第六十一章 大規模防衛戦
空気が震えている。
青空に浮かぶ太陽が逃げられないことを突きつける。
男達はモンスターを倒すための武器を握る。
女達は国民を守るために立ち上がる。
老人は出来ることをやるために奮起する。
子供は小さな体に大人以上の勇気を溜め込む。
ネレネン王国。この国は建国以来、八百五十年もの間モンスターと戦争を繰り広げている。
なぜ続いているのか? 人間もモンスターも滅びることなく、そしてどちらも決して諦めないからだ。
ネレネン王国。この国は百十年前から激しい戦争を継続している。相手はリザードマンとオーク。どちらも人間にとっては脅威であり、それでもこの国は決して滅びない。何より諦めない。
防衛戦。ネレネン王国の初代王が確立したこの戦い方は、真歴550年の現在においても引き継がれている。
隣接するビリット平原には巨大な正門がそびえ立つ。そこから中に入ると、そこは戦場として用意された仮初の市街地だ。道や壁は国民が住まう場所のそれと変わりなく、家々が見当たらないことを除けば、無人の街に見えなくもない。
立体的な作りを採用しており、侵攻ルートは様々だ。
真っ直ぐ進むため、立ちはだかる壁に設置してある扉を破壊する。
正面の階段を上がり、二階層をグングンと進む。
右に折れ、そのままぐるりと遠回り。
右に進み階段を上がり、さらに分岐する道を自由に進む。
左に関しても右同様様々な道が提示される。
迷路のような街並みはモンスターの戦力を分断するためであり、軍人や傭兵はこの国を守るため、自分達の戦い易い場所に陣取って侵入者を待ち構える。
彼らは負けられない。正門を突破されてもこの国は怯まない。しかし、二個目の塁壁までは破られてはならない。
その先は国民が生活を営む町であり、防衛戦用に作られたこの戦場でモンスターを倒すか追い返す必要がある。
傭兵。彼らもまた、軍人同様この戦いに参加する。最たる理由は祖国を守るためだが、軍人とは異なり、動機はそれだけではない。
傭兵は防衛戦の活躍がそのまま収入に繋がる。評価は次のように細かく採点され、その合計が傭兵会社から臨時給料として支払われる。
モンスターに傷を負わせる。
モンスターを倒す。
モンスターを弱体魔法で弱らせる。
モンスターからダメージを受ける。
味方を回復魔法で癒す。
味方を強化魔法で鼓舞する。
残念ながら上限が設けられており、すなわち一人でどれだけ活躍しようと、早々に金額は頭打ちだ。
この評価システムは傭兵に支給される傭兵カードによって成立する。ゆえに、軍人以外がこの戦いに参加したい場合、傭兵会社に所属しなければ意味はない。
「へ~、上手いことできてるんですね。んじゃ、自分で自分を傷つけてキュアで回復を繰り返せば、それだけでもお金もらえるんですか?」
「あ、ああ、そうだろうな……。そんなことを試そうと思ったこともないが……」
イリックは隣の傭兵にたずねる。評価システムの穴をつく悪知恵であり、灰色で縁取られた黒い装甲の鎧をまとう大男は自信なさげに答える。
イリックの予想通り、それだけでも評価値は貯まってしまう。しかし、稼ぎたいのであれば他のことでも貢献すべきだ。一つの項目で稼げる給与の上限はあまり高くなく、それしか出来ないのであれば無茶をする必要はないが、活躍できるだけの実力を備えているのであれば、そんな姑息な手段を使わず、きちんと戦った方が遥かに健全だ。
もし、評価に上限が設けられていないのなら、最も稼げる分類は盾役のパラディンだ。
ウォーシャウト等でモンスターの注意を引き付け、攻撃を受けることが出来る。これにより、ダメージがポイントとして換算される。
キュアや戦技で傷を治療すれば、回復行為のポイントも付与される。
やられるだけではなくやり返せば、与えたダメージが上乗せされ、モンスターを倒すことが出来れば、さらにポイントは上昇する。
パラディンはこれだけの項目を単身で稼ぐことが可能だ。実際は早々に上限へ達してしまうのだが、それでも収入としては美味しいことに違いはない。
駆け出しの傭兵の場合、回復魔法を使えるならそれだけでも十分稼ぐことはできる。回復行為は自身の腕とは関係なしに実行可能であり、安全な後方から随時傷ついた誰かにキュアを唱えるだけでいい。
マジックポイントが無くなるとそれすらも不可能になるが、それは仕方ないことであり、腰を下ろして少しでも早く回復することを祈るしかない。
防衛戦は国を守るための戦争だ。相手はリザードマンかオーク、もしくは両方であり、決して気を緩めることはできない。
しかし、トリストン大陸の冒険者がそうであるように、アリカ大陸の傭兵もまた、価値観がずれたどこか歪な人間だ。
正門を突破した大量のモンスターがどかっと市街地に押し寄せてくる。その様は圧巻以外の何物でもなく、しかし、傭兵達は恐怖することなく大声で歓迎する。
獲物が来たぞ。
こっちに来い。
俺が相手をしてやる。
その集団をこっちに誘導しろ。
どんどん傷つきなさい、回復してあげる。
傭兵達は楽しそうに参戦する。
軍人達が黙々と、そして必死に戦う横で、彼らは狂喜の表情を浮かべながら目の前の獲物に襲いかかる。
傭兵はどこか狂っている。モンスターと戦い過ぎた余り、頭がおかしくなってしまったのか、生まれた時からそういう性分だったのか、それは彼らにもわからない。
もちろん、冷静に立ち振る舞う傭兵もいるが、多数のモンスターが攻め込んで来る防衛戦に参加している時点で、常人の範疇からは逸脱していることに違いはない。
「さすが傭兵ってことですかね~。冒険者の俺が言うと説得力ないですけど」
「そういうものか。俺にはわからんな」
(う、少し興奮しちゃってる……。ばれないようにしないと)
イリックの隣で、恋人のように肩を並べる二人は上官と部下だ。
男はイリックよりやや背が高く、茶色い髪をぐいっと上げておでこを完全に露出している。銀色の装甲をまとう軽鎧は武神祭の出場者なら誰もが目に焼き付けており、左腰のミスリルソードが獲物の襲来を待ちわびている。
第三陸軍軍長のウェイクだ。大挙している異国の実力者達に目移りすることなく、どっしりと構えて前だけを見据えている。
その隣に立つ女性はイリックと同程度の身長を誇る。灰色の髪は随分と長く、前髪は両目を完全に隠しており、後ろ髪に至っては腰付近まで垂れ下がっている。青い鎧は輝いており、いかに高性能な防具か、ここの傭兵達も一目で見抜く。背負っている両手剣は幅広かつ重厚でおよそ女性に似つかわしくないが、この軍人にとっては相手を狩る最強の武器だ。
第三陸軍第一部隊副隊長のミヤもまた、この地に降り立っている。
防衛戦において最もやってはいけないこと。それは進軍するモンスターの大軍に飲み込まれることだ。
一対一なら敵う相手であろうと、それが十、二十の数で押し寄せれば勝ち目など微塵も存在しない。瞬く間に殺され、踏みつけられながらその場に廃棄されるだけだ。
しかし、誰かが勇気を出さなければ、モンスターによってこの国は滅ぼされてしまう。それらの目的は目の前の人間ではなく、巨大な岩壁に守られている戦えない国民だからだ。国力を奪うことがネレネン王国を滅ぼす最も手っ取り早い方法だとモンスターは知っており、リザードマンとオークは奥へ奥へ進み、市街地への侵入を試みる。
それを阻止するためにも、そして戦い易い状況を作り出すためにも、ぞろぞろと進むモンスターの群れを拡散させる必要がある。
