12.衝撃!火属性精霊術のマル秘情報
「これでよし」
「なにもよくないが!?」
ユーシャは吠えた。この非道愚行を許してはならぬ。反逆の意志を示さなければ、眼前の暴虐の徒は増長し、己の身も心も支配されるだろう。それは断固拒否する。故に、この状況を許容してはならぬ、と。
ユーシャは首から下を隙間なく縄で縛られ、一切の身動きを禁じられた状態で床に放られていた。
せめてもの救いは、此処がラストが所有する高級ホテルの一室であり、床には毛長のふかふか絨毯が敷き詰められていることだ。思わず頬ずりしてしまう気持ちよさだ。硬いベッドと薄い毛布で日がな過ごすユーシャは、顔をとろけさせながら芋虫のように絨毯を這う。それが唯一出来る反抗だった。
「せめて手足は解放してあげなさい。このままではまともに話し合いもできない」
「そうそう、シャっちーも超反省してるって。ねっ?」
ラストとフランの窘めに、反逆心を思い出したユーシャは、絨毯から顔を浮かせ暴虐の徒をキッと睨んだ。
「よく聞けエイユ。どう考えても簀巻きはやり過ぎだ!いい加減解け!」
暴虐の徒もといエイユは、表情にこそ出さないが、本当に嫌々、渋々、仕方なく、ユーシャを縛り上げていた縄を解き——やや黙考した後、一重だけ胴体に巻き付け、余った縄を手に持った。気分は牧場を脱走して捕まえられた羊だ。
これはこれでどうかとは思うが、四肢が自由に動かせるだけマシか。エイユは恐らく、これでユーシャが何処かに消えないか心配しているのだ……ということにしておく。彼女の気が落ち着くまで好きにさせておこう。
腹の縄は一旦無視して、ユーシャはラストに勧められるままに、テーブルを挟んで彼と向き合う形で革張りのソファーに腰を降ろす。
微笑みを湛えた貴公子は、やや眉を下げ、躊躇うことなく頭を下げた。
「まずは、ユーシャ。怖い目に合わせてしまってすまなかった。私の監督不行き届きだ」
「えっ、ちょ、頭を上げてください……!ラストさんが謝る必要はないです!」
「いや、迷宮では私はユーシャの雇い主だった。作業者の安全管理は私の責務のひとつだ。それに、エイユ嬢から君は戦えないと聞いたよ。一般市民を迷宮へ連れるべきではなかった。可哀想なことをしてしまったね」
なんだかこちらまで悲しくなってくる物言いだ。
そりゃあ、エイユやフランと比べれば、その戦力差は月とスッポン竜とヤモリだが。ユーシャとて冒険者の端くれ、死にたくはないが、冒険者活動を続けることによる死の危険は十分に理解している。危険を承知で冒険者をしているのに、完全に守るべき対象として認識されているのは、ユーシャが弱いからだと分かっていても悔しいものは悔しい。
「状況のおさらいをさせてもらおう」
複雑な心境のユーシャを置いて、話し合いは進む。
ユーシャとエイユが何をしていたか、二手に別たれた先でお互いに何が起きたか、四人で事細かに確認し合い、ラストはふうと悩ましげに息を吐いた。
「灯籠に精霊術による火を点けたことが引き金になったことで間違いないね。私が試した時も同じように下層への道が現れる現象が確認できた」
「試したってことは、ラストさんも火属性術士なんですか!」
「私も、そうだね。私からすれば、ユーシャが火属性術士であることが異常事態なのだけれど」
ユーシャはテーブルを乗り越えるほど前のめりになって、喜色満面にラストを見つめた。
人生で初めて自分と同じ火属性精霊術の使い手を発見し露骨にテンションが上がるユーシャに反して、ラストはその微笑みを硬くする。
落ち着けと言わんばかりに腹の縄を引っ張られ、すごすごとソファーへ掛け直した。
「火属性精霊術がとても珍しいのは知っているね?」
