21.体験入部はじめました
二週間の体験入部期間、それはミッシーク精霊術学園新入生に与えられた覚悟を決める猶予期間である。部活動、それがどれ程恐ろしいものか、ユーシャ達は未だ知らない。
ユーシャとエイユは色々な部活動を体験してみる、と決めたはいいものの、ミッシークは部活動が盛んであり、二十を超える多種多様な部活が存在している。一日一部回っていては時間が足りない。二人は、それぞれが興味のある部活に絞って回ってみることにした。
まず向かったのは薬学部。フランが兼部しているという部活だ。
昨日行われた入学おめでとうパーティーの合間にフランに描いてもらった地図とにらめっこしながら歩くと、何故か大炎上している小屋に辿り着いた。
青空の下、怒号が飛び交う。
「馬鹿者が!お前は何回!部室を爆破すれば気が済むんだ!」
「さーせん!超イカした手榴弾のレシピが天から降ってきたんす!」
「御託はいいからさっさと火を消せ、この爆弾魔!」
爆弾魔と呼ばれた茶髪の女は、へいへいと軽い調子で片手を挙げ、もう片手で長杖を掲げて小屋の上空におびただしい量の水を降らせる。局所的に降る滝雨は燃え盛る炎を鎮め、やがて真っ黒焦げになった小屋だけが残った。
ユーシャの勘違いでなければ、此処は昨日歴史研究部へ向かう道中、屋根が吹っ飛んでいた小屋だ。
あまりにも手慣れたトラブル対応、もしや今起きている事も大事件ではなく、日常茶飯事なのか?と余計な勘繰りをしてしまう。
流石に目的地が黒焦げになっているとは思わず、この先どうするべきか決めあぐねていると、煤を被った白衣とゴーグルを装備したフランがやれやれといった風で傍にやって来た。他の新入生達を安全な場所に避難させてきたらしい。
「ユっちーにシャっちー、来てくれたんだ。ごめんね、ちょっと取り込み中で」
「ちょっとどころじゃないほど取り込んでましたが……」
「薬学部は一週間に一回は部室が爆発するからね、タイミングが悪かったなー。天才サイエンティストなフラン博士をお披露目したかったんだけど」
フランはぷんすこと擬音を付けながら可愛らしく怒るふりをした。
「まあ起きちゃったことは仕方ないしね」と軽く流し、
「部室が使えなくなっちゃったから、今から薬草畑に行くんだ。折角だし、一緒にどう?」
畑ならば爆発は起きないだろう、とフランの誘いに乗る。
その後、ユーシャとエイユは土いじりを楽しんだ。
薬学部は傷薬に毒薬火薬、薬と名の付く全ての調合研究だけでなく、園芸部と共同で素材となる草花の栽培・品種改良なども行っているという。
枕元に置くと良い夢が見られるという花を貰い、体験入部は終了した。
土いじり部なら入部を検討しただろう。しかし一週間に一回爆発事故が起きる部活など、命がいくらあっても足りない。
ならば園芸部はどうかと聞くと、活動時間のほとんどがイケメン用務員の追っかけに当てられているらしい。なんだそれはと思わずずっこけたユーシャだったが、ミッシークはかなり自由な校風で、余程の事がない限りはどんな活動内容でも許されるとフランは語った。
変な部活もあるものだ。ユーシャは自室のベッドで、頭まで布団を被って眠りに付いた。
薬学部への入部、なし。
◇◇◇
工作部と書かれた扉を開くと、い草の香りがする雅な空間が広がっていた。低めの天井に丸いちゃぶ台、立派な掛け軸は、ナロ王国も属するナーロッパ大陸の東部でよく見られる内装だ。
畳の上に寝っ転がってクッキーを頬張っていた少女は、ユーシャと目が合うと目を見開いて固まり、かと思えば、慌ててクッキーを飲み込み、ユーシャをまじまじと見て一言。
「灰色の髪に眼帯……もしかして、アンタが入学初日から気絶したっていうザコぉ?」
