47 雨宿り先の親子はとても楽しそうですが
レゼクが扉を叩くと、家の中から中年の女性がでてきた。
暮らし向きはそこそこっぽい。ふくよかな体格をしているし、清潔にしているから。
山間の村ではあるものの、ここはそれなりに裕福にやっていけるだけの収入源がある場所なのかもしれない。
そういえば村の他の家も、壁が壊れている様子もなかった。
濃い茶色の髪を結い上げ、口元に皺のある中年女性は、最初こそ不信感いっぱいの表情をしていた。
「なんの用だい?」
「旅の途中の者なんだが、一晩泊めてもらえないか?」
そして説明しながらレゼクがフードをとった瞬間、中年女性は目を丸くし、次に頬を染める。
更に抱えられている私とレゼクをさっと目で交互に見て、楽しそうにそわそわしだした。
「まぁなんだってこんなひなびた村に……。そりゃあ、泊められないわけじゃないけど」
中年女性はあっさり「泊めちゃおっかなー」という顔になる。
先程までの不信感などどこへ行ったのかさっぱり見あたらない。
「礼はこれで頼みたい。連れが熱を出しているので、急いで返事がほしい」
と、レゼクは銀貨を二枚差しだした上で、思わせぶりに抱えていた私に視線を向ける。
その目は「話を合わせろコラ」と言っていた。
私は顔をうつむけて、こほんと咳だけしてみせた。
だって私の演技はいらないんじゃないかな? と思うのだ。
なんかもうこの家の人はレゼクに興味津々だし警戒心ゼロになったばっかりだし。
そういえばレゼクは顔は本当にいいのだ。
それをすっかり忘れていた。
美人も三日顔を合わせれば慣れると言った昔の人は偉大だ。
ついでに銀貨二枚は、商人や旅人向けの宿よりも高い相場だ。
この金額だけで、身元や不審さについての心理的な壁は低くなるだろう。
案の定、中年女性は気の毒そうに私を見てうなずいた。
「ああ、それは大変だったねぇ。その銀貨に見合う物を出せるかわからないけど、それでいいならお入り。今晩は荒れているし」
風向きが違うので戸口には吹き込んではこないものの、家の壁にばたばたと雨がぶつかり続けている。雲も厚く、おそらく朝まで止まないだろう。
「あと馬も、どこかにつながせてもらいたいんだが」
「それぐらいならうちの子にさせとくよ。ちょいとロニヤ!」
女性に呼ばれ、小さな玄関スペースから続く扉の向うから、十二歳くらいの女の子が出てくる。
中年女性の雛型といっていい顔立ちからして、娘なのだろう。
「ロニヤ、この人達の馬を厩舎につないできな。父さんと兄ちゃんがいないから、入れてやるスペースがあるだろう。飼い葉と水もやっておあげ」
うなずいたロニヤは、二つに結んだ髪をぴょこぴょこと揺らしながら、雨の中へ駆けだした。
レゼクから手綱を受け取る時、ちょっと頬が赤くなったのも、母親とよく似ているなぁと私は妙なところに感心する。
レゼクは銀貨を受け取った女性に招かれて、家の中へ入った。
このランヴェール帝国は冬の厳しい土地だ。
玄関に一間の空間をとり、そこから壁と扉を隔てて居間へ繋がっているのが一般的な造りで、それによって寒気が直接住居区画に吹き込むのを防いでいる。
他の部屋や二階部への階段へも、居間から行けるようになっているのだ。
「とりあえず着替えだね。旦那の服を貸すから、あっちの部屋でそれに替えて。濡れた物は出してくれれば乾かしておくよ。お嬢さんはこっちに座らせて」
サンナと名乗った女性は、隣室へレゼクを引っ張っていくと、手早く男物の服一式とタオル等を取り出して渡していた。
「着替えたら良いと言うまで待ってておくれ」
レゼクに言って扉を閉めた彼女は、階段を上って別な服や布を持ってきた。
そして椅子に座って、のたのたと外套を脱いでいた私の顔をのぞき込む。
「顔色が悪いね。真っ青だ」
「風邪なんです。ちょっとこじらせたみたいで……」
話している途中で私は身震いする。
サンナは私の着替えを手伝ってくれる。肌に張り付いた服を脱ぎ去ると、私はさすがにほっと息をついた。
