第六話:悪役令嬢と甘い罠
ガーデンパーティから帰ったあと、エルザに手伝ってもらって先に着替えた私は、自室のソファでくつろいでいた。
「それではコレットお嬢様、私は一度下がらせていただきます」
「ええ、エルザ。あなたも着替えてくるといいわ」
そこへノックの音がして、エルザと入れ替わるようにヴァンが入ってきた。
ヴァンも頭からお湯をかぶって濡れていたはずだけど、ちゃんと髪を乾かして着替えてきたみたいだ。
「コレットお嬢様、お茶をお入れいたします」
お茶用のワゴンを押してきているので、エルザの代わりにお茶を入れてくれるつもりなのだろう。
「ヴァンにお茶を入れてもらうのって久しぶりよね。ミルクたっぷり、砂糖多めでお願い」
私の頼みに、ヴァンはワゴンの棚からミルクピッチャーと大きめの砂糖壺を取り出し、私に見せてくれた。
「お前の好みくらい分かってるから。――先にこれ、食べてて。ガーデンパーティでなにも食べられなかっただろ?」
エルザが下がったので、ヴァンの口調が幼馴染に戻っている。
ヴァンがワゴンから出したのは、小さめのグラスに注がれた冷たいミルクと、リーフェル庭園茶房のクッキーが乗ったお皿だった。
ガーデンパーティでなにも口にできなかったから、実はお腹が空いていたのだ。
エルザが戻ってきたら、なにか頼もうと思っていたんだけど、ヴァンが先回りして準備してくれたようだ。
冷たいミルクを先に出してくれたのも、たぶん私が喉を乾かしていると思ったからだろう。
ガーデンパーティでは騒動続きで、お茶を飲むどころか、まともに椅子に座る余裕もなかった。
こういうところで気が回るから、ヴァンは本当に侮れない。
「お腹空いてたの。嬉しい」
「――おう」
それから私は、ヴァンがお茶を入れるのをのんびり眺めながら、リーフェル庭園茶房のクッキーをかじった。
ヴァンは実家がカフェをやっているだけあって、お茶をいれるのもうまい。
茶葉の香りと風味をきれいに引き出してくれるのだ。
もしかしたらエルザより、いや、この子爵家の誰よりも上手いかもしれない。
「ほら、熱いから気をつけろよ」
ヴァンは私の前にティーカップを置くと、真向かいの席に自分の分も置いた。
「――美味しい」
ヴァンのいれてくれたお茶は、やっぱり香りがいい。それに味がまろやかだ。
「今日はお前も大変だったよな。でも念願のエレオノーラ様とも知り合えて良かったんじゃないか?」
ヴァンには、エレオノーラ様と知り合いたいと伝えてある。
それを彼は、私の人脈作りのためだと思っているようだ。
もちろん違う。
私の狙いは、エレオノーラ様の取り巻き令嬢のひとりになることだ。
ゲームイベントやスチル場面を最前列で鑑賞するには、やっぱり取り巻き令嬢になるのが手っ取り早いし、安定したポジションだ。
でも、まだ無理だろう。
今日はエレオノーラ様に顔を知ってもらっただけで終わった。
これで取り巻きに入れるほど甘くはない。
どうやって距離を詰めればいいのだろう。
甘いミルクティーを飲みながら、私はしばらく考え込んでしまった。
「取り巻き令嬢は……やっぱり無理かなぁ……」
ついつい考えが口から漏れてしまった。
「なんだ、お前、エレオノーラ様の取り巻きになりたいんだ?」
どうやら、ヴァンに聞こえてしまったらしい。
「うん、まあね。でも、まだ顔見知りになっただけだから、先は長いなって思って……」
私はガーデンパーティでのことを、ヴァンに話してみることにした。
「実はね、甘いものがお好きらしいエレオノーラ様に、リーフェル庭園茶房へ興味を持ってもらえるよう、罠を仕掛けてきたの」
「罠?」
「茶房に来てくれれば、偶然を装ってお近づきになれるかもしれないでしょ?だから、可愛らしいリスの――って、わざと言いかけて止めたの。気になってくれたらいいなと思って」
