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モブですらない令嬢は、推しスチルを最前列で拝みたい! 〜ヒロインでも悪役令嬢でもない私のイベント鑑賞計画〜  作者: キモウサ


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第十七話:ハンカチと池ぽちゃと親密度

 授業を抜け出して池ぽちゃイベントを見に行くつもりだったのに、計画が狂ってしまった。

 

 授業の途中でこっそり抜け出そうと思っていたのに、担当教師のモレーヌ先生に指名されてしまったのだ。

 

 モレーヌ先生は二十代後半の優しい雰囲気の女性教師で、文章表現の授業を受け持ってくれている。

 

 この授業では、自分が書いてきた文章をみんなの前で朗読して発表しないといけない。

 

 

 「名前など、なんだというのです? 肩書きも、爵位も、あなた自身ではなくってよ」

 


 私が抑揚をつけて、読み進めていくと、教室のあちこちからすすり泣きが聞こえ始める。

 


 「ジュリアーナ様が、お可哀想……ぐすっ」

 「ううっ……ロミーオさま、死なないでぇ」

 


 モレーヌ先生も、ハンカチで目を押さえている。泣いているのかな。

 令息たちにも、涙ぐんでいる人が多い。

 

 んー。前世で有名だった、イタリアを舞台にした悲恋ものを異世界風にアレンジしてみたんだけど、バズった感じ?

 

 前回も、月へ帰る姫の物語を恋愛中心に書いたら、かなりウケた……というか、みんな大泣きしてた。


 前世では病院暮らしだったので、体の調子がいいときは、ゲーム以外に読書もした。

 ということで、私のバズりネタはそれなりにあるのだ。


 朗読し終わって、席に座ると、隣の席に座っていらっしゃったエレオノーラ様が、赤い目をしながら褒めてくれた。

 

 ガーデンパーティ以来、仲良くしてくれているリディア様が、それにうなずく。



 「コレット……素晴らしい作品だったわ」

 「ええ、本当に……」

 


 取り巻き令嬢の皆さんも、目が赤い。

 なんなら鼻の頭も赤くなっている令嬢がちらほら。

 

 鼻の頭が赤くなるまで泣いてくれたのだろうか?

 イギリス人の作家も、今頃、前の世界のお墓の中で喜んでいることだろう。


 さて、これでようやく、教室を抜ける口実ができた。

 


 「申し訳ございません、どうやら朗読に感情を込めすぎたようです……めまいがいたしますので、医務室に行ってもよろしいでしょうか?」



 まだ涙が止まらないモレーヌ先生は、こくんとうなずいて許可を出してくれた。


 よっしゃ! いっそげー!

 

 焦る内心を抑え、しずしずと教室から出て、教室の扉を閉める。

 くるっと体の向きを変え、いきなり急発進で走り出す。


 やばいやばい! 

 池ぽちゃイベントに間に合わないよー!

 

 校舎の外では、ヴァンが待ってくれていた。

 


 「コレット、遅かったなっ――て、待てよ! どこ行くんだ?」

 


 行き先を聞いていないヴァンは、いきなり私に腕を引っ張られて、納得のいかない顔で走っている。

 


 「はあはあ、特別教室がある校舎の……はあはあ、裏の池……」

 


 教室から校舎の入口まで走っただけで、息が切れて、足がガクガクする。

 運動不足すぎる。

 

 なにかあったときに、こんなんじゃ対応しきれないよね。

 運動しよう。


 生まれたての子羊みたいにヨロヨロする私を、今度はヴァンが引っ張り始めた。

 


 「ちょっと、待って……もう無理……」

 「アデル様と待ち合わせしてるんだろ? ほら、急げ」

 


 ヴァンに引っ張ってもらって、なんとか池ぽちゃイベントの現場近くに到着した。


 アデルとは事前に待ち合わせしていたけど、朗読をしていたので遅れてしまった。

 

 もう、エリオットは来ているだろうか?