では、どうするか? ここで活躍するのが盾役と後衛攻撃役、そして後衛補助役だ。
盾役はウォーシャウトで離れた位置から一定数のモンスターを一度に釣ることが可能だ。その上で打たれ強さを活かし、仲間に攻撃のチャンスを作り出せる。
後衛攻撃役は遠距離から一方的に攻撃が可能だ。入り組んだ地形を利用し、ヒットアンドアウェイをしかけるも良い。追いかけてきたモンスターを仲間の場所まで誘導し、多数での戦いに持ち込むのもありだ。
後衛補助役は弱体魔法を使い、モンスターを足止めすることで、その足並みを崩すことができる。
その場から動けなくするグラウンドボンド。
強制的に眠らせるスランブ。
それの範囲版、スランバー。
どれか一つでも使えるなら、モンスターをかき回すことができる。
「ふん。そんなまどろっこしいことなんかしないで、いっきに倒してやるわ」
「頼もしいのう。フォッフォッフォ」
(あぁ、なぜ私まで……)
鼻息荒く余裕ぶる小さな女の子は、そうは見えないが実際は十八歳だ。灰色の長髪は頭の左右で束ねられており、気の強そうな顔つきは性格をそのまま表している。風の図書館館長、シャルロットだ。自慢の魔力から繰り出される上位の攻撃魔法でいっきにモンスターを倒す気でいる。
周囲の傭兵に溶け込めてしまう白髪の老人はゴルド。筋肉を覆う軽鎧は今にもはち切れそうだが、特注ゆえにそんなことにはならない。背中の黒い両手斧はダーク製であり、これから戦うモンスターをあっさりと両断するだけの威力を秘めている。
茶色いとんがり帽子を被り、茶色いローブをまとう女性の目元には隠しきれない小じわが見え隠れするが、本人は誤魔化せていると思っている。シャルロットの付き添いとしていつも同行させられるこの女性は氷の図書館館長ススリリだ。右手に握る白い杖から繰り出される回復魔法は絶大な効果をもたらすため、戦力としては申し分ない。こんな危険な場所には来たくなかったのだが、シャルロットに巻き込まれる形でここに立っている。
ネレネン王国を襲うモンスターは二種類だ。リザードマンとオーク。どちらも賢く、決して一筋縄ではいかない。
人間がそうであるように、それらもまた、固体毎に強さが大きく上下する。
並の軍人や傭兵でも楽に倒せてしまうひ弱なオークもいれば、一体で複数のパーティを蹂躙する恐ろしいリザードマンも混じっている。
侮れない。そんなことは全世界の人間が理解している。
それでもなお、勝てない相手と遭遇しようと逃げるわけにはいかない。祖国を守るためには後ずさりなどできない。
この世界は不思議だ。まるで天秤が片方に偏り過ぎないよう、どういうわけか調和が保たれている。
モンスターの中に人間を超越した化け物がいるのなら、人間の中にも超人がいなければならない。そんな法則はないはずだが、少なくともそういう存在はどちらにも確認されている。
リザードマンやオークとの戦争において、そういった手に負えない強敵との戦いは避けられない。
では、どうするか?
至宝神器に選ばれた将軍をぶつければ良い。彼らは一人でモンスターの大軍を蹴散らせるだけの戦力を持ち合わせている。神に祝福されしそれら武器は、一振りで数十匹のリザードマンを粉砕する。
大勢の部下を引き連れる隊長クラスと呼ばれるモンスターは、少し腕のたつ程度の傭兵や軍人では手も足も出ない。ゆえに人間側の被害が出る前に将軍が駆けつけ、人知の壁を越えた天災のような戦いを繰り広げる。
将軍は三人しかいない。では、隊長クラスがそれ以上現れた場合、成す術なくこの国は敗れてしまうのだろうか? そんなことはない。傭兵にも超人は存在する。英雄と呼ばれ国民から慕われているヴォイスを筆頭に、彼に近い存在が何人も頭角を現している。
リザードマンは非常に数が多く、何より手ごわい。
オークは人間を滅ぼせるほどの戦力を持ち合わせている。
だが、ネレネン王国はアリカ大陸から消え去らない。軍人と傭兵が守り続けているからだ。
彼らは負けない。生き延びるためにも、国民を守るためにも、祖国を存続させるためにも、モンスターを倒すためにも、戦い続ける。
「今回の数、やばいらしいです」
「そのようね。普段の四倍だか五倍? この国、滅びるんじゃない?」
イリックとロニアは他人事のように言ってのける。事実そうなのだが、今だけは当事者でもある。
ここはネレネン王国の防衛戦用市街地。
太陽はゆっくりと頂点を目指しており、大きな雲の塊がゆっくりと北から南を目指している。
大量の軍人と数え切れないほどの傭兵が、国民の住まう市街地とここを区切る塁壁を背に東を向いている。
その方向にはビリット平原とそこを隔てる正門が存在する。
彼らは何かを待ちわびるように佇む。
「お兄ちゃん、見て見てー!」
ネッテはピョンと小さく跳ね、イリックに背を向ける。
マンイーターによって背中を切り裂かれた際、当然だが自慢の一張羅も破れてしまう。
ネッテの小さな体を包み込む黒い全身タイツのようなこれはムーンハーネス。十二万ゴールドと随分高額な防具だ。
伸縮性に優れた新開発の素材を採用しており、生地は随分と薄いが高い防御性能と魔法抵抗を両立させている。
背中部分を切られてしまったのだから、本来ならばどうすることもできないのだが、イリックの人脈とネッテの技巧により解決してしまう。
この防具の開発者はデフィアーク共和国の錬金術ギルドだ。正確にはガーウィンス連邦国の研究機関も噛んでいるのだが、実質依頼を受けて手伝ったに過ぎない。
錬金術ギルドにはリンダが復帰しており、ムーンハーネスの損傷を見かねた結果、素材をわずかだが譲ってもらえた。
ここから先はネッテの出番だ。両親を失った結果、イリックは外で稼ぎ、ネッテは家で家事に追われる。夫婦の真似事を七年も続けたその成果の一つに裁縫が挙げられる。
母親がそれを得意としており、ぬいぐるみを作れるほどだったことから、ネッテもその血を受け継いでいるのかもしれない。
破れたムーンハーネスをネッテは見事修繕してみせる。
それだけではない。ロニアのタイトワンピースもまた、一着だけだが斬られてしまう。それすらも同じ色の糸で縫い合わせてしまう。まるで新品のように復元できてしまうその腕前にはロニアも声を漏らす。
兄としてはただただ喜ばしい限りだ。アジールの防具がまだ買えていないのだから、二人に対して出費をする余裕などない。
「本当に最高。血が繋がってなかったら結婚申し込んでたな」
「ぷ、ぷお~ん!」
素直に喜べないその返答に、ネッテは錯乱しながら奇声をあげる。
「アジールさん。盾があるからって無理はしないで下さいね。服は肩丸出しのセーターなんですから」
(セーターじゃなくてニットなんだけど……。まぁ、いいか)
イリックの言う通り、アジールは肩から先が露出しているセーターのような白い衣服を着ている。左手にはアダマン製の青い盾を握っているが、モンスターの注意を自身に向ける盾役としては少々頼りない。
「イリックってアジールに対しては過保護なとこあるわよね。そんなに心配ならコート貸してあげたら?」
「あ、それもいいかも」
ロニアはおもしろ半分で言っただけなのだが、イリックはなるほどと納得する。
火の大精霊を救った際の報酬から作り上げた真紅のピーコート、ブレイズマーシャラー。布製の防具にしては存外丈夫だが、その最たる特徴は火と氷の攻撃に対して高い耐性を備えていることだ。
