71話 死ぬことこそ解放される道
(世界を‥焼き尽くす…ですって?)
『ああ、そう言ったはずだが?』
まさか…まさか、そこまで重大な事を対価として要求されていたとは思わず、リリは先ほど言われた言葉を繰り返す。
声の主は依然として、至極当たり前のことを呟くかのような声色で、リリに言葉を投げかける。
そして…声の主は、リリに告げる。
『ほら、早く決めたらどうだ?…このままでは、お前が救いたいと願い、生きて欲しいと思っているそこな下等生物が死んでしまうのではないか?』
(…!そうだ…長々と考えてなんかいられないわ…!)
声の主の言葉を聞いて、リリはようやく、ライリーに残された命があとわずかだと言うことを思い出した。
早く決断しなければいけない…悠長に考え続けていれば、その頃にはライリーが…。
想像したくもない最悪の展開が頭を過ぎり、リリの額に冷や汗が現れ始める。
死んで欲しくない…だって、ライリーはまだ生きている!必死に呼吸を続けて、こんなに苦しんで…!今にも死んでしまいそうな彼は、まだ…今なら助かる!
ただ…リリには、ライリーを救うという決断ができないでいた。
『さぁ…一言、ライリーを救ってくれと言えばいいだけだ。それだけで、お前の願いは叶う。…悪くない条件のはずだ。』
(わ、悪いに決まっていますわ!だて…もし、私のこの手が…この手が血に塗れるかもしれないなんて…!)
リリの顔色が、だんたんと真っ青になって行く。彼女の手がカタカタと震える。
不安や恐怖…複雑な感情が混じり合ったせいか、右手で震える左手を掴んで、震えを止めようにも止まってくれない。
自分が化け物に変わり果て、狂ったようにそこらじゅうを跡形もなく壊して行く‥。
太陽が沈みかける黄昏時、自分の居場所なんて自室くらいしかなかったあの頃でも唯一好きだった…美しい夕陽。
ひとりぼっちで、そばに誰もいなかったけれど…それでも、テラスから見たあのオレンジ色に輝く光は、心が洗われるほど、きれいな色をしていた。
…あの夕陽すら、見れなくなってしまう…。そんなのは…いやだ。
(でも…!だったらどうすればいいの…?!)
『今も刻一刻と、お前のお仲間の命が削れているというのに…随分と悠長な事だな。』
(っ!)
『ほら、よく聞いてみるがいい。』
声の主はさらに、リリを追い詰めにかかる。リリ自身が葛藤し、脳味噌をフル回転させて解決策を探っている最中だというのに、声の主はリリに罪悪感を植えつけようと、当回しに『お前のせいで、魔族1人が死ぬぞ?』と、耳元で囁きかけてくる。
そして次の瞬間、リリの目の前に、息を吹き込めば消えてしまいそうなほど、弱々しく炎を薫せるロウソクと、トクトク…と、おぼつかない音を響かせる心音が、リリの耳に入ってくる。
それは間違いなく、ライリーの命の残りがを示していて…リリは拳をぎゅっと握りしめ、今にも叫び出してしまいそうな己の声を必死になって押さえ込み、唇を噛み締めていた。
いっそ狂ってしまいたかった。自身の背負わされた選択肢から逃げ出し、他人から「惨めだ」と言われても「意気地なし」と言われようともよかった。
ただただ、耐えられなかったのだ…!
何万もの命を選んでしまえば…きっとリリの心は壊れてしまう。泣き喚く事すらできずに、ただポロポロと涙を流し続け、終いには膝から崩れ落ち、すっかり心が抜けてしまったかのような…そんな姿になってしまうのかもしれない。
かと言ってライリーの方を選んでしまえば…それもまた、リリには耐えられないだろう。
『1人の友人を救う』ためだけに、始めにレスター家を跡形も無く壊し尽くし、すぐ近くにある村…最後には、魔界全土から、生き物という生き物全てが消え去ってしまう。
…そして、もしも…考えたくもない事だがもしも…『リリの意識が残ったまま』、数多くある誰かの思い出が崩れ去って行くのを見せられてしまったら…?
(…そん、な…そんな事…!)
