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モブですらない令嬢は、推しスチルを最前列で拝みたい! 〜ヒロインでも悪役令嬢でもない私のイベント鑑賞計画〜  作者: キモウサ


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第十三話:本物イベント、始まります?

 「コレットお嬢様、こちら、ハムのサンドウィッチになります」


 王立学院の中庭――その端っこ。

 入口がよく見えるあたり。

 

 まばらに植えられた木の影に隠れているのは、アデル、私、そしてヴァンの三人だ。

 

 きょろきょろと周囲を見渡している私に、ヴァンが布ナプキンに包んだサンドウィッチを差し出してくる。

 

 ここは、アデルとユリウス殿下のイベントが起こる場所だ。

 

 でも、そのためには、ある動物が必要なんだよねー。

 

 それは、子猫。

 子猫が出てこないと始まらない。


 そして、このイベントが起こるのは、学院の昼休みだ。


 きっと、ヒロインであるアデルが、昼休みに中庭へ足を踏み入れるとイベントが発生するんじゃないかと予想している。

 

 だから今日の昼休み、アデルを連れて中庭まで来てみた。

 今は、子猫が中庭に歩いてくるのを待っているというわけ。


 お昼ごはんも食べず、ここで張り込んでいるんだけど、ヴァンがさっきからサンドウィッチだけでも食べろとうるさいのだ。

 


 「きゅうりは入ってないわよね?」


 「――こちらで、処理しておきました」


 「それなら、いただこうかしら」

 

 

 私の家、ルヴィエ子爵家の料理長は、とても腕がいい。

 

 ただし、健康と美容のために、野菜をたくさん食べるべきだという考えの持ち主でもある。


 私の苦手なきゅうりをサンドウィッチに入れようとするので、油断して食べられない。

 


 「アデル様も、おひとつ、いかがですか?」

 


 ヴァンは、私の隣にいるアデルにもサンドウィッチを勧めた。

 


 「まあ、私までよろしいんですの? では、いただきます」

 

 

 料理長の野菜信仰、そしてヴァンの三食しっかり信仰。

 

 この熱狂的な信者二人に追い詰められている私だけど、ここにエルザがいたら粉砕してくれたはずだ。

 「令嬢は立って食事をいたしません!」って。


 最近になって前世の記憶を取り戻したアデルは、もちろん貴族令嬢がなんたるかを知らない。

 

 嬉しそうに私の隣で、立ったままサンドウィッチを口にする。


 

 「わぁ、これ、美味しいですぅ。ところで今日、エルザさんは?」

 


 ヴァンに渡されたサンドウィッチをもぐもぐしながら、アデルはエルザの姿がないことに気づいたようだ。

 


 「本日は、奥様に付き添っております。アデル様が気にかけてくださったと知れば、エルザも喜ぶでしょう」

 

 

 今日、エルザはお母様の買い物に付き添っている。

 流行に目ざとく、お洒落な侍女は引っ張りだこなのだ。

 


 「まあ、それでヴァンさんが付き添ってくださってるのですね」


 「コレットお嬢様に、お昼ご飯を食べていただかないといけませんから」

 


 アデルはそれを聞くと、なぜか意味ありげな目で私を見て、軽く肩をぶつけてきた。

 


 「え? なに?」

 「いえ、なんでもありません。優しい従者がいて、うらやましいなって思っただけです」

 

 

 アデルはそう言って、うふふと笑った。

 可愛い……ヒロインって本当にすごい。


 最近のアデルは、悩み事がなくなり友達もできたせいか、可愛らしさに磨きがかかってきた。

 

 こんなに可愛い子に、抗える人なんていないだろう。

 これは今日のイベントも、きっと上手くいく。

 


 「やっぱりヒロインってすごいわね。ヴァンも可愛いと思うでしょ?」

 


 背後で控えていたヴァンに小声でそう聞いてみると、彼は「あーはいはい」とだけ言って、私の口元をナプキンでぐいっと拭った。

 


 「ちょっと、ヴァン! 私は子供じゃないわよ!」


 「コレットお嬢様、子猫の捜索にお戻りください」

 


