70話 体を手に入れ、世界を壊す
「そ、そんな…!どうにか出来ませんの?!」
ライリーが死ぬだなんて…そんな事、考えたくもなくて、リリは大声でアンゲリカに問いかける。
「こんな所じゃ、どうしようもないわ…。」
「な、なら!病院に連れて行けばいいんですわ!ほら早く!」
アンゲリカの返答に、リリは焦った様に次から次に言葉を紡ぎ出していく。
病院に連れて行けば治るはずだ、早く病院に連れて行ってあげないと…と、一人うわごとの様につぶやき続けるリリに、アンゲリカは無情な事を告げる。
「ここから一番近い病院でも、1時間はかかってしまう…!それじゃあ間に合わないの!」
「で、でも…それならどうしたらいいの…?」
「…そんなの、私が知りたいよ…。」
沈黙が部屋の中を支配する。
聞こえてくるのは、未だ苦しげに呼吸をし続けているライリーの息遣いだけ。
絶望的状況だ。
このままでは、どう頑張ってもライリーは助からない。
(一体どうしたら…。)
いくら悩めども、解決策は全く見当たらない。
もう…諦めてしまった方がいいのではないか?そんな風に思っていた、その時。
『ふむ…少々複雑だが、その少年、救ってやれん事もないぞ?』
「え?!」
「リリ?急に大声出して、どうしたの?」
「あ、いえ!なんでもありませんでしてよ!オホホ…。」
(あ、危なかったですわ…今後はあんまり不審な行動を取らない様にしないと…)
『お前が勝手に叫んで勝手に慌てているだけだがな。』
頭に響く偉そうな声は聞こえていなかったことにし、リリは今一度、本当にライリーを助ける事ができるのか、頭に響く声の主に尋ねる。
(ほ、本当に…ライリーを助ける事ができるんですの?)
『あぁ、つまらん事で嘘をつく程、この世に退屈などしてない。』
(そ、そういう事ではないのだけれど…)
思っていた回答とは全く違う答えが出てきたものだから、リリはちょっと拍子抜けした。
とはいえ、テレパシーなんて高度な魔法をポンポンと、頻繁に使える相手だ、並大抵の事で驚いていたら、キリがないだろう。
(それなら、ライリーを助けてくださいまし!)
『…本気で言ってるのか?』
(へ?本気って…)
『まさか…何の対価も払わずに、願い事が叶うとでも?』
『対価』と言われて仕舞えば、確かに払うべきなのだろうと、リリは納得してしまった。
何せ一人の魔族の命を救うのだ、本来なら何千万も払わなければいけないのだから、何かしらの褒美を要求されるのは自然の摂理…と、言ったところだろう。
(…何が欲しいんですの?私に与えられるものなら、お金でも宝石でも…)
『そんな陳腐な物ではない。』
リリがポツリポツリと、何が欲しいのか尋ねていると…何と声の主は、リリから提示された魅力的な報酬を全て一蹴りした。
しかも、金銀財宝の事を『陳腐な物』とまで言い放つではないか。
まさかリリも、お金や宝石をいらないと言われるとは思ってもみなくて、少し驚いてしまった。
だがすぐに、いつもの様なおっとりした表情に戻り、だったら何が欲しいの?と、声の主に尋ねると…
『そうだな…お前の体が欲しい…と、言ったらどうする?』
(か、体?!嫌よ!私、売春なんて絶対にしませんからね?!)
まさか体が目当てだなんて…リリは急いで否定の言葉を口にした。
どこの誰とも知らない人に…それも、別に愛し合っているわけでもない誰かに、自分の体を明け渡すわけにはいかない。
『あー…いや違う、そういうわけじゃあない。』
(ならどういう意味ですのよ?!)
『依代が欲しいのだ。現世を自由に歩き回るための体が。』
まるでその口ぶりでは、『自分は体の無い、魂だけの存在だ』と言っている様に聞こえてしまう。
(もしかして…私が今の今まで喋っていた相手は、成仏できてない幽霊だったの?)
『幽霊では無いさ。…お前たちに封印されて、退屈凌ぎを探している年増さ。』
(封印…?でも、私が封印した事なんて…)
7つの原罪の一人である『ルシファー』を封印した時、あの一回限りだけだ。
…本当に、この声の主は7つの原罪だというのだろうか?
確かに、高度な魔法を長い間(と言っても、数十分だが…)維持し続ける事のできる魔力量。
金銀財宝の事を陳腐、などと言って除けるのも、7つの原罪だったらわからなくも無い。(お金を持っていた所で、彼らにはなんら意味などないのだから。)
(…いえ、そんな事より…)
今大切な事は、この(仮に声の主が7つの原罪だと仮定する)ルシファーと思われし人物が、一体何を要求してくるか…だ。
(…何故、あなたは依代が欲しいんですの?)
『それは勿論、自由に現世を歩きたいからに決まっているだろう?』
(それだったら、私でなくても良いはずですわ。)
…とは言ったものの、リリはちょっと焦っていた。
他人の体の中に自分の魂を入れるには、自分の魂を受け入れる器が合っていなければいけないのだ。
リリの挑発に乗ってくれれば、相手の真意を聞き出す事もできるが…
『はぁ…その様なチャチな挑発に乗るとでも思っているのか?』
そう簡単には乗ってくれなかった。
それもそのはず、リリはまだ貴族社会1年生にも満たないのだから。
(うぐっ…おっしゃる通りですわ…。)
『とは言え…私の願いを知ってもなお、お前が目の前の魔族を助けるために自分の身を捧げるのか…それには興味があるな。』
(…何と言われようと、私がライリーを助けたいと思う事に変わりありませんわ。)
少し声に笑いを含ませながら、声の主はリリに語りかけてくる。
まるで、それが自分を馬鹿にしているかの様にも聞こえて、リリは先ほどまでよりも、より一層気丈に振る舞う。
そんなリリの声を聞いた声の主は、クスクスと上品な笑い声を一頻り上げ、それからゆっくりと口を開く。
『お前の体を奪い、今度こそこの世界を焼き尽くすのだ。』
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