29話 家族であり仲間
中心区に聳え立つ高級ホテルの屋上。一般人や従業員でさえ踏み込むことの出来ない場所で私は後輩であるヨザクラから貰った情報に肩を落とした。
「進展無しか?」
「店長、今までどこ行っていたのよ。ひと言くらい声を掛けて欲しかったわ」
「すまんな。こっちも手当たり次第探していたんだ」
いつものワイシャツとズボンにトレードマークのパンダエプロン。
身なりは変わらないのにおおらかでうるさい性格は今は消沈している。
メイに盗まれた機密書類は店長をここまで下げてしまうくらい危ないものなのだろうか。それともこれが本当の彼なのだろうか。
店長は私の隣に来ると屋上の床に座り込んで月を見上げる。
「クロバラも座るといい」
「嫌よ。ドレスを汚したくないの」
「汚れたらオレが洗ってやる」
「店長の洗濯で何回服をダメにされたかわからないわ」
「お前は相変わらずだなぁ…」
乾いた笑いを溢す店長に対して私は姿勢を崩さずにルナックの遠くを見つめる。
すると斜め下で小さな音が鳴り、私は顔を顰めた。
「タバコの臭いが移るわ。離れてくれないかしら?」
「クロバラも吸うか?」
「吸わないわ。姉さんもヨザクラもその臭い苦手だもの」
「そうだ。だからオレは普段はタバコを吸わない」
「そんな店長がニコチンに縋りつくほど心労が凄いのね」
「参ったな本当」
細く吐き出される煙は夜風に吹かれて私とは反対方向へ飛んでいく。
今、ルナックは何時なのだろう。ずっと時計を見てないから時間という感覚がわからない。
普段から周りの行動で朝昼晩を把握しているせいだ。
今日はずっとメイを追うために影に身を潜めて動いていた。結局ほとんど手掛かりが無しの状態では見つけることは出来なかったが。
「そういえば姉さんとヨザクラから連絡がきたの。声が出なくなった元兵士の話は店長にも行っているわよね?」
「ああ。何でも兵士じゃない女性に薬を飲まされたそうじゃないか」
「で、さっき聞いたのはヨザクラを襲った2人の話。私が詰め所に届けた後に精神異常を起こしたそうなの」
「それも薬か?」
「姉さんによると麻薬の過剰摂取によるものだそうよ。もちろん会話も出来ないし意識も朦朧としていたらしいわ。現在は他の被疑者たちとは別の部屋で拘束中だって」
「あそこに入ればケツの穴まで何か入ってないか確認されるだろう。さっき言っていた女性が薬を持ってきて飲ませたのか、他の兵士にやられたか」
「あるいは1番最初に尋問を行った国家兵士団長の仕業か……ね」
「面倒になってきたなぁ。リメンバーを襲う事件と機密書類の持ち出し事件の掛け持ちか。これが終わったらみんなに休暇を取らせるしかないな」
「よろしく頼むわ」
オークションが迫っているため店長もあまり大事にしたくはないようだ。
だからこそ調査も内密に行っているし、機密書類を奪われたこともルナック国家に報告していない。
何気に本職である錆人を取り締まることより大変だ。
ヨザクラの話では証言の食い違いが起きているのでありとあらゆる糸に手を伸ばさなければならないだろう。
でもそれはリメンバーを襲った事件に関してだ。機密書類の持ち出し事件は本来なら起こらないはずだった。
「……ごめんなさい」
「何がだ?」
「私が油断して目を離したからこんなことになってしまった。自分から監視のために迎え入れたのに」
私はメイの姿を思い出して手のひらに爪を食い込ませる。そんな力を抜かせるように店長が下から私の手を払った。
「クロバラ、お前のせいじゃない。オレだって違和感を持ちながらお嬢さんを受け入れた。連れてきたヨザクラにも責任はあるし追い返さなかったクロユリにも同じことを言える」
「姉さんはだいぶ理不尽じゃない?」
「リメンバーは1人がやらかせば連帯責任さ。今に始まったことじゃないだろう?」
「……そうね」
店長の言葉に救われるばかりだ。
あの日ヨザクラに連れられてきた1人の少女は傷つき汚れ、そして穢れていた。何かを企んでいるような目だったのだ。
メイの証言がどこまで本当かはまだわかってない。ただ手当した時に見た傷は本物で、あの兵士たちに使われているという言葉には説得力があった。
その時は彼女が1人で何かを企んでいるのではないかと思ったくらいだ。
けれど私は最後まで疑った。メイは兵士と繋がっているのではと。
なのにあの夜、メイはヨザクラと共に襲撃された。そこで揺らいでしまったのだ。そんな揺らぎが私に隙を生ませた。
「姉さんがもう少し早く火球の臭いについて教えてくれたら……って思ってしまうのは子供かしら」
「オレからすればクロバラもクロユリも子供だ」
「じゃあヨザクラは?」
「赤ちゃんだな」
「ふふっ。それ本人の前で言っちゃダメよ?あの子も一人前の大人になろうと必死なんだから」
「それが可愛いところだな。今回の事件が更なる成長の糧になると良いが」
店長はタバコを屋上の床へ押し付けて消す。そして夜風を感じるように目を閉じると小さな声で話し始めた。




