44話 不穏な空気
「レスター家って…確かライリーのご実家でしたわよね?」
「……。」
リリが疑問を口にしても、ライリーは一言たりとも話さなかった。
機嫌が悪いのか、それとも自分の実家と仲が悪いのか…はたまたただ単に話したく無いだけなのか。
しかし、いくら邪推しようともライリー本人でなければ分からない事もあるため、リリはあまり詮索しないことにした。
しかし、機嫌の悪そうなライリーをよそにアルフは喋り続ける。
「レスター家は大昔から錬金術の極意に至るため、日夜研究を続けているそうで…今代投手に変わってから一気に技術が発展したそうです。」
「ふむ…行ってみる価値はありそうだな。」
「…まるで自分の事みたいに鼻に掛けるのね‥。」
ゴマちゃんが口元に微かに笑みを浮かべるのに対して、アンゲリカはボソッとアルフに悪態をついた。
しかし、アルフはアンゲリカの方を見ようともせず、終始ニコニコとしている。
リリが周りの魔族たちを観察していると、不意にゴマちゃんが目線を合わせてきた。
目線を合わせてすぐ、ゴマちゃんがテレパシーで話しかけてきた。
『言ってみる価値はありそうだぞ?……この体がいつまでもつか分からないしな…。』
ゴマちゃんがいなくなってしまっては私が困ってしまうわ…。……え…。
ゴマちゃんからの助言を受けたリリは自分の気持ちが理解できなくなった。
ドクリ、と心臓が脈打つのが感じられた。
それと同時に、ジンワリと冷や汗が流れ出してくるのも感じる。
違う…だって私はゴマちゃんのためを思って…私自身のためなんかじゃ…。
ライリーに言われた言葉がリリの脳裏を過ぎる。
『それは本当にゴマちゃんのためか?それとも自分自身のためか?』
私はゴマちゃんのために…だって…だって…。
急に心臓が締め付けられるような痛みを感じた。
嘘だ…嘘だ嘘だ…!違う!私のためなんかじゃ…!
『…い……た‥か?‥ぉい…おい!』
脳内に直接響いてくるゴマちゃんの声に、リリの意識は現実世界に引き戻された。
頭が痛い…気持ちが悪い…。
しかし、それらは全て妄想で、実際には痛みも吐き気も感じてはいなかった。
ただ…自分の中にある『自分勝手』な感情が、まるで自分の父親のように思えて、気が気じゃなかった。
リリは今世の父親のようになりたくなかった。
あのような下劣な魔族に成り下がるわけにはいかなかった。
召使い伝いに聞く母のような、綺麗で強い心の持ち主になりたかった。
『大丈夫か?』
「大丈夫よ…。」
すぐ近くにいるゴマちゃんにだけ聞こえるくらいの声量で、リリはゴマちゃんに返事を返す。
そしてすぐ、アルフにこう答えた。
「レスター家に連れて行って頂戴。そうね…なるべく早く伺いたいわ。」
「ですが、なるべく早く伺うとなりますと学業と重なる可能性がありますよ?万が一にも単位が取れないなどと言った状況になってしまえば、たとえ魔王の娘とはいえ…。」
「そんなのは後回しよ。」
アルフの戸惑う声をピシャリと否定し、リリは強い口調で告げる。
アルフは少し困惑しながらも、ライリーに話しかけた。
「ライリー、リリ様がレスター家に向かいたいとおっしゃっている。いつなら訪問可能だ?」
「…3日後なら取次可能だが…俺はあまり行きたくない。」
「いいえ。ライリーにもついて行ってもらうわよ。」
そもそもの話、リリはレスター家について全くと言っていいほど知らない。
故に、レスター毛を知り尽くしているであろうライリーの協力が必要不可欠だと、リリはそう思った。
なので、ライリーにはどうしてもついてきてもらわねばならない。
「…わかったよ。行きゃいいんだろ?」
渋々…本当に渋々と言った形でライリーからの了承を得たリリは、しばらく一人になりたかったので部屋を後にした。
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あまり人が訪れないバルコニーで、リリは一人空を眺めていた。
はぁ…と、深いため息を吐きながら、リリは自分を嫌わないようになんとか自分のいい所を探していた。
努力家で辛抱強くて…。いいえ、全部言い訳ね…どれも結果がついてきてない、ただの独りよがりだもの…。
ネガティブな気分が募る中、リリは今ひたすらに、自分の中に流れる父親の血を疎ましく思っていた。
他人の前だけで猫をかぶっているのに、その実非常で最低な父親…まるで、今の私みたい。
どうしてこんな風になってしまったのか、リリにはとんと考えがつかない。
実は、前世ではよく読んでいたラノベ小説のように、全て上手くいくと思っていた。
それがどうだ。全く思い通りにいかないことばかり。
「気分を変えましょう。」
独り言ちして、リリは前の世界で好きだった歌を口ずさみ始めた。
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「それじゃあ、私はこの後レオンハルト邸に残してきた使用人たちと話さなければならないから、ここらで失礼するわ。」
そう言って、アンゲリカは客間から出て行った。
後に残ったのはご機嫌なアルフと対照に、不機嫌なライリーだけだ。
ニコニコと、人好きのする笑みを浮かべているアルフに、突然ライリーが胸ぐらを掴んだ。
「…おい、どう言うことだ?」
「おいおい、そんなにキレるなよ。」
普段よりも低く、ドスの効く声でアルフに喋りかけるライリーをよそに、アルフはおちゃらけた口調で彼に話しかける。
「…俺は言ったよな?『俺の実家については誰にも言うな』と。」
「だがお前は同時にこうも言った『せめて楽しませろ』と。」
嫌悪な雰囲気が場を支配する中、アルフの胸ぐらを掴んでいる手が離れた。
その途端、少ししまっていた空気の通り道が広くなり、呼吸がしやすくなる。
だが、アルフは一切顔色を変えなかった。首が閉まっている最中も、呼吸管が楽になった際も。
「第一、お前を助けてやったのは俺だろ?そんな俺にお前は逆らうのか?」
「…ハッ!笑わすな…。」
嘲笑を浮かべながら、ニヨニヨときみの悪い笑顔を浮かべるアルフに、ライリーは吐き捨てるように言葉を紡ぐ。
「楽しくなければお前の元なんて離れるさ。…例え、お前を殺してでもな。」