 アデルが隣でクスクスと笑っていて、ちょっと恥ずかしい。

 子猫に集中しよ。

 


 ――うーん。まだ、子猫は現れていないみたい。 

 

 ここは四方を建物に囲まれているので中庭と呼ばれているけれど、実際にはちょっとした庭園だ。

 

 手入れされた芝生に、季節の花が並ぶ花壇。

 白い石造りの小道。

 

 そして、中央付近には、ひときわ大きな木が一本立っている。


 この木に子猫が登って降りられなくなり、それをヒロインと王太子殿下が助けるというイベントが起こるはずだ。



 「コレット様……本当に子猫は来るんでしょうか?」

 


 隣でアデルが小さな声で聞いてくる。

 


 「なんなら俺が――いえ、私が子猫をどこかから拾ってきましょうか? そうすれば殿下も釣られて来られるやもしれません」

 


 ヴァンが不穏なことを言っている。

 

 エルザには、アデルと二人で実在の人物をモチーフにした劇の脚本を書いているのだと説明した。

 

 その流れで、ヴァンには、脚本を書くために、殿下が中庭でよく子猫を可愛がっているという噂が本当かどうか確かめたいと話してある。



 「も、もう少し待ってみましょう! きっと大丈夫よ。なんだか中庭の様子もおかしいし」

 


 ヴァンに嘘をついているから、なんだか後ろめたくて声が裏返ってしまった。

 そのせいか、ヴァンの目がすっと細められた。



 「コレットお嬢様、中庭の様子がおかしいとは、どういうことでしょうか?」


 「だって、ほら、さっきまでちらほら人がいたのに、今は誰もいなくなってるでしょ?」

 


 私たちが中庭に着いたときは、お昼休みということもあって、ベンチに座って友達とおしゃべりする生徒や、散歩している生徒の姿があったのだ。

 

 それが今では、私たち以外は誰もいない。

 


 「お昼休みの終わりの時間が、近づいているからではありませんか?」

 


 ヴァンはそう言うけど、実は他にもおかしなことが起きている。

 


 「鳥の鳴き声が消えているのに気づいた? あと、校舎のほうから聞こえていたざわめきも、聞こえなくなってるの」

 


 私の指摘に、アデルとヴァンがそれぞれ耳を澄ませる。



 「まぁ! 本当だわ! 音がなにも聞こえない」

 「――確かに、これはおかしいですね」

 


 今まで、街の通りやガーデンパーティ会場などで、イベントもどきは体験してきた。

 だけど、こんな現象は起こらなかった。


 これがゲームの強制力ってやつなの?

 とにかく、今は子猫を待つしかない。

 

 ゲームと同じ状況になるのだとすれば、子猫は石造りの小道を歩いて――。

 

 

 ――カサッ、トトト。

 

 「ん? 今、なにか小さい影が、コレットお嬢様の足元を走ったような……」

 


 ヴァンに言われて足元を見ようとしたとたん、なにかが私の足に軽くぶつかった。


 

 「――みゃ」

 「え? きゃっ!」

 


 小さいなにかは私の声に驚いたらしく、「みゃっ」と鳴いて飛び上がった。

 そして、私の制服のワンピースの裾にしがみつき、そのまま勢いよく登り始めた。

 

 

 「痛い、痛い、爪が刺さってる! 助けてー!」

 

 「コレット! 大丈夫か!? ……大丈夫そうだな」

 「コレット様! ……まあ、可愛い!」

 


 私の頭の上まで駆け上ったのは、小さくてふわふわした生き物だった。


 ヴァンがその生き物を、両手でそっとすくい上げる。


 「みゃ、みゃう」

 

 目の前に差し出されたヴァンの手の上にいるのは、白と茶色の混じった、ふわふわした子猫だった。

 


 「チビスケ、腹減ってないか?」


 「きっとお腹いっぱいよ! だって、ぽんぽんに膨らんでるもの。ママにミルクをもらって、ご機嫌で冒険に来たのね、きっと」


 

