嵐の夜
同居してから、1ケ月が経った。
私は、お忙しいお父様の代わりに、
ミュレル様とお兄様達で、朝食と夕食はご一緒するようになり、
話す機会と仲良くなれる時間を沢山作った。
ミュレル様の “尻尾” は、いつも表情と連動して動き、
ルイスお兄様は、無表情でも “尻尾” はブンブン動く。
でも、リアムお兄様の “尻尾” は相変わらず無反応だった。
何度かお茶会もしたが、表情と反して不動の “尻尾” は変わらなかった。
そして、お父様に貴族学院の単位を取得して、
在宅学習への移行の了解も貰った。既に学院にも申請済みだ。
それに向けて授業後の放課後に図書館で猛勉強をしつつ、ふと時計を見ると、
そろそろ商会でバイトの時間。
今日は、装飾用の花束が沢山あって、それに保存魔法をかけるのだ。
机の上の教科書とノートを片付けていると、誰かが向かい側に座った。
顔を上げると、満面の笑みのエスタ・デイジー男爵令嬢。
「うふふっ、やっと見つけたぁ」
「……あの、何か?私もう帰りますの」
「え?あれれ?忘れちゃった?リアム様紹介してって言ったじゃん。
もう1ヶ月も経ったけど。あなたナカナカ捕まらないんだもの」
「考えておきますと言っだけですわ。リアムお兄様もお忙しいですし」
「え~、酷くない?同じ邸に住んでるんだよね?
いつでも言えるでしょ?」
「その前にお聞きしたいのですが、
なぜ、あなたの要求を私が叶えなくてはいけないんですの?」
「え~と、私は前からリアム様と知り合いになりたかったしぃ、
ちょうど義理の妹が同期生で、近くにいるのを利用したって感じ?
それに、知り合いは居ればいるほど、貴族の世界では有利なんでしょ?」
「貴族間は、特に上位貴族は派閥がありますのよ?
誰も彼もに声をかけるのは、お辞めになった方がいいですわ。
それに、あなたの顔と氏名は知っていますが、クラスは別ですし、
私にとって、その程度の存在で、友人でもないただの顔見知りです。
そこまでする義理はありませんわ」
「何それ、面倒臭い。そんなしがらみ関係なく、
みんな仲良くすればいいじゃない。
ん~じゃあ、私と友人になってよ!それならいいでしょ?」
「お断りします。自分本位ですし、動機が不純ですわ。
私にも友人は選ぶ権利がございますもの」
「え?ちょっと、あんまり難しい遠回しな言い方しないでくれる?
良く分かんないんだけど…」
「とにかく、リアムお兄様の紹介も、友人の件もお断りします。
もう迎えの馬車が来ますので、失礼しますわ。ご機嫌よう」
図書館で大きな声で話す、デイジー男爵令嬢から素早く離れた。
ベラの言う通り、しつこい令嬢だ。
いつも “尻尾” が激しくバッタンバッタンして目障りだし。
自分は取り巻きを侍らせているのに、リアムお兄様までなんて…
どれだけ節操無しなのかしら。
周囲に親しいと思われたくないから、あまり近づいて欲しくないわ。
* * * * * * *
「綺麗な花束が沢山ですわ」
「今日は少し多いのですが、お願いできますか?」
「ええ、勿論です。何か催しですか?」
「はい。隣町のバラ祭りの装飾で使うそうです」
「そうなんですね。ふふっ、お花大好きなので楽しい作業になりそうです」
商会へバイトに来ると、事務所の中がバラで一杯の花畑になっていた。
今日はこれに保存魔法をかけるのだ。
このバイトでは花と食材の保存が多く、そのお陰で、
沢山の食材と花の名前を覚えられて勉強にもなる。
そして、私はこれがきっかけで、花や植物が好きになったのだ。
一つ一つに保存魔法を施して、終わったものから隣の事務所に並べていった。
少し香りが強いけど、バラって完璧なフォルムで本当に美しい。
色香漂う、花の女王って感じ。
こんな妖艶な女性になってみたいけど、私は所詮ライラックなのだ。
ライラックも可愛くて好きだけど…やっぱりバラのような女性は憧れるわ。
「お嬢様、そろそろ暗くなります。それに、雨が降りそうです」
「あら本当?じゃあ、急ぐわね」
なんとか今日のノルマをこなし、残りは明日にすることにした。
商会から出ると、低く広がる圧迫感のある暗い雲が空を覆っている。
私は、あの暗い空間を見て、背中がゾクリとした。
* * * * * * *
風が強くなり始めた中を走る、馬車の窓から空を見上げる。
時々、何も見えない暗闇と、
風に激しく吹かれる葉擦れの音が怖くなる。
私は、これが子供の頃から苦手だった。
これは、なんなのだろう…
だから私は、いつも嵐の夜は酷く恐ろしく感じて、
密かに震えながら大泣きしていた。
左手首の腕輪をそっと撫でる。
エリザベスお母様から、怖くならないお守りだと貰った物だ。
小さな赤い魔石がポツンと埋め込まれた、銀のシンプルな腕輪。
「風が強くなってきたわ。今夜は、嵐になりそうね…」
「はい、御者に急がせます」
ポツッ…ポツッポツ…タンタンタンッ………ザァ────…
雨が…降り出してきてしまった。
ああ、苦手だわ。この暗闇。
ゴロゴロゴロゴロ…‥ カッ!ピシャ───────ンッ‼︎
「きゃあああっ!」
「お嬢様、大丈夫です!ただの雷です。御者、急いで!」
ベラは私の手を握り、馬車の窓のカーテンを閉めた。
馬車は益々速度を上げ、風に押されながらゴトゴト激しく揺れる。
心臓が早鐘を打ち、私は手で耳を塞ぎながら家路を急いだ。
* * * * * * *
「あれー、今日遅いんだね。ライラックちゃん」
玄関ホールに駆け込むと、リアムお兄様が立っていた。
彼も帰ったばかりなのだろう。ローブを脱いで、それをメイドに渡している。
「ただいま帰りました。今日は商会にバイトだったんです」
「ああ、そっか。保存魔法でバイトしてるって言ってたっけ。
貴族令嬢なのに働き者だね」
「リアムお兄様も、帰ったばかりですか?」
「うん、そう。あれ?どうしたの?震えてるね。大丈夫?
雨に濡れちゃって寒かった?」
「い、いいえ。これは…何でもありませんっ。ご心配なく」
「お嬢様、早くお部屋で着替えましょう。
少し濡れてしまいましたし、風邪を引いてしまいます」
「あ~もしかして、雷怖い?ご令嬢ってそういう子多いよね?」
「……ええ、…そんな所です」
「ふ~ん?」
パタリ。
え……?
リアムお兄様の “尻尾” が、初めて 揺 れ た。
まるで、何か面白い物を見つけて、
喜んでいるように。




