第九話:ヒロインとか無理
放課後、エレオノーラ様たちとお茶をして親睦を深めた後、そのままマルシェ男爵家へ向かうことにした。
「ねえ、エルザ、ヴァン。マルシェ男爵家のお屋敷って、どこにあるか知ってる?」
「マルシェ男爵家でございますか? 私はお名前を聞いたことがございませんね」
エルザは知らないようだったが、ヴァンは知っていた。
「マルシェ男爵家のことは存じ上げておりますよ。うちと同じ男爵家ですから。領地はなく、代々、文官として王宮に勤めている家ですね。お屋敷の場所は存じ上げませんが、調べればすぐ分かると思います」
そう言うと、ヴァンは御者に衛兵の詰め所へ向かうよう指示を出し、そこでマルシェ男爵家の屋敷の住所を聞き出してくれた。
しばらく馬車に揺られると、目的地に着いた。
小ぶりな屋敷だが、よく手入れがされている。
エルザが勝手口のほうへ回って、話を通してくれた。
「コレットお嬢様、こちらが、マルシェ男爵家で間違いないようです」
それを聞いて、私も馬車から降りて玄関のほうへ向かう。
玄関へ向かいながら、エルザから取次ぎの様子を聞く。
「コレット様は王立学院の教師から頼まれて、学院の予定表をアデル様へお届けに参りました、とお伝えしております」
学院の予定表を渡すのは、嘘ではない。
実は、学院を出る前、アデルのクラス担任教師に会って、予定表をもらっている。
アデルに会いに行くので、なにか渡すものはありませんかと聞いたら、担任が用意してくれたのだ。
これはヴァンが考えてくれた作戦だ。
ほんと、悪知恵が働くよねー。
でも、そのおかげで、アデルにすんなり会えそうだ。
アデルのことは、エレオノーラ様の取り巻き令嬢になるため、最近になって参加し始めたお茶会のひとつで出会った令嬢だと、エルザとヴァンには言ってある。
名前を聞きそびれてしまったけれど、王立学院では同級生になることと、髪がピンクのような色合いだったので、それを手がかりに学院内で探しているのだと説明した。
二人とも、私に友達ができると思ったらしく、喜んで協力してくれている。
二人に嘘をついているのは、すごく気が引ける。
でもまさか、アデルが前世で夢中になっていたゲームのヒロインだとは言えないものね。
+++
マルシェ男爵家は、すぐに応接室へと通してくれた。
でもなんだか様子がおかしい。
お茶を出されたまま、誰も来ない。
無視されているのかというと、それも違う。
なんだか屋敷の中が慌ただしいのだ。
人が早足で歩く音が聞こえるし、たまにバタンとドアを閉める音もする。
「どうしたのかしら? 間の悪いときに来てしまったのかもしれないわね」
「本日は予定表だけお預けして、日を改めて訪問なさってはいかがでしょう?」
エルザがそう言い、ヴァンも賛成しているので、残念だけど、学院で預かった予定表を誰かに渡して帰ることにした。
三人で応接室を出て、玄関へと向かおうとしていたら、二階のどこかから、若い女性の叫び声が響いてきた。
「だからぁー! 学校なんて無理なんだってー! 私にヒロインとか、無理ぃー!」
ヒロインという言葉に、エルザとヴァンが反応して、サッと私を見る。
「エルザ、ヴァン、協力ありがとう。どうやらお目当ての人物を見つけたようだわ」
しかも、私と同じ転生者のヒロインのようだ。
でなければ、この世界で「ヒロイン」なんて言葉を使うはずがない。
でも、本人はヒロインなんて無理だと全力で否定しているみたい。
なんとかヒロインは見つけられたけど、そう簡単にゲームは進んでくれないみたいだ……はぁ。
とにかく、もう今日はアデルと話し合えるような状況じゃなさそうだ。
予定表だけでも渡して帰ろうと、玄関ホールで使用人を待っていると、ヒロイン――いや、「ヒロインじゃない」と主張するアデルの声が聞こえた。
「私は可愛くないのー! だから学校には行けないー! ヒロインも無理ー!」
ヒロインが可愛くないですって?
はぁ? なに言ってるの?
ここまで、この世界にいるゲームの登場人物に会ってきたけど、みんな、見た目はゲームとほぼ同じなのだ。
髪色が少し自然な色合いになっているけれど、それ以外はほぼゲームと同じ。
いや、ゲームを超えた美しさや迫力がある。
悪役令嬢のエレオノーラ様はスタイル抜群でクール系の美人。
赤みの強い栗色の髪は、迫力満点のドリル髪だ。
ユリウス王太子殿下も同じクラスなので、遠目に見たけれど、ゲームと同じ金髪サラサラの美形だった。
今日の午前中、校門前の広場でぶつかりそうになった騎士団長令息のルーカス・ベルンハルト。
ツンツンした銀髪といい、チャラい態度といい、ゲームからそのまま出てきたような人だった。
「――ということは、ヒロインのアデルは、ついつい守りたくなってしまうような、超絶に可愛い女の子のはずなのよ。可愛くないとか、どの口で言ってるのかしら?」
私はモブですらない上に、見た目が薄いというか、ゴージャス感が皆無の普通の令嬢なので、ついつい声が冷たくなってしまう。
私はどれだけ望んでもイベントは起こらないし、スチルだって再現されない。
いや、なぜかイベントっぽいものは起こっているよ?
スチルで見たことがある構図のシーンも見られた。
でも、それは本物じゃないイベントなのだ。
真のイベントとスチルを全部その手に握っているヒロインのくせに、なに甘っちょろいこと言ってるんだ!
許せない!
モブですらない令嬢をなめんな!