そして、それだけではない。
「こんなところで何脱いでるのよ……。変態?」
「うるせーチビ」
「誰がチビよ!」
シャルロットがイリックの奇行を不思議に思い、つい口に出してしまう。いつ戦いが始まってもおかしくないタイミングで防具を脱ぎ始めたのだから当然だ。
「コドウンに頼まれて、私もそれ作るの手伝ったんだから。大事に使いなさいよ。まぁ、ちょっとやそっと破れても大丈夫なんだけど!」
このコートは雷の図書館館長コドウンが中心となりイリック用に作成された。その際、防具としてより完成度を高めるため、シャルロットに白羽の矢がたつ。
ブレイズマーシャラーは魔力を注ぎ込むことで再生される。斬られようと穴が空こうと、じわじわと赤い繊維が伸び、その形を維持してくれる。
この機能自体は生地そのものの特性だが、必要な魔力量の閾値はシャルロットがさらなる細工を施したおかげで随分下がっている。すなわち、イリックの貧弱な魔力でも再生が開始されるということだ。
「へ~。それは知らなかった。うちの妹といいこのチビといい、チビは服作りが得意なんだな」
イリックは思わず感心する。ネッテによる衣服の修繕も、コート作成の手伝いも、自分には到底出来ないことであり、半分バカにした言い回しだが決して悪気はない。
そんなことはネッテもシャルロットもわかってしまうため、怒ればいいのか照れればいいのか、もやもやしながら悩まされる。
「しかし、よくもまぁこんな話を取り付けたのう」
「ん?」
「防衛戦への参加じゃ」
「それだけ今回はやばいってことじゃないの?」
ゴルドは周囲を闊歩するこの国の傭兵達を眺めながら、イリックにそっと歩み寄る。
もうすぐリザードマンの大軍が押し寄せてくる。その規模は過去と比べても類を見ない戦力であり、普段と比較すれば四倍以上と前線から報告が来ている。その数だけでもなかなか脅威だが、今までの経験から隊長クラスも多いと予想される。どちらかと言えばそのことが危うく、ゆえに今回は王自らも出陣している。
戦場となる仮初の市街地には、既に大勢の参加希望者が各々の場所で待機している。
市街地を隔てる塁壁が存在する広場はこの国にとって最終防衛ラインだ。イリック達来賓やあまり実力の高くない軍人、戦況に応じて移動を開始する傭兵達で溢れかえっている。長方形に長いここには二百人近い人間が祭りのように集まっており、その熱気が周囲へじわじわと流れ込む。
正門から二つ目の岩壁まで直進できなくもないが、大軍であればあるほど、狭い通路や要所要所に存在する扉によって戦力は左右に拡散させられる。
何より腕の立つ傭兵が次々とモンスターに攻撃やちょっかいをしかけるため、直進したくとも出来ない。
正門からなだれ込むそれらの多くはそれでも直進するが、当然そこには最強の戦力が配置されている。
三将軍のリーダー格、アインだ。この人間を破壊できる存在はこの世に存在しておらず、どれほどの数が押し寄せようと、持ち主にさらなる力を付与する両手剣の至宝神器、カラドボルグが瞬く間にそれらを一掃する。
とは言え、アインは隊長クラスの相手を務めなければならない。ゆえにモンスターの量や行動方針によっては、最後の広場にどっと大軍が入り込むことも珍しくはない。
ましてや今回は、リザードマンの本気具合が見て取れるほどの、それこそ今回でネレネン王国を滅ぼせなければ自分達が痛手を被ることも辞さない戦力だ。苦戦は免れないと戦う前から王達は判断する。
そんな話を聞いてしまえば、イリックやウェイクは提案したくなる。
手伝わせてくれ。
今までは自分達だけで戦ってきたという自尊心や、異国の人間に頼りたくないというプライドを払拭し、王はこの国の代表として頭を下げる。
こうしてイリックは、独断で即興の助っ人を集める。
デフィアーク共和国からはウェイクとミヤ。
ガーウィンス連邦国からはゴルド、シャルロット、ススリリ。
そしてイリック達四人。
数は非常に少ないが、準備期間が余りに短かったため、それを踏まえれば十分な戦力と言える。
武神祭を優勝したウェイクとその部下。この二人はそれだけでリザードマンの部隊と隊長クラスを足止めできてしまう。
シャルロットはこの場所を破壊しても良いのなら、この国の誰よりも、それこそ三将軍すら不可能な討伐数を実現可能だ。
ゴルドはそれほど突出した実力を持ち合わせていないが、頭の良さとその肉体から何が相手であろうと堅実な戦い方ができる。
ススリリは回復役として、視界に入る全員をカバーするつもりでいる。
そしてイリックだ。今回は出し惜しみせず戦うことができる。
乱戦ゆえに注目されることはなく、アサシンステップであろうと、インビンシブルであろうと、オムニシエンスであろうと、躊躇せずに発動可能だ。
「国民よ! リザードマンのおおよその戦力が確定した!」
広場は後ろを二枚目の塁壁で、それ以外をそれほど高くない壁で囲まれている。
正門方向を向いていたイリック達の右側から、戦場に居てはいけない男が激しく空気を震わせる。その声量はすさまじく、遠く離れた場所に陣取る傭兵や軍人の耳にも当然のように届く。
「我らのおよそ二十倍だ!」
途端、傭兵達から歓喜の声があがる。
この国の傭兵は狂っている。本来ならば絶望しなければならない事実を突きつけられたはずだが、それよりも喜びが勝る。
思う存分戦える。
大量のモンスターを倒すことができる。
入り乱れての祭りのような大規模戦闘が味わえる。
彼らの脳裏にはこれしか存在しない。
「一人二十体倒せばいいんでしょう? 楽勝じゃない」
「無茶を言うでない。三分の一はススリリのような裏方じゃぞ。何より、わしのような一対一でもヒーヒー言う連中が半分は占めておるじゃろう。つまり、お主のような突出した輩が五十だの百だの倒してもまだ足りんわい」
シャルロットは湧き上がる周囲の傭兵達に怯むことなく言ってのける。二十体など魔法一発で片付いてしまうため、防衛戦がいかに簡単か勘違いしてしまう。
ゴルドの推測はそれでもかなり甘めであり、実際は後方からの支援に徹する裏方がそれ以上にいるため、前線で戦う血の気の多い実力者達はそれ以上を倒さなければならない。
もっとも、この裏方達の働きが防衛戦においては重要だ。
回復魔法。
強化魔法。
弱体魔法。
この三つは多数が入り乱れる集団戦において、衰えることなく効果を発揮する。強化魔法や弱体魔法は大勢が手当たり次第詠唱するため、通常の戦闘ではありえないほど重複してしまう。そういう意味では価値の低下に繋がるのかもしれないが、必要不可欠な行為に変わりはない。
防衛戦用に設けられたここは、迷路のように入り組んでいる。
道は狭く、右へ左へと分岐する。
一階を走り続けるだけでもそうなのだが、あちこちに上へ続く階段が複雑さを加速させる。それを上がりでもすれば、そこもまた第二の道としてモンスターを歓迎する。
直進するか、階段に足をかけるか。
右へ進むか、左に折れるか。
遠回りをするか、最短距離を目指すか。
迷い込んだ、もしくは誘い込んだモンスターとあちこちで戦うことになるが、点々と存在する広間以外はどこも狭く、防衛戦に参加した全員がそれらに襲いかかることは物理的に不可能だ。
そういった事情とは関係なしに、後方からの魔法に徹する者も多い。
普段はモンスターとの接近戦を好む人物も、この時だけは率先して回復魔法を唱える。なぜか?
