16.ドキドキの一年生
入学式を終え既に疲労困憊のユーシャ達新入生は四クラスに振り分けられ、それぞれの教室へと案内された。
ユーシャのクラスは一年四組。エイユ、ヒイロも同じクラスだ。
悪夢のような入学式が忘れないユーシャは、もしや教室に入った瞬間爆音クラッカーを鳴らされたり床が全面トランポリンになっていたりするのかと戦々恐々としていたが、拍子抜けするほど何もなかった。
教室の壁や床は建屋と同じ石造りで、窓には真紅のベルベットが掛かっている。一人一つ用意された机と椅子は渋みのある木製で、ミッシーク精霊術学園の歴史を感じる重厚さだ。入学式が異常だったのだとユーシャは胸を撫で下ろした。
白いヒゲを蓄えた老爺が教壇に立つ。
「一年四組の皆さん、入学おめでとうございます。儂はこのクラスの担任のオジイと申しますな。あなた方には、この一年で座学を中心に精霊術の基礎を学んでもらいます」
しゃがれた声の好々爺は、ヒゲを撫でつけながらゆっくりと教室を見回し、
「突然ですが、あなた方がこのミッシーク精霊術学園五年間の教育課程を修了し卒業する頃には、この教室に居る人間は片手で数えられるほどしか残っていないでしょう。それほど、このミッシーク精霊術学園を卒業する者は少ない。ここ五年は特に少なく、今年の五年生は久方ぶりに両手を使って数えましたな」
ざわりと教室が揺れる。
ユーシャもまた場の空気に飲まれるように拳を机の下で握り締め、視線を右往左往させた。
露骨な脅しだが、しかしだからこそ、卒業生が少ないという事実が新入生達に重くのし掛かる。ミッシーク卒業生は総じて超がつくほど優秀と評判だが、それは五年間の教育課程で生徒達をふるいにかけ、厳しい修練を乗り越えたごく一部の強者のみが卒業生を名乗っているということだ。煌びやかな経歴の卒業生の裏で、涙を流す退学者が山ほど存在する。
一様に神妙な顔付きになった面々に、オジイはフォッフォッと愉快そうに笑った。
「怖じ気づかれましたかな。己は卒業できるのだろうかと。しかし、儂があなた方へ言いたいのは、卒業しなくとも良いということです」
今度はしんと静まり返った教室で、オジイは朗々と語り続ける。
「ミッシーク精霊術学園は、ただ鍛え上げられた精霊術士を輩出する場所ではない。精霊術の学び舎です。あなた方が精霊の良き隣人となり、精霊の力を世の中の役に立てていただければそれで良いのです。卒業生という肩書きだけがこのミッシークで得られるものではないですな。転校、留学、就職もいつでも対応しますから、悩んだら教員に相談してくだされ。……勿論、教員としては全ての教育課程を修了していただくことが最も喜ばしいことです。もしあなた方が全員卒業するならば、儂は泣き叫ぶ教員連中の前で大威張りできますな」
そう端々に生徒への慈しみを込めた言葉の結びに、茶目っ気たっぷりにウインクひとつ飛ばした。
さて雑談はこのくらいにして、と学内施設や規則を粛々と説明していく。
教員は生徒間の揉め事には基本不干渉である。校則をよく守り規則正しい生活を送ること。
食堂や学生寮は校舎から歩いて五分の距離にある。
夜十時に寮監督生の点呼があるので必ず寮の自室前にいること。
授業は時間厳守。挨拶は元気よく。学校の備品を壊したらすぐに報告すること。
「寮については教科書配布の後、寮監督生より詳しい説明がありますのでしっかり聞くように。それでは、お待ちかねの自己紹介といきましょうか。出席番号順に、名前と精霊術の属性、趣味や将来の夢を言ってくだされ」
オジイの長い長い説明がやっと終わり、ユーシャは飛ばしていた意識を戻す。
自己紹介。入学式の本番はここからだ。ビカビカ光る正門や悪夢のような式典の記憶は消した。
半開きだった瞼を擦り、同級生の声に耳を傾ける。
「キョウ・イタズリー、精霊術は地属性。趣味は……イタズラ!いつかクラス全員に仕掛けて驚かせてやります。怒んないでネ、シシシッ」
「ヒイロ・オートセーブです。属性は水。将来の夢はまだ決まっていなくて、この学園で見つけたいと思っています。なので、今の夢は無事に進級することかな。よろしくお願いします」
