69話 死という現実
「なっ…何を言っているんですの?!ちょっと待っていてくださいまし!今すぐ…」
、
「ゲッホゲホ!」
湿り気の混じった咳が聞こえた、その直後。
ビチャ…っと、何か、液体のようなものが垂れる音が聞こえた。
水でもこぼしたのかな?…なんて、そんな楽観的な事を考える暇などなかった。
アンゲリカは少し、躊躇する素振りを見せながらも、あくまでも優しげな声で、ライリーに尋ねる。
「ライリー…あなたまさか、『吐血』なんて…してないでしょうね?」
「ゲホゲホ!ハァハァ……。」
ライリーは何も答えない。…いや、もしかしたら答えたくとも答えられないのかもしれないが…。
アンゲリカはなんの反応も返さないライリーの元へ、恐るべき速さで駆け寄っていく。
床に散らばっているものたちなど知った事かと言った様子で、駆け足でライリーの眠っているベッドへ。
「リリ!光の魔法を!」
「わ、わかりましたわ!」
焦燥感を感じさせる声色で、リリに指示を出すアンゲリカ。
リリは現在の状況が把握できないながらも、すぐにアンゲリカの言葉に従って、光の魔法を天井に向かって打ち出す。
数秒後、それまで真っ暗だった部屋全体に、仄かな明かりが灯った。
「ライリー…!あなた、どうしてこんな状態になるまで放置していたの?!」
「どう…やった…ゲホゴホ!」
「喋らないで!それ以上悪化したら命取りになる!」
「ら、ライリー…?」
灯が灯った部屋でリリが目にしたのは…。
床にベットリとこびりついた血液と、ベッドの上で苦しげに、顔を真っ青にして、息も絶え絶えにおぼつかない呼吸を繰り返しているライリーと、そんなライリーのそばで、何やら彼の体の調子を調べているアンゲリカだった。
ライリーの苦しんでいる姿が目の前に写っても…リリは、何もする事ができないでいる‥。
ただただ呆然と、今にでも呼吸が止まってしまいそうなライリーの姿を見つめ続ける事しか、できない…。
だって…最後に見たときの彼とは、全く違うのだから…。
あんなにも元気そうにしていた頃のライリーは、一体なんだったのか?と、疑ってしまいたくなるほどには、ライリーは弱りきっているのだ。
彼の腕には点滴らしきものが刺さっていて、何故か首には首輪がついている。‥まるで、飼い殺されたペットのように見える。…なんて、不謹慎な事を考えてしまった。
「脈拍は…ああ…!通称よりも早い!熱があるのね。息も上がりきっているし…呼吸用の補助機があれば幾分かはマシになるのに!…リリ!さっきライリーが床に吐き出した血液の色を見てもらえる?」
「ぇ…ぁ…わ、わかりましたわ。」
魔法で氷枕を作り出し、ライリーのおでこに氷枕を置きながら、アンゲリカはリリに指示を出す。
そのアンゲリカの声がけのおかげで、やっと我に帰ったリリは、少々たじろぎながらもすぐにアンゲリカの指示に従って、床にこびりついた血の色を確認し始める。
「えーっと…普通の赤色ですわ。」
「本当?黒が混ざった鈍い色じゃなく?」
「ええ。…不謹慎ですけれど、綺麗な鮮血ですわ。」
「鮮血…もしかして結核?いや、そもそも結核だったらこんな症状は…。」
リリから聞いた情報を元に、何やらぶつぶつと独り言を呟いているアンゲリカをよそに、リリは何か他に手伝えないかとアンゲリカに尋ねる。
「あ、アンゲリカ?その…他に何か手伝えないかしら?」
「ええっと…そうだな…それじゃあ、ライリーに刺さっている点滴針を抜いて。」
「え?でも点滴って…確か、脱水症状とかを防ぐためのやつじゃ…。」
「確かにそうだけど…少し、気になる事があるの。」
気になる事?っと、アンゲリカの発言に疑問を感じながらも、リリはおぼつかない手際で、ライリーに刺さっていた点滴の針を抜き取る。
ライリーから点滴の針が抜けた事を確認したアンゲリカは、すぐさま点滴針の繋がっていた袋…液体の入った袋を取り、いろいろな角度からじっくりと眺め始める。
「あ、あの?アンゲリカ、何をやっているんですの?」
「解析。…ああ、やっぱりか。」
「へ?やっぱりって…。」
リリにはさっぱり理解できない答えを返して来たかと思いきや、アンゲリカは納得したような声を出した。
一体何がやっぱりなのか?ついつい疑問が口から出てしまったものの、アンゲリカはそれを一切気にする事なく、むしろ何に納得しているのかを教えてくれた。
「点滴袋の中の液体の中身の事。…あの中に入っていた液体、全部『有毒物質』だったんだ。」
「有毒物質ですって?!」
「ええ。魔力膨張薬や、痺れ薬、心筋梗塞を促す作用のある薬なんかも入ってる。」
「な、なんでそんなものがライリーに刺さって…。」
「…大方、これも全部、あのレスター侯爵…ライリーの父親が仕組んでいたんだろうけど…まずいな。」
まさか、本来病人のためにつけているはずの点滴の中身全部が、有毒物質だったなんて思っても見なくて、リリは混乱しきっていた。
しかし、アンゲリカの不穏な言葉に、震える唇を無理やり開いて、疑問を口に出す。
「まずいって…これ以上何か…大変な事がありますの?」
「……あまり、言いたくないんだけど…。」
苦虫を噛みつぶしたような、本当に辛そうな、いろいろな感情が混ざり合った複雑な表情と声色で、アンゲリカは話の続きを話す事を躊躇った。
しかし…話を聞くまで引く気のないリリを見てか、散々躊躇した上で、アンゲリカはポツリ、と語り出す。
「…もう、手遅れかもしれない。1時間も経たないうちに、ライリーは『死ぬ』かもしれない。」
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