第八話:ピンク髪の令嬢を探せ
さて、やってきました入学式。
伝統ある王立高等学院には、新入生とその従者たちが詰めかけていて、賑やかだった。
王立学院には制服があり、学年によって色が違う。
私たち新入生の制服は、濃いめの灰色。
それに青空のようなブルーがアクセントカラーになっている。
令嬢はワンピースに、丸みを帯びたデザインのジャケット。
令息はスーツタイプで、ネクタイを締める。
上品だけど可愛らしい制服は、私のお気に入りだ。
「むふふ。制服、可愛いー!」
「はいはい、可愛い可愛い」
にまにましている私の隣には、控えめな色のスーツを着たヴァンがいる。
ヴァンは、適当に話を合わせていることを隠そうともしない。
こんなときにエルザがいてくれたら、一緒になって「可愛い」と喜んでくれるのになあ。
でも残念ながら、彼女は現在、従者向けの説明会に参加していて、ここにはいない。
明日からは毎日、エルザが従者として送り迎えをしてくれることになっている。
ただ、今日は入学式で人も多いだろうということで、警護役としてヴァンも来てくれているのだ。
そんな私とヴァンがどこにいるかというと、校門を入ったところにある広場を見渡せる低木の影にいる。
「この広場を、この目で見られるなんて感激だわ!」
「いや、なんで広場? ……校舎とか図書館とか感激する場所は他にあるだろう……」
私が両手の拳を胸の前でぎゅっと握って感動しているのを、ヴァンは冷めた目で見ている。
違う、違うのだ! ヴァンは分かっていない。
「ここで入学式前のイベントが起きるはずなのよ」
どうやら、私の独り言はヴァンに聞こえてしまったらしい。
「イベント? なんだそれは」
「なんでもない。こっちの話よ」
ヒロインと、ゲーム開始時点で最も相性のいい攻略対象者が、偶然にぶつかって出会うイベントだ。
初日から遅刻しそうになったヒロインが、慌てて走ってきて、攻略対象者にぶつかって転んでしまう。
スチルには、攻略対象者が手を差し伸べてヒロインを起こそうとしているシーンが描かれている。
そのイベントを見ようと、私は早めに学校へ来て、ここで見張っているのだ。
起こる日と時間帯、そして場所が分かっているイベントはほとんどない。
逃がすわけにはいかない。
「これでヒロインの名前も分かるし、一挙両得とはこのことよ!」
意気込んで小さくガッツポーズをとる私を、ヴァンは胡散臭げな目で見てくる。
まだ私はヒロインの名前を知らない。
プレイヤーが好きな名前を設定できる仕様だったので、初期設定の名前を忘れてしまった。
ゲームでは元平民で、母親が男爵と再婚したので、男爵家の娘になったと紹介されていた。
けれど、名前も分からない男爵令嬢を、入学前に片っ端から調べるなんて、今の私には無理だ。
それに男爵家って多いしね。
ただ、ヒロインの外見は知っている。
スチルで何度も出てくるから。
ヒロインの一番の特徴は、ピンク色の髪だ。
でもここは現実の世界。ピンク色の髪なんてあるはずがない。
悪役令嬢のエレオノーラ様も、ゲームでは真っ赤な髪色だった。
でも、この世界では赤みの強い栗色だ。
だからヒロインも、きっと赤みを帯びた金髪かなにかで、光の加減によって淡いピンク色に見えるのだと思う。
きっとヒロインは可愛くて、目立つ容姿をしているだろう。
この広場を見渡せる場所で張っていれば、見逃すはずがない――はずなんだけど。
「来ない……ヒロインが来ないよ!」
「ヒロインって、お前が見かけたら教えてくれって言ってた令嬢のことか? 髪がピンクっぽく見えるっていう」
ヴァンは広場に目を向けたまま、首をかしげる。
「そんな目立つ相手なら、さすがに見逃さないだろ。まだここには来てないんじゃないか?」
ヴァンはそう言うけれど、入学式会場のホールへぞくぞくと向かっていく新入生を見ていると、本当にヒロインが来るのか心配になる。
私とヴァンは、早い時間からここで見張っていた。
だから、ヒロインがもうホールへ入ってしまっている、ということはないはずだ。
それから、さらにしばらく待ったけれど、ヒロインの男爵令嬢は来なかった。
入学式が開かれているホールのほうからは、厳かな音楽が流れ始めた。
「結局、ヒロイン来なかった……」
私はがっくりしてしまった。
今まで、私は大好きなゲームの世界に転生したのだと思っていたけど、違うのかもしれない。
そもそも、この世界にはヒロインが存在しない可能性も出てきた。
「……なにか事情ができたのかもな。ここは俺が見張ってるから、お前は入学式に参加してこいよ」
「じゃあ、見張り、お願い。私は入学式に出てくるね」
そうと決まったら急ごう。
なんせ、もう遅刻しているんだもの。
隠れていた低木の茂みから飛び出した私は、とたんに誰かとぶつかりそうになった。
低木の影にいたから見えなかったが、誰かが走ってきていたようだ。
慌ててその人を避けようとして、バランスを崩して転びそうになる。
「キャ!」
「うわっ!」
「コレット!」
すぐ後ろから飛び出したヴァンが、私とぶつかりそうになった人の間にサッと入る。
そして、倒れかけた私の腕をつかんで引き上げてくれた。
「――ヴァン?」
「大丈夫か、コレット」
心配げに私の顔を覗き込んでくるヴァンを見たとき、私の頭の中には、ここでヒロインに起こるはずだったイベントのスチルが思い浮かんだ。