これまでのモブですらない令嬢生活が頭をよぎり、怒りが一気に湧き上がる。
その勢いのまま、ドレスの裾を軽く持ち上げ、廊下を走り、階段を駆け上がった。
「コレットお嬢様!?」
「おい、待て! コレット!」
健康な体って最高ね。
走ってもあんまり息切れしないんだもの。楽勝だわ。
二階に着くと、廊下の先で、人だかりがしているのが見えた。
先ほど、私たちを応接室に案内してくれた執事さん、それに侍女さん数名が、ある部屋の前で固まって立っている。
私は一気にそこまで駆けつけ、集まっている人たちの間をかき分けた。
「見つけたわよ、ヒロイン!……え? これがヒロイン?」
私の目に映ったのは、ぼろぼろの姿をした少女だった。
厚いカーテンが閉め切られていて、部屋の中は薄暗い。
そのせいで、少女の髪色もはっきりしない。
たぶん赤みを帯びた金髪なのだろう。
けれど手入れされておらず、ぐしゃぐしゃで、もつれ放題。
かろうじて赤みがかった淡い金髪に見える。
長い間、お風呂にも入っていないんじゃないだろうか。
髪が顔を覆っているので、顔立ちは分からないが、とてもじゃないが、ゲームで見たあのヒロインには見えない。
どちらかというと、前世で見た、テレビの画面から這い出てくる女性みたいだ。
「ヒロインには……見えないな」
「え?」
アデルらしき少女は私の声に驚いたのか、びくっと肩を震わせて、こちらを見た。
私は気にせず、ずんずんと部屋の中に入る。
部屋の中も酷い状態だ。
掃除もされていないし、散らかり方がひどい。
それに空気が淀んでいて体に悪そうだ。
とりあえず、窓を開けよう。
「ちょ、ちょっとやめて!勝手に部屋に入らないで!」
アデルがなにか言っているけど、無視よ、無視。
新鮮な空気と一緒に光が差し込んできたところで、ようやくアデルに向き合った。
そして頭から足の先まで、遠慮なく見る。
「み、見ないでぇ……」
腕で体を抱きしめながら、ぶるぶると震えているアデル。
そんな彼女に、ついつい聞いてしまった。
「ねえ、あなた、本当にヒロインなの?」
なぜか部屋の入口で様子をうかがっていた皆さんが、ざわめくのが分かった。
ん、なぜ?
ヒロインって言ったからかな。
この世界にヒロインという言葉はないもんね。
少し不思議に思っていると、背後で咳払いする人がいる。
「コホッ。ルヴィエ子爵令嬢様、ぶしつけな質問でございますが、『ヒロイン』とは、どういう意味でございましょうか?」
思わず振り返ると、執事さんを含め、マルシェ男爵家で働いている皆さんの視線が私に集中している。
あー、分かった。
きっと彼らは、アデルが使う前世の言葉が分からず、ずっと困っていたのだろう。
確かに「ヒロインじゃない!」とか言われてもね。
ヒロインってなんだ?って話。
そういえば、ヴァンもよく言ってるかもしれない。
「ヒロインってなんだ?」って。
執事さんたちは、誰もアデルの言葉が理解できず困っていたんだろう。
そしたら、いきなり、同じ『ヒロイン』という言葉を使う令嬢が現れた。
ここは恥を忍んでも、意味を聞くしかない! というわけなんだろう。
そろそろ、エルザとヴァンも追いついてくる頃だ。
あの二人には聞かれたくないけど、他に説明の仕方が思いつかない。
前世の言葉だとは、まさか言えないしね。
「ヒロインといいますのは、物語の女主人公のことですわ。若い女性の間で流行っている言葉ですの」
流行に敏感なエルザがいたら、一発で嘘だと分かる説明をしてみた。
でも、男爵家で働く人たちには十分だったようだ。
皆、「なるほど!」という顔をしている。
「では、『私にヒロインなんて無理!』とは、どういう意味でございましょうか。不学にして、最近の若いご令嬢の言葉を知りません。アデル様がなにを話されているのか理解できず、困っておりました……」
執事さんの眉が悲しげに下がっている。
優しいいい人だ。
でも私を困らせる達人でもある。
なぜかアデルからも、なんとかしてほしいという圧を感じる。
「えー、んー、ヒロインは物語の女主人公のことだと申し上げましたよね。そこから意味が転じまして、まるで主人公のように楽しく学生生活を送る令嬢や、お友達がたくさんできる令嬢のことを指すようにもなったのです」
執事さんが、「なるほど、なるほど」と言いながら、うんうんとうなずいている。
よしよし、そのまま、私のでまかせを信じてちょうだい。
「ですから私が思いますに、アデル様は王立学院での新しい生活に不安を感じていらっしゃるのだと思います」
私が即席でひねり出した答えに、皆、納得したような顔をしている。
「つきましては、アデル様と二人だけでお話ししてみたいのです。その、ご相談に乗ってさしあげたいなと……」
本来は、そんなことは許されない。
貴族の令嬢が従者もつけずに話すなんて、ありえないことだ。
でも、今ならいけるんじゃないかな。
アデルのことを本当に心配している、この執事さんなら許してくれそう。
「コレット様、どうぞアデル様のこと、よろしくお願いいたします」
そう言って、私に向かって一礼した執事さん。
やっぱり、いい人だ。
それに比べてヴァンときたら……。
いつのまにか、執事さんの後ろに立っていたヴァンは、片眉を上げて反対だとアピールしていた。
きっと、身なりも構わず叫ぶような令嬢は放っておけ! と言いたいのだろう。
見なかったことにしよ。
さて、このヒロイン。
ヒロインなのにヒロインじゃないと言い、入学式まで休んで部屋に閉じこもっている。
モブですらない令嬢代表として、その言い分、じっくり聞かせてもらおうじゃないの。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




