14.ハレの日
おろしたての真っ白な詰め襟をピンと立て、肩を回して動きに違和感がないか確認する。まるで王宮騎士のようなカッコいい制服に皺や汚れがあっては格好がつかない。隅々までチェックにチェックを重ね、ついでにポーズも決めてみたりして、満足いったところで背中を丸めてぼやいた。
「完全に、服に着られているな……」
外は雲一つない晴天。春うららかな今日の佳き日、ユーシャは遂にミッシーク精霊術学園入学を迎える。
ミッシークは全寮制なので、慣れ親しんだ冒険者の街ともおさらばだ。窓の外から見える木樽と酔っ払いの転がった路地裏も、これで見納めとなると途端に輝いて見える。
何となしに窓を開け放って、真っ白の制服を着ることとなった元凶たる姉ユキナとの語らいを思い出した。
◇◇◇
ユキナからミッシーク入学を告げられた後。ラストの計らいで姉弟水入らずとなった部屋で、ユーシャは不満げに口を尖らせた。
「ありえないだろ、勝手にミッシークに通うとか決めて。そもそもコネ入学なんて出来るのかも分からないのに」
「そこは抜かりない。ミッシークなんて表向きは歴史ある学び舎の顔をしているが、リリンベルン家とズブズブだからな。少なくともラストの在学期間、二年間は大層甘やかしてくれるだろうよ」
さらりと暴露された裏事情にげんなりしつつ、
「それは知りたくなかった……は一旦置いて!ミッシークなんて超名門校で俺なんかが生きていける訳がないだろ」
「そんなことはないと思うが。ユーシャは性格が争い事に不向きなだけで、技量はそこそこあるぞ。お前は王国最強の愛弟子なんだ、自信を持て」
いじけるユーシャの髪をユキナはワシャワシャ撫で回し、鳥の巣頭にする。さらにぶすくれたユーシャを見て、ユキナはクッと喉を鳴らして目尻を下げた。
笑いながら「悪い」と言いつつも全く悪いと思っていないユキナの手を払い除け、手櫛で修正を試みる。
そんな弟の様子に、さらに大口を開けて笑った。
「男子三日会わざれば刮目して見よ、とはよく言うが、私の弟は見れば見るほど可愛らしい」
「うるさいな」
弟からして見れば、絶対に刃向かえない姉の猫可愛がり攻撃など苛立たしいことこの上ない。
ユキナは笑い過ぎて浮かんだ涙を指先で拭いながら、「そういえば」と話を戻す。
「勇者の迷宮だったか。とうの昔に廃れたと思っていたが、厄介なことに巻き込まれたらしいな」
「俺の左目のこと、『勇者の迷宮を攻略していけばそのうち分かる』って……」
「迷宮の主とやらの言葉を信じるならば、な。とはいえユーシャは勇者の迷宮が気になるだろう?」
「それは、そうだけど」
痛いところを突かれて口篭もるユーシャに、ユキナは口説き文句でも語るようにその肩を抱き、耳元で囁いた。
「ならば、やはりミッシークに行け。一人では不安も多いだろう?ラストに迷宮攻略の手伝いを頼んである」
「それはラストさんにすっごく申し訳ないな……」
「なに、勇者の迷宮攻略はラストにとっても益のあることだ。ラストを気にするならば、二年のうちに勇者の迷宮を全て攻略しろ」
「んな無茶な」
そんな和やかな会話の隙間。
一瞬の空白で何を思ったのか、ユキナは黒曜石の瞳に影を落として、ユーシャの左目の、眼帯の表面をそっと撫でた。
「不甲斐ない姉ですまない」
不意の仕草に息が詰まる。
ユキナが謝ることなんて何ひとつない。ユーシャはそう反論しようとして、止めた。さらに深く謝られて、有耶無耶に甘やかされることが分かりきっているからだ。
昔からそうだった。姉も、父も母も、ユーシャが化け物の左目を持って産まれたせいで要らぬ苦労を強いられた。ユーシャがいなければ両親が故郷を追われる事もなく、人里離れた場所で子育てに翻弄されることもなく、悪い噂が立つ度に住まいを転々とすることもなかった。
ユーシャが化け物の左目を嫌い、疎み、勇者になりたいと、ちゃんと人間だと思いたいのは、家族がこんなユーシャでも愛してくれているからだ。