死んだら終わりなのだから、無茶はしたくない。おそらくだがこの意見は少ない。
本命はこちらだ。集団戦における世話しない回復行為が楽しいから。
パーティ単位でモンスターと戦う場合、負傷者、すなわちキュアが必要な仲間は盾役もしくは前衛攻撃役くらいだ。負傷を確認し、さっと唱えればそれで済んでしまう。
しかし、防衛戦では敵も味方もありえないほど多く、負傷者は探せば探すだけ見つけられる。
一体のモンスターを大勢で囲んでいようと、誰かしらが傷を負う。
複数のモンスターに追いかけられる傭兵がいれば、負傷しているかもしれない。
倒し終えて、もしくは一旦避難し、休んでいる軍人がいればその人間は間違いなく手傷を負っている。
回復役は忙しい。普段もそうだが、防衛戦においては人手が全く足りないほどだ。ゆえに回復魔法の習得者は前線で戦うことよりも裏方に徹する。忙しさが楽しい上に、誰よりも貢献できるからだ。
「ススリリさん、きっと大変ですよ」
「ええ。気合入れてがんばるわ」
他人事のようなイリックの発言に、ススリリは右手の杖を握りなおす。
イリックも回復魔法を使える側の人間だが、いかんせんマジックポイントが心もとない。時間のかかる集団戦においては、実質前衛のような立ち振る舞いしかできない。
「ミヤ。少し外す」
「了解です」
ウェイクは人ごみの中に何かを見つけ、さっと一歩を踏み出す。
異国の地であろうと目立つ青い鎧を輝かせながら、ミヤは前髪で隠れた瞳を上官に向ける。
市場を開けそうなほどに広い空間を、その大男は傭兵達をかきわけながら進む。もっと最前線で戦いたい。そんな意気込みがそうさせる。
身長も横幅も大きく、灰色に縁取られた黒い鎧は重厚だ。茶色い髪は短く、顎ヒゲがこの男のガサツさと豪気さを彩っている。
左腰には金色に輝く片手剣をぶら下げており、左手では長方形の黒い盾が揺れている。
武神祭で優勝を逃そうと落ち込むことすらせず、変わらず任務をこなしながらこうして防衛戦にも参加するこの男は最強の傭兵だ。イリックが知る限り、最もウェイクを追い込んだ人間でもある。
「ヴォイス」
「お~、おまえさんも参加してくれるのか」
「当然だ」
ウェイクの声がヴォイスの足を一旦立ち止まらせる。
ウェイクは塁壁を背に広間の中間地点で待機する予定だ。最終防衛ラインであり、手厚く守らなければならない場所だ。何よりここの傭兵や軍人のように地形を把握しきれていない以上、この場から動くことは逆効果かもしれない。ゆえにここから離れるヴォイスに声をかけるならこのタイミングしか存在しない。
「王から聞いた。オハン、返却してくれたそうだな」
「誰も装備できなかった。当然だ」
「そういうことにしといてやろう」
ウェイクは嘘をついていないが、ヴォイスはガハハと大声で笑い出す。
武神祭を優勝した男と英雄。二人が肩を並べていれば周囲の人間達が注目しないはずもなく、羨望の眼差しを向けながら様子をうかがう。
「将軍にはならないのか?」
ウェイクは三将軍や王から色々と話を聞かされており、そういった実情も把握している。余計なお世話なのかもしれないが、そう問わずにはいられない。
ヴォイスはオハンではなく自前の盾を所持したままだ。ダーク製ゆえに非常に頑丈なことに違いはないが、すなわち傭兵のままだと装備が物語っている。
「敗北した俺に王は言ってくれたよ。意思は変わらない、と。ありがたいね~。だが、優勝を逃した以上、それ以外の方法でその地位に認められなければならない」
ヴォイスは勘違いしている。ネレネン王国の国民誰もが、ヴォイスのことを既に認めている。
傭兵仲間はその実力を。
軍人は防衛戦での活躍を。
国民は実績を。
王はその全てを理解した上で、四将軍の実現を待ちわびている。
だが、この男は将軍の重みを自分なりに解釈した上で、現状より上を目指す。ネレネン王国を守り続ける重圧と責務がどれほどのものか、十分理解しているからだ。
そのための一歩が広場より前へ向かうことだ。ここも激戦になるが、他の区画はそれ以上だ。そこを突破した集団が最終的にこの大広間に集結するのだから、一匹でも多く倒し後続の負担を減らしたいと考えている。もっとも、ただただ戦いたいというわがままが足を運ばせているのも事実だ。
「知っているか? ここは九つのブロックに見立てることが出来る。三かける三で九だ」
ヴォイスは眼前を黒板か何かに見立て、大きな正方形を指先で描く。
「左下から順に、一、二、三、四、五、六、七、八、九だ」
正方形を九つの正方形に分割し、左下を一、その右隣を二と定義し、九つ全てを数え上げる。
「二が正門、八をこの広間にしよう。最短距離では二から五を目指し、八でゴールだ。だが、実際は一や三にも攻め込まれるし、そこへ誘導してあいつらを個別に叩く」
「そうだろうな。そのための構造をしている」
モンスターが集団で押し寄せた場合を想定して、この市街地は作られている。道は狭く、一度に大勢が進むことは不可能だ。ゆえに前が詰まっていることを理解したそれらは、空いている他の道へ走り出す。右へ、左へ、階段を上がって、そしてその先でさらに分岐していく。
「三将軍は三人。それぞれ、四、五、六の区画に陣取り、八の広間を守る」
「理にかなっているようだが」
「ああ。だが、出来れば八にもう一人欲しい。ましては、今回のように王自らが出陣している場合はな」
オークやリザードマンの中には、人間を遥かに超越した化け物が存在する。隊長クラスと呼ばれる精鋭達だ。それらは軍人や傭兵がどれだけの数で立ち向かおうと、足止めすらも実現出来ずにただただ死傷者を増やすだけになる。
では、どうするか? 化け物には化け物をぶつけるしかなく、そのための三将軍や一部の傭兵だ。
三将軍は軍人であり、前もって自分達の使命をハッキリさせている。
両手剣のアインは大広間の正面の区画に陣取り、正門を突破し真っ先に突入してきた大軍を可能な限り殲滅する。
両手槍のキーラは隣の区画で待機し、正面から現われた集団を殲滅する。
弓のスビルスは反対側区画から広間を守りつつ、押し寄せるモンスターに矢を放つ。
最終防衛ラインに向かうためには、どこかしらで三将軍とぶつかることになる。理屈上はそこでモンスターの隊長クラスは倒されることになる。
実際はそうはならず、時には突破される。アイン達は押し寄せる有象無象の相手もしなければならないからだ。
三将軍の目を軽くかいくぐるスピードの持ち主もいれば、時には二人がかりで襲いかかり、その間に部下を広間に向かわせる知略の頭脳派も存在する。
もっとも、ネレネン王国が現存していることからも、モンスターは未だに二つ目の壁を突破できていない。
なぜなら、傭兵の中にも三将軍に匹敵する実力者が存在しており、その最たるがヴォイスだ。
市街地の地形は頭に入っているため、その場から動かない三将軍とは異なり、縦横無尽に駆け回り、劣勢な場所で暴れまわる。その姿はモンスターに恐れられており、仲間の目には英雄のように映る。
そういう意味ではヴォイスが将軍に任命され、その場から動かなくなった場合、国民にとって不利に働くかもしれない。
しかし、それすらも問題ない。ヴォイスがやらないのなら他の誰かがやるまでであり、新たな英雄が生まれるだけだ。
ネレネン王国はそういう国であり、だからこそ八百五十年も戦争に勝ち続けている。
