双子の義兄
私のこの特殊能力は、
魔力として申告するほどの物ではないと判断し、
お父様と今は亡きお母様しか知らない。
他には、保存魔法と付与が使えるので、それを王家に申告してある。
正直 “尻尾” の動きが見えた所で、その人が嬉しいのか無関心なのか、
自分に対して好意的なのか、そうで無いのかが、分かるのは便利だけど、
大した影響はないのだ。
幸い私の周りは素直な人が多くて、そのまま連動して動くし、
私は、“尻尾” の動きが可愛いくて、密かな自分の楽しみにしているだけだ。
でも、双子のお兄様達は、正反対の動きをするから、
今までと違い少し混乱した。
表情と連動した動きをしないのは、この一家は何か事情があるらしいし、
複雑な生い立ちのせいかもしれない。
でも無表情で “尻尾” がブンブンしている、
ルイスお兄様のギャップは凄く可愛い。
そんなことを考えながら、
貴族学院の授業も終わり、私は迎えの馬車へ乗り込んだ。
ちなみに私は、特定の友人がいない。
お父様の仕事は裏方の役目が多く、滅多に表舞台に出ない。
私も大人しい令嬢だった。
伯爵位になったとはいえ、元々家格が子爵位だった私には、
ほとんどの生徒は、旨味のない身分に興味がなく、
無関心で冷淡な扱いだった。
男爵位の子達も扱いは大差ないが、それには理由がある。
彼等は、平民に近い感覚の方が多く、マナーも疎かで、私とは別の意味で
距離を置かれている。気取っていない自由奔放な様子は、
無邪気で可愛く見えて、貴族の御子息達には新鮮なのか、非常に人気だった。
それが貴族令嬢達に、更なる嫌われる要因になり、
よく小競り合いが起きて、揉めているのだ。
私は、巻き込まれたくなくて、
どっち付かずで大人しく過ごしていた。
お父様が仕事の手柄で勲章を頂いた時に、王宮の文官だと知られ、
王家にも懇意にされている存在なのも周知されたが、
私は今更手のひらを返して、親しくなろうとする人たちは信用できないし、
特に友人を作ろうとも思わなかったし、必要なかった。
そして、その王家の権威のお陰で、虐めや揉め事に巻込まれずに過ごせている。
この国の女王陛下は、苛烈でよく騒ぎを起こす少し問題のある方だが、
周りの臣下や王配殿下が優秀で、その人たちに支えられているおかげで、
国政は上手く回っているそうだ。
時々、遠巻きに私を見ている、ご令嬢やご子息達がいたが、
私は付かず離れずの距離を保って、平和に学院生活を過ごしていた。
「ねえ、待って!ライラック様…
あっ、えーと………ガーディア伯爵令嬢!」
馬車のドアを閉める直前に、大きな声で引き止められる。
この後、買い物に行く予定で、侍女のベスも一緒だったが、
彼女と顔を見合わせて、ドアを閉めようとした御者を止める。
馬車から顔を覗かせると、エスタ・デイジー男爵令嬢だった。
茶色の髪に茶色の瞳で、いつも明るく元気な令嬢だった。
この人…前から良く話しかけられたけど軽薄で苦手なのよね。
ご子息にいつも囲まれ、取り巻きまでいて、
あまり近づきたくない存在だった。
だから、適度に距離を保っていたのに、一体何の用かしら…
「ご機嫌よう、デイジー男爵令嬢」
「も~、やだなぁ、エスタって呼んでよぉ」
「……何か御用ですか?」
「あっ、そうそう。あなたのお父様の再婚で、
騎士のリアム様が、お兄さんになったんでしょ?」
この人…一体どこからそんな情報を知ったのだろう。
まだ公には発表していないはず…でも、遅かれ早かれ知られる事だし…
ここで隠すのは悪手だわ。
あらあら、このご令嬢は相変わらず、ずっと “尻尾” がブンブンしてますこと。
「ええ、そうですわ」
「いいなぁ~、あの人カッコイイよね!」
「……それで、ご用件は?」
「あのさ、私と会ってくれるように、橋渡ししてくれない?」
「……は?」
「この間の騎士の模擬演習見た?
めっちゃ格好良くて、女子皆んな大騒ぎだったんだから!
