銀のルイス
窓ガラスをガタガタ鳴らす、暗い外へ目を向け、
私は両腕を交差させて、自分の肩を抱く。
こんな夜はいつも、何かを思い出しそうになるけど、
それはすぐに消えていく。
コンコン
「は、はい!」
「お嬢様、先ほどガーディア伯爵の伝達鳥より連絡が入りました。
嵐のせいで馬車が出せず、今日は王宮にお泊まりになるそうです」
「そう…お父様はお帰りにならないのね。分かったわ」
「お嬢様、ベラはお側にいますから…」
「大丈夫よ。ありがとう、ベラ」
「もう、お休みになりますか?」
「そうね、そうするわ」
「では、ココアでもおいれしますね」
「ありがとう…」
無意識に、左手首の腕輪をそっと撫でる。
お母様…お願い守って…
しっかりしなくては…私はもう子供ではないんだから。
いつまでも、亡くなったお母様に縋ったり、お父様をあてにしたり、
周りに心配をかけては駄目よ。
ベラからココアを受け取り体を温めて、ベッドに横になる。
寝てしまえばいいのよ。
そうすれば…すぐに朝になる。
ガタンッ ガタガタガタッ…ザァアアア───…ゴロゴロゴロゴロ…
カッ‼︎ ピッシャ─────ンッ!ゴゴゴ…ドドドドォォォ…ン……・・
「……っ、……」
暗闇の中、雷雨音で体がピクリと動いて目が覚める。
少しの間は…眠っていたのだろうか…まだ…暗いわ。
私は、体を起こして上着を羽織り、
何か温かい物を飲もうと、調理場に向かった。
コポコポコポ……カチャン……
ミルクを取り出し、鍋を火にかける。
静かだわ。時計を見ると夜中の3時過ぎ。
ここに来るまで誰にも会わなかったし、皆もう寝ているわね。
邸内の護衛騎士は交代制で、玄関ホール、各出入り口の通路、
3時間ごとの邸内の見廻りをしている。
私の隣の部屋には、侍女のベラが待機しているが、
彼女も眠っているのだろう。
それに、こんな小さな用事で彼女を起こしたくない。
カップにミルクを入れ、鍋を洗って元に戻し、
廊下の突き当たりにある、ソファのある休憩スペースに座った。
そして、風でガタガタ揺れる窓の向こうの暗い景色を見る。
暗闇に呑まれそうになり、目を逸らしてカップを膝に置いて手を温める。
どうして、こんなにも夜の暗闇と風と葉擦れの音が恐ろしいのかしら…
暗闇は誰でも怖いから普通の事なんだ、とお父様とお母様は言っていたけど、
私のこれは、異常な気がする。
早く、朝になって…早く…
「…ライラック?」
突然声をかけられ、カップが手から滑り落ちる。
「あっ…」
カップは床に落ちずに、目の前で停止していた。
え…何これ…
声の方に顔を向けると、ルイスお兄様が立っていた。
「ごめん、急に声をかけて…ビックリしたよね?」
「い、いいえっ、大丈夫です。あの…これ、ルイスお兄様が?」
「うん」
そう言ってルイスお兄様は、体を屈めて浮いているカップをヒョイっと掴む。
そして、私にカップを手渡して、隣にストンと座った。
よく見ると彼は左手に本を抱えている。
「ありがとう、ございます」
「どうしたの?こんな夜中に。眠れない?」
「はい、嵐の音で目が覚めてしまったんです」
「そうか、うん。暴雨と雷が煩いもんね」
「…ルイスお兄様も?」
「ああ、それもあるけど、少し仕事してたんだ」
「こんな時間まで?お忙しいのですね」
「明日は仕上がった仕事を提出すれば、終わりなんだ。
だから早く上がれるし、次の日は休みだからね」
「そう、なんですね。お疲れ様です」
「これ…」
「…本、ですか?」
「開いてみて」
「…え?いいんですの?…では、失礼します」
差し出された、図鑑のような大きくて分厚い本に
そっと指先で触れて開いてみる。
すると、植物がニョキニョキと生えてきて、葉をつけて蕾が出来て、
それはふわりと開いて、美しい薔薇が姿を表した。
開いた本のページの上に立体的な花が咲き誇ったのだ。
「まあああっ、す、凄いです!何ですのこれ!えっ、本物?」
「違うよ。映像を立体化しているんだ」
「映像?…あっ、手が通り抜けましたっ!」
「薔薇が育って、開花するまでの様子を記録魔法で保存して、
早送りで映像を再生して、それを本に付与しているんだよ。
グルッと回してご覧。どの角度からでも観れるから」
「…なんて、素敵なんでしょう…あ、ちゃんと花の詳細記載もありますのね。
このバラの品種名は「エデン・ローズ」…
系統、作出年、作出地、特徴、季節、育て方、かかりやすい病気、
開花サイクル、花の色の種類、香水使用の有無、この花についての逸話まで…
これ、図鑑ですの?」
「うん、そう。顔を近づけてみて」
「……え…あら?香りが…香りがします!」
「これが一番苦労したんだ。…どう?」
「素晴らしいですわ。私、欲しいですもの!」
「これを作るプロジェクトに参加していて、やっと実現化出来たんだ。
この本は、試作品第一号なんだよ」
「そんな貴重な物を見せてくださったのですか?