 


 この池ぽちゃイベントの主役は、王立学術院長官令息のエリオット・フォルスターだ。


 エリオットは、王立学術院長官である父親と優秀な兄に、自分の発明を「意味がない」とけなされる。

 

 それで落ち込んでしまい、授業をさぼって池の水面を眺めながら、ぼーっとしている――はずだ。


 情報通の侍女エルザによると、エリオットの父であるフォルスター王立学術院長官は、隣国での会議に出席していて、数日前に帰国しているらしい。

 

 ゲームの中でエリオットは「古典の授業をさぼってしまった」と言っていたので、それを手がかりに調べて、今日だと見当をつけたというわけ。

 


 「はぁ……もう死ぬかと思った……ヴァン、池に行くのは、こっちの道からね」

 


 事前に池の周辺を調べて、イベントの邪魔にならず、隠れることもできる覗き見ポイントを見つけてある。

 

 急いで、その覗き見ポイントへ行こうとしたんだけれど――。

 


 「どうしよう……大きな水たまりがある」

 


 明け方にかけて雨が降っていたから、そのせいだろう。

 

 池のまわりの石畳は少し古く、一部が沈み込んでいて、水たまりというより、小さな池といっていいくらいの水が広範囲に溜まっていた。


 しかも、けっこう深さがある。

 私のヒールの低い靴だと、完全に足首のあたりまで水につかってしまう。


 水たまりを避けて行こうとすると、池を半分ほど回らないといけない。


 しょうがないな……。

 早く行かないとイベントが終わってしまうじゃない。

 

 私は覚悟を決めると、靴を脱いで手に持った。

 

 ついでに前世のストッキングに似た膝下まである靴下を、えいっ! と脱ごうとしたら――。

 


 「まてまてまて! なにやってんだ、お前。――ああっ、もう!」

 


 ヴァンが急に慌て出した。

 

 私の手から靴をひったくると、そのまま私を横抱きにして、水たまりを渡り始める。

 


 「ちょっと、ヴァン?」

 「……」

 

 

 ヴァンは私の顔も見ずに、黙って水たまりを渡りきった。

 そして靴を地面にそろえて置き、私がそのまま履けるように降ろしてくれた。

 


 「ほら。つかまれよ」

 「ありがと」

 


 ヴァンの腕につかまりながら靴を履くけど、イベントが終わってないか気が気じゃない。

 

 でも、ふとヴァンを見ると、頬に水滴がついている。

 水たまりを渡るときに水が跳ねたのだろうか。

 


 「ヴァン、これ使って」

 


 自分の頬を指さして、濡れていることを仕草で示しながら、ジャケットのポケットからハンカチを出して渡した。

 

 ここ数日ほど、ポケットに突っ込んだままだったので、ハンカチはくしゃくしゃだ。

 


 「お前さ、本当に令嬢なの? ハンカチくらいきれいなの持っとけよな」

 


 失礼な返事を返してくるヴァンだけど、なんだか顔が赤い。

 

 もしかして熱がある?

 体調が悪いのかもしれない。

 最近、色々手伝ってもらって、無理させすぎたかも。


 ――でも、待って。

 この構図、見たことある。

 

 王立学院の池……頬が水で濡れた令息……ハンカチ……。


 池ぽちゃイベントのスチルと、まったく同じ?

 いや、同じじゃないな。


 ヴァンは池の水ではなく、水たまりの水で濡れただけだし、私のハンカチもしわくちゃだ。


 ダメダメ。私にイベントが起こるはずないんだから。

 ついつい、自分をヒロインに見立てて、イベントが起こったことにしたくなる。

 


 「顔が赤いけど、もしかして体調が――」

 

 「俺のことはいいから。ほら、行くぞ」

 


 ヴァンに促されて、覗き見ポイントへ急いだ。

 

 こっそり池のほとりを覗くと、赤毛の巻き毛と、光の加減で淡いピンクに輝く髪が、並んで立っているのが見える。


 アデルとエリオットだ。


 今は、池の水面を眺めながら、なにやら話し込んでいるようだ。

 

 なんとかイベントに間に合った。

 走ったかいがあったね!