でも、ナカナカお近づきになれなくてさぁ。
あなたのお兄さんになったって聞いて、チャンスかなーって。
だから、同期生として頼まれてくれない?」
「……そんな勝手な事、出来ませんわ。
リアムお兄様にも、都合がありますし…」
「え~、ケチだなぁ。いいじゃない、それくらい。
一応言ってみるだけでも。ね?断られたら諦めるから!」
「…考えておきますわ」
「いい返事もらえたら、知らせてね~!じゃあね、バイバ~イ!」
「……………」
バタン
ガタンッ、ゴトゴトゴト…
「お嬢様、何ですかあれは?まさか友人では…」
「違うわ、ベラ。あの方は、誰でもああなの」
「そうですか。
口の利き方もですが…あんな大声で、馬車を引き止めるとは…
マナーもなっていない……例の男爵位ですか?」
「ええ、そうよ。学院内でも奔放すぎて、少し問題になっているの」
「まさかリアム様に、お願いを?」
「しないわ。私だってまだそんなに親しくなっていないのだし、
ご迷惑でしょう?」
「ええ、無視で結構ですが、あのご令嬢はしつこそうですね」
「正直、学院に通っていても、横の繋がりは出来そうにないし…
あと2年も通うのは本意じゃないの。
さっさと単位を取得して、在宅学習に切り替えようかしら…。
領地経営と管理も早めに学びたいし…」
「そうですわね。それもいいかもしれません」
「うん、お父様に相談してみるわ」
金髪碧眼の派手な見目で、整った顔立ち。
確かに騎士服に身を包んでいると、たいそう格好いい事だろう。
でも、リアムお兄様は、 “尻尾” がいつもダランとして無反応なのだ。
あのニコやかな顔は表面上を取り繕うもので、内面は非常に冷めている。
私は正直、リアムお兄様の真意が分からなくて、少し存在が怖かった。
* * * * * * *
「これ、どうかしら?」
「素敵です、ミュレル奥様に似合いそうですわ」
「安物だけどね…」
「価格など関係ありません。大切なのは贈ろうとする心ですわ」
継母にフラワーボールをいただいたお返しに、私は髪飾りを選んでいた。
綺麗な金髪に映える、銀の土台に水色の宝石が埋め込まれた、
シンプルで大人っぽい細工のデザインだ。
プレゼント用にラッピングして貰い、お店を出る。
私は保存魔法を活用して、商会でバイトをしている。
主に、長期保存出来ない食品や食材、花束などに保存魔法をかけるのだ。
お父様からも、お小遣いという名の予算も毎月貰っているが、
それは使わず伯爵家の邸管理費として還元するつもりだった。
だから、私は主にバイト代で自分の欲しい物は、やり繰りしている。
「お兄様達にも贈りたいし…焼き菓子も買って帰りたいわ」
「では、あちらのお店に向かいましょう」
ガラスケースのカラフルなケーキやクッキー詰合せセットに見惚れて、
どれにしようか選んでいたら、気を取られて誰かとぶつかってしまった。
「申し訳ありません、失礼しましたっ」
「いや、こちらこそ」
「あら?…」
「…………」
「ルイスお兄様?」
「うん…」
「お兄様もクッキーを買いに?」
「うん。その…………君に、贈ろうと思って…」
「えっ?まあ、私もです!
私もお兄様達に、贈ろうと思っていたんです」
「…………」
「うふふっ、私たち同じこと考えていたんですね」
魔術師団の制服、濃い紫のローブのフードを深く被っていて、
最初誰か分からなかった。
ルイスお兄様は無表情のまま、 “尻尾” がピーンと固まって緊張状態。
先日、私が継母からの贈り物を喜んでいたのを見て、自分も渡そうと
こっそり買いに来たけれど、私にバレてしまって、きまりが悪いのだろう。
「あのっ…では、一緒に一番量の多い詰合せセットを買って、
みんなと食べませんか?」
「うん…そうだね。そうしようか?……俺が、怖くない?」
「え?どうしてですか?」
「よく、表情が動かなくて、怖いと言われるから」
「怖くありませんわ。
とっても可愛…いえ、お美しくて格好良いと思っています」
「…………」
“尻尾” がユラリと揺れ、ブンブンしてる。ほら可愛い。
どうやら、ルイスお兄様は、私と仲良くしたいと思ってくれているようだ。
そして、ケーキも入っている一番大きな詰合せセットを二人で割勘で買って、
私はそれを持って邸へ帰り、ルイスお兄様は仕事途中だった為、
魔術師団の研究部へ引き返して行った。
仕事の休憩時間を抜け出して、わざわざ買いに来たらしい。
私はルイスお兄様に手を振りながら、
いい関係が築けそうで何だか嬉しかった。
* * * * * * *
今朝も、可愛らしい義理の妹ライラックは、
