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私、ニセモノ令嬢から帝国皇子の愛され侍女になったようです  作者: 奏多


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48 暖房はとても大事です

 サンナに呼ばれて出てきたレゼクは、たぶん、ソファに転がっている私を見て少し驚いたのだと思う。

 まっすぐに歩み寄ってきて、顔を覗き込まれたからそうだろう。


「平気か?」


 レゼクもまた、簡素な生成のシャツ姿だった。

 こんな気楽な格好をしているのを見るのは初めてで、珍しい姿だ……とぼんやり眺めてしまう。

 それからもう一度同じ事を聞かれ、ようやく私はうなずいて言った。


「まだ寒いです」


「平気じゃないならうなずくな、まぎらわしい。薬は?」


 私はそれもそうだと納得しつつ、薬は上着の隠しに入れていたことを話す。

 レゼクはすぐにサンナに言って、ジャケットの隠しから薬を包んでいた袋を出してくれる。小さな瓶に入れられているのは、丸く黒い固まりだ。

 瓶に入れていたおかげで、濡れていない。


「自分で飲めるか?」


「だいじょぶです」


 と言いながらも、ソファに転がった体勢から起き上がるのが辛い。

 私が唸りながら芋虫のように転がっていると、察したレゼクが起き上がらせてくれた。


「だから平気でないのなら、大丈夫だと言うな」


 叱りながらも、レゼクはご丁寧に薬を口に入れて、水を入れたカップを支えてくれる。

 有り難く飲ませてもらうと、水が喉を通る感覚が心地よい。

 そして思ったより喉がかわいていたらしい。そのままカップ一杯を飲み干した。

 そんな私の後ろで、サンナ親子がこそこそと話している。


「まぁ甲斐甲斐しい……」


「いいわよね母さん、なんか大事にされてるって感じがして」


「やっぱり道ならぬ恋の方かねぇ? 家が不仲同士で恋をして、結婚を反対されたから二人で新天地へ逃れる途中とか」


「主の娘を攫ってきたのかもしれないわ、母さん」


 まだ私達の関係について、妄想世界を広げているようだ。

 そんな二人に、レゼクが私を寝かせる所を尋ねてくれる。


「ああ、さっきあんたが着替えてた部屋を使っておくれ」


 そしてニヨニヨと笑みを浮かべながら、部屋はそこしか開いていないと言う。


「もう一部屋用意しようと思ったんだけど、そっちは寝台の枠にカビが生えててね。ええ今年は春から妙に雨の日が多くてさ。まだ修繕していないんだ。悪いんだけどあの部屋だけで我慢しておくれないかい?」


「……わかった。あと、何か食事を頼む」


「あたしらもこれから夕食だったからね。一緒に食べてしまおうか」


 うなずいたレゼクは、食事の支度にかかるサンナを見送ると、私を抱えて部屋へ連れて行く。


 居間の隣の部屋は、思ったよりも広かった。

 寝台と何かの作業机の他に、小さいながらもソファを置くゆとりがあったのだ。

 一つきりの寝台に、子供のように私は寝かされる。


「なんか、いろいろ申し訳ないです……」


 ここまで運んでくれたことも、泊まる場所を探してくれたことも、あげく薬まで飲ませてもらったのだ。

 普通、臣下にそこまでしてやることはないだろうに。

 たとえレゼクにとって聖女の存在が必要だったとしても、申し訳ないやらなにやらで、私はいたたまれない気分になる。


 レゼクはかいがいしく、私の首もとまで毛布と中綿の入った掛布を広げてくれた。お母さんみたいだなと、私はほっこりした気持ちになる。


「気にするな。それよりもあの親子の変な妄想話は何だ?」


 レゼクは完璧に無視していたので興味も湧かなかったのだろうと思えば、ちゃんと聞いていたらしい。


「駆け落ちだろうって、あれこれ考えて楽しんでるらしいんです。男女二人で泊めてくれって言いにきたのが、いたく想像力をかきたてたみたいで……。都市から離れた場所だから娯楽が少ないせいかもしれません」


 私でもそういうことはする。

 だから特別嫌だとかは思わなかったのだが、よくよく考えてみれば、噂をされたレゼクは嫌だったかもしれない、と思えた。


「なんか私のせいで何重にも申し訳なく……」


 だがレゼクはあっさりと断じる。


「まぁ、その方が、傭兵が追って来た時に都合がいいだろう。あいつらが追っているのは二人の騎士だ。男女組のしかも駆け落ちなら煙に巻くのに丁度良い。信じ込ませたままにする。口裏を合わせろ」