「私はセイバ・カタブッツ。両親が王宮騎士で、私も両親のような立派な騎士を目指している!属性は木で、木剣ならばいつでも作れる」
とはいえユーシャの出席番号は後ろから二番目で、聞いて拍手しての繰り返しでは伸ばした背も曲がる。
初々しいクラスメイトが次々と立ち上がる傍らで、自己紹介をどうするべきか考える。第一印象は重要だ、自己紹介が上手くいくかでミッシーク生活のスタートダッシュが決まる。
趣味は、無難に筋トレでいいだろう。この一年やって来たことといえば、筋トレと早起きくらいしかない。精霊術士の仕事は戦闘職寄りのイメージがあり、ミッシークでも高学年になるにつれ戦闘訓練が増えると聞く。つまり同級生は戦士のたまごでもあるため、筋トレは印象が良いはずだ。問題は、将来の夢をどう伝えるか。
ユーシャの将来の夢は、化け物の左目の謎を解き明かし、消し去ることだ。そんなことは人に言える訳がないので、次点で勇者の迷宮の攻略——これは、同年代のウケが悪いだろうか、と首をひねった。
勇者の迷宮は廃れて久しく、なんの旨みもないことで知られている、と言えるほどの知名度もない。もはや見向きもされない迷宮であり、そんな迷宮に足繁く通っていたユーシャは冒険者の間で「かなり変人」と不本意なレッテルを貼られ、「霞の勇者」なんて煽りでしかない通り名まで付けられていた。
となると、自ずと言えることは絞られる。
将来の夢よりは、ミッシークでどう過ごしたいか、という方向へ持っていったほうが話しやすいか。
ユーシャは、入学したからには楽しく心穏やかに学園生活を過ごしたい。これを、ユーモアを混ぜて小粋な感じにして……
ユーシャはこれ以上ないほど真剣だ。
詰まるところ、ユーシャは同世代との関わりがほとんどないまま育ったため、とても友達がほしいのだ。
「エイユ・ヤマタイ。死霊術士。勇者を探している。見つけたら教えて」
エイユの簡素な自己紹介にまばらな拍手が送られる。いよいよ次がユーシャの番だ。髪を手櫛で整えてから、意気揚々と席を立つ。
「俺はユーシャ・ヨクイル、火属性使い。趣味は筋トレで、ミッシークでの目標はハッピー学園スローライフを送ることだ!よろしく頼む」
長すぎず、ユーモアがあって小粋。なかなか良かったのではなかろうか。鼻息強く自画自賛した。
全員の自己紹介が終わり、オジイは「よきクラスですな」と拍手を送る。
「さて、それでは教科書配布に移りますかな。ああ、その前に。今の時点で質問があれば、何でも仰ってくだされ」
「オジイ先生、ひとつよろしいでしょうか」
凛とした声と共に、紺色の髪を結い上げた少女がピンと手を挙げた。指先まできっちり揃えられており、背筋は腕と同じくらい真っ直ぐで、生真面目さが姿勢に表れ出ている。
この少女はセイバ・カタブッツだったか、騎士になりたいと言っていた、とユーシャは先ほどの記憶を掘り起こした。
セイバは立ち上がり、紫色の瞳で教室を睥睨する。
「この教室に一人、ミッシーク精霊術学園に相応しくない者がいるのでは?」
——ヤッバい、姉貴のコネで入学したのがバレたか?
ユーシャには心当たりしかない。静かに冷や汗が垂れる。
「資格が無いにも関わらず、愚かにも栄光あるミッシークの門を通り抜けた者が」
終わった。完全にバレてる。
ユーシャは内心頭を抱えた。彼の元にミッシークの新入生に選ばれた証たる金の入学許可証は届いていない。偶然に偶然が重なり、姉ユキナを通じて学園長から直接ミッシーク入学を認められた身だ。
ミッシークの正式入学方法が一般の学校とはかけ離れており、人の手による試験や選考が一切無いため、ユーシャの入学に違法性はないが、ユキナとラストが居なければ入学できていなかった純然たる縁故入学。生徒からの悪印象は避けられないだろう。
入学方法が少し違うだけ……いや。
無理矢理入学させられた……違う。
ユーシャは肩を震わせて言い訳を考える。
セイバはキッと睨み鋭く、
「エイユ・ヤマタイ。死霊術とはなんだ?そんなもの聞いたことがない。ミッシークは精霊術の学び舎だ。くだらん奇術を提げた者が、精霊に選ばれし我等に並び立つなど不快極まりない。非精霊術士は即刻退学願う!」
そう、エイユをビシリと指差し、高らかに退学を宣言した。