だからと言ってこれから始まる戦いは油断できない。
攻め込んで来る勢力はリザードマンだ。戦力を溜めに溜めた結果、普段の何倍もの兵士を集めることに成功する。
ネレネン王国を滅ぼすため、アリカ大陸を牛耳るため、彼らはもうすぐ辿り着こうとしている。
「どこで戦うつもりだ?」
「この先だ。三将軍のアインが待機している。そこを機転に走り回るつもりだ。おまえ達がいてくれるんだ、後ろは任せたぞ」
ヴォイスは左手をヒラヒラと揺らしながら前進を再開する。
この国を守るため。
押し寄せるモンスターを一体でも多く倒すため。
パラディンとして仲間達を守るため。
将軍にふさわしい男を目指すため、この男はどこまでも前進する。
王のわがままから始まった武神祭の三度目は、波乱もあったが無事終了する。
突如として現れたマンイーターが人間同士を殺させるも、トリストン大陸の冒険者が解決する。
騒がしかったネレネン王国はついに日常を取り戻す。
これから始まる戦いはこの国にとって日常だ。リザードマンとの勃発的な戦争は八百五十年続いており、そこにオークが加わり激しさが増す。
百十年前からは途切れることなく人間対モンスターの戦争が続いており、これから始まる戦いはネレネン王国にとってもモンスターにとっても当たり前のものになっている。
太鼓のような、しかしそれよりも重々しく、巨大な音が鳴り響く。それらは激しく空気を震わせ、軍人と傭兵を鼓舞する。
湧き上がる歓声は始まりの合図であり、戦いのドラムが鳴り止むと同時に死の匂いを漂わせながら大量の侵入者が押し寄せる。
大規模防衛戦が始まる。
◆
地震の如く地を揺らし、どこまでも続くその集団はゆっくりと南下する。緑豊かなこの土地に流れる川は昨日通り過ぎたため、長い道のりはもうすぐ終わりを告げる。
茶色い鱗の持ち主は男達。集団の大多数を占めており、全員がこれから始まる狩りを待ちわびている。
茶色よりは幾分黄色い鱗の持ち主は女達。この団体に混じっている彼女達は、男勝りの実力者だ。
それらの体はいくらか大きいものの、人間とさして変わらない。両手がやや長く、顔が前へ突出しているため、遠目からでも見間違うことはない。何より突起物のような尻尾が生えている。その長さは垂らせば地面に届く程度には長く、そのシルエットは正真正銘モンスターのそれだ。
トカゲのようなその顔には大きな口が備わっており、大量の小さな牙が並んでいる。発達した口まわりはそれだけで人間を震え上がらせる。
リザードマン。アリカ大陸における最大戦力を要したモンスター。この地を征服するため、人間の駆逐ないし排除を目論んでいる。
このモンスターに滅ぼされた国や村は一つや二つでは済まない。アリカ大陸の北から東にかけてを完全に支配し終えており、今なお拡大する領土と戦力はオークほどではないにしろ、生き残っている人間にとっては脅威以外の何者でもない。
リザードマンは知性を持ったモンスターだ。社会を構成しており、独自の言語で意思疎通を可能としている。
それだけではない。異種であるオークと連携しており、結果百年もの間、ネレネン王国と激しい戦争を繰り広げている。
リザードマンの体は丈夫な鱗で覆われている。ゆえに貧弱な人間と違い鎧の類を必要とせず、右手か左手に武器を握るだけで一人前の戦士に早変わりだ。
それらが扱う武器は豊富に存在する。
人間から奪った片手剣や短剣。
オークから譲り受けた斧や槍。
自分達で作成した杖や弓。
リザードマンにとって、武器は人間を殺すためだけの物だ。
ただでさえ強靭な肉体を誇るモンスターが武器を使うのであれば、それは人間にとってのアドバンテージが失われるに等しく、人類の掃討はあっさりと成されてしまいそうだが、実際はそうならない。
この世界にはモンスターと渡り合える人間が存在する。彼らは様々な理由でそれらと戦うが、ネレネン王国の場合、全員が同じ方向を向いており、非常にわかり易い。
祖国を守る。
一方、モンスターがそこに攻め入る理由も明快だ。
この国を滅ぼす。
相反する両者は幾度となくぶつかりあってきた。その歴史は非常に長く、何より戦いはまだ終わっていない。
どこまでも平坦な緑色の大地を進む彼らの視界に巨大な壁が映りこむ。灰色のそれは非常に分厚く、ここ、ビリット平原と内側を区切るためだけに存在している。
何かを守るようにどこまでも続く壁の中では人間が生活を営んでおり、リザードマンにとってはただただ腹正しい障害だ。
唯一設けられた茶色い扉から中に侵入可能だが、自分達が訪れる時だけは必ずガッシリと閉まっている。
そんなことは百も承知しており、リザードマン達は興奮を抑えられずキキキと笑いながら歩みを進める。
招かれざる客人だと理解していようと彼らは足を止めない。岩壁の向こうでは大量の獲物が待っているのだから、どちらかと言えば走り出したいくらいだ。
どこまでも途切れない長蛇の列は、それ自体が太く、緑色の草原に茶色い帯を作り出している。
その先端はネレネン王国に向いており、じわりじわりと進むそれがついに辿り着く。
真っ先に到着した先頭の固体が音頭を取る中、腕力に覚えのある実力者達が、ある者は素手で、ある物は大きな斧で木製の扉に殴りかかる。
リズム良く与えられる衝撃が空気を震わせ、戦いの始まりを知らせるドラムのような音楽を奏でる。
リザードマンがネレネン王国を滅ぼすため。
人間が生き延びるため。
どちらかが滅びるまで終わらない戦いが今日も始まる。
行く手を遮る巨大な扉が破壊されると同時に、待ちわびたリザードマン達が一斉になだれ込む。
叫び声は軍人を竦ませ、足音は市街地を震わせる。
しかし、リザードマンもまた怯まされる。この時を首を長くして待っていた傭兵達が歓喜の雄たけびをあげたからだ。
さぁ、祭りの時間だ。
戦争であろうと、この国を守るためであろうと、傭兵達ははしゃいでしまう。不謹慎だとわかっていようと止められない。血が沸騰してしまう。脳が様々な物質を分泌してしまう。
闘争本能がそうさせるのか、異常な空気に飲み込まれているからか、目の前の死に混乱しているのか、それは誰にもわからない。
彼らにとってそんなことはどうでもよく、やっと現れた客人を手厚く歓迎するだけだ。
最初に足を踏み込んだリザードマン達の行動はシンプルだ。ただただ真っ直ぐ進み、行き手を遮る扉を順に破壊しながら直進する。
問題は後続だ。この戦場は先頭集団の一握りだけしか直進を許容しない作りになっている。具体的には、幾重にも存在する壁やそこに備え付けられている扉がそれらの足を何度も止めさせるため、すぐに渋滞を起こしてしまう。
ゆえに、続くリザードマン達は選択を迫られる。
右へ進むか、左へ進むか、前方の階段を上がるか。先ずこの三択だ。
迷っている暇はない。まだまだ入りきれていない同胞達が後ろに控えている。走りながら決めなければならず、いっそ左右を走る仲間達の流れに身を委ねてしまっても良い。
湯船を溢れさせんとするように、蛇口からは終わることなく茶色や黄色のモンスター達が獲物を求めて殺到する。
正門を突破した先のやや広まった空間には人間が見当たらない。しかし、隣の区画へ一歩踏み出せば、そこはいよいよ戦場だ。
真っ先に魔法が飛び交う。傭兵達がそれぞれの思惑の元、攻撃魔法と弱体魔法を乱れ撃つ。
