第七話:悪役令嬢は甘い罠にかかる
「ねえ、ヴァン。もうそろそろじゃないかしら?」
帽子を目深にかぶった私は、ただいま、リーフェル庭園茶房の様子を偵察中である。
場所は、リーフェル庭園茶房から道を挟んで斜め向かいにあるレストランのテラス席。
ここからは茶房の入口と、通りの様子がちょうどよく見える。
見張るには最高の場所で、これなら見逃すこともないだろう。
「コレットお嬢様、心配なさらなくてもエレオノーラ様はお越しになりますよ。――ところで、このレストランの焼き菓子も美味しいですね」
今日はエルザも同席しているので、ヴァンの口調がちゃんとしている。
それでも、そっとこちらに焼き菓子の皿を押しやってくれたので、私は一つつまみながら偵察を続行する。
今日は、リーフパイの販売開始三ヶ月を記念するスペシャルデーなのだ。
今日だけ特別な盛り付けのリーフパイが出される上に、注文した客には記念品もつくという。
もう、リーフパイのファンなら、なにがなんでも来ないといけない日だ。
この特別な日を利用して、お菓子好きのエレオノーラ様をリーフパイでおびき寄せ、取り巻き令嬢に加えてもらえるくらい仲良くなろうというのが今日の作戦だ。
でも、急な用事でエレオノーラ様が来られないことだってあるだろう。そう考えると、計画が上手くいくかどうか不安になる。
「お嬢様、通りの反対側は、この私がしっかりと見張っております。お任せください」
そう力強く言ってくれるのは、侍女のエルザだ。
今日のエルザはいつもの侍女服ではなく、令嬢風の装いをしている。
だから私と一緒に席に着いても違和感がない。
見張りをしても目立たないように、あらかじめお願いしておいたのだ。
「ねえ、ヴァン。少し遅くないかしら?」
「大丈夫でございますよ。私が直接ヴァレンシュタイン侯爵家に赴き、執事殿へ、スペシャルデーのことをお伝えしておりますので」
ヴァンはまったく心配していないらしく、呑気に珈琲を飲んでいる。
ヴァンが言うには、客が少なくなる時間帯をあらかじめ侯爵家に伝えてあり、到着時間もだいたい分かっているらしい。
「侯爵家なら、茶房を貸し切りにしたっておかしくないのにね」
「それが――どうやら内密にされたいようでございます。甘いものがお好きなことは、あまり公にされたくないご様子でした」
……ああ、なるほど。
王太子の婚約者で、未来の王妃様。
そんな人が甘いものに目がないなんて広まったら、確かにちょっとイメージダウンかもしれない。
とくにエレオノーラ様は、貴族令嬢らしい凛とした方だもの。
「ですので、侯爵家の執事殿と打ち合わせをいたしまして、ほかのお客様が少ない時間帯にお越しいただくことになっております」
ヴァンの立てた計画は、こうだ。
リーフェル庭園茶房の店先で、偶然を装ってエレオノーラ様と出会う。
そこで、「特別なお席を用意しております。よろしければご一緒にいかがですか?」と誘う。
……完璧な作戦。
そのとき、エルザが声を上げた。
「コレットお嬢様、あれがヴァレンシュタイン侯爵家の馬車ではありませんか?」
見れば、豪華な馬車がゆっくりと通りに入ってきていた。
よし、ここからが本番だ。
イベントとスチルを見るために、やるしかない!
+++
レストランのテラスを出て、リーフェル庭園茶房の前まで行くと、ちょうどエレオノーラ様が馬車から降りるところだった。
馬車を降りるとき、ドレスの裾を軽く持ち上げる仕草が綺麗で、赤みの強い栗色の縦ロールが、肩先でふわりと揺れた。
まるで舞台の上の女優を見ているみたいだ。
エレオノーラ様のそばには、ガーデンパーティでも顔を合わせた執事が控えている。
ヴァンがするすると近づき、エレオノーラ様に礼をしたあと、執事に話しかけた。
「ヴィクター殿ではありませんか。このようなところでお目にかかるとは、偶然でございますね」
執事の名前は、ヴィクターさんというらしい。
ヴァンはそのまま、流れるようにエレオノーラ様へと視線を移し、行儀よく一礼した。
そのあと、ヴァンはヴィクターさんと二言三言、手短に言葉を交わすと、すぐにこちらへ戻ってきた。
戻ってきたヴァンに先導され、私たちは馬車のそばに立つエレオノーラ様の前へ静かに進み出た。
「エレオノーラ様、本日もご機嫌麗しく。まさか、こちらでお目にかかれるとは思いませんでしたわ」
丁寧に礼をする。
タイミングも問題なし。
たぶん大丈夫。
社交経験の浅い私には、挨拶ひとつだってヒヤヒヤものなのだ。
エレオノーラ様がこちらを見て、ほんの少しだけ表情を緩めた。
覚えてくれている。よし、第一関門突破。
私はできるだけ自然に微笑んだ。
「今日はリーフパイのスペシャルデーなのだそうですわ。あまりにも楽しみで、奥のお席までお願いしてしまいましたの」
エレオノーラ様が、ほんの少し目を開いた。
「まあ!あなたも――いえ、なんでもありませんわ」
……今、絶対に「あなたも楽しみにしていたのね」って言いかけたよね?
