30話 仲間であり家族
「今日久しぶりに路地裏を探検したんだ」
「私たちが必死になって駆け回っているというのに呑気に探検してたの?」
「ああ。だからこそ気付けたことがあった」
「何かしら」
「孤児が多くなっていた」
思い返すようにゆっくりと目を開けた店長は悔しそうな顔をしている。私は何も言わずに黙って次の言葉を待った。
「本当に不思議なものだな。富豪たちが集まる人類の理想郷のくせに、そこで産まれた人間は金に恵まれない。安い給料のせいで自分を生かすことしか考えられなくなっている」
「出会った孤児たちは保護したの?」
「ああ、国家兵士団に引き渡した。でも」
「引き渡したことによってあの子たちの未来が決まってしまった……でしょ?」
「よくわかってるな」
「何回聞いたと思っているの。店長は酔うたびにそんな持論を解くのよ」
「ムムゥ。記憶にないな」
本当にこの人はと思いながら私はわかりやすくため息をつく。そうすれば憂いを表したような顔が少し拗ねたようなものに変わった。
「国家兵士団に引き渡せば衣食住は保証されるわ。けれどその対価として子供たちは将来、ルナック国家に属する職業をさせられることになる。つまり負の連鎖は終わらない」
「そ、それもオレが酔った時に言っているのか?」
「ええそうよ」
「すまん」
店長はみるみる顔を下げていき終いには唇を尖らせる。反省しているのか拗ねているのか判別できないその唇を見て無意識に引いてしまった。
「それが可愛いと思っているの?」
「クロバラお前なぁ!オレがこんなにも落ち込んでいるのによくトゲのある言葉で刺せるな!オレはそんな子に育てた覚えはないぞ!」
「私が店長と出会った頃はもう既に完成していたわよ。でも店長が仕事で色んな人と関わらせたからこうなった可能性もあるわね」
「……すまん。やっぱりオレがハニトラを専門にやれば良かった」
「やめなさい」
皺くちゃになったパンダエプロンを身に纏うイカついオジサマが富豪相手にハニトラ出来るなんて思えない。
出会った瞬間に怯えさせて逃げられるだろう。でもバスローブを纏った富豪の前に店長が現れたらそれはそれで面白い。男女関係なく全身を真っ青に染めるはすだ。
そんな光景を想像してしまって私は吹き出してしまう。店長も私のツッコミがウケたのか笑っていた。
「……ふぅ。本当にこの夜景は腐っているな。錆人が存在しなければクロバラも汚れる必要は無かったというのに」
「今更ね。私はリメンバーに入る前から汚れていたわ。それは姉さんもだけど」
「そうか」
「そうよ」
あまり思い出したくない私と姉さんと過去。ほぼヤケクソで飛び込んだこの仕事がそんな昔を薄れさせてくれている。
私はリメンバーのためなら身体を出すことだって惜しみない。それは店長が1番知っていることだ。
「店長。私はリメンバーが好きよ」
「それは嬉しいな」
「最後までリメンバーの肩書きを背負いながら死ぬ予定なの」
「………」
「機密書類に記された内容を教えて。例えそれがルナック国家に反逆する物だとしても私は背負うわ」
一瞬ルナックの遠くを見つめた後、自分の意思を伝えるため座り込む店長と向き合う。店長はもう俯いてなくてしっかりと私の目を捉えていた。
それはいつものおおらかで優しい瞳ではない。錆人を取り締まる狩り人のような、大切なものを抱えているような。そんな色をしていた。
「リメンバーは1人がやらかせば連帯責任、でしょ?」
「ガハハッ!これは一本取られたな!」
店長は豪快に笑うと自分の膝を思いっきり叩く。それが店長にエンジンをかけたらしく、立ち上がって火が消えたタバコを足で潰した。
「ヨザクラとクロユリの調査にはほぼ進展無し!クロバラでもお嬢さんの足取りを掴めない!それならオレが風穴を開けるしかないな!」
「なら私はその風穴を広げてみせるわ」
「ガハハッ!頼もしい!ただ、今から言うことを聞けばお前も共犯になってしまう。生ぬるいものではないぞ」
「承知の上よ。そもそもリメンバーに関するものに生ぬるくないものなんて無いじゃない」
「その通り!」
やっといつもの調子に戻ってきてくれて安心する。でも長い間この人と一緒にいる私は見抜いていた。
空元気が上手い人だなと。
でもグループの上に立つ者ならそうでなくてはならないのかもしれない。
店長は私たちだけでなくルナックの治安も背負っている。
いつもは私の毒に刺されてくれるけど、攻守逆転したら負けるのだろうなと時折吹く夜風に当たりながら考えた。
「で、機密書類の内容は?お金に関すること?更に汚い悪事に手を染めてしまったこと?もしくは」
「もしくは?」
「国家反逆の計画書、とか」
「ガッハハッ!!」
店長は笑う。それはもう鬼のように。ここが高層ホテルの屋上で助かった。驚いて引くのが私だけだから。
「惜しいなクロバラ」
笑いが収まった店長は私から目を逸らしてルナックの月を見上げる。釣られたように私も自然とそこにあるのが当たり前の月だけを視界に入れた。
「反逆とは思ってない。ただ魔法を解くだけだ」
「随分と詩的ね。もっと詳しく」
「もちろん教えるとも!オレが願う理想郷に向かうための計画書をな!ガハハッ!」
その夜。私は改めて思った。この人はバカがつくほどにルナックを愛しているのだと。




