19.俺なんかやっちゃいました?
明くる日。一年生は今日から三日かけて身体測定、精霊術や武術の技能測定、学力測定を行う。ユーシャ達一年四組は精霊術測定からで、朝から訓練場に集合となっていた。
「昨日はすまなかった!」
「ごめんなさい」
「謝られることなんてない」
訓練場の片隅で身体を直角に曲げるセイバとエイユに、「俺が勝手に乱入して気絶しただけだから」と慌てて頭を下げる。
「元はと言えば、俺が悪かったし。エイユが良いならそれで……」
歯切れ悪いユーシャに、セイバはゆっくりと首を横に振った。
「あの後、学園長に異議申し立てに行ってな。一般入学の他に推薦入学という制度もある、と説明を受けた。校則に違反していないことも確認した。つまり、私の早とちりというわけだ。この一件の非は全て私にある。本当にすまない。エイユも悪かったな」
「私は別にいい。セイバが言葉足らずなことは昨日の内に理解した」
言いながら黒髪をくるくると指に巻き付け遊ぶエイユ、その制服の裾からちらちらと包帯が見え隠れしている。
セイバに至っては、頬に大きな湿布が貼られていた。
昨日ユーシャが決闘に割って入った時点では、そこまで目立つ怪我はしていなかったはずだが。訝しげに二人を見比べると、セイバは一瞬キョトンとした顔をして、すぐに「ああ、これか」と湿布を指差した。
「流石に教室での決闘は場所が悪かったと反省してな。近くの森で決闘を仕切り直して、精霊術あり、なし、ステゴロの三本勝負をしたんだ。それで」
「私が勝った」
セイバは、ムフンと胸を張るエイユに称賛を贈る。
「お見逸れしたよ。同い年でこれほど腕の立つ者がいたとは。ミッシークは戦士養成学校としての側面もあるからな、精霊に選ばれたのも頷ける強さだ」
「セイバも強かった。冗談は面白くなかったけど」
「本当にすまなかった。祖霊を侮辱されて怒るのは当然だ。……言い訳になるが、私はどうにも喧嘩っ早くてな。まずは剣でなく口で戦えと父から言われているのだが、これがなかなか難しいんだ」
「それはすごく分かる。殴った方が早い」
「そうだよな!」
二人はワハハと笑い合った。それでいいのか、いいんだろうな……。
なんでも力で解決しようとするところがどこか姉ユキナと重なり、ユーシャは苦虫をかみ潰した顔になった。
何故決闘を仕切り直し、それも三本勝負で怪我をこさえるほど真剣に戦うのか、ユーシャには理解しかねるが、両者納得の上決着が着いたのであれば何も言うまい、とユーシャは沈黙を選んだ。
仲良きことは美しきことだ。
「色々と事情は聞いたが、まさかエルシエル様の実弟がクラスメイトとはな。台紙は渡すから、サインを貰えないだろうか?」
「俺の?」
「そんなもの誰が欲しがるんだ。エルシエル様のサインに決まっているだろう。昔からファンなんだ」
「冗談だ。俺だって半年に一回会うか会わないくらいだが、サインくらいなら書いてくれると思う」
「本当か!やはり持つべきはエルシエル様の弟の友だな」
喜色満面に力強く背中を叩かれる。
なるほど、セイバは冗談は通じないが素直で竹を割ったような性格だ。確固たる正義を持ち、かつ自分に非があれば謝罪できる様は好ましく、むしろ、いつも言い訳ばかりのユーシャは手本にして見習わなければならないとさえ思う。
なんだ、意外と話しやすい奴だな。
裏口入学を公言したことで、クラス中からど突かれるのではないかと不安だったユーシャは、一番恐れていた人物から好感触を得られたことでホッと肩の力を抜いた。
直後。後ろからずしりと何者かに肩を組まれる。
「よっ、裏口入学クン」
銀髪の柄悪そうな少年——ウルフィはニヤニヤ笑いながらユーシャの肩をバンバン叩いた。どいつもこいつも力が強い。痣にでもなりそうだ。俺の柔肌をもっと労れ、と顔を顰めると、何を勘違いしたのか、さらに強くバシンと叩かれる。
「ンな顔すんなって。あんな爆炎見せられて後ろ指さすヤツなんかいねえよ。なっ!」
「ああ。見事な精霊術だった。無詠唱で敵に火傷を負わせず、得物のみを灰にする精密なコントロール。余程精霊との相性が良いのだろう」
ウルフィの腕を退かし、肩を擦る。
やたら褒められたが、ユーシャには全く心当たりがない。思わず半目になって否定する。
「いや、そんなわけないだろ。無理だって。精霊術なんて家事と灯りにしか使ったことがないし、無詠唱なんてしたこともないのに。属性球すらまともに撃てないぞ、俺は」
「しかし、」
突如として破壊音が轟き、ざわりと訓練場が揺れる。何事かと視線を向けると、丁度ヒイロが短杖を構えて精霊術の技能測定をしている最中だった。
「水精召喚」
的を差し替えてもう一発。短杖から放たれた顔より大きな水球は一直線に的へ向かい、ドカンと音を立てて的を破壊した。
属性球は精霊術の基本と言われている技だ。ミッシークだけでなく、騎士団をはじめ各所で精霊術の技能測定に使われている。精霊の力を球状にして放出するだけの技なのだが、これが意外と難しい。
そもそも、精霊術とは『願いを精霊に叶えて貰う行為』だ。自分の思い通りの現象を起こすにはハッキリとしたイメージと、それを伝える力が必要となる。
ユーシャのように精霊術行使ごとに「何々して」とお願いしているようでは半人前、ヒイロやセイバのように召喚呪文のみでようやく実戦レベルで、フランのようにオリジナルの精霊術が使えるのは精霊との親和性が高いほんの一握りの上澄みのみだ。
球を飛ばすと一言で言っても、その実、形や大きさや飛距離、考えることは山ほどある。僅かでも精霊との意思疎通が乱れれば、それはそのまま術の乱れに繋がり、威力や命中精度が落ちてしまうのだ。
「水精召喚」
生成された水球は先程と寸分の狂いなく一直線の軌跡を描き、的へ着弾する。
「あの子、なかなかやるね」
「うむ。今度手合わせ願いたいものだ。三人で乱戦でもいいな」
「おお」
エイユの声が嬉しそうに弾んだ。
ここに来て新事実発覚。エイユは戦闘狂だった。
——俺には一回も、模擬戦しようだなんて言ったことがないのに!俺が弱いから、端から相手にしていないのか、そうなのか!?
