9ー14
日本時間16時
セルゲン草の下処理から3時間と少々。517回の失敗を経て、ようやく解析でしっかりと混じり合う組み合わせを発見。
ホッとしたら、急にどっと疲れが押し寄せてきた。調薬室に籠りっぱなしだったから仕方ないか。セリーヌも疲れきった表情をしている。
「ヴォフン」
イスから立ち上がった直後、目眩でも起こしたかのように身体がふらついた。その瞬間を、影から浮上してきたウォルフがモフモフな身体でそっと支えてくれる。
「ウォルフ、助かったよ」
「ヴォン」
モフモフな頭を撫でて癒し成分補充。セリーヌの方に視線を向けると、かなり眠たいのか今にも机に突っ伏してしまいそうな感じだ。
「ナナミとシャロンが作ってくれているはずの焼き菓子でも食べに行くかな。セリー、リビングに向かうけど一緒にどうだ?」
「行きたいけど、眠い〜」
お互いにかなり集中していたから、かなりの疲労が溜まっているのは仕方ないか。
「ウォルフ、セリーを背中に乗せてやってくれ。リビングまで連れていこう」
「ヴォフ」
ウォルフは頷くとトコトコとセリーヌの元まで歩いていき、尻尾を器用に使って背中に乗せる。俺は扉を開けてリビングへと向かうけど、ウォルフは影に潜ってから浮上。
この調薬室の扉は広くもないし大きくもないから、ウォルフは通れないんだよね。その代わり廊下は広いから普通に歩けるんだけどさ。
階段を降りてリビングへと向かう。この途中、程よい甘さの匂いが厨房から漂ってきた。どうやら、俺達の作業が一段落するのを待っていたようだ。
そんな事を思いながら中に顔を覗かせると、ちょうどシャロンと専属メイドの1人、シルヴィがクッキーを焼き上げたばかりの様子。
「レモンクッキーか」
匂いから過去にも味わった、あの絶妙な甘さ加減とレモンの酸味が思い出される。あれは本当に美味かったです。ここでジッと見続けるのも不躾かな。
俺はすぐにリビングへと移動して、シャロンとシルヴィがクッキーと紅茶を待つ事にした。ソファーにはのんびりと過ごしているナナミと、いつ寝ても不思議じゃないセリーヌだけ。
(リュシーとノエルはどこだ?)
「キュウゥン」
中庭にでも行こうかと思った直後、足元でヴォルフが鳴いた。それも、とっても寂しそうに。俺達だけじゃなくて、メイド達にも構ってもらえなかったようだ。
物凄く甘えたそうにモフモフな頭をスリスリと寄せてくる。あんまりにも可愛いし、放置する事になったのは申し訳ないから抱き上げた。
「よしよし、構ってやれなくて悪かったな」
モフモフな頭にアゴ、耳に耳裏、背中をゆっくりと撫でる。すると尻尾を振って大喜びし、モフモフ頭を俺の頬に押し付けてスリスリし始めた。
「お疲れ様。一段落といったところかしら?」
「あぁ」
ヴォルフの気の済むまで頬擦りをさせていると、今まで黙っていたナナミが声を掛けてきた。
「どう?上手くいきそう?」
「まだわからない。残り4種類の薬草と灼熱土竜の血と涙を混ぜる必要があるし、なにより魔獣素材が不足しているかあらなぁ。完成させられるにしても、しばらく時間は掛かるだろう」
「大変ね。セリーなんて、もうグッスリだし」
「え?」
ナナミの視線を追うと、ソファーに完全に身体を預けて眠ってしまっているセリーヌの姿が。そして、その身体を暖めるように、ウォルフの影からアンコ、ポイズ、ニールのトリプル魔兎がくっついていた。
「さっきまでは起きていたんだけどな」
「それだけ集中していたって事でしょ」
俺も頷いて肯定を返してから、ソファーに腰を下ろした。その直後、扉が開いてレモンクッキーの匂いが室内を優しく包む。
シャロンがクッキーを運んできて、シルヴィと他数名のメイド達が複数の紅茶と茶葉を運んできた。
「タケル様、お疲れだとは思いますけど、甘すぎは健康に悪いのでレモンクッキーにしました」
「ありがとう。かなり集中していたから、少しでも糖分がほしかったところだ」