青緑のツインテールを揺らして、挑発的に笑った。
まだ入学して一週間も経過していないのに、初対面の人にまで知られているほど広まっているのか。噂話の広がりの速さに面食らったユーシャが何も言い返さないのを良いことに、ツインテールの少女は高圧的な態度を続ける。
「きゃは、言い返せないでしょ、だって事実だもんね♡ザコざぁこ♡」
「なんや、お客さん?」
「ミタマお姉様!」
後ろから声がして振り向くと、黒い絹の髪に紅を引いた切れ長の目尻、狐のような女がうっそり微笑んで佇んでいた。
その女は、緩慢な仕草でエイユの顎を扇で持ち上げる。
「ふうん。愛しのラスト・リリンベルン様の『良え人』はどんな子や思うたら……えらい可愛らしい子やないの」
「エイユとラストさんはそんなんじゃ、」
「勇敢な騎士さんも居って。羨ましいわー」
エイユはムッとして扇をはたき落としたが、まるで気にしないようにくすくすと目を細められ、彼女の得体の知れなさに飲まれる。
暫しの沈黙の後、異様な空気を破るかのようにバッタバッタと忙しなく鳴る足音。乱暴に開けられた扉の向こうから、額に汗をびっしょりかいた冴えない青年が現れた。
青年は、狐のような女——ミタマをビシリと指差し、
「クソっ、わざわざ隔離してたのに!なんでアンタはいつもいつも人を揶揄いたがるんですか!新入生が怖がってるでしょうが!頼んでいた仕事は!?終わったんですか?」
途端にミタマは妖しげな雰囲気を霧散させ、からりと笑った。
「ちょっと休憩しに来ただけやんか。小煩い男はモテへんでー?」
「アンタが問題起こさなかったら何も言いませんよ!ほら、薬学部室の建設作業中でしょう、早く行きますよ!……新入生、迷惑かけて悪かったな。体験入部か?何もない部室だが、ゆっくりしていってくれ。リンメ、後は任せた」
「部長に言われなくても、新入生のお世話くらいちゃんと出来るしぃ」
「ほな、またなー。ユーシャ・ヨクイルくんにエイユ・ヤマタイちゃん。工作部への入部はいつでも歓迎するでー」
ミタマは青年に首根っこを掴まれて出て行った。嵐が過ぎ去った部屋で、ユーシャははて、と首を傾げる。
自分は彼女に名前を伝えただろうか。自分だけでなくエイユの名前まで知れ渡るほど、乱闘からの気絶事件は広まっているのだろうか?
ツインテールの少女は、煽りを入れながらも何やかんやとお茶とクッキーを用意してくれた。
慣れない座布団に初めこそ戸惑ったが、時間が経つにつれ身体の緊張が解ける。ユーシャ以外の二人が余りにもだらけているから、というのも大いに関係しているが。
「工作部は、学内の備品修理とか、お仕事を受ける代わりにたんまり報酬を貰ってるの。だから部室も一番豪華だし、おやつだって毎日出るんだから!」
「毎日おやつ付き、それはすごく心惹かれる」
「ふふん、スゴいでしょ。それだけじゃなくてぇ、いっぱい恩を売ってるから、いろんな部活にデカい顔できるの。つまり、ウチが一番エラいってこと♡」
三人は夕食の時間まで雑談に興じた。
工作部の実際の活動を見ることは叶わなかったが、多くの人と接する機会があり、かつ恩も売れるというのはなかなか魅力的だ。
……慣れるまでが大変そうだが。ミタマの品定めするような視線を思い出し、ユーシャは身震いした。
工作部への入部、保留。
◇◇◇
今にも吹き飛びそうなオンボロ小屋。エイユが扉を叩くと、扉の隙間から涙目の幼い子供が半分だけ顔を覗かせた。
「い、言っておくが、何をされても美食部は此処から立ち退かんからな。食堂も出禁、寮の炊事場も出禁、部室もこんな学園の端っこに追いやられ、部費も最低限。これ以上儂らから何を奪うというのじゃ!疾く帰れ、あっかんべーっ!」
