11.導かれた先で
「こらーっ!人間には説明責任ってものがあるんだよ!?何処かに行くならきちんと説明してからにしなさーい!」
やいのやいのと騒ぐフランを聞き流し、ユーシャはふらふら取り憑かれるように勇者の迷宮の最奥へと歩く。今居る場所が何処かも分からないが、道は頭の中に響く声が教えてくれる。
——早くこっちにおいで
ユーシャは声の通りに従うだけだ。
「ねえ本当におかしいよ?どうしたの?……力強っ」
フランはユーシャを引き留めようと腕を引っ張るが、逆に引っ張られる形となり、予期せぬ事態に表情が消える。
ユーシャはごく普通の少年だ。足の運び方、立ち居振る舞い、どこをとってもやや鍛えた一般人の範疇であり、フランには遠く及ばない。イチ少年にフランが力負けするなど、普通であればあり得ないのだ。
「おーい聞こえて、ないよね!洗脳でもされてるのかな。困ったなー」
尋常ではない力で突拍子もない行動に出ることから察するに、ユーシャは何者か……恐らくこの迷宮の主に魅了系統の精神状態異常をかけられている。それにしてはフランへの敵意が全く見られない。というよりは、フランの存在自体気にしていないことがどうにも引っ掛かるが。
加えて、迷宮を埋め尽くすほど居た軍鶏型の魔物が、最初の接敵からパッタリと姿を見せなくなっている。そもそも、勇者の迷宮はもう何百年も魔物が出現しないという口触れだったはずだが。
となれば、ユーシャが何らかの条件を満たし、迷宮の主の特別な獲物として選ばれたか。それは何、何故。
ああ、とっても面白いことになってきた。
「良いことをすればイイコトが返ってくるって本当なんだ!」
フランは鼻歌交じりに前を突き進むユーシャを追いかける。
ユーシャは精神汚染を受け、フランの言うことを聞かなかった。手は尽くしたものの状態異常回復には至らず、仕方なしにユーシャの身体に危険が及ばぬよう付いていった。ラストから問われたら涙ながらにそう説明すればいいだろう。
こんなに面白そうなことを止める方が間違っている。
人間は面白いことが大好きであるからして、フランもまた人間心理として正しい選択をした。
ユーシャは華美な装飾が施された扉を躊躇なく開ける。中は荘厳な大広間で、その中央には翼を広げた巨鳥の石像が鎮座していた。
一歩近付くごとにピシリピシリと像は大きくひび割れ、やがて優艶な黒翼が姿を現す。今にも翼をはためかせて飛び立ちそうだが、その足元は幾重もの鎖で頑丈に繋がれている。
黒翼の巨鳥は薄く目を開くと、ユーシャに向かって柔く微笑んだ。
「やっと来た」
ユーシャを呼んでいた、彼女の声だ。
「ずっと会いたかった」
「初めましてだが?」
初めまして、のはずだ。人間の友達すらいないユーシャに、会いたかったと言われるほど仲良しな喋る鳥の友達はいない。それなのに、彼女の声を聞いていると、とても懐かしくて、辛く、悲しい。
この世の青という青を混ぜ込んだような、言い様のない感情に襲われる。
顔に暗い影を落としたユーシャの頬を、艶めく黒い翼が撫ぜた。
「ごめんね。私が此処に居るのは私の意志だけれど、囚われたのは本意じゃない。人避けられたこの迷宮で、私が君のために出来ることはもう無い。だから」
彼女はゆっくりと、ユーシャへ向けて首を垂れる。
「君の炎で、私の魂を燃やして」
彼女の身体に手を伸ばすと、言葉はなくとも掌から炎が噴き出る。美しく幻想的な赤い炎が揺れる。触れる寸前、言葉の意味を思い返して、慌てて手を引っ込めた。
「それって死ぬってことか。そのために俺を呼んだのか。そんなの駄目だ」
「気にしなくていいよ。私の身体はとうの昔に朽ちている。死にきれなかった魂が此処に残っているだけ。在るべき場所に還るために、君の炎で葬ってほしい」
葬るなんて出来るわけない。