目の前に置かれたレモンクッキーが入っている皿に手を伸ばして、早速とばかりに数枚を口の中に放り込む。
「うん、美味い」
甘すぎず、味が薄すぎる事もない。砂糖の甘さとレモンの酸味が完全にマッチしていて、何枚でも食べれてしまえそうだ。俺が夢中になって食べていると、シルヴィがそっと紅茶を用意してくれる。
「順調ですか?」
シャロンも気になっていたのか、ナナミと同じような質問をしてきた。答えは最初から決まっているので、俺はさっきと同じ返答をしておく。
「八頭白黒熊の血がなくても、何とかなるんですか?」
「正直に言ってわからない。ただ、過去の失敗レシピを見る感じだと、なくても問題ないんじゃないかと思う」
下処理や加工方法もあったから、しっかりと目を通しておいた。諸々と考えてみても、八頭白黒熊の血は絶対に必要じゃなさそう。
ただし、俺が必須だろうと判断した薬草の組み合わせは、過去の魔法薬師達も同じ考えだったのは間違いなさそうだ。成分抽出が上手くいかなかったのと、必要な魔獣素材が違ったのが原因だと考えている。
「ヴァーフ」
膝上に乗せていたヴォルフが構って欲しそうに、モフモフ頭を擦り寄せてくる。思いきりモフって、俺はリュシーとノエルが戻ってくるのを待った。
ちなみにアルフォンスは、クロードとセリアに、ユニコーンがいそうな場所を聞き込みにいっていると、いつの間にか真後ろに来ていたベアトリスから聞かされましたよ。
□
あれから40分か45分くらいが経過。俺の前には銀色に光輝きながら、かなりの魔力を感じさせるユニコーンの血が入った大瓶をリュシーとノエルから受け取っている。
「ユニコーンはどこにいた?」
「……新しいシャルトル領の中にある湖の近くにいた」
「湖?あぁ。でも、あそこにはユニコーンが生息するような環境はなかったと思うんだけど」
「タケル様、“移ろいの森”が湖からすぐ近くに来ていたんです」
「伝説の森じゃないか」
リュシーからの情報に首を傾げていたら、ノエルが詳細情報を教えてくれた。“移ろいの森”とは、一定期間毎に様々な場所に移動しては現れる森の事だ。
このファタンジー世界でも、かなり古くから存在している。小さい時に読んだ絵本によると、“移ろいの森”は不死鳥さえも好む程に純粋な魔力が満ちているとあった。
そして様々な伝説の動物や魔獣が生息しているとも。森を見つけるのは非常に難しい。それと森の中では時間が非常にゆっくりと流れているとか。
過去に移ろいの森に迷い混んだ子供が、60年間の年月を経て元の場所に戻ったそうだ。両親は非常に年老いていていたけど、一目で子供が帰ってきたと分かり大号泣したとも書かれてあったっけ。
とにかくユニコーンの血が回収できたなら、全く問題なしだ。2人に感謝を述べて、残る4種類の薬草が翼竜郵便で届くのを、心待にするとしよう。
「アルフォンスたちに、ユニコーンの血が手に入ったって念話しておかないと」
念話でアルフォンス、クロード、セリアに教えるとすぐに屋敷へと帰ってくるとの事。セリーヌはアンコ達魔兎にくっつかれ、かなり暖かくなっているのか完全に眠たそうに熟睡中。
気持ち良さそうにスゥスゥと寝息を立てている。俺はレモンクッキーと紅茶でだいぶ疲労回復が済んだ。
「リュシー、ノエル。お疲れさん。疲れただろうから、ゆっくりと休んでくれ」
「……そうする。ウォルフ貸して」
「物じゃないんだけど」
「……貸して。セリーみたいにモフモフで寝たい」
「そういうことか。ウォルフ、少しだけ枕になってやってくれ」
「ヴォフ」
俺の足元の影からウォルフは浮上してきて、その全身を見せる。その途端にリュシーはトテトテ歩いていき、ウォルフのモフモフな身体に抱き付いてモフってからスヤスヤと寝始めた。
「ノエルもどうだ?」
「大丈夫です」
初めて“移ろいの森”とユニコーンを見た興奮なのか、何かの鼻歌を歌いながら部屋へと帰っていったようだ。
