第十八話:スチルを超えたスチル。もうオーバーキルですわ!
さて、ようやく放課後になったよ。
いやー、今日は一日が長い。
昼休みは、騎士団長令息のルーカス・ベルンハルトと屋上イベント。
午後からは授業を途中で抜けて、王立学術院長官令息のエリオット・フォルスターと池ぽちゃイベント。
今のところ、両方ともイベントがちゃんと起きてくれていて、スチルになったシーンも近い場所から見物できた。
正直、色々と気になるところはある。
一番気になるのは、攻略対象の親密度が予想以上に上がっているんじゃないだろうか、ということだ。
ルーカスにはアデルのお手製たまごサンドと、唐揚げを食べさせたのがまずかったかもしれない。
あれで親密度が大きく上がった……というより、胃袋をつかんだ感じ?
エリオットのイベントでも予想外なことが起きた。
自分の発明品を評価されず落ち込んだエリオットに元気を取り戻させるだけのはずが、なぜかさらにすごい発明のアイデアを思いつかせてしまった。
ルーカスのイベントでもエリオットのイベントでも、アデルはゲームにはなかった動きや発言をしている。
一応、事前に私のほうから、ゲームでの話の流れは伝えてあるんだけどなぁ。
イベントが始まっちゃうと、緊張してしまって、思ったようには動けなくなるのかもしれない。
その点、私は陰でゆっくり見物させてもらっているのだ。アデルに文句などない。
今日、残るのは、アルベルト・リヒテンベルク宰相令息との図書館イベントのみだ。
アデルはもう、図書館へ入っただろうか?
私とアデルは念のため、別々に図書館へ行くことにしている。
確か、アデルは二階の小説本などが置いてある棚へ行くと言っていた。
その棚の脇には、ソファなどが置かれている読書スペースがある。
他の場所だと、本が並んだ背の高い棚があるので、覗き見ができない。
でも、この読書スペースあたりなら私がいてもおかしくないし、なんとかなるだろうとアデルが提案してくれたのだ。
約束した場所には、まだ誰もいなかった。
アルベルトは同じクラスなので、もう教室にはいないのを確認してある。
でもアデルは違うクラスなので、どうなっているのか分からない。
アデルたちが来るまで、ちょっと本でも読んでいようかな。
読書スペース近くの本棚は、アデルが言っていたとおり、小説本がたくさん置かれていた。
なぜか小さい子供向けの本も置かれている。
王立学院には小さい子供はいないので、在校生の兄弟姉妹用なのかもしれない。
私は恋愛小説の棚を見てみることにした。
文章表現の授業では、恋愛ものを発表し続けている私だけど、実はこの世界の恋愛小説を読んだことがない。
その前に、文章表現の授業って、本当は小説を書いて朗読する授業じゃないんだよね。
手紙や日記向けの文章を書いて、皆の前で朗読して、モレーヌ先生に添削してもらうのが本来の姿。
私は手紙や日記だと、知らず知らずに前世の記憶が出てしまうとまずいなって思って、提出物を短編小説にさせてもらっている。
これなら、おかしなことを書いてしまっても、それは自分で考えた架空の話です、と説明できるし、疑われにくい。
「あ……これ、うちの領地あたりに伝わる話だ」
本棚の一番上に置かれている本は、うちが管理するルヴィエ子爵領とヴァンの家のヴァルグレイ男爵領に伝わる、有名な悲恋譚について書かれた本だった。
地上に降りてきた天女に恋した男の話だ。
前世にも、似たような話があった。
天女に恋した男は、天女が天界に帰れないように衣を隠すんだけど、天女はなんとか衣を取り戻し、天へと帰っていくというのがあらすじ。
うちの領じゃ、みんな知っている話だ。
