自責
不味い…雨が降ってきた。
ライラックは、嵐を異常に怖がっている…
それに…ずっと嫌な予感が払拭出来ない。急がねば。
「ライラック…」
小さなアメシストのキーホルダーのお守りを渡した時の彼女の顔を思い出す。
あんなちっぽけな物をまるで宝物でも貰ったように、嬉しそうに喜んだ。
“心強いです!ありがとうございます‼︎
ルイスお兄様!私頑張りますわ”
昨日、試験は上手くいったと嬉しそうに報告してくれた。
俺のお守りのお陰だと…
あの子は、どんな小さな事でも喜びを感じて、感謝して、
豊かな共感力で、心を満たす謙虚さを持っている。
だが、その反面、そういう人間は幸せそうに見える故に、
嫉妬されやすく、妬み傷つける者が寄ってきやすい。
だから、貴族令嬢は他人から付け込まれないよう、
淑女教育で仮面をつけて、本音と建前を使い分ける。
ライラックも淑女教育は受けていたが、元々の資質なのか、
貴族令嬢らしく染まらなかったのだ。
頼む…無事でいてくれ。
この嫌な予感が、間違いであってくれ。
ルイスは雨の中、彼女の無事を祈りながら、
山に向かって馬を走らせていた。
* * * * * * *
なぜ、忘れていたのだろう────。
ああ…思い出した。何もかも。
私のせいで、お母様は死んだのだ。
全 て 私 の せ い だ っ た。
ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさい…
お母様…お父様…
ずっと忘れていて、ごめんなさい。
私が、私が… 死 ね ば 良 か っ た ん だ わ。
私が、死 ね ば ────────。
雨なのか、涙なのか、止めどなく落ちる滴は、
頬を濡らし、ドレスを濡らしていく。
罪の全てを背負い、それを自分の内側に向けてしまったライラックは、
自責の念に押しつぶされて、一人では抱えきれない痛みと苦しみに踠いていた。
いつもは、優しさや真面目さや責任感に変わる、過剰な共感力は、
反して牙をむき、彼女の柔らかい無抵抗な心を容赦無くズタズタにしていく。
殴るような豪雨に晒されながら、
ライラックは、残酷な自分の過去の罪に正面から向き合い、
その痛みを肩代りするために、喉が裂けるような激痛も構わず、
悲鳴をあげ続けて泣き叫び、やがて疲れ果て、嗚咽をあげてその場に蹲った。
* * * * * * *
そろそろ戻ろうかしら…風と雨も酷くなってきた。
流石に、これ以上の放置は、命に関わるかもしれないし。
あの子の性格上、わざと置き去りにされたとは思っていないだろうし、
一人きりにしたお詫びに、侯爵邸の温室に招待でもすれば、
きっと許してくれる。植物が好きだって言ってたもの。
色々思考していたら、突然馬車が大きく傾いた。
ガガガがガッ…ガタンッ‼︎
「きゃあっ!何?」
「どうしたのですか!御者」
「そ、それが…申し訳ありません…車輪が壊れてしまいまして…」
「なんですって?そんなっ…」
「修理なさい!今すぐ!」
「無理です、侍女殿。大きな石に乗り上げて、ほとんど車輪が大破しています。
それに嵐になりそうですし…今日は、近くの宿を取っていただかないと…」
「は?えっ…何ですって?」
「お嬢様っ、このままでは、ライラック伯爵令嬢を迎えに行けません」
「ど、どうしましょうっ…そんなっ」
「ここで立ち往生していても、仕方ありません。
とりあえず宿に向かいましょう。少し歩きますが、大丈夫ですか、お嬢様」
「でも、ライラックさんが…」
「宿に貸し出し馬車があるかもしれません。さ、急ぎましょう。
これ以上、雨が強くなる前に」
「…あっ……え、ええ…」
こんな…こんなつもりじゃなかった。
彼女を命の危険に、晒すつもりなんか無かったのに…
私は予想外の不測の事態に動揺しながら、必死に対策を考え、
雨の中を歩いて宿に向かった。
* * * * * * *
宿の受付に駆け込むと、リアム様が居た。
私は嬉しいのと後ろめたいので、微妙な気持ちだったが、
雨に濡れて酷い格好だけど、そんなの気にしている場合ではなかった。
彼に声をかけて、助けを求めた。
「リアム様!」
「あれ、ボルドー侯爵令嬢。びしょ濡れじゃないですか。
大丈夫ですか?」
「は、はいっ、馬車が壊れてしまって…あのっ…」
「災難でしたね。これから嵐になりますから、宿にきて正解ですよ。
俺も見廻り中で、少し雨宿りさせて貰っていたんです」
「そ、そうなんですのね…あのっ、実はライラックさんがっ…」
「ライラックちゃん?一緒なんですか?」
ああ…どう説明すればいいのだろう。
嫉妬して、彼女に少し意地悪するつもりで、置き去りにした?
その後に迎えに行くつもりで、馬車が壊れて行けなくなったって言うの?
「実は、ライラック伯爵令嬢と薬草の採取に来ていたのです。
そして、伯爵令嬢には先に採取場所に行ってもらい、
こちらは忘れ物を取りに引き返し、すぐ戻るつもりだったのです。
ですが、馬車の車輪が壊れてしまって…宿で馬車の貸し出しがないかと、
立ち寄らせて頂いた次第です」
侍女が、私の悪意を隠して、サラッと素早く代弁をしてくれて、
私は、居た堪れない気分になっていた。
「何それ…彼女今、一人なの?」
リアム様の口調が変わり、彼のわずかな怒りを感じて、
ビクリと肩が揺れる。
「申し訳ありません、不測の事態で…」
「あの子は嵐が怖いんだ…何て事してくれたんだ」
「本当に申し訳ありません…私っ…まさか馬車が壊れるなんて思わなくてっ」
「言い訳はもういい。あんた達は風邪を引くと悪いから、
宿の部屋をとって、風呂入ってとにかく着替えろ。
俺は、ライラックちゃんを迎えに行く。彼女がいる採取場所は?」
リアムは馬に飛び乗り、吹き荒れる暴雨の中、
手綱を掴んで馬を走らせる。
俺よりルイスと親しくて、俺に懐かなず、勘が鋭い。
俺が隠したい嫌な部分を見透かしてくる。
可愛くない義妹だが、
だからといって、死んで欲しい訳じゃない。
「クソッ、もっと早く走れ‼︎ 」
無事でいてくれよ。
頼むから──────。




