪戯心が芽生え、どれ脅かしてやろうかと後ろからこっそり近付く。
そろりそろりと後一歩。
ユーシャの手がその肩を叩こうとしたその時、金髪頭がギュンと回った。
「うわっ」
「ダサ」
驚くユーシャに、ヒイロは呆れたように溜息を吐く。
ベンチの左隅に寄り、空いたスペースをトントン叩いたので、ユーシャは遠慮なく右隣に座った。
「なに黄昏れていたんだ?」
「うーん、休憩?色々あって疲れちゃったのかな」
なんだ、ヒイロも体験入部の洗礼を受けたのか。
ユーシャは如何にも理解している風に何度も深く頷いた。
「分かるぞ。どの部活も個性というか、アクが強いよな」
「……ユーシャはどの部活に行ったの?」
「薬学部、工作部、美食部、今日は決闘部」
「うわあ」
ヒイロは眉を寄せ、げんなりと口角を下げる。各部のぶっ飛び具合は、既に一年生の間で広まっているようだ。
「だが、入る部活はもう決めているんだ。俺は歴史研究部に入る。ちなみにあの小屋が部室」
ユーシャはピッと今居るベンチの少し先、向日葵畑の傍に立つ小屋を指差した。ふうんと興味なさそうな声と共に、金の睫毛に縁取られたヘーゼル色の瞳が揺れる。
ヒイロが暇だったら部室に誘おうかと考えていると、丁度部室からラストがバケツとハンカチーフを片手に出てきた。
ラストはユーシャを見るなり柔く微笑むと、
「おや、ユーシャと、ヒイロ。二人で向日葵畑を見に来たのかい?」
「たまたま此処で会って話していました。綺麗ですよね」
「そうだね。この向日葵は年中枯れることなく咲いているんだよ。そのように用務員の方が手入れされているんだ」
「へえ、そんなこと出来るんですか。ミッシークって用務員さんまで凄いんですね。ラストさんは、掃除?ですか?」
「ああ。石碑の水拭きにね」
向日葵畑の中にポツリと佇む石碑を眺める。
「ラストさん、俺も水拭きのお手伝いをしていいですか」
特に深い意味はなく、部室に誰も居ないならばユーシャが部室に向かう意味もなくなってしまった、ただそれだけの話だ。
「あの!僕も、お手伝いしていいですか!」
無駄に大声のヒイロにも動じず、ラストは「私としても嬉しい話だ」とにこやかに応じた。
近くで見る石碑は思った以上に大きく、長身かつ手足の長いラストでギリギリ天辺に届く高さだ。上部をラスト、下部をユーシャとヒイロが担当し、他愛ない話をしながら清掃を進める。と言っても石碑は全く汚れておらず、さらに光を放つようにとゴシゴシ磨くだけだ。
三人も居ればあっという間に水拭きは終わり、ラストはひと仕事終えた一年生二人を労うように部室へ招き、手ずから紅茶を振る舞った。
ヒイロは紅茶を飲んで、一言。
「こんな美味しい紅茶が飲めるなら、歴史研究部に入部しようかな」
「本当か!入部!するのか!それなら今すぐ入ろう。大丈夫だ、入部届けは俺が持っている。書き損じた時用に五枚貰っていたんだ」
ユーシャは獲物を狙う狩人のようにヒイロに詰め寄った。学園で初めて出来た同性の友人が同じ部活に入ってくれそうで嬉しかったのだ。気持ちが先走りすぎではあるが。
詰め寄られたヒイロは限りなく嫌そうな顔をしてヂィッと舌打ちし、ユーシャに全力で張り手をぶちかました。
「鼻息キモい」
言い切った後で、ラストを見て「あっヤベ」と溢し、
「ごめんね、つい。わざとじゃないよ、反射的に、ね?入部はじっくり考えるよ。僕、学級委員長で生徒会もあるから」
真っ赤に腫れ上がる頬を抑えるユーシャに猫被りで謝罪した。