次いで、矢が雨のように放たれ、リザードマン達は視界に捉えた人間もしくは自分達に攻撃をしかけた対象を追いかけ始める。
人間とモンスターの戦いはこうして幕を開ける。
「始まったな」
周囲を囲う壁のせいで戦況は全く観察できないが、ウェイクは空気の振動から戦いの始まりを感じ取る。
周囲の傭兵達もそれは同様であり、ある者はそこから動かず、ある者は嬉々として他の区画へ向かいだす。
「スタフ山のゴブリン掃討作戦を思い出しますね」
灰色の前髪で両目すらも隠れているミヤが、背筋を正したまま上官の発言に反応する。
デフィアーク共和国に隣接するグフータ野。そこは荒れ果てた大地がどこまでも続く枯れた土地だ。北には小さな山がひっそりと存在しており、やはりそこも禿げ上がっている。蜂やゴブリンの巣窟になっており、冒険者すらあまり寄り付かない。
「規模はかなり違うがな。さて、ぬかるなよ」
「はい」
ウェイクもミヤも一流の軍人だ。周囲の傭兵と同等かそれ以上にモンスターとの戦いには慣れている。この状況に飲み込まれることもなければ重圧に押しつぶされることもない。今はただ、前方から届き出した戦闘音に身を委ねるだけだ。
「作戦はー?」
「人の減り具合次第だな~」
ネッテは兄の顔を見上げる。もうそろそろモンスターがこの大広間にも現われる。そのことを肌で感じ取ったからこそ、方針を聞かねばならない。
イリックの言う通り、周囲から徐々に傭兵がいなくなっている。逃げたのではなく、戦場へ移動を開始したからだ。
配置場所が決まっている軍人達は所定の場所から動かないが、傭兵は束縛されない生き物であり、両者の違いが実は良い具合に噛み合っている。
その場を死守する軍人がモンスターの足を止め、駆け回る傭兵がその隙をつく。
二種類の人間がそれぞれの戦い方を披露するのだから、攻め込む側としてはやりづらいに決まっている。
「百だろうが二百だろうが、私に任せれば楽勝なのに」
「そうなんだろうけど……。ぶっぱなすなよ? ごめんなさい、巻き込みますわ、じゃ済まないんだから」
シャルロットはどこであろうとシャルロットだ。偉そうな態度は絶対的な自信の裏づけでもあり、見栄でも驕りでもない。
膨大な魔力から放たれる上位魔法はまごうことなくリザードマンの大軍をなぎ払える。しかし、ここは軍人と傭兵が入り乱れる戦場だ。モンスターを倒すと同時に人間すらも殺してしまう。
それは避けなければならない。勝利を掴むにしてもそれ相応のやり方があるのであって、被害を省みない戦い方は決してスマートではない。
そんなことは百も承知なのだろうと想像しながら、イリックは念のため確認してしまう。いつかフレイムで燃やされかけた記憶がそうさせる。
「しかし、相手の戦力次第では使わざるをえんじゃろうな」
「シャルなら大丈夫よ。頭の良い子ですもの」
ゴルドとススリリは保護者のように口を揃える。シャルロットの魔法に絶大な信頼を寄せているからだ。
シャルロットは風の図書館の館長だが、その戦力はそれだけに留めるにはあまりにもったいなく、時折軍の遠征に参加し、モンスターの掃討を手伝うことがある。
魔法一発でモンスターを数十蹴散らす上に、それを矢継ぎ早に連発できてしまうのだから、もはや一人で軍隊に匹敵する。
「すごい数が来てる」
「魔眼にはもう見えてるのね」
アジールの瞳が青く輝く。それでもなお、瞳孔には赤い線で描かれた円がその色を保っており、青と赤のコントラストが非常に映える。
この魔眼は遮蔽物があろうと、強化魔法もしくは弱体魔法がかかっている人間ないしモンスターを捉えることが出来る。
イリック達や軍人、傭兵が陣取る広場はいくらか高い石壁に囲まれている。正面のそれには両開きの茶色い扉が備わっており、正門とこの広場の中間に存在する区画では大勢の生き死にが既に繰り広げられている。
そこは戦場として容易された市街地の中心であり、まさに激戦地区だ。そこを死守するために配置された軍人達は、押し寄せる茶色い大群にまっこうからぶつかり、駆ける傭兵はリザードマンの左右から挟撃を開始する。
ここは序盤において、間違いなく最も血が流れる場所だ。正門から真っ直ぐ進むとたどり着ける場所であり、モンスターにとっての目的地である人間が住まう市街地への最短ルート上にあるのだから、ここを避けて進む理由がない。
石畳の床を激しく揺らしながら、硬い鱗を誇るそれらは嬉々として前進する。ネレネン王国の正門に到着した途端、それまでの速度と比べると急激に進行速度は遅くなってしまう。結果、獲物を前にして長々とじらされるのだから、リザードマン達は非常にたぎっている。
早く人間を殺したい。そんな欲求に突き動かされた手足が体を動かし、大きな口は怒号を鳴らしながら入り組んだ町を走り回る。
三将軍の一人、リーダー格のアインは赤紫色の鞘に収まった大きな剣を背負ったまま、じっと前だけを見据えて佇む。至宝神器はまだ抜かれておらず、アインがそうであるように今はじっとその時を待っている。
視線の先では通路を抜けたリザードマンが次から次へと中央広場になだれ込んでおり、待機していた軍人達や駆けつけた傭兵達が入り乱れながら武器とぶつけ合う。
後方の大広場ほどではないが、ここもそれ相応に見通しの良い区画だ。周囲を壁に囲まれており、現状は正面からしかモンスターが進出して来ない。残念ながらそれは最初だけで、時間経過と共に左右からもリザードマン達が参戦しに現われる。
客人を招き入れるにしては少々手荒な、様々な遠距離攻撃が二足歩行のトカゲ達に放たれる。
顔よりも一回りは大きい炎の玉。
数え切れないほどの矢。
硬そうな氷の塊。
メイジやハンターが、自分達にとって有利な距離から一方的に攻撃を行う。正面を走る勇敢なモンスターを倒すことは出来ても、その後ろに続く軍勢には関係なく、同胞の屍を越えてそれらは前進を続ける。
狭い道を越えてひらけている場所に飛び出せば、当然リザードマン達は各々の意思で進みたい方向に駆ける。
それは傭兵にとっても都合が良く、後衛補助役のドミネーターは一体に狙いを定めて弱体魔法で刺激し、追いかけてくるそれを仲間の元まで誘導する。
後衛攻撃役のメイジはマジックポイントの消耗を気にも留めず、打ち込めるだけの攻撃魔法を上の階層から無差別に放つ。
視界に映る数十のそれを一手に引きつけると言わんばかりに、盾役のパラディンとダークナイトはウォーシャウトを大群に使う。
「おらぁ! しゃあ!」
轟音の中で叫び声がリザードマンを一体切り伏せる。雨のような遠距離攻撃を突破しようと、その先には武器を握る人間が手ぐすね引いて待っており、血の気の多い若い傭兵は獲物の討伐と共に吠える。
灰色の両手斧は多くのモンスターを葬ってきたが、それでも周囲の同僚を比べれば新参者の域を出ない。傭兵歴が一年にも満たないこの男は、浅いなりにも多くの戦いを積んでおり、今回の防衛戦では勇んで激戦区に足を運んでいる。
青い髪と若い顔立ちからは過剰なまでの戦意が溢れ出ており、早速次の獲物に狙いをつける。
早速一体倒せたのだからその実力は決して低くないと証明されたが、次の瞬間、灰色の重鎧を砕かれながら後方にあっさりと吹き飛ばされる。
尖兵が倒されたからと言ってそれらは足を止めない。手ごわい人間がいるのなら、さらに強い固体が相手をすればいいのであって、その男は自分よりも強いリザードマンに目をつけられてしまう。
