第十六話:親密度1のはずなのに
アデルと作戦会議を開いて、各攻略対象の親密度を1で止めようと決めた翌日。
私は校舎の屋上でアデルを待っていた。
屋上へ出ることは禁止されていないので、お昼ごはんを食べに来る生徒もいる。
でも、今日は誰も来ないみたいだ。
中庭で子猫イベントが始まる前も、妙に人がいなくなったし、鳥の声や人のざわめきまで聞こえなかった。
だとしたら、もうイベントの準備のようなものが、この場所で始まっているのかもしれない。
「今日はいい天気だな。外で食べるなんて久しぶりだ」
今日の従者担当であるヴァンは、なぜかご機嫌だ。
屋上に置いてあるベンチの座面に、大判の布を広げている。
その上には、サンドウィッチ――だけじゃなく、キッシュのようなタルトや、サラダの入った器が置かれている。
学院のお昼に食べるにしては豪勢だ。
「コレット、はやく食おうぜ! 料理長が張り切って作ってたから、きっと旨いぞ」
「ヴァン、すごいじゃない! ピクニックみたい!」
野菜をたっぷり食べる派の料理長と、毎食きちんと食べる派のヴァンは馬が合うらしく、日頃から仲が良い。
そんなヴァンから頼まれたので、料理長も気合を入れて作ってくれたのだろう。
私も手渡されたサンドウィッチに、いそいそとかぶりつこうとして、思い出した。
いや、今日はヴァンとピクニックをするために、この屋上に来たんじゃない。
アデルと騎士団長令息ルーカス・ベルンハルトの屋上イベントを見に来たのだ。
きょろきょろと二人の姿を探すと、ちょうどルーカスが屋上に来たのが見えた。
私とヴァンが座っているベンチは、大きな植物の鉢植えの陰になっていて、ルーカスの方からは見えない。
ルーカスは屋上に誰もいないと思ったらしく、そのまま屋上の柵にもたれかかって、空を見ている。
たそがれてるなぁー。
ルーカスを観察していたら、後ろでヴァンが料理を褒め始めた。
「旨い! さすが料理長だな」
その褒め方が、なんとなくだけど、いつものヴァンじゃない気がした。
いつもだったら、使っている食材のこととか、料理長の腕だとか、わりと細かく褒めるのに。
「えっと、ヴァン? その……なんかあった?」
そう聞いたとたん、ヴァンがむせこんだ。
慌てて水の入ったコップを渡す。
「お前にまで気づかれるなんて、俺もまだまだだな……ちょっと仕事でミスしてさ。でも旨いもん食ったら元気出てきた」
「え? ヴァンが?」
驚いて勢いよく聞いてしまった。
ヴァンは学院での成績も優秀だったって聞いてるし、仕事もそつがない。
落ち込むほどのミスをするなんて、考えられなかった。
「みんな、俺のせいじゃないって言ってくれるけど、俺が気づいて動いてればよかったんだ……」
そうか……さっきまで、妙にヴァンの機嫌がよく見えたのは、落ち込んでいるのを隠すためだったんだ。
「ヴァン、サンドウィッチ片手にこんなこと言っても信じられないだろうけど、あなた、すごく優秀だから! 自信持っていいわ!」
私がサンドウィッチを頬張りながら、断言するのを見て、ヴァンは一瞬、ぽかんとして――それから笑った。
「クククッ。お前に褒められてもなぁ。それに食べながらしゃべるなよ。またエルザ先生に怒られるぞ」
そう言いながらヴァンもサンドウィッチを頬張る。
あれ? このシーン……。
校舎の屋上……昼休み……サンドウィッチ……落ち込んだ令息……励ますヒロイン……。
これって、屋上イベントとそっくりじゃない?
