死の森の精霊
「…え?」
「まあ、子供の見間違いかも知んねーけど」
「いや、多分そうだろう。外的特徴がそのままだ」
「………ルイスお兄様」
「大丈夫。このままお祭りを楽しもう」
「は?」
「い、いいんですか?」
「もしもーし?」
「まだ半分も回ってないだろ。ほら行こう、ライラック」
「はい、ルイスお兄様」
「…あー、もう勝手にすれば?」
その後、あの二人は買い物や、買い食いを思い切り楽しみ、
祭りのフィナーレの豪華な花火を打ち上げ場所から、
ルイスが魔法補助で打ち上げた。
大きな音ともに、空に幻想的な色とりどりの花火が広がる。
現実離れした、普段見ることのないこの大きさは、
暗い空の奥行きを無限に感じさせる。
花火の轟音は恐ろしいどころか、心が躍る不思議な音だ。
そして、俺は途中で気がついた。
間違いない。ルイスは精霊にむけて威嚇している。
時々、魔力を交えて花火の音では、ありえない高音が混じっているのだ。
この音は、耳が良い動物は堪ったものではないだろう。
そんな中、瞳をキラキラさせて、可愛い笑顔で空を見上げるライラックを
俺たちは、微笑ましく見守っていた。
花火が終わり、帰りがてら出店を見ながら歩いていると、
素っ頓狂な声が響き、一瞬みんなの時が止まる。
「あー、リアム様じゃないですか!ライラック様も!」
「…デイジー男爵令嬢、ご機嫌よう」
「久しぶりー。え〜いいなぁ、美形のお兄様達と一緒なんだぁ。
あっ、初めましてルイス様ですよね。よろしくお願いします。
エスタ・デイジーです。
うわ〜リアム様と違う雰囲気で、クールでカッコイイ!」
「………………」
ルイスお兄様、無言だわ。
それとも呆気にとられているのかしら。
“尻尾” がピーンとして固まってるし…
「そういえば、ライラック様、卒業資格取得したんだよね?
凄いね。学院で会えなくなるのは、寂しいけどっ」
「あ、はい。そうなんです」
「ねえ、今度伯爵邸に遊びに行ってもいい?」
「…何で、ですか?」
「私が行きたいから!」
この方…自分の欲望に素直すぎて、逆に清々しいわ。
よく言えば裏表がないっていうのかしら…
「あ、えーと、ごめんね。俺たちもう帰るんだ」
「ええ〜?そうなんですかぁ?リアム様ぁ。せっかく会えたのにぃ」
後ろに男性4人も取り巻きを引き連れているのに、
まだ足りないのかしら…
その後、リアムお兄様が色々言い包めてくれて、
私たちは、デイジー男爵令嬢から解放された。
「まさか、ライラック…あれと友人なのか?」
「違います!ルイスお兄様。あの方は誰にでもああなのです」
「そうか、良かった」
「ルイス、お前…態度変わり過ぎだろ」
「うるさい、蝙蝠野郎が」
「ああっ?社交的って言ってくれる?」
「きゃああああああ──っ‼︎ いや─っ‼︎」
ドッカァーン‼︎
突然、悲鳴と何かを強打した音が響いた。
この声は、デイジー男爵令嬢だ。
驚いてさっき彼女と別れた場所に目を向けると、
彼女の傍らに大きな黒い塊が落ちている。
急いで引き返すと、それは大きな黒い犬…いや、狼だった。
「リアム様〜、怖かったですぅ!」
「え、えーと、何があったの?」
「急にこの犬が、出店の後ろから出てきてぇ、
あまりに大きかったからぁ、私ビックリして思わず手がでちゃって、
殴り倒しちゃったんです〜!」
「…へ?」
「殴り…倒した?」
「あ〜ん、怖かったぁ〜!」
「ああ、そういえば君…身体強化能力持ちだっけ?」
「はい!リアム様、私とっても力持ちなんです!」
「そうか、ありがとう。こいつちょうど探してたんだよ」
「あら、そうなんですかぁ?」
「後始末しておくから、もう行って大丈夫だよ」
「まあ、ありがとうございます!やっぱり、リアム様、優しいぃ!」
4人の取り巻きに囲まれて、彼女は体をクネクネしながら去っていった。
相変わらず “尻尾” は、ずっとブンブンしている。
「つよ…」
「なんだ、あの女は…素手で精霊を殴り倒したぞ」
「まあまあ、とにかく良かったじゃん。こいつ捕縛して帰ろうぜ」
おもむろに、ルイスお兄様がムチを取り出し、
それを精霊にグルグル巻きにして、ずるずる引きずって行った。
あのムチは、精霊の魔力を阻害する魔道具らしい。
そして、花火担当で来ていた魔術師団の部下に、
魔法塔に閉じ込めておくようにと、渡してきたそうだ。
あんなに怯えていた精霊があっさり捕まり、何だか拍子抜けしたが、
私たちはよく分からないこの状況に、笑いがこみ上げてきて、
帰りの馬車で大笑いした。
* * * * * * *
次の日、私たち3人は魔法塔へ赴いて、
“死の森の精霊” に会いに行った。
何重もの鉄の扉の奥に、これまた厳重な檻にその精霊はいた。
私が恐る恐る近づくと、黒い狼は赤い瞳を見開いて、