姿形は周囲のそれらと大差ないが、大きさが頭一つ分抜けて大きいこのリザードマンは、白い棍棒を握りながら視界を埋め尽くす獲物の多さに小さく笑う。どれから倒せばいいのか迷いながらも、周囲の流れを阻害しないようにゆっくりと前進する。
一人で敵わないなら二人で挑めばいいだけであり、それだけの人数が揃っている以上、軍人は訓練通りに戦ってみせる。
軍人のほとんどはミスリル製の鎧をまとっている。薄い水色の鎧は間接部分がチェーンで繋がっており、体の前面には灰色の装甲が追加されていることから非常に丈夫だ。
傭兵が切り開いた道を進むかの如く、リザードマンの列に切れ込みを作りながら、突出した実力を持ち合わせているそれに二人の軍人は槍と剣を突き刺す。
だが、倒せない。
その固体は怯むことを知らないように人間を見下ろし、先ほど同様軍人達をいっきに蹴散らす。
「大丈夫でござるか?」
「無茶しちゃって」
髪の毛が一本も見当たらない男と、長い黒髪の女がそれぞれ軍人を受け止める。人間を優に数十メートルも吹き飛ばすのほどの威力だ。普通なら死んでもおかしくはない。しかし、この軍人達は苦しむ程度で済んでおり、軍人や傭兵が手厚い回復魔法をかけることですぐに前線へ復帰出来てしまう。
「あれは俺が相手をするでござる。周りの雑魚は任せた」
「どっちが楽な仕事かね~」
青い装甲はあまり防御面積が広くないが、この男には十分過ぎる防具だ。剃り上げた頭部を輝かせつつ、鞘から自慢の刀をさっと抜く。
隣の女はだぼっとした服を揺らしながら、迫り来るモンスターよりも速い足取りで前進し、眼前のそれらを一体ずつ丁寧に短剣と片手剣で切り刻んでいく。もちろん全てを倒しきれるわけもなく、その一部は背後の相棒に向かってしまう。
だからと言ってその男は怯まない。腕慣らしの如く、押し寄せるリザードマン達を細い刀身で二つに両断していく。
「さすがに多すぎるわ」
「やれる範囲で構わないでござるよ」
そう。この二人が全てのモンスターを倒す必要などない。ここには大勢の仲間達がいるのだから、それぞれが自分達のやれることをやればいい。
すなわち、一人一人が全力を出し切ることが重要だ。仮に他者と足並みが揃っていなかろうと構わない。
軍人は日々の訓練によって他者との共闘を当然のようにやってのけるが、傭兵には困難だ。仲間であろうと常に一緒の任務に挑むとは限らない。ただの同僚ならそれはなおさらだ。
それでも構わない。なぜなら彼らは理解している。自分達がスタンドプレイの如く好き勝手に動こうが、それでもなお、自然と連携に繋がることを。
盾役はモンスターの注意を引きつけることに集中する。これが盾役の全力だ。
攻撃役は隙を見てそんなモンスターに攻撃を浴びせる。これが仕事だ。
補助役は強化魔法で周囲の人間を支援し、モンスターに弱体魔法を浴びせる。これが専売特許だ。
回復役は負傷者を癒し続ける。愚直なその行為は単調かもしれないが、重要だと誰よりも理解している。
それぞれが自分のやれることをやれば良い。それはやらなければならないことでもある。結果、自然と一体感が生まれていく。
傭兵は本能でこのことを理解しており、わざわざ意思疎通を行わずとも、モンスターを驚かせるほどの連携を披露することになる。
リザードマンやオークには決して出来ないことだ。
傭兵は高い知能を持っているにも関わらず、その他のことは他者に任せ、戦うことだけに頭脳を振り絞る。そんな彼らだからこそ可能な芸当でもあり、ネレネン王国が今もこうして現存できている最たる理由はこれなのかもしれない。
刀を構える男の前に道が作られる。次から次に押し寄せるリザードマン達が、いくつものウォーシャウトによって動きを制限されたからだ。
左右から放たれたそれらは、その男と白い棍棒を握る大きなリザードマンとの間から障害物を取り除く。
状況がお膳立てされたのだから両者が歩みを進めない理由もなく、鳴り止まない雑音を浴びながら、両者は愚直なまでに相手だけを視界に捉える。
「はいぃ!」
白い棍棒が振り下ろされるよりも先に、細い刀が相手の肉を両断する。血しぶきが勝敗の行く末を明示しているが、それでも茶色い巨体は攻撃を再開する。
「させないよ」
男の後を追い、女は長い黒髪をたなびかせながら両手の武器を振りぬく。棍棒を握った腕は切り落とされ、ここに勝者と敗者が決定する。何人もの人間を圧倒した大物は、二人の実力者によって無事撃退される。
この事実は周囲の人間を鼓舞し、リザードマン達を怯ませる。それでも後ろがつかえているということもあり、茶色い軍勢は決して歩みを止めない。
だが、この二人は流れをせき止めるように迫り来る侵入者を切り伏せていく。やれることはこれだけであり、それをわきまえた上でこうして防衛戦に貢献している。
やれることがあるということは、非情な話だがやれないこともあるということであり、武神祭を勝ち進んだこの男をもってしても、身を潜めるそれには太刀打ちできない。
気づいた時には遅く、スキンヘッドの男は左足を掴まれ、抗う前に何度も何度も硬い地面に叩きつけられる。石畳の床はその度にひび割れていき、男は苦悶の表情を浮かべるより先に壊れてしまう。
相棒を救うために女は飛び掛る。
まるでトカゲのように地面を這うそれは、握っている人間を放り投げて女を叩き落す。
リザードマンは二本の足で歩くモンスターだ。しかし、大軍の中から音もなく忍び寄っていたそれは四足での移動を得意とする変り種だ。
ケケケと笑う出っ張った顔は次の獲物を求めて周囲をうかがう。
この固体は見た目だけなら周囲のそれらと変わりない。茶色い鱗に覆われていることとトカゲのような顔立ちはまさにリザードマンのそれだ。
モンスターの顔立ちなど人間には判別できないだけであり、当の本人達には遠目からでも互いのことは識別可能だ。
地を這うこのリザードマンは、強いてあげるなら尻尾がいくばくか短く首はやや長い。
もっとも、そんな見た目の違いは意味を成さない。この固体が周囲の人間に与える影響はすさまじく、彼らはその重苦しい輪郭のない殺気に飲み込まれる。
明らかに他とは一線を画す存在だ。居合わせた軍人と傭兵は満場一致でその危険性を感じ取る。
最前線で戦う勇敢な彼らでさえ、半分はこのモンスターに対して足が竦む。当然だ。自分が狙われでもしたら、その瞬間に命を奪われるのだから。
瞬く間に二人の実力者を倒したその実績もあるが、それ以上に放たれる重圧が格の違いを雄弁に物語っており、戦意を失ってしまう人間がいたとしても、誰も彼らを責めることはできない。
隊長クラスに分類されるモンスターは、人間が出会ってはいけない最たる存在の一つだ。倒すことも逃げることもできない。ゆえに、遭遇は絶対的な死を意味する。
ここはネレネン王国。勇敢な男達が戦い、気高き女達が守る難攻不落の国。どんな相手が攻め込んで来ようと彼らは屈しない。
自分達が立っている場所がどこかわかっているからこそ、軍人達は歯を食いしばって前だけを見据える。
傭兵は相手が強ければ強いほど燃え上がり、自分達の力をさらに高めていく。
防衛戦用に用意された市街地の中心でもあるここは、後方の大広場同様さして入り組んではいない。ただただシンプルな空間が広がっており、ゆえに下手な小細工はどちらにも通用しない。