「?どうしたの」
「……何でもない」
モヤッとした形容しがたい感情は心の奥底に仕舞い込んだ。
ヒイロは短杖を降ろし、教官にぺこりとお辞儀をすると、誰かを探すようにキョロキョロ辺りを見渡す。
「む、今がヒイロということは、次は私の番か」
「そうだ、俺、それでオマエを呼びにきたんだった」
「そういう事は早く言わんか!」
そう怒りつつも、セイバはヒイロに負けず劣らずの属性球を披露すると、得意気な顔で帰ってきた。
その後も測定は続くが、ヒイロやセイバのような高練度の精霊術は見られない。
しばし談笑を続け、やっとエイユとユーシャの出番が回ってきたので、二人は待機位置へと移動する。
そういえば、エイユは属性球を撃てるのだろうか。死霊術は精霊術とはまた違った力と言うが、同じ方法で技能測定が出来るかは疑問を感じるところだ。
教官に名前を呼ばれたエイユは、測定位置へと移動し、支給された杖を前に突き出す。
「死霊召喚」
人の型に黒いヘドロを押し込めたようなナニカが、雄叫びを上げながら黄土色の球——土属性の属性球を放ち、的ど真ん中を貫いた。
死霊は精霊術も使えるのか。
剣を振れるのと同じように、人間であった時に使えたものは使えると言われたら、そうかと納得する他ないが。
それって最強じゃないか?と、三連続で無惨に破壊される的をぼんやりと眺めながら、ユーシャは独りごちた。
ユーシャの方を振り返り、ムフフとドヤ顔をするエイユを、素直に褒め称える。
「死霊術って凄いな」
「うん。私のご先祖様は強いんだ」
エイユは、僅かに頬を染めてはにかむ。
途端にデレッと相好を崩した人の顔が宙に浮かび、スンと真顔に戻ると、見ずに裏拳を叩き込んだ。
「でも、ちょっと褒めるとすぐ調子に乗るからあまり褒めないで」
そう言って、エイユはさっさとセイバ達の元へ行ってしまった。
音符が飛び出てきそうなほどご機嫌で、長い黒髪に隠された耳の先が真っ赤に染まっていたエイユの姿を忘れないでおこう、ユーシャはなんとなしにそう思った。
さて、遂にユーシャの出番である。
ウルフィとセイバにあれだけおだてられたのだ、多少は良い所を見せたいと思うのが人の性。
やってやるぞ、と鼻息荒く杖を構える。
——大きさはとにかくデカく、威力は的をブチ抜くくらい強く。杖の先からビューンと飛んでいって、派手に爆発するイメージで!
意気揚々と属性球を撃とうとして、
「ふんぎゃ!」
火球はユーシャの目の前で爆発した。ゲホゴホ咳き込みながら教官を見ると、二発目を撃てと合図を送られる。涙目になりながら頷いた。
一発目は背伸びし過ぎた。カッコつけて身の丈に合わない威力になんて挑戦しなければ良かった。無詠唱なんて以ての外だ。今度は扱い慣れた、小さな灯し火を思い描きながら、
「的に向かって火の玉を出して」
そうお願いを口にすると、蝋燭に灯る程度の大きさの火がふよふよと的へ向かい、真ん中にポンッと当たると弾けて消えた。何だか安心する弱々しさだ。
三発目も同じようにして、教官から測定終了を告げられたユーシャは、同級生三人から哀れなモノを見るような目付きで迎えられた。
「……オマエ、ザコくね?」
「言っただろ、属性球すらまともに撃てないって!」
「いや、もっとさぁ!そこは、ドカーンてなってチュドーンってなって!周りの度肝を抜いた後で『あれ、俺なんかやっちゃいました?』って言うところだろ!?逆じゃん、ザコすぎて『俺なんかやっちゃいました?』とか求めてねぇよ」
「強すぎて、なんて出来るならやっているが!?雑魚で悪かったな!」
ギャアギャアと言い争いを始めるユーシャとウルフィを、女子二人は「うるさい」「喧しいな」と呆れたように見つめていた。