出勤する俺たちに無邪気に手を振って見送っていた。
同じ双子でありながら、
愛想のいい優しそうな俺に、ほとんどの相手は好感を持つし、
愛想が悪くて無表情のルイスは、いつも怖がられて敬遠される存在なのに…
あの娘は、どちらかと言うと俺よりルイスに好意的だった。
こんなの初めてかもしれない。
…正直、面白くなかった。
「なあ、リアム。
お前の母親、ガーディア伯爵と再婚したんだっけ?」
「あ?ああ。まあな」
「あの伯爵家、確かスゲー可愛いお嬢様いたよなぁ」
「ああ…ライラックちゃんか。確かに可愛いな」
「羨ましいなぁ~、血は繋がっていないんだろ?」
「はっ、何が言いたい?」
「ふん、お前はいいよな。
その見目で、何もしなくても令嬢が寄ってくるしよ」
「…顔さえよけりゃ、何でもいいんだ…夢見がちなお嬢様達は…」
「ん?何?」
「ほら、行くぞ」
「んだよ~、見廻りなんか、真面目にしなくても大丈夫だって~。
最近は、魔獣も全然出ないしよぉ」
「リアム様~!見廻りご苦労様で~す!」
「お~お、またかよ。ほら、手でも振ってやれよ色男」
「ありがとう、お嬢様方。気をつけて帰ってね」
いつもと変わらぬ王子様のような、スマイルで手を振ると、
顔を真っ赤にした令嬢達が、手を口に当てて一斉に奇声を上げる。
「キャーッ!こっち見たわ!」
「今日も素敵~!頑張ってくださ~いっ!」
ああ…
世間知らずで、苦労知らず。
両親に愛され、裕福な環境に囲まれて平和に育つ。
その幸せが、当然だと疑問にも思わない。
無垢で純粋で可愛らしい、汚れを知らない、
平和ボケな夢見るお嬢様。
昔から、そうだ。
ああいう人間を見ると、吐き気がする。
どうしようもなくイラついて、
グチャグチャにしてやりたくなる────。
優しげに微笑する、金髪碧眼の見目麗しい騎士リアム。
彼その瞳の奥は、氷のように凍てついていた。
* * * * * * *
「なんて…素敵な髪留めなの。お返しなんていいのに…
でも、嬉しいわ。ありがとう。使わせて貰うわね」
「ふふっ、あと、こっちのケーキとクッキーの詰め合わせは、
私とルイスお兄様で買ったんです。みんなで食べようと思って」
「あら、そうなの?一緒に買いに行ったのかしら?」
「いいえ、お店で偶然居合せしたんです。
私と同じことを考えていたみたいで…こっそり買いに来たのに、
私にバレて、ルイス兄様ったら慌ててました。うふふっ」
「まあ、ふふふっ。あの子ったら…」
「ルイスお兄様は、お優しいですよね。私仲良くなれそうです」
「ありがとう。
ルイスは凄く優しい子なのに、表情が面に出にくい子で…
いつも、怖がられるのよ。
でも、ライラックお嬢様は、普通に接してくれるでしょ?
だから、嬉しかったのかもしれないわ」
「私、一人っ子なので、
お兄様が出来て、邸が賑やかになって嬉しいんです」
「まあ、うふふっ。嬉しいわ、そんな風に言ってくれて。
双子なのにあの二人は、全然性格が違っていてね。
リアムは、愛想はいいのだけど…
本当は何を考えているのか、時々分からなくて…
こんな可愛い妹が出来て、変わってくれるといいのだけど」
「私、二人と仲良くなりたいです。ミュレルお母様とも!」
「まあ、なんて優しい子なの…ありがとう、私たちを受け入れてくれて」
偽装とはいえ、継母とその兄を受け入れられるか、私は少し心配だった。
でも、ミュレル様はおっとりして見えるけど、芯がしっかりした方で、
まるで、エリザベスお母様みたいだった。
そして、いつも表の感情と “尻尾” が連動して動いているし、
裏表のない方なのも、安心するのだ。
ルイスお兄様も、無表情だけどブンブン動くし。
だから、私はこの方達が好きだし、家族としても仲良くやれそうだった。
あとは、リアムお兄様だわ…。
ニコやかなのに、その “尻尾” はパタリとも動かない。
あの方は、何かあって自分を偽って生きているのだ。
それは、表情を出さないルイスお兄様も同様なのだけれど…
他人に迷惑をかけなけていなれば、その二面性での生き方を
私が非難する資格と権利はないし、大きなお世話だろう。
それに、貴族など殆どそんな方ばかりだからだ。
だから、私は笑顔が怖かった。
特に上位貴族の張り付いた笑顔は、偽物だらけだから。
友人を積極的に作らないもの、人の裏表が分かってしまう、
この能力のせいもある。
でも、リアムお兄様のように、全く動かない “尻尾” は初めてだった。
それに彼からは、陰鬱とした不気味さと、
得体の知れないモノを抱えている気配が、なんとなくするのだ。




