86.妖艶
一夜明けて、再び森を彷徨う。
ちなみに、焚火をつけていたのは、食事の時間だけですぐに消していたから、真っ暗な森を交代で睡眠を取りながら過ごしていた。火の煙で居場所がバレる可能性もあるからなのだが、夜に光がない状態で過ごすのは嫌な記憶が蘇って、なかなかに辛いものがあったのだ。
疲れが取れたとは言えない状態でというのは苦しさもあるが、なんとか歩いている。
僕の経験だけで言うなら、徹夜なら何日か眠らなくても大丈夫だったりするのだが、少し眠ってから起きるというのが一番辛い。眠気は残っているのに、眠ったせいでもっと眠りたいと追撃のように欲求が押し寄せてくる。これをどうにかできる人はおかしい。
眠気眼を擦りながら、そんな文句をボスさんにたらたらと語りながら歩く。
「俺に言うなよ...」
なにを言う。起こしたのはボスさんである。僕はもっと眠っていたかった。眠る順番としても、ちょうど僕が眠っていた番。時間で言うなら、まだまだ寝ていたはずなのだ。明るくなったからと言っても起こしていいとは限らない。眠りとは不可侵の領域。決して、緊急時以外で起こしてはならないのである。
「悪かったよ。そんなに、朝に弱いとは思わなかった」
朝に弱いのではない。こんなことなら、徹夜で起きていた方が良かった。
「誘拐なんかより怒ってないか?悪かったって」
「別に怒ってはいないよ」
怒ってはいないはずだ。丁寧に事実を言っただけで、これからはやめてねとお願いしているだけなのだから。どうしてもの時はちゃんと緊急だって言って貰わないと。それでも、嫌なのだから。せめて、言い訳は用意しておいて欲しい。
「それで言うなら、早く帰りたいんじゃないのか?なら、早く出発しようってことだろ?」
そんな少しの違いでは、帰りの時間に影響なんてほぼないだろう。言い訳としては弱い。
でも、まあ、クロイトさんのことを考えると・・・。
「・・・・・・・・・そうだね」
「だろ?」
ふぅとわざとらしく。ボスさんが額を腕で拭う仕草を見せる。
「お?あっちになんか見えないか?」
たしかに、なんだろう。今までは緑という緑が視界一杯に覆いつくしていたのだが、遠目に別の色が見える。それも、色々な色彩がである。
明るい方へと歩いていけば、段々と見えてくる。花であった。それも、ひとつやふたつではない。視界の端から端まで、地面という地面を覆い尽くすほどの花。
「明らかに土地が変わったな。別の縄張りか?しかし、花が生えてる以外に変わりはないしな」
そうなのである。花が一面に見えるが同時に歩いてきた道のように、木も共存している。同じ景色に花だけが異物の様に増えただけなのだ。
「森に詳しくないが・・・草木ってのは栄養を取り合うだとか、光を遮られて他の植物が育ちにくいとかってあるもんじゃないのか?」
「そうなの?でも、森って木が並んであるんだから同時に育つのも不思議じゃないんじゃない?光も別に当たってはいるみたいだからね」
「実際にあるんだ。おかしくはないんだろうさ。ただ、珍しくはあるだろ?ってことは、特別な土地とか植物だとか。もしくは、誰かの手入れが入ってるなんてことがありそうだろ?」
おー。と僕は両手をぱちぱちと叩いて賞賛する。
「たしかにありえそうだね」
「今のは我ながら良い推理だったな。話しながら思いついたんだがな」
推理力が向上している。僕も負けずに考えていかないと、頭にネルを降臨させるのだ。
「なら、やっぱり森人?達の領域とは、離れたんじゃないかな」
「ほう、理由は?」
「今まで、花なんて見かけなかったからね。花を育てるのが好きな別種族がいるってことだよ!」
「俺と同じようなこと言ってるだけじゃねえか。花好きの森人ってだけかも知れねえだろ」
「あっ、たしかにね。でも、そうじゃなさそうってのは同じでしょ?」
「まぁな。さっそく行ってみるとしよう」
僕達は少しおかしくなっていたのかもしれない。暇すぎてではない。眠すぎてと言うことだろう。深夜に人はテンションがおかしくなると聞いたことがある。誰からだったか。
意気揚々と二人で花達の中央を歩く。まるで、草木や花が僕達を歓迎してくれているかのように手を振っている。風が吹くたびに左右に揺られているのだ。どこまでも続くかに思える森であったが、こんな景色だとゴールした錯覚に陥る。
僕達が目指していたのはここなのかもしれない。ボスさんもそう思っているのかも。
「あれ?ボスさ~ん」
さっきまでいたのにいなくなってしまった。花でも摘みに行ったのだろうか。来た道を振り返るとボスさんらしき人物が地面と密着して顔を合わせていた。
「あれー?どうしたの?ボスさーん」
近づいて呼びかけてみるが返事がなかった。揺すってみても反応がない。間違いない、やはり寝不足なのだ。だから、ゆっくりと出発するべきだったのだ。
そんなボスさんを見ていると羨ましくなってくる。自分だけ寝ているなんて酷いじゃないか。
だから、僕はボスさんの上に重なってゆっくりと瞼を閉じることにしたのだった。