「了解しました」


 答えながらも、私はようやく乾いた暖かな布団に包まれて、うとうととし始めていた。


「食事は無理そうだな」


「眠い……です……」


 子供のような返事をした私に、レゼクが「なら眠れ」と言ってくれた。



 そのまま、私はかなり本格的に眠っていたようだ。

 不意に目を覚ました私は、暗い部屋の様子に目をまたたいた。

 結構長く眠っていた気がする。


 それにしては夜が明けていないので、ずいぶん夜が長いような錯覚におちいりそうになった。

 が、考えてみれば、私が眠ったのは夕暮れ近くだった。

 夜が明けていなくても当然だろう。


 暗いのは雨が降り続いているせいかな。

 それでも風は弱まったのか、しとしとと雨だれが地を打つ音が外から響いてくる。

 具合の悪さは、眠る前よりずっといい。けれどまだ、寒気がしていた。


 むしろ寒くて起きたのだ。

 毛布と掛布をきつく巻き付けてみるが、足りない。

 そのまま震えていると、声が掛けられた。


「起きたのか」


 レゼクの姿を探すと、寝台から離れた壁際にすえられたソファの上にいるのがぼんやり見えた。毛布を被ったレゼクは、襲撃を警戒してか、剣を手に持っている。

 本当は私もそうしなくてはならないはずだ。せめて寝台の中で剣を抱いて眠るぐらいは、すればよかったと悔やむ。


「すみません殿下。足手まといになってしまって」


 そもそもこんなに体調が悪化したのは、いつ以来だっただろう。


「わたし……病も裸足で逃げ出す凶暴女って、噂されてたんですけど……」


 不名誉なあだ名がつくほど、元気だった自分はどこへ行ったのだろうと不思議に思う。


「なるほどな。治せる自信があったから、平気で馬を飛ばしてたんだろう。でもそのことは治ってから考えろ」


 そう言って、レゼクが私の額に手を乗せる。

 額だと、意外にレゼクの手は冷たくて気持ち良かった。

 

「……」


 するとレゼクが左手で私の首に触れ、次に毛布の中に手をつっこんで、腕に触れる。

 そっちは暖かくて助かる。

 じんわりと染み込む暖かさにほっと息をつく私とは対照的に、レゼクが顔をしかめる。


「まだ熱が上がるかもしれないな」


「上がるのに、寒い気がするなんて……」


 レゼクが腕に触れていた手を離そうとして、思わずレゼクの手を捕まえてすがりつく。ぎゅっと握りしめるとほっとした。


「後生ですから、ちょっとだけ手を貸しててください」


「……俺は暖房扱いか」


 あきれた声で言われたかと思うと、無情にもレゼクは手を引っこ抜いてしまった。


「うう……」


 暖房が逃げた。

 寒さのあまりに涙目になった私だったが、次の瞬間息を飲み込んだ。

 毛布がはがされて首をすくめたと思ったら、レゼクに抱き込まれて、再度毛布がかけ直される。

 ようするに、同じ寝台の上で二人抱き合って寝る形だ。


「えっ……」


 いつもと違う薄手の布の向うに、暖かな体があるのを感じた。

 私を抱きしめる腕の筋肉まで、背中や腰からその感触が伝わる。

 背筋に触れる指の一本一本まではっきりとわかった。

 恥ずかしさに思わずもがきかけたが、肩と頭をおさえられていて、レゼクの胸から頬を話すことすら許してもらえなかった。


「この方が面倒くさくなくていい」


 俺をずっと床に座らせておく気かと言われて、私は反射的に「めっそうもございません」と返事していた。


 そうだった。

 腕だけ貸してもらうにしても、当の本人はずっと私の側にいなければならないのだ。

 雨が降り続いて気温の下がっている夜に、私のために眠らずにそこで座れというのは、さすがにひどい要求だろう。


 それに明日には病人を抱えて行動しなければならないのだから、レゼクも休む必要がある。

 いくら人外魔境な力を持っていても、一応人間なのだ。

 休養を欠かせばレゼクも満足に戦えなくなる、イコール、二人とも傭兵部隊に見つかったらあの世行きだ。


 さまざまな事を考え合わせ、とりあえず私は大人しくすることにした。

 正直、手を貸してもらうよりこの方が暖かい。

 思わずすがりつきたくなるが、さすがに恥ずかしすぎるのでそれはできない。だからレゼクの服をぎゅっと掴んだ。


 すると意を感じ取ったかのように、レゼクが私の体を引き寄せてくれる。

 頭の上に触れる彼の頬の感覚も、暖かな吐息すら心地よくて、ひどく安心する。


(私、なにやってんだろ)


 いくら信頼関係があるとはいえ、レゼクと自分はそういう関係ではない。それなのに、文字通りの同衾状態になるなんて。

 恋人か夫婦でもなければしないだろうに。


 そんなことを思い、でも私は暖かさのおかげで急速に眠気に襲われていた。

 だから意識がまだある間に、言うべきことを口にする。


「ありがとうございます、殿下」


 礼を言えば、レゼクが頭の上で笑う気配がした。


「礼はいいから、早く戦力になるように回復しろ」


「うん……了解……暖房……」


 本当は暖房代わりをしてくれて、ありがとうと言うつもりだった。

 が、言葉が途切れて、レゼクを単に暖房扱いしているような言い方になってしまう。


 けれど言い直すことはできなかった。

 暖かくて……抱きしめられる事が妙に心地よくて、私はするりと夢の世界に滑り出していってしまったからだった。

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