「っあ!」
「ん?」
窓の外を見ていたシルヴィが急に声を上げた。俺も窓の方へと視線を移すと、ちょうど4体の翼竜が何かを抱えて降りてくるところ。見たところ、かなり大きな麻袋だ。翼竜が抱える程の量ってどんだけだよ。
その背中にいる乗り手が、かなり慎重に降りるように促しているみたいだ。
「行ってみるか」
「薬草が届いたのかしら?」
「そうかもしれませんね。ですけどタケル様、あまり根を詰めすぎないようなさってください」
「あぁ。わかっている」
俺と同じ考えに至ったのか、ナナミも立ち上がった。そしてシャロンは、俺が再び作業に集中するだろうと気付いてか、無茶をしないようにと言ってくる。
メイド数人がリビングと玄関の扉を開けて、一直線に外へと向かえるようにしてくれた。俺はナナミとシャロン、そして数名のメイドを引き連れて玄関を出た。
「タケル・シャルトル様ですね?」
「そうだ」
外に出た直後、1人の乗り手が確認をしてきた。
「リエヴァン公爵様、バスティア伯爵様、イエール伯爵様、バニョレ子爵様より薬草のお届けに参りました」
翼竜に慎重に着地させると、4人はすぐさま俺の前へと来る。そして1人が代表して届け物と送り主を明かしてきた。
「ご苦労さん」
俺が労うと4人は、とんでもないと首を左右に振る。そして、それぞれが1枚の紙を差し出してきた。
「「「「受け取り証明書にサインをお願いします」」」」
(書留とか日本の宅配便みたいな感じだな)
俺はそう思いながらも、メイドの1人が差し出してきた羽ペンを受け取る。4人の差し出してきた受け取り証明書に名前を書き入れ終わると、彼らは仕事完了とばかりに翼竜に麻袋を慎重に置くように指示。
4つの麻袋に近付いて、中を見ながら解析して本物かどうか確認。
(アーブ草、テロル草、ミッティ草、ローレン草。うん、ちゃんと揃っているな)
俺が揃っているのを確認して頷くと、すぐに4人は翼竜の背中へと戻り飛び立っていった。
「しかし、この量。屋敷内のどこに保管するか」
4種類ともかなり膨大な量だから、屋敷内に置いておけるスペースがあるか分からない程だ。いざとなったら、ウォルフの影に収納するとしても、とりあえず中へ運び込む必要がある。
「タケル様、3階の倉庫室はどうでしょうか?」
「そんな場所あるのか?」
「はい。階段を上がって北の方角へ少し進んだ場所に」
メイドからの保管場所提案に頷き、俺達は移動させる事にした。ただし、人力じゃ無理な大きさと重さだ。
「ウォルフは現在ベッド代わり状態だからなぁ。シュックス、いるか?」
何もない空間に向かって呼び掛けると、目の前の空間に亀裂が走ってそこからシュックスが顔を出した。
「コオオオォォォン!」
「わかった。わかったから。後で甘えさせるから!」
久しぶりに呼んだせいか、空間の亀裂から勢い良く飛び出してくる。尻尾をブンブンと振りながら、頬擦りしてくるシュックスを落ち着かせて、麻袋を別空間へと回収。
その後、3階の倉庫室に移動してから別空間を開いて麻袋を置く。それから最初の成分抽出に必要なだけの量を取り出して、それを持って調薬室へと向かった。
□
日本時間20時10分
夕食と入浴を済ませてから、しばらくして俺は調薬室にいる。アーブ草、テロル草、ミッティ、草、ローレン草の成分抽出は既に終えていて、問題は組み合わせにあった。
成分抽出だけで、5つの薬草の失敗合計回数で2651回。誰が数字を聞いても失敗しすぎというだろう。細かい温度調整やら、粉末にしたり、細切れにしたり、千切りにしたりなどの成分抽出が大変だったのですよ。
セリーヌだけじゃ手が足りず、帰ってきたアルフォンスや、セリア、クロード、他にもシャロンとメイドさんズも手伝ってくれたけど、時間が掛かった。
これから組み合わせを行うんだけど、ここからは1人での作業。かなり難しい作業になる。過去の魔法薬師達が誰1人として完成させる事の出来なかった魔法薬。それを作ろうっていう考えだからね。