「……お前、そういうところは妙に悪知恵が働くよな」
「作戦と言ってちょうだい!でも、同じお菓子を前にしていたら、話題は作りやすいじゃない。『このリーフパイ、美味しいですよね』とか、『リスの飾り、可愛いですよね』とか。自然に話しかける口実ができると思ったの」
でも、問題はそこからなんだよなー。
「エレオノーラ様が本当に茶房に来てくださるとしても、それがいつなのか分からないのよね。だから、偶然居合わせることすらできないわ」
ヴァンはカップの持ち手を使わず、側面を片手で掴んでお茶を飲みながら考え込む。
これは、ヴァンが小さい頃からの癖だ。
お行儀は悪いけど、頭をフル回転させている証拠。
だから私も、黙ってお茶を飲む。
「――いいこと思いついた。来る日が分からないなら、来る日を作ればいい」
「来る日を作る?」
「店で出すリーフパイの飾り付けを新しく考えよう。一日限定で、その日だけ特別な盛り付けにするんだ」
「お皿に添える、リスや木の実の形にしたクッキーのこと?」
リーフェル庭園茶房でリーフパイを頼むと、パイの横に可愛いクッキーや泡立てたクリームが添えられて出てくる。
そして、その可愛いアイデアを思いついたのが、目の前のヴァンなのだ。
「クッキーもだけど、皿全体の盛り付けをガラッと変えるんだ。なんなら味違いのリーフパイを焼いてもいい。それを一日限定で提供する。そうなったら、みんな来たがらないか?」
確かに、一日だけ、いつもとは違う特別な盛り付けで出されるなんて、甘いもの好きの令嬢なら気になるに決まっている。
「たとえば、季節の果物を使ったクリームを添えるとか、リスじゃなくて小鳥や花の形のクッキーにするとか。見た目が変われば、いつものリーフパイを食べた客でも気になるだろ。エレオノーラ様のような初めて来てくれるお客様だって、その日を逃せば機会はもうないんだ。来たくなると思う」
……あ! そういうこと!?
その特別な日は、エレオノーラ様が庭園茶房に来る可能性が高くなる!
「ガーデンパーティの様子からして、エレオノーラ様はかなりのデザート好きだ。俺が店からの案内として、その特別な日を知らせる。そうすれば、来る日をこっちで作れるだろ?」
――ガタン!
ヴァンの案に、思わず私は立ち上がってしまった。
「ヴァン!あなたって最高だわ!頭良すぎじゃない?頼りになる!」
思わず前世の癖が出て、胸の前で小さくパチパチと拍手をしてしまった。
「お、おう……」
なぜかヴァンの落ち着きがない。
感動のあまり全力で褒めたのに、あんまり嬉しそうじゃない。残念……。
「――とにかく、やってみよう。俺はさっそく特別な盛り付けの案を練るよ。じゃ、そういうことで……」
ヴァンはそそくさと自分のティーカップを片付けて、部屋から出ていった。
これからきっと、いろいろ準備が必要なんだろう。
私とのお茶なんかで引き止めたら悪いよね。
素敵な盛り付けを考えてもらわないといけないんだから、我慢、我慢。
「やっぱり、持つべきは優秀な幼馴染よね。でも、お茶の相手がいなくなっちゃったな……ちょっと、さみしいかも」
でも、胸の奥は少し弾んでいた。
もしこの作戦がうまくいけば、エレオノーラ様ともう一度会える。
そして今度こそ、ただの挨拶ではなく、ちゃんと会話ができるかもしれない。
取り巻き令嬢への道は、思ったより遠い。
でも、ほんの少しだけ、足場ができた気がした。
あとは、エレオノーラ様がリーフパイの誘惑に勝てるかどうか。
……いや、勝たないで。
どうか負けて。
そしてリーフェル庭園茶房に来て!
最後までお読みいただき、ありがとうございます。




