13.最強にして最恐
先日と同じ、ラストが所有する高級ホテルの一室。ラスト、ユーシャ、エイユの三人は緊迫した空気の中でユーシャの姉であるユキナ・ヨクイルを待っていた。
「お前それで何杯目だ、少しは遠慮しろ!ラストさんなんて何回ティーカップを『お取り替えします』されたと思ってる!」
「お呼ばれ先で遠慮なんてしたら家格を侮っていると捉えられかねない。だからおかわりは何の問題もない。流石リリンベルン家、茶葉の質は勿論だけど、入れる腕が良いね」
いつも通り微笑みを絶やさないラストをチラチラ見ながらエイユを小突くユーシャ。それを気にすることなく、エイユは優雅に湯気を立てる紅茶の香りを楽しむ。
如何にも貴族らしいことを言われてしまっては、ユーシャは納得する他ない。
「そうなのか、貴族も大変なんだな。そういうことなら俺も」
いただきます、とユーシャは見様見真似でティーカップの取っ手をつまむように持ち上げ、中の液体をゴクゴク飲み干した。
——緊迫した空気を作り上げているのはラストただ一人で、ユーシャとエイユはのんびりとユキナの到着を待っていた。
勇者の迷宮の一件の後、すぐにユキナと連絡を取り、遥々勇者の街まで来てもらうことになったのだ。ユーシャ達が馬車で向かうよりもユキナに走って来てもらう方が速い。
ちなみに、フランは「面倒事はマジ勘弁!」と言って逃げた。人の姉を悪びれもせず面倒扱いするなとは、ユーシャはとても言えなかった。
血の繋がった姉で永遠の憧れだからこそ、彼女の厄介さ、規格外さは身に染みて分かっている。『無比の暴君』なんて物騒な渾名から察するに、ミッシーク精霊術学園では相当好き放題していたのだろう。会う必要がなければ会いたくないという気持ちは分かる。
故に、今日この場に居る三人はユキナと会わなければならない者——正確には、ユキナを呼んだラストと、彼に有無を言わさぬ圧力で引き留められたユーシャとエイユという面子だ。
静まり返った部屋に、扉をノックをする音が響く。
「エルシエル=ユキナ・ヨクイル様、ご到着にございます」
「待たせたな」
ようやっと姿を現したその女は、形の良い眉を吊り上げ不敵に笑った。
一つ結びの灰色の髪に黒い瞳、白い開襟シャツに黒のワイドパンツ。言葉を並べればどこにでも居る普通の女性だが、到底文字として表しきれない、彼女の全身から迸る生気が見る者を威圧する。彼女こそ、ユーシャの姉たるSランク冒険者、ユキナ・ヨクイルだ。
ユキナは入室早々エイユへと歩み寄る。
「初めまして、お嬢さん。私はユキナ・ヨクイル。ユーシャの姉だ。弟が世話になっている」
「エイユ・ヤマタイと申しま、うっきゅ」
一方的に熱烈な抱擁に目を白黒させるエイユを、ラストはスマートに救出し、
「お越しいただきありがとうございます、エルシエル様」
「随分と固いな。私にはユキナという立派な名前があるというのに。なあ、ユーシャ?」
「……まさか、弟君に何も話されていない?」
今度は仔猫を相手するようにユーシャの顎下を撫でるユキナに怪訝な顔をした。
話すも何も、ユキナは常にユーシャを子供扱いしているので、ユキナが普段何処で何をしているかユーシャは全く知らない。
Sランク冒険者として数々の迷宮を攻略していると風の噂では聞くが、本人に冒険譚をねだっても「子供に聞かせるようなことはしていない」と逃げられてしまうのだ。
「君の姉君は、王国最強の剣たる『エルシエル』の名を冠するお方だ。お立場としては国王相談役、どの貴族より国王陛下に近く、直接の諫言も許されている」
「はあ」
ユーシャはポカンとして気の抜けた返事しか出来なかった。
王国最強。そんなに強かったのか。
確かに、手元が狂って山ひとつ消し飛ばす人間が大勢いても困る。しかし姉が最強と言われても、元の距離が近すぎてイマイチピンと来ない。
ユキナはユーシャが物心ついた時からあちこち出稼ぎに出て中々家に居なかったが、たまに帰ってきた時には必ず稽古をつけてくれる優しい一家の大黒柱だった。
国王相談役に至っては、最早話の次元が違うのでピンと来るわけがない。ラストの口振りからして、国の制度的には王族の次にユキナが偉いということなのだろうが、当然ながらユキナは平民だ。どう考えてもおかしい。
ツッコミ所がありすぎて、どうなっているんだと視線でユキナを批判すると、彼女は気まずげな顔で猫可愛がりを止めた。