明日も臨時講師としての授業があるから、あまり長く作業は出来ない。なので、俺は今まで以上に集中するべく1人になるのを選んだ。
「始めるか」
最初に手に取ったのは、セルゲンの成分抽出水に灼熱土竜の血をスポイトで6滴、涙を11滴垂らした物。小薬瓶で50本は用意済み。解析でも、回復力がかなり上がっている。
これに最初に入れてみるのは、アーブ草の成分抽出水。スポイトで滴数の変更をしながら入れて混ぜていき、蓋をして軽く振ったり、計量用の小匙を突っ込んで小さく何度も攪拌したりを行う。
それぞれ時間差を作りながら解析でちゃんと混じり合っているかを確認するけど、結果は無情にも全失敗。成分が混じり合わず、ただ入れただけに。
失敗した物でも捨てずに一応、残しておく。万が一にもさらに時間が経過した後に混ざっている可能性を考慮して。今度はテロル草をセルゲン草と試してみる。
作業自体は単調だけども、決して気を抜く事は出来ない。量と時間を調整しながら、何度も解析を行っては、失敗結果に落胆。
それでも諦めず、今度はミッティ草を、ローレン草をと試していく。小薬瓶がどんどん部屋を埋め尽くすように溜まっていくけど気にしない。
気にしていたら、成功させられるかは怪しいからだ。セルゲン草との実験を試してから、今度はアーブ草とテロル草、ミッティ草と、ローレン草。
さらに組み合わせを変更して、アーブ草とミッティ草、テロル草とローレン草をと実験していく。この段階で失敗した数に関しても紙に書き出して、どの組み合わせでどれだけの量と時間を使ったかをメモ。
こうやって書いておけば、自分なりにどうして失敗だったのかを考える事が出来るからだ。とりあえず一通りの組み合わせをして、解析による結果判定をするまでの長考に入る事にした。
(時間と量だけが問題じゃないなら、後は温度くらいしか思い付かないな。だけど、温度変化を加えると腐ってしまう確率の方が高い。
湿度に関しては問題ないか。どこの場所も基本的には同じような湿度環境だったみたいだし。となると、やっぱり温度変化かな。
いや待てよ。最初からセルゲン草の成分抽出水にしか灼熱土竜の血と涙を混ぜていない。違う薬草との混合を試してみて変化を見るか)
チラっと砂時計に視線を向けて、俺は正確計測している時間を紙に書き出しながら解析を行っていく。そして、ただの成分抽出水同士でちゃんと混ざり合ったのはテロル草とミッティ草だった。
(解析結果はちゃんと2種類の薬草の効果が混じり合っている。これで成功への第一歩だな)
混ざって良かった、で終わらせずにどうして混合成功したのかを思考する。何滴ずつ入れたのか、ただの水に浸しただけだからなのか、煮たからなのか。
あるいは粉末にしたのを直接抽出水に混ぜたから、ちゃんと混合が出来たのかもしれない。いや、それなら他の薬草だって同じはず。ならば、その違いと差は何だろう。
俺はシャロンとシルヴィの主従と、構ってくれないと鳴き始めたヴォルフ、そしてシュックスの空間から顔を出してそれを教えに来た不死鳥に促されて作業を終了する事に。
ただし、この時にシルヴィを通して他のメイド達に、調薬室がかなり散乱した状態になっていても一切、触らないようにと注意を伝えるように命じた。
そして俺はヴォルフやアンコ達魔兎。そしてウォルフのモフモフ尻尾枕とシュックスのモフモフに囲まれて寝る事となったのです。
翌朝、ちゃんと調薬室が前日のままか確認し、作業しておくと言ってきたセリーヌに昨日書いておいた組み合わせや温度変化などを紙を渡してこう言った。
「実際に混ぜるのは俺がやる。セリーはどうして失敗だったのかの原因を考えてほしい。俺1人じゃとても無理だ」
言った時にセリーヌからも、勝手に調薬して失敗させるのは気が引けるからタケルが戻ってくるまでは原因を考えるだけにしておくと。




