第十九話:逆ハーレムルート、発生?
結局、アデルとアルベルトが読書スペースから出ていったあと、私とヴァンは無言のまま歩き続け、外に出た。
手は――握ってません。
そんなこんなで怒涛の一日を過ごした私は、なんとなくヴァンとギクシャクしたまま帰宅し、ベッドに飛び込んで爆睡してしまった。
「コレットお嬢様、起きてくださいませ」
侍女のエルザに揺り起こされた私は、目をこすりながらベッドの中でもそもそする。
「うーん。もうお夕食の時間かしら?」
「いえ、朝食の時間ですよ。昨日はお夕食も食べずに寝ておられたのです」
それを聞いて飛び起きた。
昨日、帰宅してから寝続けたのなら、十二時間は軽く寝ていたことになる。
でもまだなんだか眠い。
体の芯に疲れが残っている気がする。
それも仕方ないかもしれない。
なんといっても、昨日は一気に攻略対象とのイベントを三つもこなしたのだから。
ルーカス・ベルンハルト騎士団長令息と屋上イベント。
エリオット・フォルスター王立学術院長官令息とは池ぽちゃイベント。
そして、アルベルト・リヒテンベルク宰相令息との図書館イベント。
私とヴァンとの、イベントっぽい何かもあったりして、盛りだくさんだった。
思った以上に疲れているので、学院を休んで今日はゆっくりしたいところだけど、そういうわけにはいかない。
今日は放課後に、アデルとイベント反省会と称した打ち上げパーティをやる予定になっているからだ。
打ち上げパーティと言っても、参加者は私とアデルの二人だけ。
パーティ会場も、ヴァンの家がやっているリーフェル庭園茶房だ。
昨日は予定がつまっていたので、アデルとは全然話せなかった。
美味しいリーフパイとお茶をいただきながら、じっくりアデルの現場レポートを聞きたい。
そういえば、ヴァンは大丈夫だろうか?
昨日は一日、私に付き合ってもらったから、彼も疲れているんじゃないだろうか。
「ヴァンは元気かしら? 昨日、色々手伝ってもらったから、疲れているかもしれないわ」
私がそう聞くと、エルザは少しおもしろそうな顔をした。
「ヴァンなら旦那様のお供として、すでに出かけておりますよ。コレットお嬢様が気遣っておられたと申し伝えておきましょう」
「いえ、言わなくていいのよ? ふと思って聞いてみただけだから」
なぜかエルザは、くすくすと笑いながら出ていってしまった。
解せん……。
+++
放課後になった。
エレオノーラ様と、リディア様をはじめとした令嬢の皆さんにご挨拶をして、急ぎ足でアデルの教室へと向かう。
私の教室は、ユリウス殿下とその婚約者エレオノーラ様、殿下の側近の令息が在籍しているせいか、他の教室とは違う建物の中にある。
きっと警備のためかな。教室や校舎の外には、警備の騎士が配置されているので、一般の生徒はこの教室になかなか来にくいのだ。
アデルも最初は、推しのユリウス殿下を見に、私に会いに来るといっていたのに、結局、最初の一回だけしか来ていない。
やはり、警備の騎士がいると、正当な理由がないと来にくいらしい。
ということで、私がアデルの教室に迎えに行くことになっているのだ。
授業が終わった直後なので、校舎の外にも廊下にも生徒が溢れかえっている。
それをスイスイと避けながら、令嬢として許される最高速スピードで進む。
「コレットお嬢様、お待ちください! はぁはぁ……」
エルザは相変わらず、流行りのヒールの高い靴を履いているせいか、ついてこれない。
なので、少し歩く速度を緩めた。
背が高くて、前世でいうならモデルのような容姿のエルザは、特に令息たちから注目されている。
ヴァンからこっそり聞いたけど、エルザは私の従者として王立学院に来るようになってから、縁談の話がぽつぽつと舞い込んでいるらしい。
本人はそのつもりはないと言っているけどね。
エルザは平民だと言っているけど、たぶん貴族だと思う。
貴族の令嬢としてのマナーを完璧にマスターしているもの。
きっと、表立って言えない事情があるんだろう。
それにしてもよ、侍女のエルザに縁談の話が来るのに、私には縁談がひとつも来ないなんてね。
実はちょっと、いえ、かなりショックを受けていたりする。
一応、私はルヴィエ子爵の一人娘。子爵家の跡取りなのだ。
なので、もう少し、貴族家の三男や四男あたりから縁談が来てもいいと思うんだけどな。
モブですらない令嬢の運命なのか……。
いやいや、前世での病院暮らしで友達もいない、学校にも行けない暮らしを考えたら、今は天国じゃない?