 

 エリオットは両手に収まる大きさの何かを、アデルに見せている。

 きっと、あれがエリオットの発明品かな。

 


 「エリオット! 風が出る道具なんて、すごいですぅ!」

 


 さすがヒロイン。

 私がちょっと遅刻している間に、もう名前呼びしている。

 

 

 「ありがとう、アデル。でもね、父上と兄上には、あまり評判がよくなかったんだよ」

 


 そう言って、エリオットはがっくりと肩を落とした。

 このあたりはゲームと同じ状況みたいだ。


 ここでゲームでは風に乗って木の葉が落ちてくるのだ。

 

 それをヒロインが発明品の風を当てて、空中に舞い上がらせる。

 それを見たエリオットが笑顔になり、元気を取り戻すという流れだったはず。


 ほら、ちょうど葉っぱが落ちてきた。

 アデルもエリオットの手から、発明品を受け取った。

 

 その道具で、葉っぱに風を当てるのよ! アデル!



 ――パサッ。

 へ? アデルが木の葉を手で払っちゃったんだけど……。



 「エリオットぉー。こうして自分に向けると、風が出てきて涼しいよぉー!」

 


 その上、アデルは発明品を、前世のハンディファンのように使い始めた。

 


 「アデル、君は面白い使い方をするね。でも貴族は風に当たるのを嫌うんだ。ほら、髪とか乱れるだろう?」

 


 そうそう、貴族は風を嫌うんだよね。

 身だしなみが崩れるのが嫌なんだって。

 

 それに、この国は一年中、気候が穏やかで、前世の日本みたいに暑い夏がない。

 

 だから、エリオットの発明品は、この国では不要なものなのだ。

 残念だけど悲しい真実……。

 


 「そんなぁー、残念ですぅ。あっ、虫さんが飛んでますねぇー」

 


 アデルはなにを思ったのか、近くを飛んでいた虫に向かって、ハンディファンもどきをいきなり向けた。


 その虫は、いきなり吹いてきた風に体勢を崩され、一瞬、落下したがすぐに持ち直した。

 

 ――ブーン、ブンブン!

 「きゃあ! 虫さんが襲ってきますぅー!」


 あの虫、怒ってない?

 羽音が、ブチ切れ感を出している。


 手で蜂らしき虫を追い払いながら、アデルは逃げようとして――。



 ――ぽちゃん。


 「いやんっ!」

 「アデル! 今、僕が助ける!」


 

 エリオットが濡れるのも構わず、慌てて池に入っていく。

 とはいっても、エリオットの膝の下くらいの水位なので、まったく危険はない。

 


 「大丈夫かい? アデル」


 「エリオットの発明品、池に落としちゃったぁー!」

 


 アデルが指差す先には、風を吹き出しながら水面に半分ほど沈んでいる発明品が見えた。

 


 ――ウィーン! ウィンウィン……ごぼごぼごぼ。

 


 ほんの少しの間、水面に波紋を広げ、その後、発明品は沈んでいった。

 


 「エリオット、大事なものなのに、ごめんなさい」

 


 謝るアデルに返事をすることもなく、エリオットは水面を見つめている。

 それから、沈んでしまった自分が発明した道具を、ゆっくり水中から引き上げた。



 「こんな使い方もあったのか……。水中で使える? 船とか……」

 


 ぶつぶつと独り言を言っていたエリオットは、急にガバッと顔を上げた。

 そして、アデルの両手をつかんで上下に激しくふる。

 


 「アデル! 君のおかげですごいアイデアを思いついたんだ!」

 

 「エリオット、やっぱりすごーい! あ、顔が濡れてるよ。これ使って」

 


 アデルが渡したハンカチを使って、頬の水滴を拭うエリオット。

 その表情は明るく、迷いがなくなっている。


 このシーン! これ、本物のスチルだ!

 いや、実はかなり内容は変わってる。


 二人とも池の中に入るなんてシーンはゲームにはなかった。

 発明品をハンディファンのように使うこともない。

 蜂に攻撃されるなんて、もちろんない。


 でも、これはやっぱり、本物のイベントで、本物のスチルなのだ。

 ヒロインと攻略対象でなければ、起こせない美しい瞬間。

 

 私が感動しているうちに、アデルとエリオットは池から上がって、どこかへ行ってしまった。


 でも、池から上がっても、アデルとエリオットは手をつないだままのように見えた。


 あれ? 本当に親密度1?

 なんかおかしい……。


 

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