救出
「ライラック‼︎ どこだ? ライラ────ッ‼︎」
雨で消えかかっているが、ここで馬車の車輪跡がUターンしている。
それにしても何もない草原で一体何の用で、こんな場所に来たんだ?
馬を歩かせながら、辺りを見回す。
雨が降っているから、木の下で雨宿りしているはずだ…
どこだ…どこに居る…くそっ、俺に探知魔力があれば。
靴跡を見つけて馬を降りて、それを辿って行く。
雨が目に入り、それを拭いながら必死で目を凝らすと、
大きな木の下の後ろにドレスの端が見えた。
「ライラ…?」
走って回り込むと、蹲って倒れているライラックだった。
「ライラック‼︎ 」
呼び掛けても彼女は、グッタリして反応しない。
すぐに彼女を抱き上げると、首がガクリとする。
一瞬ヒヤリとするが、弱々しくも、何とか息はしていた。
雨に濡れて髪が顔に張り付いている頬に触るが、無反応で意識がない。
しかも、全身びしょ濡れで、顔が熱を持っている。
まずい…発熱している。
そして、ルイスはライラックの左腕を見て、血の気が引いた。
なぜ…腕輪をしていないんだ⁉︎
「くそっ!最悪だっ…」
素早くローブを脱いで、彼女を優しく丁寧に包み込む。
細くて軽い体を抱き上げ、手綱を持ち馬を引き寄せると、
重低音の地鳴りが響き、大地を揺るがすような轟音が空気を震わせ、
一筋の光と共に耳をつん裂いた。
ルイスは、とっさにライラックの耳を塞ぐが、彼女は目を覚さない。
「ライラ…もう怖くないよ…もう、大丈夫だから…」
泣き笑いのような顔で、ルイスは彼女の頬を優しく撫でて、
しっかり抱きしめて馬に乗り込んだ。
豪雨が吹き荒れる暗い空の下で、
激昂した鬼神のような形相で、ルイスは街を目指した。
* * * * * * *
「こんな事になるなんて…どうしたら…どうしたらいいのっ…」
「落ち着いてください、お嬢様。今はもうリアム様に任せるしかないです。
それに、この雨なのですから、何処かで雨宿りでもしていますよ。
無事にお戻りになったら、謝罪いたしましょう」
「でも、彼女嵐が怖いのでしょう?よりによって、こんな日にっ…
私、最低な事をしてしまったのよ?きっと許して…貰えないわ」
「そもそも、ライラック伯爵令嬢に “頭を冷やして貰う” とは、
何のことだったのですか?喧嘩でもなさっていたのですか?」
「リアム様に…言われたのよ。私とは、お付き合い出来ないって。
その理由が、伯爵家の後継人のライラックさんが、
義理の兄であるリアム様かルイス様を夫として選ぶ権利があって、
どちらか決まるまで、自分はそういう立場になれないと言われてっ、
だからっ、あんな純粋無垢な可愛いフリして…
そんなことをしてるのが、許せなかったのよ。
それで…少し怖い目に合わせてやろうと…思った、だけで…」
「それは、ライラック伯爵令嬢も、そう言っていたのですか?」
「いいえ?リアム様からだけだわ…彼女から、はっきりとは聞いてないけど…
二人とも大好きだって…言っていて…」
「お嬢様……あの…
それはリアム様の角が立たない、円滑な断り文句だったのではないですか?
ライラック伯爵令嬢のお言葉も…社交辞令では?」
「そんなっ、…リアム様が、嘘を言ったというの⁉︎ 」
「ですが、一方の意見だけでは…本当かどうかなど分かりません。
今更ですが、両者の意見を聞くべきだったのでは…」
「……っ、… そう、ね…あなたの言う通りだわ…」
「とにかく今は無事に帰って来てくれるのを祈るしかありません…
湯あみの準備をしますので、冷えた体を温めてくださいませ」
そう言って、侍女は浴室に姿を消す。
窓の外の暴雨に目をやり、ミランダは嫉妬に駆られてやってしまった過ちと、
自分の滑稽な愚かさに、恐ろしくなり打ち震えていた。
* * * * * * *
雨と風で視界の悪い中、慎重に馬を走らせていると、
こちらに向かって騎乗してきた騎士に、すれ違いざま名前を呼ばれる。
手綱を引き、馬を引き止める。
「ルイス‼︎ 」
「……リアムか⁉︎ 」
「ああ、良かった。ライラックちゃん見つかったんだな」
「なんで、お前が…」
「あ~、話すと長くなるけど…ライラックちゃん大丈夫か?」
「雨の中で倒れていて意識がないし、発熱してる。
だから、早く休ませてやりたい。
医師も必要だが、この天気じゃ手配は無理だろう」
「そうか…この先に宿がある。とりあえずそこに行こう」
リアムが、何か言いたそうな顔をしているのが気になったが、
そのまま並走して街の宿に向かう。
宿の前に到着して馬舎に馬を預けて、宿内に向かうと、
ボルドー侯爵家の馬車の車輪が、壊れた状態で停まっていた。
それを横目に、受付でぼんやりしている宿の亭主に声をかける。
「空いてる部屋はあるか?病人なんだ。あと医師は近くにいるだろうか?」
「へ、へえ、少しお待ちを…何人部屋で?」
「空いていれば何でもいい、医師は?」
「2人部屋が空いてやす。3階です。はい、これ鍵です。
すいやせん、生憎、医師はこの辺にはいやせんで…」
「分かった。ありがとう。リアム、宿代建て替えてくれ」
「はいよ。亭主、ありがとさん。
とりあえず1泊で頼むね。はい、先払いしとくわ」
「へ、へい。ごゆっくり~」
* * * * * * *
ライラックの顔と髪についた泥をタオルで拭き取った後で、
魔力で乾かし、濡れて汚れた服を脱がせてタオルで包んで、
テキパキと介抱しているルイス。
「…リアム、浴室で木桶にお湯汲んできてくれ」
「あ?ああ…分かった」
ライラックちゃんは、ぐったりして一度も目を覚さない。
これは、嵐の中に放置された恐怖で、昏倒し気を失ったのだろう。
綺麗なホワイトシルバーの髪が泥で汚れ、力なく投げ出された腕と足…
流石にこんな姿を見ると…俺でも胸が痛む。
浴室にある木桶にお湯を汲み、部屋に戻ると、
ドンドンドンといきなりドアが乱暴にノックされる。
木桶をルイスに渡し、リアムはドアを開けた。
そこには、ボルドー侯爵令嬢が侍女を伴い、
胸の前で両手を祈るように握りしめ、
今にも泣き出しそうな顔で立っていた。