 この中庭を抜けた先に、カフェテリアがある。

 

 その厨房でネズミ対策の猫を飼っているらしいから、その猫の子どもかもしれない。


 なんてことを考えていると、アデルが目をキラキラさせながら、こちらを見ていることに気がついた。

 


 「わぁぁ……これってイベントですよね? ユリウス殿下との子猫イベントと同じ構図ですもの! この目で見られるなんて感激ですぅ!」

 


 ハッとしてヴァンを見上げると、確かに子猫を手のひらに乗せ、もう片方の手で落ちないようにそっと支えている。

 

 これは、ゲームのユリウス殿下と同じ構図だ。


 王立学院の中庭、昼休み、子猫――確かに、イベントの要素はそろっている。

 ヴァンが子猫に向かって、かすかに微笑んでいるところまで、スチルと似ている。


 ――ヴァンってやっぱり、黙っているとハンサムなのよね。

 いや、それはいいとして。


 これはイベントじゃない。

 だって、スチルに描かれるのが私とヴァンなんて、ありえないから。

 

 本当は、ユリウス殿下とヒロインのアデルが収まるべきところなのだ。

 

 

 「アデル様、残念ながらイベントじゃないわ。ヴァン、その子を放してあげてちょうだい」

 


 この子には、自由に動いてもらって、本来のイベントを起こしてもらわないといけない。

 

 私が軽くお尻を押してやると、子猫はトトトっと大木のほうへ向かって歩き出した。

 

 子猫が大きな木の根元までやってきたところで――。

 


 「まあ、別の猫ちゃんです!」

 


 アデルが声を上げた。

 見ると、子猫の後ろから別の猫が駆け寄ってくる。

 

 子猫とよく似た、白と茶色のふわふわした猫だ。

 兄弟だろうか。

 

 子猫より体は大きいが、まだほっそりとした若い猫だ。


 どうやら、若い猫は子猫と一緒に遊びたかったらしい。

 じゃれつくように飛びかかったが、子猫は気づくのが遅れた。

 


 「――みゃっ!」

 


 びっくりした子猫は、全身の毛を逆立てて跳ね上がり、そのまま大きな木に一気に登っていった。


 子猫の動きに驚いたのか、若い猫も中庭から飛び出していってしまった。


 そして、木の上では、子猫が弱々しく鳴き始める。

 


 「なるほど、こうやって子猫が木の上に登っちゃったのね」

 「意外な真実ですぅ」



 私とアデルは、うなずき合う。


 ゲームでは、最初から子猫が木の上で鳴いていたので、なぜそんな状況になったのか知らなかったのだ。


 

 「さあ、アデル様、出番よ! とりあえず、木の下まで行ってみて」


 「わ、分かりました! 子猫を助ければいいんですよね?」


 「え、いや、そこまではしなくても――」



 アデルは私の話を最後まで聞かないまま、何度かこちらを振り返りつつ、大木の下まで行った。


 ゲームでは確かにヒロインとユリウス殿下が子猫を助けるんだけど、実は、特別なことをしなくても子猫は助かるのだ。

 

 最後は、子猫が自分で降りてきて、ヒロインの腕の中に収まるからだ。

 

 その子猫の可愛らしい仕草をユリウス殿下とヒロインが見て、親密度が上がるというのがストーリーの流れだ。


 なので、アデルは大木の下に立っていれば、イベントが起こるはずなんだけど……あれ、なんか勘違いしてる?

 

 子猫は相変わらず、枝の上で小さく鳴いている。

 

 

 「――みゅ、みゅ」


 「大丈夫よ。今、助けてあげるからね」

 


 そう下から声をかけながら、アデルは大きな木の幹に手をかけた。


 え、なにするつもり?

 


 「子猫ちゃん、ちょっと待っててね! すぐ降ろしてあげる!」

 


 そう言うと、アデルは妙に慣れた動きで、するすると木に登っていった。


 えええっ!? 待って、待って!


 なんでヒロインが大木に登ってるの!?


 こんなシーン、ゲームのイベントになかったよぉー!

 


最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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