こほん、と大仰に咳払いをして場を仕切り直し。ラストは妙に重々しい佇まいで、静まり返った部屋の口火を切った。
「端的に言うと、火属性精霊術はリリンベルンの家系でしか発現しないんだよ。ナロ王国建国以来の五百年弱、リリンベルン家は血縁に火属性術士が生まれる度に保護し守り続けてきた。とても大切なものなんだよ。それがリリンベルン以外で現れたとなれば、我が家門の威信に関わる……分かってくれるね?」
「俺は生まれも育ちも平民です!」
尋常ではない威圧感に、全身汗でビタビタになりながら必死に顔を左右に振る。
どうして気付かなかったのだろうか。ラストは微笑みを浮かべているが、口角は常に同じ位置を保ち、柔和な雰囲気のその実能面と変わりない。否、ユーシャの感情を操作するように分かりやすく表情を付け替えており、能面よりたちが悪い。
火属性精霊術が特別なものというのもユーシャは何も知らなかった。物心ついた時から使えたのだ、珍しいということは分かっていても、公爵家の一門でしか発現しない大層なものだなんて分かるはずがない。
本当に首が吹っ飛ぶかもしれない。火属性は数少ないユーシャの自慢ポイントだったが、首が吹っ飛ぶならばそれは欠点にしかならない。
ユーシャは顔を真っ青にして歯をガチリと鳴らした。
「君の認識がそうというだけでは?君の縁者、身元を保証できる人間ですぐに話ができる人はいるかい?」
「俺は本当に平民です。姉が、姉がSランク冒険者に昇格した時、冒険者組合から身辺調査を受けたと聞いたことがあります。組合にもその時の資料が残っているはずです。それを見れば公爵様とは関係ないって分かります!」
震える声で泣きそうになりながら質問の答えになっていない言葉を紡ぐユーシャに、ラストはぱちくりと飴色の瞳を瞬かせた。
「Sランク冒険者。この年頃で?……待ってくれ」
眉間を押さえ、思考を巡らせる。一大事に限って嫌な予感はよく当たる。
「もしかして、君の姉君の名前は、ユキナ・ヨクイル様だろうか」
「はい!知り合いですか?」
一筋の光明にパッと顔を明るくしたユーシャに、一切の光明を無くし考え得る限り最悪の展開を引き当てたラストは片手で顔を覆い隠し、天を仰ぐ。
血管の浮き出た手の隙間から、能面をかなぐり捨て口角をヒクつかせる様子が窺えた。
「私がミッシークで一番お世話になった先輩だよ」
そう苦々しく声を絞り出し、覇気を無くして背もたれに寄りかかるラストを、その隣で見ていたフランは珍しいと軽く目を見張り。思い出したとポンと手を叩いた。
「じゃあ、シャっちーのお姉さんがあの伝説の、ミッシークで恐怖政治を敷いたっていう極悪非道冷酷無惨な『無比の暴君』なの?」
ヨクイルなんてよくある苗字だし人違いではないですか、とユーシャは言いたかったが、ラストが頷いたので暴君はユーシャの姉で間違いないらしい。流石にSランク冒険者で苗字被りはいなかったはずなので、少なくともユーシャとラストの間でユキナ・ヨクイルは同じ人物を指している。
一体何したんだ、姉よ。弟は何も聞かされていないぞ。そもそもミッシークを卒業していたことすら知らなかった。
ユーシャは命と引き換えに姉の知りたくなかった一面を知ってしまった。
ユーシャの姉がミッシーク卒業生と分かってからの話は早く、ユーシャの出自がどうであれ一度姉を交えて話し合いをする、ということでこの場は纏まった。勿論、ユーシャや家族の身に危害を加えないことも約束を交わした。
ラストは誰もいなくなった部屋で、一人静かに呟く。
「あの人はいつもいつも、何も教えてくれない。……してやられたな」
その視線は氷のように冷え切っていた。