びくびくと震えながらも反抗心を剥き出しにして舌を突き出す幼女に、エイユはぱちぱち瞳を瞬かせ、ユーシャと顔を見合わせた後ゆっくり首を横に振る。
「違う。体験入部に来た」
「ほ、本当か!そういえばそんな制度があったな。……おぬしも?」
「ああ」
ユーシャが肯定すると、幼女はぱあっと顔を明るくした。
「そうか、そうか!儂は美食部長にして五年後衛組のチマイ・ノジャじゃ!ようこそ美食部へ、狭いが入ってくれ!」
うっきゃーと奇声を上げるチマイに手首を引っ張られ、ユーシャとエイユはなだれ込むようにオンボロ小屋の中へ入った。
ただでさえ小さい室内は、その半分を氷冷式冷蔵庫に場所を取られている。さらに多種多様な調味料が収納された棚が半分の半分を占め、扉を開閉できるスペースを辛うじて確保した上で、テーブルと椅子がみっちみちに置かれていた。何なら椅子は二脚しかなく、既にこの部屋の定員を超えている。
チマイは冷蔵庫とテーブルの隙間に身体を滑り込ませ、二人を椅子に座らせた。
美食部。生徒会から発行された新入生用部活紹介パンフレット、その最後のページに、歴史研究部と双璧を為すように小さく小さく「未知を追い求めたい人へ」と紹介文が載っていた、何をするか全く分からない部活だ。
食という字に目敏いエイユが体験入部を所望し此処までやって来たが、ユーシャの本能がこの場所は危険だと警鐘を鳴らしている。
反して、エイユは自分から体験入部を希望しただけあってノリノリだ。前のめりになってチマイと話し込んでいる。
「美食部は具体的に何をする部活なのか知りたい」
「うむ。名前のとおり、美味しいご飯を追い求める部活じゃな。新たな美味を求めてレシピ開発したり、新たな食材を探してみたり。たまに狩りに出ることもある。美食部の活動理念は『あらゆる食を楽しんで生きる』、食に関わることなら何でもしてよい」
「何でも」
「びえっ、何でもは嘘じゃ。時間とお金が持つ限り。美食部は儂含め二人しか部員が居らんくてな。部費も削りに削られ、竜の良心ほどしか無い学園イチの貧乏部なんじゃ」
チマイはよよよと涙を流した。
「とはいえ久方振りのお客様じゃ、歓待せねば美食部長の名が廃るというもの。儂のとっておきを振る舞ってやろう」
「…………、ヴッ!!?!?」
そう言って冷蔵庫が開かれた途端に、小屋の中にチーズの発酵臭をさらに酷くした酸っぱい臭いが立ち込め、ユーシャは反射的に鼻を押さえて机に突っ伏した。
「遠く東のショウセ帝国のご当地珍味を参考にした、『海なし川なし魚』を発酵させたもの——名付けて『チマイスペシャル一○八号』じゃ!」
「おお」
「くっ……」
白いモワモワを纏ったオレンジ色の切り身がドンと置かれる。ユーシャは信じられないものを見る目でエイユとチマイを見上げた。口から息をしても異臭がする空間で平気そうにしているなんて。ユーシャは僅かに残った理性で悪口を堪えた。
エイユは躊躇いなくひょいと切り身をつまみ、口に入れる。
「独特な風味だけど、美味しい」
「おぬし、なかなか分かる奴ではないか!発酵食品はすごいじゃろ、美味しく長期間保存できるように工夫を積み重ねられた先人の知恵の塊じゃ。どれどれ、儂も。ん~まい!」
「…………」
長考の末、ユーシャは出された料理を食わず嫌いは駄目だと一切れ口に放り込んだ。
角がない塩辛さで、臭いさえ気にしなければ意外とイケる。臭いさえ気にしなければ。
ユーシャは自然と、食事が選べる時代に生まれたことに感謝を捧げた。
美食部への入部、なし。……エイユは大層お気に召したようだが。万が一にもチマイの料理を歴史研究部室へ持ち込まないよう伝えておこう、とユーシャは心に誓った。