のそりと体を起こす。
「ミツケタ…」
「…え?」
「ミツケタ…ミツケタ、ミツケタ!ヤット、ミツケタ‼︎
ボクノ、ボクノ、ツガイ!」
「しゃ、喋った?」
「ボクノ、ライラック‼︎」
「お前のじゃない」
「ボクノダ‼︎」
「黙れ」
ルイスお兄様、怒ってらっしゃるわ…
でも、私は何だか実感がわかなかった。
お母様に呪いをかけた精霊なのに…
そのせいでお母様は死んだのに。
「なぜ、ライラックの母親に呪いをかけた?」
「ジャマ、ダッタカラ」
「そのせいで、ライラックは母親を失ったんだぞ」
「ジャマ、シタカラ…」
「ルイスお兄様、私が話しても?」
「ああ、構わないが…大丈夫か?」
「はい」
私に向けた赤い瞳は、邪悪さはなく、ただ純粋だった。
期待と不安に満ちた…すがる様な…瞳。
「私はあなたと出会った時、まだ子供で何も分からなかったの。
単純にあなたの怪我を治してあげたかっただけ。
それ以上でも、以下でもないのよ」
「ヤサシク、シテクレテ、ボクハ、ウレシカッタンダ。
ライラックハ、アタタカクテ、ハナレタク、ナカッタ…
イッショニ、イタカッタダケ」
「私は、お母様が亡くなって、悲しかった」
「ライラックモ、サビシカッタ?」
「……も?」
「ボク、キラワレ、チャッタノ?」
「一人が、寂しいの?」
「ライラックト、イルト、アタタカイ、
ズット、イッショニ、イタイ。ヤサシイ、ライラック、ダイスキ。
ヒトリハ、サビシイ、サビシイ……サビシイヨ」
「…私と出会う前は、寂しかった?」
「ヒトリガ、アタリマエ、ダッタカラ、サビシク、ナカッタ」
「…ずっと一緒に居てくれるなら、私じゃなくてもいい?」
「ライラックト、イタイ。…ケド、ボク、キラワレタ…
オカアサンヲ、ウバウツモリハ、ナカッタ。
ジャマサレテ、カット、シタダケ…
キミニモ、サビシイ、オモイヲ、サセテタンダネ…
ゴメンネ、ゴメンネ…ライラック…サビシイノハ、イヤダヨネ?」
クスンと鼻を鳴らして、
ションボリと耳を下げて、パタリと “尻尾” が下に垂れた。
この精霊は、ずっと一人で普通に過ごしていた。
でも、怪我した時に私が優しくして、温もりを与えた。
初めて知ったのだ。その幸せを。
ただ失いたくなくて、離れたくなかった。
怪我が治って、この精霊はまた一人になった。
私は、なんて残酷な事をしたのだろう。
今まで知らなかった、寂しさを自覚させてしまったのだ。
お母様が憎かったんじゃない。
私と一緒に居たくて迎えに来たのに、それを邪魔されたから、
カッとしただけで、呪うつもりなんてなかった。
ただ、寂しかっただけ。
「ルイスお兄様、“あわいの告げ部屋” に、
私を連れて行っていただけませんか?」
「ライラック?何をするつもりだ?」
「私は、一人で平気だった精霊に、中途半端に優しくして温もりを与え、
それを幸せだと感じさせてしまった。
怪我が治って森に返され、再び一人きりにされて…
精霊は寂しさを実感して、一人が耐えられなかったんです。
だから、そうさせてしまった私が、責任を取りたいの」
「何を願うつもり?」
「精霊が寂しくないようにするの」
同情はしたものの、やっぱり精霊と人間は相容れない。考え方が違いすぎる。
ルイスお兄様も、精霊は理性より、動物的本能に忠実だと言っていた。
でも私には、まだ自我の育たない、
幼い子供のようにも見えた。
そして、“あわいの告げ部屋” に再び足を踏み入れた。
* * * * * * *
「ライラック?」
「お待たせ。はい」
「…ソレ、ナニ?ライラックノ、ニオイガ、スル」
ライラックの掌にある小さな白い毛玉。
それを精霊の入っている檻の中にソッと入れる。
それは、見る見る大きくなり、精霊の狼より一回り小さい、
白い狼の姿に変化した、彼の “番” である。
「エッ、ボクノ、ボクノ、ツガイダッ!」
嬉しそうにくるくる周り、尻尾をブンブンさせ、
黒と白の狼は、2頭でジャレ合っている。
「これでもう一人じゃないわ。寂しくないでしょ?」
「ウン! アリガトウ、ライラック」
“あわいの告げ部屋 ” で、私は精霊の “番” を願った。
自然の摂理に抵触してしまうかと、思ったがそれは叶えられた。
私を守護してくれていた腕輪の魔石を魂の核にして、
私の細胞の一部の髪を何本か抜いて融合させた。
それを器として、精霊と同族の狼の実体化をお願いしたのだ。
いわば、私の一部の化身である。
“番” 認定されているから、
彼らは寿命も同じで、一人きりにはならない。
2頭は解放された後、
仲良く連れ立って死の森に帰っていった。
そして、いつも隣で寄り添ってくれた、
ルイスお兄様と自然と手を繋ぎ、2頭を見送った。
こうして、精霊との長年の諍いは、終焉をむかえた。