「うあー、なつかしい……」
思わず手を伸ばして、その本を取ろうとしたが、あとちょっとというところで手が届かない。
背伸びして、なんとか取ろうとしていると、後ろから手が伸びてきた。
「これ?」
ヴァンが本に手を伸ばしたまま、こちらを見下ろして確認してくる。
あれ? このシーン……ゲームでも見たような気がする。
王立学院の図書館。
棚の上の本を取ろうとするヒロイン。
背後から手を伸ばして、それを助けようとする令息。
二人の視線は優しくからまり……なんてことは、私とヴァンに起こらない。
なので私はそっけなく返事をする。
「あ、うん。それ」
私の態度も気にせずヴァンは本を取り、その表紙を見ながら私に手渡してくれる。
「へえ、天女様の話か。なつかしいな。昔はよく天女ごっこで遊んだよな」
ヴァンがくすりと笑う。
「お前ってさ、ああいう変わった遊びだけはよく思いつくよな。天女ごっこも大流行したし」
天女ごっこ。
簡単にいうと、前世の『警察と泥棒』、つまりケイドロを異世界バージョンにアレンジしたものだ。
そういう遊び方がなかったみたいで、一時、地元で大流行した。
今でも子どもたちは楽しんでいるらしいよ。
私も子どもの頃は、暗くなるまでよく天女ごっこで遊んだもんです。
あまりにも真剣にやりすぎて、悪鬼令嬢なんて陰で呼ばれてたっけ。
ヴァンはよく泣いてたなぁ。
いや、私が泣かせてたのか。今更だけどごめん。
でも、昔の悪行は謝るけど、「ああいう変わった遊びだけはよく思いつくよな」ってどういうこと?
遊びは思いつくけど、他は思いつかないよね? あはは、無能コレットちゃん、おつかれ。
そう言ってるも同然だよね。
ヴァンの言い方にちょっとカチンときた私。
私の実力をヴァンに知らしめておかないと駄目だと思った。
姿勢を正して、令嬢らしい立ち振る舞いでヴァンに向き合う。
「ヴァン・ヴァルグレイ男爵令息、ご機嫌よう。天女ごっこ、なつかしいですわね。でも、それをただの子どもの遊びに留めておいても、よろしいのかしらぁ?」
言い慣れない令嬢口調で話したら、最後が「らぁ?」と裏返ってしまった。
でも、ヴァンが目を大きく見開いて驚いているようなので、よしとしよう……らぁ?
「なんだよ、急に……それに天女ごっこは、誰もが知っている、ただの子どもの遊びだろ? それ以外になにがあるっていうんだよ」
ヴァン君、君は商売人としてまだまだだね。
いや、私は前世も今世も含めて、商売人だったことは一度もないけれど、これだけは分かる。
知名度こそ、命。
命なのだよ、ヴァン君!
地元じゃ皆知ってる昔話? それ最高じゃないですか!
なぜ、それを自分の商売に使わないのだ。
「誰もが知っている子どもの遊び……ですか。ヴァン殿、あなたなら多くの人に商品の名前を知らしめる難しさを、分かっているのではなくて?」
さすがにここまで言うと、ヴァンもハッとした顔をした。
私は背伸びをして、そのハッとしているヴァンの鼻をつまんでやった。
子どもの頃、よくヴァンにやっていた悪戯だ。
パチンとすぐに手を払われるかと思っていたら、意外なことにヴァンは私の手をそっと取って、そのまま自分の胸に引き寄せた。
え?
なんか私の手が、ヴァンの胸で固定されちゃってるんですけど。
なんで手を離さないの?
胸がドキドキしてきた。すごくうるさい。静まれ!
ゲームには、こんなイベントもスチルもなかったよ。
でも、構図的にすっごくスチルだ。
いや、これはもう、スチルを超えたスチルになっちゃってる。
なんでモブですらない令嬢の私に、ゲームのスチルを超えたスチルが出現してるの?
もう、勘弁して!
オーバーキル過ぎるよ!
