72話 余命は後…
(なに…言って…。)
『…と、言いたい所だったんだがな…。』
(…は?どう言う事…?)
ライリーを殺そうとした声の主に、開いた口が塞がらなかった。
必死に抑えていた怒りが爆発しそうになり、今にでも叫び出し、泣き崩れてしまいたかった。
狭く、暗く、散らかっている部屋の隅で…ライリーは死んでしまうのかもしれないと思うと、気が気でなかった。
『…それが出来ないという事だ。そうでなければ、今頃こいつは死んでいる。』
(で、でも!こんなにも…今にも死んでしまいそうなほど、虫の息だと言うのに?!)
『そもそも、私には下等生物を痛ぶって殺す趣味はない。…せめてでも、一瞬で死ねるように取り計らうさ。』
(だったら!この状況はどう言う事ですの?!あなたのおっしゃっている事と、全く別じゃありませんこと?!)
痛ぶって殺す趣味などないと言ってはいるが…相手の素性すらわからないのだ、平然と嘘を突かれたところで、リリには判断材料がない。
…ただ、相手の言葉を信じるしかないのだ。
しかしどうだ?ライリーは今もなお苦しみ…数秒後には、息が止まってしまうんじゃないかとすら思えるほど、衰弱しきっている。
『約束を破られた』…その考えに行きついてしまうのは、仕方のない事だった。
シラを切って、自分は無実だなどと言う声の主に、リリは憤慨し、あらん限りの罵声罵倒を浴びせてやりたかった。
…もっとも、リリが突然罵詈雑言を吐き出したところで、アンゲリカが驚くだけだし…それに、声の主はちっとも気にしないだろう。
『…やつに穏便に出て行ってもらうため…とでも言えばいいか?』
(や、やつ?そんな関係のない話を持ち出されても…)
『いや、大いに関係あるぞ。…お前の友人の体内には、7つの原罪…怠惰のベルフェゴールが入っている。』
(な、7つの原罪が…?!そ、それなら早く!早く取り除かなくては…そうでないと…。)
『悲劇が起こる…か?』
リリの心を読んだかのように、声の主は口を挟んでくる。
声の主は「フン…」と、呆れとも、諦念とも取れるため息を漏らしたあと…今までのあくまでも冷静な声色が嘘のように、切なく、哀愁漂う声色で言葉を紡ぎ出す。
『…悲劇を生んだのは、お前らだろうに…。』
(え…?)
『まぁいい。それよろも…ほら、どうやら息が安定してきたみたいだ。』
声の主の言葉に突き動かされるようにして、リリはいまだベッドから起きることすらままならないライリーの方を見た。
…少しの間に、随分と呼吸が緩やかになっている。
まるで、あんなに苦しげに呼吸していたのが嘘のように…それこそ、魔法でも使われたかのように。
「…ふぅ、何とか峠は超えた…のかな?」
「だ、大丈夫…になりましたの?」
額の汗を拭い、ホッと一息つくアンゲリカ。
彼女の顔色は、心なしか少し良くなっていて、ライリーが急変した時に見た蒼白さの面影が薄れていた。
(死んで…いないわね…。)
突然、身動ぎ一つすらしなくなったライリーを不審に感じ、まさか…死んでいるのではないだろうか?と思ったリリは、ライリーの元に駆け寄り、彼の胸元に自分の耳を押し当てた。
トクトク…トクトク…と、一定のリズムを刻んでいる。…彼の心臓は確かに動いていた。
それがこの上なく、リリの心配を取り払ってくれた。無意識の内に張り詰めていた気持ちが、フッ…と、柔らかくなるのを感じる。
「よかった…生きてくれた…。」
りりは自分の頬を、温かい何かが通る感触を感じた。それがやけに…心地よく感じた。
「り、リリ?…あなた、泣いてるわよ?」
「えっ…?あ、あら?どうしてかしら…何故か止まらないの。」
声も上げず、ただただ無意識に、リリは涙を流していた。
何故こんなにも嬉しいのに…どうして涙が出てきてしまうのか、わけもわからず、リリはただ自分の頬を伝う涙を拭う。
お嬢様らしくもない、服の袖で涙を拭き取りながら、リリはストン…と、地面に座り込む。
憑き物が取れたような…そんな清々しい気分を感じると同時に、限界に達していた体から力が抜け切ってしまった。
それなリリの背中を、アンゲリカは慰めるように、そっと優しく撫でる。
彼女は柔らかな慈愛の笑顔をリリに向けながら「大丈夫…もう大丈夫だよ。」と、まるで自分にも言い聞かせるように、リリの耳元にそっと囁く。
…やっと、これでやっと、ライリーが助かった。これ以上心配する事は、今はもうない!…そう、思っていた。
『お涙頂戴も程々にするがいい。』
(…お涙頂戴なんて、そんな事言わないでくださいまし!私たちはライリーを助けるために必死に!)
『そのライリーを助けたのは誰だ?』
(それは…)
『…所詮、お前たち下等生物ごときでは何もできなかっただろうに…偉そうにペラペラと…随分とまあ、よく回る口だ。』
確かに…リリたちだけではライリーを助ける事など、夢のまた夢だった。…そんな事、分かっている。
自分ではライリーの…ましてや、アンゲリカの役にすら立てない事など、リリが一番よくわかっていた。
でも…それでも、ライリーを助けてくれたことには感謝しているが…自分たちが、目の前の人物を助けるのに必死になっていた事を、『お涙頂戴』などと言うふざけた事に当て嵌めないで欲しかった。
だって…ただでさえ、魔界は明日にでも滅びるかもしれない‥そんな危ない状況下に置かれ続けている。…猛毒を放つ魔性の性で‥。
だから…!
『自分を哀れに見せたるのは勝手だが‥。』
しかし…声の主には、リリの言葉など一つとして届かなかった。
声の主はただ冷静に…残酷に、リリにとっての余命宣告とも取れる言葉を発した。
『お前の願いを聞き届けてやったんだ…約束通り『対価』を頂こうか。』