そのとき、ヴァンがそっと私の耳元に身を寄せた。
もちろん、これは作戦通りだ。
私は今、提案を受けたかのように軽くうなずく。
「そうね、そうしましょう」
よし。偶然っぽい。たぶん。
それから、あらためてエレオノーラ様へ向き直った。
「奥のお席は十分に広いそうです。よろしければ、エレオノーラ様もご一緒にいかがでしょうか?」
執事のヴィクターさんが、確認するようにエレオノーラ様へ視線を向けた。
エレオノーラ様は、ほんの少しだけ頬を緩めて、こくんとうなずく。
それを確認したヴィクターさんが、静かに頭を下げた。
「それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
+++
「こちらです」
ヴァンが軽く手で示し、私たちを先導する。
そのまま店内を抜けて、茶房の小さな庭へ出ると、さらに奥へと進む。
どこまで行くんだろう。
私も聞いていないので、さっぱり分からない。
隣家との境目にある塀の前まで行くと、そこには小さめの木の扉がひとつあった。
淡いモスグリーンに塗られた扉は、時間を経て、ほどよい趣をまとっている。
蔦や花を模した装飾もさりげなく彫り込まれていて、まるでおとぎ話に出てくる秘密の入口みたいだ。
ヴァンが古めかしい鍵を取り出し、その扉を静かに開けた。
「さあ、どうぞ。足元にはお気をつけください」
扉の先には、よく手入れされた庭園が広がっていた。
扉は、リーフェル庭園茶房の隣家へと繋がっていたのだ。
白を基調にした庭には、淡い色の花々が品よく植えられていて、まさに秘密の花園だ。
「まあ、なんて素敵なの!」
エレオノーラ様が、思わず声を上げる。
「実は、以前から隣家を買い取って、茶房の一部として使う予定でございました。今日に合わせて整備を急ぎましたので、お客様をお迎えするのは、これが初めてでございます」
ヴァンが、軽くお辞儀をしながら説明してくれるけど、ちょっと自慢そうだ。
エレオノーラ様は、ゆっくりと庭園を見回してから、柔らかく微笑む。
「このような特別な場所に招いていただけるなんて、光栄だわ」
さらに庭の奥へ案内されて、東屋に設えられた席へ腰を下ろす。
「若いお嬢様方だけのほうが、お話も弾みましょう。私は少し離れて控えております」
ヴィクターさんはそう言うと、エレオノーラ様の侍女たちを東屋のそばに残し、ヴァンに案内されて少し離れた場所へ移動した。
東屋の席についたのは、私とエレオノーラ様。
私の後ろにはエルザが控え、エレオノーラ様の侍女たちも少し離れたところに控えている。
ヴィクターさんとヴァンは、席から少し距離を取った場所へ移動した。
とはいえ、ヴァンは茶房側の人間として給仕もするらしい。
必要なときには、さりげなくこちらへ来られる位置にいる。
その配慮が良かったのか、エレオノーラ様は思っていたよりも楽しげに話してくださった。
「ねえ、コレットさん――」
「エレオノーラ様、どうぞコレットとお呼びください」
「では、コレット。ガーデンパーティのときに、あなたからいただいたリーフパイのことだけれど、実はお父様に全部食べられてしまいましたのよ?」
エレオノーラ様が、ほんの少しだけ頬を膨らませる。
もう、この悪役令嬢、可愛すぎる!
そして侯爵閣下も甘いもの好きなのか。
上位貴族の極秘情報を手に入れてしまった。
「本当にくやしいですわ。ですから、今日はぜったい来たかったのです」
そのタイミングで、ヴァンが自ら、今日だけの特別なリーフパイを運んできてくれた。
テーブルに置かれた瞬間、みんなの目がお皿に引き寄せられる。
白く透き通った飴細工の小さな天使が二体、皿の中央で向かい合うように飾られている。
そのまわりに味違いのリーフパイ三種と、動物をかたどった可愛らしいクッキーが並び、まるで小さな森の祝宴のようだった。
「まあ、可愛い! まるで森の中の秘密のパーティみたいだわ!」
エレオノーラ様が、お皿の新しい飾り付けを見て、ぱっと表情を明るくする。
「こんなに可愛いものを崩すなんてできませんわ!」
「それは残念でございます。味もなかなかの出来だと自負しております」
ヴァンの言葉に、エレオノーラ様は朗らかに微笑んだ。
「ふふ、困ったわね。こんなに可愛いのに、お味まで素晴らしいのでしょうね」
そう言って、エレオノーラ様は名残惜しそうに微笑みながら、優雅にフォークを取った。
それからの時間は、驚くくらいあっという間だった。
好みのカフェの話や好きなお菓子、流行りの劇の話で大いに盛り上がり、楽しい時間を過ごせた。
会話は止まることがなくて、気がつけばエレオノーラ様との距離も、最初とは比べものにならないくらい近くなっている。
そして、ついにその時が来た。
「コレット――」
エレオノーラ様が、私の名前を呼んだ。
「王立学院では、わたくしのそばにいてちょうだい。あなたとお話ししていると楽しいわ」
「はい、エレオノーラ様。ぜひ!」
ヴァンとエルザ、そしてなぜか執事のヴィクターさんまでも、喜んでくれているみたい。
――というわけで。
無事、悪役令嬢の取り巻きポジションに潜り込めた。
次は、ヒロインの男爵令嬢と知り合いにならないとね。
まずは入学式の日に起こるイベントが、ヒロインを見つけるチャンスになる。
イベント、ちゃんと起こるよね? ちょっと不安。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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