焦った私は、あらぬことを口走ってしまう。
「ヴァ、ヴァン殿、えっと、天女の羽衣と銘打ったパイなんていいのではなくってぇ? ほら、軽くてサクサクした感じが出ますわよ?」
ヴァンが私の手を握る力が、なぜかぎゅっと強くなる。
ますます焦った私は、さらに迷走する。
「そ、そうだ! 違う、そうですわ! 領地に天女にちなんだ観光地を作るのは、どうかしらぁ? パイも爆売れで、ガッポガッポ儲かりまっせぇ?」
「――コレット」
ヴァンが真剣な顔で、私になにかを言おうとしたとき、バタバタと無遠慮な足音が近づいてくる。
「アルベルトぉー! こっちよぉ?」
「アデル、待ってくれ」
助かった! ようやくヒロイン登場だ。
急いでヴァンをソファの裏に押し込んで、自分も隠れる。
間一髪で、アデルがアルベルト・リヒテンベルク宰相令息の手を引いて現れた。
アデルがきょろきょろしているが、きっと私がどこにいるのか確認しているのだろう。
アルベルトがよそを向いた瞬間に、ひょこっと顔だけ覗かせてアデルに場所を知らせてみた。
アデルは、体の後ろでピースサインをして、了解! と伝えてくる。
アデルとアルベルトが現れて、どうやらイベントも始まるみたいなんだけど……なんだか様子がおかしい。
私はこの場所でイベントが始まるのかと思っていた。
でもアデルたちの親しげな様子を見ると、どうやら他の場所で出会って、イベントはすでに始まっているらしい。
「アルベルトぉ、図書館の前で会ってからぁ、色々お話したよねぇー」
どうやらアデルが、アルベルトとどこで出会って、なにをしていたのかを説明してくれようとしているようだ。
「ふふっ、アデル、君と話すのは楽しいよ。ついつい、私の胸の内まで話してしまったくらいだ」
図書館の前でばったり出会って、どうやったら胸に秘めていたことまで話すことになるのか、さっぱり分からない。
分かるのは、アデルが凄腕のヒロインになりつつあるということだ。
「むっふぅー。そうですぅ、アルベルトに見せたいものがあるんでしたぁー」
そう言うとアデルは、本棚に近づき、一番上の棚に手を伸ばしながら、アルベルトを見た。
「アルベルトぉー、助けてぇ! 手が届かないぃー」
「やれやれ、困った人だな――この本かい?」
困ったように言いながらも、アルベルトはいそいそとアデルの側に行き、本を取ってあげた。
アデルがこちらをチラッと見て、ピースサインをよこす。
ここがスチルの場面だよ! と教えてくれているんだと思う。
確かに、二人の様子はスチルそのままだった。
アルベルトがヒロインのために本を取ってあげるシーン。
その場が一瞬、輝いたような気がするくらい、絵になっている。
さて、ここからアルベルトには、人生に関わる変化が訪れる。
アデルと話して、アルベルトは宰相になるためにもっと勉強しようと思う……はず。
「アルベルトぉ、これって子ども向けの本みたいぃ」
どうやら、本の中身を知らずに、取ってくれとお願いしたようだ。
ヒロインがヒロインすぎる。
「こういう本って、もっと絵がついてたら読みやすいのにねぇー」
アデルがそう言ったとたん、アルベルトが固まった。
「絵だけのほうが、私は好きかもぉー」
アルベルトがよろよろと後ろに下がる。
「ああ、アデル! 君は私に道を指し示してくれたんだね! まるで女神だ!」
「てへっ、照れちゃいますぅー」
アデルがわざとらしく、片手で自分の頭をコツンとしている。
「私は画家になる夢を諦めていた。絵画を描く仕事など、ほとんどないからね。でも、アデルが教えてくれたんだ。絵画の必要な場所が、これほどあるということを!」
アルベルトは感激しているみたいだけど、たぶん、たまたま手に取った本の感想を、アデルはしゃべっただけだと思うんだよね。
「アデル、私は画家になるよ!」
「カッコいいですぅ! アルベルトぉー」
二人はここが図書館だということも忘れたらしく、キャッキャと騒ぎながら出ていった。
池ぽちゃイベントのエリオットと同じく、アルベルトもアデルと手をつないだまま歩き去った。
あれれ? 親密度1って、こんなに仲良くなれたっけ?
そんなことを考えながら、私はなるべく隣にいるヴァンの存在を気にしないようにした。
まさか、私もヴァンと手をつないで……ないないない! ないよね? あってもいい……けど。
最後までお読みいただき、ありがとうございまいした。