『いやだ』…ただそれだけを思った。
この世界に生まれて、小さな頃から辛い目にばからあってきた。…あってきたけど。
それでも…それでもなお、リリはこの世界の事を憎んではいなかった。
しかし…どちらかを選ばなければいけない。…どちらかを選ばなかったら、そのどちらも失うかもしれないのだ …。
大勢の命とライリーの命、その2つを天秤に乗せた末に、リリが選び取った未来は…
(ライリーを…『ライリーを救ってくださいまし!』)
『…ほぉ、そうか…そちらを選ぶのか。』
いっそ投げ出してしまいたくなる程悩みきったが、リリはそれでも、ライリーを救って欲しい…いや、ライリーに『生きて欲しかった』。
もしそれで、自分の好きだった景色も、思い出のいっぱい詰まった事実も、…自分の父親が死んでしまうとしても…。
それでも、リリはライリーに幸せを見つけて欲しいと、そう願ってしまった!
本来なら大勢の命を優先すべきなのだろう…でも、いくら「最低」だと言われようと、「頭がおかしい」などと罵られようと…それでも、リリはライリーを選んでしまった。
だってしょうがないじゃないか!
あんなにも…ベッドの上で誰にも見守られる事もなく、1人寂しく命を散らすかもしれないとわかっていながらも…涙の一つすら流す事がなかった。
彼はリリたちが部屋に入った時にはすでに『諦めてしまっていた』のかもしれない。
だってあの時聞いた彼の声には、諦念の気持ちが大いに含まれていた。
まるでそれが運命だと、自分はこうあるべきなのだと、至極当たり前のこととして受け取ってしまっていたから…。
だから、そんな彼には幸せになって欲しいと、ただただ心から願ってしまった。
『てっきり、お前のような温室で育ったお嬢様は、どちらも選べずにいるものだと思ったが…どうやら、私の思い違いだったらしい。』
(さ、さあ!私はちゃんと選んだのだから、今度は貴方が約束を守る番ですわ!)
『ふむ…そうだな。お前の願いを叶えてやるとしよう。』
そう、声の主が言ったと同時に、指を鳴らす音…所詮フィンガースクラッチと呼ばれる音が脳内で響いた。
その直後…
「あ"か"っ"」
「?!ライリー?!」
ライリーの苦しげな…いや、そんな生易しいものではない。
絶叫だ、絶叫に近い悲鳴が部屋に響き渡った。
先ほどまで、確かに苦しげに息をしてはいたが…ここまで、まるで今にも死に絶えてしまいそうな…首を絞められているかのような、そんな悲痛な声。
ライリーは白目を剥き、まるで見えない何かと戦っているかのような言葉を、譫言のように呟き出す。
「あ"ぁ"…!や"め"ろ"!く"る"な"ぁ"ぁ"!」
「ライリー!喉を掻き毟るな!しっかりしろ!!っ!息を止めるな!このままじゃ…死ぬぞ?!」
「なっ…どうして…こんな事に…?」
まるで獣のように雄叫びを上げ、ライリーは自身の首元を掻き毟り始める。
血が出てきてしまうほど、勢いよく掻き毟り続ける手を、アンゲリカが急いで掴んで止める。
アンゲリカの顔は死人のように真っ青で、ライリーだけでなく、アンゲリカまでも死んでしまいそうだった。
自体が穏便に収まる。…どころか、ますます悪化していく。
(は、話が違いますわ?!どうして…!)
『…全く、うるさい餓鬼だな。』
(貴方が!貴方がライリーを救ってくれると信じて…!それで契約しましたのに…!)
『何を言っている。約束ならしっかり果たしたではないか。』
(これの…これの何処が約束通りなんですの?!)
嘲笑うかのように、声の主が笑いを含ませた声色で、リリに語りかけてくる。
対してリリは、怒りに身を震わせ…もし、この場に声の主がいたら殴りかかってしまっていたであろう。
震える拳をぎゅっと握りしめて、悲鳴を上げてしまいたくなる気持ちを押し殺すように、血が出てしまうほど強く唇を引き結ぶ。
そして…声の主は、リリを絶望に叩き落とす。
『此奴にとっては、死こそが救済…だろうよ。』
ご視聴ありがとうございました。
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今後とも、なるべく面白い作品を作り上げていけるように頑張っていきます。