縁談が来ないくらいで落ち込んでられますかっていうの。
そこで急にヴァンの無愛想な顔が頭をよぎった。
ヴァンはお兄さんがヴァルグレイ男爵家を継ぐことになっていて、将来的にはお兄さんの補佐役になる予定だと聞いている。
その修業という意味で、うちのルヴィエ子爵家で働いてくれているわけだけど……正直、ヴァンはめちゃくちゃ優秀だ。
「あれだけ優秀なら、きっとヴァンには縁談がわんさか来てるんだろうな……」
ヴァンと一緒にいられるのも、今のうちだけなのだと気がついてしまった。
「はぁ……」
急に重たい気分になって、だらだらと廊下を歩いていくと、先のほうに人だかりが見えた。
アデルの教室があるあたりだ。
集まっている生徒たちは、皆、教室のほうを見ている。
なにかあったのだろうか?
まさか……アデルがなにかしでかした?
「エルザ、先に行くわね!」
あとでエルザに叱られることを覚悟で、令嬢らしからぬスピードで廊下を走った。
教室の扉は大きく開け放たれており、そこから廊下に集まった生徒たちが中を覗き込んでいる。
「ちょっと通していただけるかしら?」
ぐいぐいと生徒たちを押しのけて、扉の前まで行く。
前世では行けなかったセール会場という戦場に、ヒョウ柄の服を着たおばちゃん――いや、貴婦人として参戦している気分だ。
教室の中を覗き込むと、そこには――。
自分の椅子に座って困り顔をしているアデルを、なぜか攻略対象の令息たちが取り囲んでいた。
いや、令息たちだけじゃない!
アデルに優しく話しかけているのは――。
「ユリウス殿下まで、なんでいるのよ!?」
+++
アデルが攻略対象たちに囲まれているのを見て、私は焦ってしまった。
昨日、アデルは親密度が一つだけ増えるはずのイベントをこなした。
ゲームは親密度ゼロから始まるから、ユリウス殿下を含め、全員が親密度1になっているはずだ。
でも、目の前の状況はどうだろう?
攻略対象、合計四名がそろって、アデルを取り囲んで楽しげにしている。
ヒロインに攻略対象が接近するのは、少なくとも親密度が3に上がってからなのに……。
想定していなかった状況に陥っている。
「これって、逆ハーレムルートに入ってない?」
攻略対象が全員そろって、互いに牽制もせず、仲良くヒロインと話しているということは、逆ハー・ルートに入った可能性が高い。
こうなると、本来なら起こるはずの嫉妬や牽制といった、令息側の行動がなくなるのだ。
とにかく、アデルをここから連れ出そう。
でも、いったいどう声をかければいいの?