でも相手がヴァンだしなぁ。
そもそも私もヒロインじゃないし。
まあ、ヴァンが少し元気になってくれたみたいで良かった。
そんなことを思っていたら、屋上のドアがバンッ! と勢いよく開いた。
「わぁー! きれいな空ぁ!」
大きな伸びをして、空を見上げているのはアデルだった。
ヒロイン、登場だ。
+++
アデルが大きな声を出したので、さすがにルーカスも気がついたみたいだ。
いつもの調子で、馴れ馴れしくアデルに話しかけようとした――んだけど、さすがはヒロイン、先制攻撃をしかけた。
「こんにちは! ねえ、空ってなんで青いのかな?」
空が青い理由を聞かれて、答えに詰まったルーカスに、するするとアデルは近寄っていく。
それから二人で並んで空を見上げながら、なにか話をし始めた。
最初はキャッキャしていた二人が、途中で静かになった。
きっと、合同練習で父親である騎士団長に厳しいことを言われた話をしているのだろう。
それからアデルがルーカスを先導するように、私とヴァンがいるベンチの近くに来た。
アデルがこっちに向かって、こっそりピースサインをしているから、私たちがいる場所が分かっているみたい。
大きな鉢植えの葉の隙間から、アデルたちの姿がバッチリ観察できる。
距離も近くなったので、二人の会話も聞こえた。
「さあさあ、ルーカス、こっちのベンチに座ってぇ!」
「座るのはいいんだけどさぁ、アデルの昼ご飯をいただくのは遠慮しとくよ。悪いじゃない?」
どうやらアデルは、落ち込んでいるルーカスに、お昼を一緒に食べようと誘ったらしい。
お互いにファーストネーム呼びで、すっかり仲良くなっている。
「いいのよ、ルーカス! たくさん作ってきたの」
「じゃあ、いただこうかな。料理する令嬢なんて初めて会ったよ」
ルーカスはサンドウィッチを口にすると、すぐ大声を上げた。
「ええっ!? なにこれ? 旨すぎない?」
「ふふーん! 美味しいでしょ? アデル特製の玉子サンドよ!」
それまでアデルたちに興味のない様子だったヴァンも、植物の影からそっと覗き込んだ。
「玉子サンドってなんだ?」
「な、なんだろうね? アデルの地元料理かな?」
アデルが作ったのは、おそらく前世の玉子サンドだろう。
こっちに来て、ゆで卵の輪切りを挟んだものは見たことがあるが、玉子をペースト状にして挟んだサンドウィッチは見たことがない。
それにきっとマヨネーズも手作りだろう。こっちにはマヨもないから。
いや、玉子サンドはどうでもよくて、問題は二人の様子だ。
サンドウィッチを楽しげに食べるルーカスとアデル。
どこまでも広がる青空。
昼休みの校舎の屋上。
これはゲームのスチルとそっくりだ。
でもゲームのルーカスより、こっちのルーカスの表情のほうが柔らかい……かな。
自然な笑顔になっている気がする。
「ルーカス、こっちもどうぞ!」
「なにそれ、茶色いね」
「これはね、唐揚げ――じゃなくて、鶏肉を油で焼いてみたの」
唐揚げ……。そんなもんまで作ってきたのか。
ヴァンが唐揚げについて聞きたそうにしているけど、口元に人差し指を立てて黙らせた。
「旨かったよ! それにさ、なんか元気出てきた。アデルのおかげだな」
アデルたちは、ひとしきりキャッキャしたあと、屋上を出ていった。
二人をこっそり見送りながら、私は小首を傾げた。
イベントは起こったみたいだけど、なんか違う気がする。
親密度1くらいで、こんなに仲良くなれてたっけ?
アデルぅ、ルーカスぅ、なんて呼び合ってたし。
玉子サンドと唐揚げも、ゲームには出てこなかった。
これって、なにか影響あるのかな。
今日はこのあと、授業を抜け出して、王立学術院長官令息、エリオット・フォルスターに会いに行く予定だけど……。
ちょっと心配になってきた。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。