――心配そうにヒロインの顔を覗き込む令息。
――背景に映る校舎と、入学式の日の校門前広場。
構図や要素だけ見れば、イベントが起こったといってもいい。
でもまあ、モブですらない私に、イベントなんて起こるはずがないんだけどね。
だから、残念ながらイベントじゃない。
それに重要な点が違う。
まず、私はヒロインじゃない。
そして相手が、ヴァン。
はい、終了! 解散、解散。
「相手がヴァンじゃねぇ……。でも、まあ、イベントもどきでも見られて嬉しいかな。ふふっ」
「――俺が相手で悪かったな。ほら、もう一人で立てるか?」
ふてくされた顔をしながらも、ヴァンは私のことを心配してくれている。
うん。いい奴。
そんなことを思っていたら、少し離れたところから誰かに話しかけられた。
「俺とぶつかりそうになったのに、そんなに嬉しそうにしてるなんてさ。あ、もしかして君、俺のファン?」
声のしたほうを見ると、私とぶつかりそうになった男子学生が、制服を軽く整えながらこちらへ歩いてきた。
「攻略対象の騎士団長令息、ルーカス・ベルンハルト……ゲームとそっくり」
「あれ? やっぱり俺のこと知ってるんだ。嬉しいな。初対面で呼び捨てなんて、積極だね! 嫌いじゃないよ」
黒みがかった銀色のツンツンヘア。
高い身長に、鍛えられた体。
ツリ目でクールな印象。
でも、その見た目の印象に反して、出てくる言葉はチャラい。
制服は胸元を開けて着崩しているし、遊び人って感じ。
厳しい家で育った反動だとゲームの中では説明されていた。
「どう? 入学式なんてサボってさ、どっかでお茶でも……」
「申し訳ございません。これから入学式に向かうところでしたので……おや? あのお方はベルンハルト騎士団長閣下のような……」
ヴァンがわざとらしく、遠くを見る。
「えっ? 父上が?」
慌ててルーカス様は、ヴァンの視線の先――校舎近くを歩く軍服姿らしき男性へ目を向けた。
だが遠いので、誰だか判別はつかない。
騎士団長の可能性もある。
今日の入学式にも、来賓として招かれていたはずだ。
仕事柄、突発的な事件に対応していて遅れてしまった、ということもあり得る。
「俺、ちょっと用事を思い出した。可愛いお嬢さん、またね!」
慌てて立ち去ったルーカス様は、そのまま入学式会場へ向かったようだ。
「ねえ、本当に騎士団長だったの?」
「さあ?」
軽く肩をすくめるヴァン。
ククク。ルーカス様、ヴァンに騙されちゃってる。
私をルーカス様から助けようとしてくれたんだろうけど。
「ありがとう、ヴァン」
「はぁ? なにが?」
私はその後、ヴァンにホールまで送ってもらって、無事に入学式に出席できた。
+++
「いないわねー。ピンク髪の令嬢……」
「コレットお嬢様、この教室で最後でございます。ヒロイン様は、お休みされているのかもしれませんね」
あ、うん。エルザの中では、ヒロインがすっかり名前になってます。
入学式が終わった後の昼休み。
私はエルザを連れて、新入生の教室を全部回っている。
全部で五クラスあるので、回るのも大変だ。
ヴァンは従者待機室で待ってくれている。
今朝は、ヒロインを校門前の広場で見つけることはできなかったし、イベントも起こらなかった。
イベント現場を押さえれば、ヒロインを発見できると思っていたので、計画が頓挫してしまった。
で、作戦変更。
ヒロインがイベント現場に来ないのなら、こっちから押しかけようと教室を回ってみることにした。
でも、どこにも髪がピンクに見える令嬢がいないのだ。
ちなみに、悪役令嬢のエレオノーラ様は私と同じクラスにいる。
エレオノーラ様の婚約者、王太子殿下も同じクラスだ。
エレオノーラ様が、私をそばに置くために手を回してくれたのかもしれない。
今は、知り合いの令嬢に挨拶をしたいからとエレオノーラ様へ申し出て、ヒロインを探している最中だ。
「さて、どうしたものかしら……」
ヒロインが欠席しているのか、それとも存在していないのか、現状では分からない。
「髪がピンクに見える令嬢を知らないか、皆様にお尋ねしてみてはいかがでしょう? 入学前でも、知り合う機会はございますから」
そうエルザに励まされ、令嬢たちに聞いて回ることにした。
疲れた頃に、当たりはやってきた。
「ピンクの髪? それならマルシェ男爵のところの令嬢じゃないかしら?」
いかにも噂好きといった様子の令嬢が、情報をもたらしてくれた。
「うちの侍女が、マルシェ男爵家のお隣のお屋敷に勤める侍女と同郷で仲がいいのよ。それで、隣にピンク色の髪の若い令嬢が越してきたって聞いたわよ?」
そこまで話すと、周囲をちらっと確認してから、声を低めて続きを話してくれた。
「令嬢って言ってもね、元平民なのよ。母親が男爵と再婚したんですって。名前は確か――アデルだったかしら」
これはもう決まりでしょう。
状況証拠が、アデルこそヒロインだと告げている。
詳しく聞いてみると、アデルは確かに私たちと同級生になる年齢らしい。
アデルの教室に行って、同じクラスの令嬢に聞いてみると、今日は休んでいるという。
見つけたわよ! ヒロイン!
でも、なんで入学式を休むのよ。
……これ、なにか問題が起きている予感。
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