まさか、この王国の王太子殿下、つまり未来の国王様が談笑している相手を、かっさらうわけにもいかないもんね。
「コレットお嬢様、アデル様を連れ出すのなら、私に良い考えがございます」
エルザはそう言うと、小さな手帳を取り出した。
「コレットお嬢様の『いべんと・かれんだー』にも書いてあると思いますが、ユリウス殿下は本来であれば、この時間、生徒会室にて会計の監査に立ち会われているはずです」
ああ! なんかそれ、聞いた聞いた。
ユリウス殿下は来年から生徒会長を務めることになっている。
でも、それまでの間、会計役として生徒会の仕事に参加しているらしい。
下積み時代ってヤツだね。
「それからルーカス様ですが、騎士団での訓練結果が芳しくなく、放課後は騎士団にて追加訓練を受けるよう、騎士団長から言われているようです。これは従者情報です」
ああー。王立騎士団の合同練習に参加して、お父上に厳しく叱責されたと言ってたなぁ。
それで屋上で黄昏れてたわけだもんね。
「アルベルト様は、放課後は毎日、宰相閣下の元で実務経験を積まれることになっておりますし、エリオット様は、王立学術院の寄付金集めのため、お茶会に出席されているはずです」
アルベルトの予定は分かるけど、エリオットって寄付金集めまでさせられていたのか。
エリオットって、赤い巻き毛が可愛いし、年下の男の子みたいで、寄付金を出せるような貴族夫人には人気なのかもしれない。
「――ということは、この場にいていい令息は、誰もいないってことね?」
「まさに、そこでございますよ」
でも、いくらなんでも私のような下っ端の子爵令嬢が、王太子や高位貴族の息子に――
「おまえら、他に用事があるんだろ? サボってないで、さっさと行けよ!」
――とは言えないよなぁ。
そんなことを思っていると、エルザは手帳になにか書きつけると、それを破り、廊下の端に立っていた目立たない従者に手渡した。
なにやら二言、三言話すと、その従者は小さく頭を下げて立ち去った。
「あの人は誰なの?」
「従者仲間……とでも言ったらいいでしょうか? 少しお時間をいただきます。すぐにアデル様は解放されるはずですよ。このエルザにお任せください」
エルザが自信ありげに言うので、しばらく様子を見ることにした。
しばらくして――。
廊下を慌てたように走ってくる足音が響いた。
見ると、従者とおぼしき身なりをした者たちが、汗だくで走ってきている。
でも一見して普通の従者じゃない。
服装が上等なものなのだ。高位貴族の従者だろうか?
先ほど、エルザと言葉を交わしていた従者も、一番後ろから来ている。
彼だけは、エルザを見つけると軽く頭を下げ、また先ほどまで立っていた場所にそっと戻った。
彼以外の従者たちは、どやどやとアデルの教室の中に入っていく。
一番先に入室したでっぷりと肥えた従者は、ユリウス殿下に近づいていった。
「ユリウス殿下! こちらにいらしたのですね? 探しましたよ!」
「ベイル! お前がなぜここに?」
でっぷりとした従者はベイルという名らしい。
そしてどうやらユリウス殿下の従者のようだ。
「殿下、さあ、参りましょう。皆さん、生徒会室で殿下を待っておられます」
「いや、ちょっと待ってくれ! 私はまだ――アデルッ!」
ベイルはユリウス殿下の腕をがっちりと掴むと、そのまま教室の外へと連れ出そうとした。
「待ちません! この後も予定が詰まっております。さあ、参りますよ!」
ベイルは、なかなかに肝の座った従者のようだ。
ユリウス殿下を軽くいなすと、あっという間に連れ出した。
残りの従者たちも、宰相令息アルベルト、騎士団長令息ルーカス、王立学術院長官令息エリオットを手際よく、教室から引き立てていく。
「待て待て! 絵本の話をして――」
「『からあげ』のことを、まだ聞いていな――」
「新しい発明品を、見せ――」
それぞれの従者の隙のない動きに、私は唖然として見入ってしまう。
「ふふ。皆様、お一人でいらしたので、従者をまいてこられたのでしょう。居場所をお知らせしておきました」
エルザが、にんまりと笑う。
私の従者って、エルザといい、ヴァンといい、優秀すぎやしませんか?
ふと見渡してみると、その場にいた皆の視線は、従者と令息たちに集中している。
よし、この隙に……。
私は静かにアデルのもとへと行き、彼女を外へ連れ出した。
「コレットぉー! もう、どうしようかと思ってたぁ」
涙目のアデルを連れて、とりあえず、リーフェル庭園茶房に行こう。
攻略対象の令息たちが、なぜ親密度3以上のような動きを見せているのか、聞かないとね?
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