「エルシエルは私のもうひとつの名前だ。仕事上付き合いのある人間は皆、私のことをエルシエルと呼ぶ。あまり気にするな」
この話は終わり、と一番気になるところには触れさせずに、ユキナはドカッと空いた椅子に座る。
彼女が徐に瞼を閉じ、再び開けると、そこにユーシャの優しい姉はなく、ただ一人の圧倒的強者が君臨していた。
「今日はリリンベルンの金で弟に会いに来ただけだからな。用件は手早く済ませよう。知りたいのは、ユーシャの精霊術についてか」
「はい」
「それについては、お前は何もする必要は無い。私も何も知らないし、対応することもない」
「それは、リリンベルン公爵への回答と捉えてよろしいので?」
ここからはユーシャとエイユの出る幕ではない。大人達の話し合いだ。と、ピリつく空気を肌で感じる。
「我が家は三世代遡っても普通の平民だ。何らリリンベルンと血の繋がりがないとは言わないが、ナロ王侯貴族が大事に大事にしている『血継精霊術』の可能性は低い。そも、私がミッシークに入学した時にユーシャが火属性術士であることは先代公爵に伝えてある。それでお前の耳に入っていなかったということは、先代が何もしないと判断したということだろう」
「血継ではないなら、尚更問題ではないですか!」
ラストは声を荒げてユキナに詰め寄る。
「イレギュラーだから放置しておけと!?貴女の弟だけではない。このエイユ・ヤマタイ嬢も死霊術という精霊術に分類できない力を使います。同じ世代で二人もイレギュラーがいるのです、何か起きていると思った方が良い」
「死霊術。巷で死霊術士を名乗る冒険者パーティーがいると耳にしたことはあるが」
ソファーの隅で大人しくしていたエイユは、静かに頷いた。
「それは私と私の師匠だと思います。五年程、二人で冒険者をしていたので」
「その死霊術、今使えるか?」
エイユは再びこくりと頷き「死霊召喚」と唱える。
死霊は泥から湧き出るや否や、エイユを守る騎士の如く彼女とユキナの間に踊り出た。
ユキナはその様子に「なるほど」と目を細める。
「まあ、野放しにしておくには危険だろうな。ユーシャ共々殺そうとしたが、私の弟とヤマタイの姫ならば直ぐには殺せまい。せめて監視下に置いておきたいというところか」
「エルシエル様ッ!」
険を露わにした静止の声に、ユキナはわざとらしく肩を竦めて両手を挙げた。
「死霊術については私も調べてみよう。ユーシャの処遇は……ユーシャ、精霊術士の学校に興味はあるか?」
急に話を振られ、話の流れが読めずにユーシャは動揺する。
「ラストの監視下に置くにはユーシャがミッシークに入るのが一番都合がいい。ユーシャも昔から強くなりたがっていただろう。ミッシークは強くなれる環境が揃っている。ほんの二年間通うだけでもいいんだ、どうだ?」
「なっ、ミッシーク!?俺が!?」
「それは、火属性精霊術が人目に付きすぎるのでは」
ラストのややずれた発言にユーシャは恐れおののいた。
もっと他に言うことがあるだろう、万年Fランク冒険者にミッシーク精霊術学園は分不相応だとか。
その返しは、まるでユーシャがミッシークに入学すること自体は良しとしているように聞こえる。
「聞かれたらリリンベルンの縁戚とでも言えばいい。それくらいの誤魔化しはお前でも出来るだろう」
「学園への説明はどうされるのです」
「お前が交渉したらどうだ?私は学園長とは会いたくない」
「エルシエル様」
「冗談だ。ユーシャの事だからな、私が出向くとしよう。ミッシークの教員は揃いも揃って出不精だ、どうせ暇しているだろう」
さも確定事項のように話を進められる。「ええ……」とか細い困惑の声はエイユにしか聞こえていなかった。
助けを求めるように無言でエイユに訴えかける。頼む俺にはお前しかいない。お前ならいける、この状況を変えてくれ。
エイユはぱちぱち瞳を瞬かせた後、ぷいっとユーシャから顔を背けた。
諦めるな!もっと熱くなれよ!
……とは、粛々と話を進める公爵閣下と王国最強の姉も居る中で言えるわけがない。
「と、いうことだ。ユーシャ、ミッシークに行け。なに、そこのラストが保護者分ならそう悪いことにはならん。安心して通うといい」
かくして、安心できる要素がひとつもないままユーシャ・ヨクイルはナロ王国随一の精霊術士養成学校、ミッシーク精霊術学園への裏口入学が決定した。