そして自分で髪を拭いている間に、サンナが湧かした湯で搾った布で、体を拭いてくれる。
手つきは優しくて、人の世話をするのが嫌な様子も見られない。基本的にサンナは世話好きな人なのだろう。
一方のサンナは、私の下着を見て驚いていた。
「あんた良い所のお嬢さんかい? 絹の下着だなんて娘の婚礼用にあつらえたきりだよ」
庶民が日常着にするには、絹織物は高価すぎる。
私はどう返答すべきかと思いつつ、でも貴族ですと正直に言うのもはばかられた。
口外しないようにお願いしたとしても、もしあの傭兵がやってきて脅されたら……。
外に出す情報は少なくする、若しくは偽るに越したことはないだろう。
「いやまぁ、その……」
かといって、熱を出している私は気の利いた言葉が浮かばない。
「そうすると、あの綺麗な顔の兄さんがどこかの公子様かと思ったんだが、本当はあんたがお嬢様で、使用人と駆け落ちって感じかい?」
「……え?」
木綿の下着を貸してもらった上で、頭からかぶる簡素な夜着を手にとったところで、思いがけない言葉に私は動きが止まる。
「か、かけおち?」
思わず反芻した私に、サンナは「隠さなくてもいいんだよ」としたり顔でうなずく。
「年頃の娘が若い男と旅をしてて、しかも宿のなさそうな村を通っていこうっていうんだ。人の集まる場所を避けるなら、駆け落ちだろうよ」
「え? あの、えっと」
「もしかして商売敵同士とかかい? あの兄さんは剣を持ってたし妙に上品だから、まさか商家の娘と駆け落ちした貴族のボンボンとか? なんかそっちの方がしっくりきそうだね……」
サンナの妄想は広がっていく。
そもそもこういった恋愛に関する話題は、女子の好物だというのは私もわかっている。わかっているが、サンナはあまりに好き過ぎではないだろうか。
かといってあれは皇子様なんだとは言えないし……。
そこで玄関に通じる扉が開く。
「母さん、馬はちゃんとしてきたよ。お客さんは泊まっていくの?」
入ってきたのはロニヤだ。
彼女は服を抱きしめて硬直している私と、楽しそうなサンナの方を見て、ぱっと顔を輝かせた。
「お姉さんとっても肌が白いのね! まさかどこかのお嬢様なの!? あの男の人と駆け落ち!?」
ロニヤも母親と似たような事をいいながら駆け寄ってきた。
言葉を濁しながら私は服を頭から被って着る。
ノエリアや他の侍女仲間と比べたなら、私は最近明らかに日焼けしている。
それでも白く見えるのは、帝宮で美容に関する様々な物が揃っているからだろう。
なんといっても、女性は白く美しく、が昔からの理想なのだから。
しかし帝宮のことなど口にできるはずもなく、私はもそもそと服を着ることに集中する。
生成の貫頭衣は寝間着のようだ。足首までの長さがある。
乾いた服を着た私は、ほっとしたあまりに、その場にへたりこみそうになった。
濡れた服が張り付く気持ち悪さからは解放されたが、寒気は続いている。
むしろ他の感覚に意識がひっぱられない分、自分が発熱して具合が悪いことを再確認し、足に力が入りにくい。
「そうだ風邪だったね。こっちへおいで。今日は妙に冷えるから暖炉を燃していて丁度良かったよ。こっちの椅子に座りな。ロニヤ、毛布をもってきておあげ」
サンナに支えられて、私は暖炉に近いソファに座らせてもらう。
ほどなく戻ってきたロニヤが、肩に毛布をかけてくれた。
「ありがとう」
礼を言って体にまきつけると、少しほっとした。
そんな私に、ロニヤは尋ねてくる。
「ねぇ、どこでああいう人と知り合ったの? きっかけは?」
目をきらきらさせて尋ねてくるロニヤは、よほどレゼクの顔がお気に召したらしい。
当然の反応かと私はぼんやり思う。
が、頭の回転がとろくなっていた私は、またしても作り話を考えられずにいた。ので、素直にロニヤに答えた。
「たぶん、私の場合は剣を使えたからだと……」
でなければここまでレゼクと親しくなったかどうか。そもそも聖女だったと発覚することもなかっただろう。
およそ女性らしくない返答に、ロニヤは目を丸くしていた。