既に死んでいると言われても、ユーシャの目の前にいる巨鳥は生きているように見える。やはり、自分の手で命を奪ってしまうことは恐ろしい。首を横に振って抵抗すると、彼女は何だか呆れたような瞳で溜息を吐いた。
「君の炎は、暗闇に一点光る導きの灯火。誰かを傷付けるためじゃなくて、誰かを救うための力。どうして泣いているの。君が恐れることは何もないのに」
「あ、俺、なんで泣いているんだ……」
「いいよ。君に覚悟が出来るまで待ってる。久し振りに思い出したよ、本当に情けなかった頃のこと」
ユーシャから溢れた涙を器用に拭い、私が先走りすぎた、と彼女は頭を振って、ふと「私が出来ること、まだあったね」とユーシャを仰ぎ見る。
呼吸ひとつで、しんみりした空気がピンと張り詰め、煌びやかな大広間に相応しい神聖さを纏わせる。その堂々たる佇まいは、まるで物語の一幕に迷い込んだようだ。
定型文を諳んじるように、あるいは唄うように、朗々と声を響かせる。
「我、勇者の迷宮第一の宮『鳥獣画廊』の主、汝に救世の勇者の片鱗を見出したり。汝、為すべきは囚われた魂の解放。向かうべきは勇者の迷宮第二の宮『鬼説羅墳』。願わくば我が同胞に救済を与え給え」
「勇者って……」
「みんなのこと、ちゃんと救ってあげて」
意味深な台詞を言うだけ言って、彼女はゆっくりと目を閉じる。ピシリピシリと音を立て、鮮やかな黒が無機質な石に変化してゆく。再び長い眠りに就こうとしているのだ。
「待て!お前は、俺の左目のこと、知っているのか!?何か関係があるのか!?思わせぶりなこと言われても、何も分からない!!」
「死人に口なし、私に説明責任はないよ、って言いたいところだけど。いいよ、ヒントはあげる。『勇者の迷宮を攻略していけばそのうち分かるよ』。おまけに記念品もあげる」
石に侵蝕されつつある瞳でユーシャの胸元へ視線を送る。ネックレスを引っ張り上げると、冒険者ランクを現すタグの他にもう一つ、五芒星の一角だけが描かれた円盤状のチャームが付けられていた。
「またね、私の勇者」
「待ってくれ!まだ聞きたいことが山ほど……!」
ユーシャの心にしこりを残して、巨鳥は再び物言わぬ石像と化した。
◇◇◇
「ええと、シャっちーがこの迷宮を攻略した、ってことでいいのかな」
事の始終を後方でじっと観察していたフランは、巨鳥が石像に戻ったことを確認してからユーシャへと近付いた。その表情は場違いに晴れやかだ。
「いい、んでしょうか。俺にも何がなんだか。雰囲気で会話していましたし。ですが、妙に既視感があるというか、変な感じがします」
「ふーん、じゃあ、魂が覚えていることなのかもね」
「魂……」
「うん、魂は輪廻転生するっていうでしょ?身に覚えがないのに既視感があるってことは、前世で何かしたんじゃない?」
今のユーシャには、フランのいい加減な物言いにさえ感じ入るものがあった。
欠けた五芒星のチャームを透かし見る。この世界は不思議で満ち満ちていて、ユーシャの分からないことだらけだ。今以上に分からないが増えても生き辛いだけだ。何せユーシャは自分のことすら分からないのだから。
巨鳥の彼女の言う様に、他にも存在するらしい勇者の迷宮を攻略すれば、自分のことが、左目に巣くう化け物の証の正体が分かるのだろうか。
「とりあえず、帰ろっか!ちょうどお迎えが来たみたいだし」
フランの視線の方向を見遣ると、エイユとラストが駆け寄ってくるのが見えた。心配を掛けただろうか、ユーシャは自分の無事を報せるように片手を挙げると、助走をつけて飛び込んだエイユの拳が鳩尾に直撃した。
「ガッ……うッ、な、なんで?」
「ユーシャは本当に馬鹿、どうして勝手に行動する。動けなくした方が安心」
弁解の暇もなく、ユーシャは地に伏した。