ありがとうございます」
「…良かった。ライラックが喜んでくれるなら、大丈夫かな」
あれ?…ルイスお兄様笑ってる。
元々お綺麗な方だけど、こんな笑顔見せられると…緊張するわ。
そして、 “尻尾” が凄い勢いでブオンブオンしていらっしゃる。
可愛すぎです、ルイスお兄様。
「魔法って…素敵ですね。
こんな事もできるなんて、夢があります。尊敬いたしますわ」
「そんな風に言ってもらって光栄だ。
今は平和な時代だから、魔法を戦争利用されなくてすむし、
魔法が生活の一部に役立てられるのは、凄く良い時代だと思うよ」
「そうですわね、私もそう思います。
本来魔法は、人を幸福にする為のものだと思いますわ」
「君は…本当に、善良で優しいね」
「それは、ルイスお兄様の方です」
「そうかな?…でも、ありがとう…」
「私、ルイスお兄様を尊敬していますし、大好きです!
家族になれて嬉しいですもの」
「うん、俺もだよ。ライラックが妹になってくれて嬉しい」
…そういえば…いつの間にか、嵐が怖いのが無くなった。
不思議…ルイスお兄様と一緒にいると、気持ちが落ち着く。
まるで…陽だまりみたい。
「これはまだ試作品だから…
完成品が出来たら、ライラックにプレゼントするよ」
「いえ、そんなっ、頂けません。高価なのでしょう?」
「じゃあ、ライラックの誕生日としての贈り物ならいい?」
「えっ…まああっ、断れないではないですかっ」
「ふふっ。俺があげたいんだ」
「…いいんですの?」
「ライラックなら、大事にしてくれるだろう?」
「はい!一生の宝物にします!」
「よし、決まり。……ああ、嵐が治まって来たね」
「…あ、本当ですわ。これで今夜は眠れそうです」
「俺はそろそろ寝るよ。ライラックもそうしたら?部屋まで送るよ」
「はいっ」
こんなに美しくて、優しい人なのに、なんて勿体ないのかしら…
神秘的な黒髪と、綺麗な銀色の瞳の外見は、
綺麗だけれど、近寄り難くて冷たそうに見える。
加えて無表情なせいで、周りからは敬遠されていたなんて、
みんな見る目がなさ過ぎだわ。
どうしても見た目の華やかさやと愛想の良さで、
リアムお兄様の方に、親近感を抱くのだろうけど…
“尻尾” が見えていなかったら…
私も同じように、最初はリアムお兄様に好感を持つのかしら。
でも、話してみればわかる。
ルイスお兄様が、優しい人だって。
部屋の前まで送ってもらい、
ルイスお兄様とおやすみを言って別れて、
私は、幸せな気分で安らかな眠りについた。
氷のように冷たい碧い瞳が、
廊下の影から、私達をジッと見ていたことにも
気がつかずに───────。




