嫉妬
「あれ?今の…ライラック?」
気のせいだろうか。
あれはボルドー侯爵家の馬車だ。
あの馬車の中に、ライラックが乗っていたように見えた。
ちょうど、治癒薬の調合に必要な乾燥薬草を買い出しに
街に来ていたルイスは足を止める。
そのまま馬車は、ゴトゴトと山奥を目指して進んで行ってしまった。
* * * * * * *
「ごめんなさいね、付き合ってもらって」
「いいえ、大丈夫です。試験も終わりましたし。
素敵な内装の馬車ですね」
「ふふっ、ありがとう。試験は上手く行ったのよね?」
「はい、多分大丈夫です」
「そう、良かったわ」
今日ランチの時に、ミランダ様に頼み事をされたのだ。
“薬学の課題で、薬草の採取があるの。
良かったら、放課後付き合ってくれないかしら?
実は、山奥の草原の一角に、秘密の群生地を見つけたのよ。
沢山採取して、みんなを驚かせてやりたいの”
私は彼女が大好きだし、二つ返事をして同行した。
卒業資格試験も昨日終わったし、放課後図書館での自習も必要なくなった。
でも、何だかミランダ様は、今日元気が無いみたい。
リアムお兄様に、お礼の品を渡したと報告しても上の空だったし。
馬車の窓から空を見上げて、少し天気が怪しいのが不安だった。
でも、一人ではないし…大丈夫よ。
いつものクセで、左腕の腕輪を触っていたら、
それを見てたミランダ様が口を開く。
「その腕輪素敵ね。シンプルで美しいわ」
「はい、これ…お母様から頂いた、大事なお守りなんです」
「お守り?」
「はい、私…嵐の音と暗闇が苦手で…
これをお守りにって、贈ってくださったんです」
「まあ、そうなの。お優しいお母様ね」
「はい…あ、薬草ってどんな物なんですか、特徴とかは…」
「…ええ、濃紫色の小さな花で、根元から平たく地面に
張り付くように円盤状に広がって生えているの。
これが見本よ “キランソウ” というの」
「わぁ、可愛い薬草ですね…」
彼女から、見本が模写された紙を受け取りマジマジと見る。
ルイスお兄様の植物図鑑に、これもあるのかしら…
「ねえ、ライラックさん」
「は、はい!」
「込み入った事をお聞きするけど…親御さんの再婚で、
今は、リアム様とルイス様が、義理のお兄様なのよね?」
「はい」
「やっぱり、その…他人でしょう?上手くいくものなのかしら?
ほら、私も同じ境遇になるかもしれないから、参考に聞かせてくれない?」
「そうですね…ミュレルお母様が、お優しい方で…私を受け入れてくれますし、
特に問題はありませんわ。人によるとは思いますが…」
うちの場合は、彼らの複雑な境遇と立場を保護するための偽装結婚。
お父様とミュレルお母様は、男女の恋情がないから、
前妻の子供である私を受け入れられるのだろうと思うけど…。
でも良く聞くのは、前妻の子供を虐げたりするのよね。
やっぱり愛した人の、前の奥様の影が見えるし、愛の結晶が存在しているのが
許せなくて邪魔になるのかしら…
「まあ、継母とは上手く行っているのね。双子の義兄はどう?
異性だから、難しくはない?」
「いいえ。いいお兄様達ですわ」
「でも、お二人ともとても美しいでしょう?意識したりしない?」
「お美しいのは、否定はしません。
でも、ずっと一緒にいる訳でもありませんし…そんなに意識はしてません」
「本当は、どう思っているのかしら?好き?それとも、嫌い?」
「ふ、二人とも優しいですし、大好きですわ‼︎ 」
「そう…」
ミランダ様の “尻尾” の先が、イライラと小刻みに動いていたが、
馬車の揺れもあり、特に気にもとめなかった。
リアムお兄様は、苦手だけど…
でも、こう言っておいた方が、無難だろう。
しかし、ライラックのこの社交辞令の言葉を
ミランダは別の捉え方をしていた。
美しい微笑を浮かべながら、手元の扇子をギリッと強く握る。
いい気なものね。この娘。
純真無垢な可愛い顔をして、男二人を手玉に取って…
選ぶ権利と彼らの未来を握り惑わせているというのに、
楽しそうに、無邪気に笑っていたわ。
リアム様…
ああ、いやよ。私から、奪わないで。
初めてなの。こんな風に、心の殆どを占める男性にお会いしたのは。
あの方を思うだけで、こんなにも幸せな気分になるのは。
だから、
リアム様は、渡さない──────。
絶対に。
* * * * * * *
「…ここですか?」
「ええ。先に降りてくれるかしら?」
「は、はいっ」
馬車のドアが開き、採取用の手袋とスコップ、手提げかごを持ち、
私は先にステップに足を置き外に出た。
眼前には、何もないだだっ広い草原。
ここに、本当にそんな薬草があるのだろうか…
ライラックが馬車から降りて、景色を見ていると、
ミランダは馬車から降りてこない状態で、後ろから鋭く睨み付けている。
そして、一拍おいて息を吸い、口を開いた。
「ライラックさん、腕輪をお預かりするわ。泥で汚れてしまうもの」
「えっ、いいえ、大丈夫です!」
「でも、大事な物なのでしょう?
馬車の中に置いておくだけだから、心配しないで。
私もアクセサリー類は、いつも置いて行くの」
「でも、いつもするようにと…言われていまして…」
「まあ、私が信用出来ないのね…悲しいわ…」
「…あっ……あの、では、お願いします」
少し不安ではあったが、ミランダ様に嫌われたくない。
折角親切に提案してくれた事を拒むもの悪いと感じて、
私は腕輪を外し、彼女に手渡した。
「…まあ、いけない。私うっかりして、忘れ物を思い出してしまったの。
すぐ戻るから、先に薬草を探しておいてくれる?」
「えっ?あのっ!ミランダ様?」
「その真っ直ぐ行った奥に群生しているからお願い。
すぐに取って来るから、ごめんなさいね、ライラックさん」
そして、ミランダ様の “尻尾” が、リアムお兄様と同じ動きをした。
ヒュンッ、バシン‼︎
…え? この動き…
バタンッ
馬車のドア、閉められちゃった…。
ヒヒィーン…パシッ……ゴトゴト…
馬車をUターンさせて、彼女はさっさと行ってしまった。
置き去りにされ、ポツンと一人きりで立ち尽くす。
一瞬だけど…馬車の窓から酷く冷たい目で、
こちらを見ていたような気がした。
それに、あの “尻尾” の動き…
ミランダ様、怒ってる?
ガサガサと葉擦れの音がして、空を仰ぐ。
空は鉛色になり、少し風が強く吹き始めていた。