大好きな家族を自分のことで悲しませたくない。ユーシャは弱くて情けないが、どれだけ時間が掛かろうと勇者になる夢を諦めきれないのは、ただ家族が大好きで、その隣に並び立てる人間でありたいからだった。
目下の目標は勇者の迷宮第二の宮『鬼説羅墳』の攻略だ。やっと掴んだ勇者に繋がる機会を逃す手はない。ユーシャ一人ならば難航するだろうが、やはり公爵閣下でも何でも使って攻略を進めるべきだ。
勇者の迷宮の『記念品』——五芒星の一角だけが描かれたチャームを握り締め、ユーシャは静かに闘志を燃やした。
「俺、ミッシークに行きたい。姉貴に言われたからじゃなくて、俺が、やりたいことがあるから」
ユキナは「そうか」と、眩しいものを見たように目を細めた。
◇◇◇
「ミッシークに行くと最後に決めたのは俺だ。頑張らないとな」
バチンと両頬を叩き、気合いも十分に酒場の階段を降りると、女将と常連客が勢揃いで待ち構えていた。
「坊主、本当にミッシークに行くんだな。エリート様じゃねえか、頑張れよ」
「俺達みたいな安酒飲みになるんじゃあねえぞ」
「たまには顔出しなよ、スジ肉煮込みならいつでも出してあげるからね!あとこれ干し肉、旅のお供にでもしな。気張りなよ!」
「ありがとう。行ってきます」
三者三葉の叱咤激励に面映ゆさを感じながら、ユーシャはそうはにかんだ。
ミッシーク精霊術学園は冒険者の街から馬車で一時間程の道のりだ。ラストに用意してもらった馬車で、エイユと共に向かう約束をしている。
つくづくラスト、ひいてはリリンベルン家には世話になりっぱなしだ。入学後も利用してやると心に決めたばかりなのに、一生恩を返せなさそうで後ろめたさが消えない。入学したら自分の出来ることを探して恩に報いよう、と独り言ちた。
待ち合わせ場所の高級ホテルへ辿り着くと、道脇に薔薇と炎が組み合わさった家紋入りの豪華な馬車が見えた。その窓内から小さく手を振るエイユに、軽く片手を挙げて返す。
足早に馬車に乗り込むと、ユーシャと同じく白い詰め襟の制服に身を包んだエイユがちょこんと座っていた。相も変わらず小さな口は真一文字に結ばれているが、頬がほんのり赤く色付いている。ミッシーク入学という一大イベントに、さしものエイユでも浮き足立ってしまうのだろう。
それにしても、とユーシャはエイユの向かい側に座り、その姿を眺め見る。
「流石に、エイユは制服が様になっているな」
すっかり見慣れたエイユの顔に、美少女だなと思うことも少なくなっていたが、改めて見るとやはり圧力——圧倒的美少女力がある。制服を凛々しくも初々しい少女騎士といった風に完璧に着こなしていた。
眼福、とウンウン首を縦に振るユーシャに、エイユはじとーっとした目つきで、
「ユーシャも似合っている」
「えヘェっ」
てっきり「似合ってない」と罵倒されるとばかり思っていたユーシャは、咄嗟の反応が出来ずに思いっきり声が裏返った。
道中は実に平和なもので、勇者談義に花を咲かせていれば一時間なぞあっという間だった。御者から到着を告げられ、ユーシャはフウと大きく深呼吸した。弱さも迷いも全部置いていく、そんな気持ちを込めて。
「行くぞ!」
そうして己への鼓舞と共に、すくと立ち上がる。
——遂に来た、ミッシーク精霊術学園。俺は此処で、絶対に勇者になる手掛かりを得るんだ!
決意新たに馬車を降りたユーシャは、まず己の目と耳を疑った。
何ということだろう。『祝ご入学』とデカデカ書かれた看板は自己主張激しく七色に明滅し、青ざめた顔の新入生が花で作られた美しいアーチの下を潜るたび、アーチの天辺で悠々と翼を広げた孔雀がインコのように「オメデトウ!オメデトウ!」と騒ぎ立てている。
たまに見る変な夢のようなこの光景が伝統あるミッシーク精霊術学園の入り口だと、誰が分かるだろうか。
「実家に帰らせていただきます!」
そう吐き捨ててユーシャが馬車へ踵を返すのも無理ないことだった。