茶色い雄と少し黄色がかっている雌が次々とこの場所に押し寄せており、その数は既に二百を越えている。正門側は既にギュウギュウだが、ここを死守するために配置された軍人達が必死の形相でモンスターの侵攻を阻止しており、縦横無尽に駆ける傭兵が加勢することで戦況は人間側に傾きかけている。
数はリザードマンの方が遥かに上だ。しかし、人間達を崩しきれない。なぜなら個々を比較すればその力量差は後者が勝るからだ。
ゆえにこの状況を打破するための存在が必要だ。それが隊長クラスと呼ばれる化け物であり、この広場にもついにその一体が現れてしまう。
四足のそれは視線を固定させて舌なめずりする。自分だけをまっすぐ見つめる人間と目が合ったからだ。
この広場に配置されたその男はこの瞬間のために待機していた。やるべきことを理解した上で、空気を揺らすほどの重圧を周囲にもらしながら前進を開始する。
背負っている赤紫色の鞘からすっと国宝を引き抜く。至宝神器としてこの国に伝わる伝説の武器であり、使用者を選ぶがゆえに誰にでも扱えるわけではないこれは真っ赤な剣身を顕わにする。幅広な刃はドシリと重たいが、この程度で音を上げる人間が持ち主に選ばれるはずもなく、何よりこの両手剣は所有者の身体能力を向上させる神秘の武器だ。
カラドボルグ。数え切れないモンスターを粉砕してきたこの両手剣は、三将軍のリーダー格であるアインにこそ相応しい。
赤い鎧と赤い両手剣。そんな人間が前進を開始すれば目立たないわけもなく、目の前の人間を無視して大勢のリザードマンがうれしそうにアインを目指す。
この結果を予想出来たからか、素通りされた傭兵や軍人達はすぐさま次のリザードマンに攻撃を開始する。後ろを気にする必要はない。なぜなら、将軍が一振りで十を越える屍を築き上げる。
邪魔をするな。四速歩行のリザードマンが怒気を放ちながら急激に加速する。その移動速度は凄まじく、アインよりも先に仕留めようとした血気盛んな傭兵達は、誰一人相手にされずに置いていかれる。
太く、重い真っ赤な剣身が振り下ろされるも、トカゲのようなそれは寸でのタイミングで左に跳ねてやり過ごす。
周囲五メートルに敷かれた地面を構成する石達は、叩かれた水面のように激しく隆起する。
将軍と隊長クラス。防衛戦を左右する戦いがついに始まる。
普段なら人間側が負けはしない。一度でも負ければ、それは人間の敗北に繋がりかねない。しかし、ネレネン王国は現存している。つまりはそういうことだ。
だが、今回は一筋縄ではいかないと、地面を這うリザードマンの素早い攻撃をいなしながら気づかされる。
一対一なら負けない。将軍はそれほどの実力者だ。
では、一対二ならどうか?
一対三では?
そう問いかけるように、部下達を誘導する少しやせ細ったリザードマンと、今にも弾けそうな筋肉を全身にまとうリザードマンがこの広場に出現する。
痩せたそれは老人であり、左手には自身の背丈に匹敵する長い杖を握っている。隊長の地位に相応しい指揮能力を持ち合わせており、大量の部下達は傭兵の挑発行為に惑わされず、意思統一を実現している。
筋肉をまとうそれは己を苛め抜いた結果であり、比較的スリムな体つきを誇るリザードマン達に混ざると、この体はどこまでも目立つ。腕と足も膨れており、この四肢から繰り出される攻撃は武器を使用するよりも遥かに上回る破壊力を実現する。
青い杖を握るそれはこの区画を封鎖させるため、なだれ込む部下達を的確に四方へ散らしていく。
作戦はこうだ。
防衛戦が繰り広げられる戦場は九つに細分化できる。正門から突入する自分達はそこを基点に先ずは左右を占領する。その二箇所を奪うには人間達を倒さねばならないが、この軍勢ならどうということもない。
一、二、三番の占有はあっさりと陥落できる。普段からもそれは問題なく達成できることからも、人間達は前面部分の死守は考えていないと見抜けている。
問題はその先だ。
残り六ヶ所。ここからが本番だ。なぜなら、その区画および左右には一際手ごわい将軍が一人ずつ配置されており、さらに奥へ進むためにはその人間を倒すか足止めする必要がある。
四、五、六番のどこかを切り崩す、もしくは数で圧倒し人間達の移動を制限する。年老いた、しかし力強さは決して失われていないその固体は部下達を指示してそれを目指す。
五番、すなわち中央区画でそれを達成することが最も効果的だと理解した上で、今回の作戦はあっさりと決定する。
隊長クラスを三人投入し、将軍を封殺する。並行して人間達を取り囲み、隣接するエリアへの移動を制限しつつ自分達だけはそれを実行する。
この作戦は現在進行形で成功している。少なくとも、戦場のど真ん中を独立させることは成就した。
(まずいな)
アインは足元をありえない速度で這い回る強敵に翻弄されながら、新たに出現した異質な二体にも注意を配る。
押し寄せる大群は今なお数を増しており、五十を越える部下や傭兵をもってしても、半分程度しか討伐しきれず、残りはここの外周部分を取り囲んでおり、最終防衛ラインでもある後方の広間にも徐々に侵攻している。
それでも今は目の前の敵に集中するしかなく、今が命を燃やす時だと覚悟を決める。
ネレネン王国のためなら死を受け入れる男。それが三将軍が一人、アインの底力の正体だ。
一方、隣接する北と南のブロックも危機的な状況に陥っている。
北側、すなわち、正門から侵入したモンスターが右に曲がった場合、通ることになる区画だ。
そこには三将軍の最年少、スビルスが死守する場所であり、童顔ながらも既に結婚しているこの男を守るために結成された女性中心の傭兵達もまた、詰め掛けている。
三将軍。その実力は誰もが知っている。だからというわけではないが、それぞれに一定数のファンが存在しており、もちろん傭兵の中にもそんな連中はごろごろといる。
とりわけスビルスとキーラの人気は高く、裏を返せばアインが不人気なだけかもしれない。
スビルスは二十二歳の若さ以上に幼く見えてしまう。子供特有のあどけなさを残しつつもこの国最強の実力を備えているのだから、そのギャップが大勢の女性を魅了する。
至宝神器、アルテミスの弓は金属でもなければ木材でもない黒い素材で作られており、要所要所に存在する金色の装飾がこの武器の異質さを強調する。
中距離から遠距離での戦いを得意とするスビルスは、相手に接近されようと問題なく戦えるが、この男を守りたいという女達がそれを許さない。
だが、今回ばかりはどうしようもない。眼前に迫るリザードマンの大軍が、普段の何倍もの物量で迫って来るからだ。
戦力比は一対五。一人で五体を倒さなければ捌けない。
彼女達の実力は本物だ。それでも、一度に一体か二体が限界であり、何より茶色い軍勢は毎秒増え続けている。
「ウォーシャウトォ!」
女の声は戦いの狼煙だ。白い鎧を着飾った女が盾を前に突き出しながら走り出す。放たれた重圧がモンスターの動きを制約することで、周囲の女達もそれぞれのやり方で続く。
彼女を狙うしかないリザードマン達は、それならそうすると言わんばかりにその一人へ押し寄せる。
矢と魔法、そして前衛に当てはまる女達が一斉に眼前の敵を目指すことで、この場所も戦場へいっきにその姿を変える。
一対一では負けない。彼女達の実力を表現するならこの一言で言い表せる。では、今回はどうなってしまうのかと問われれば、圧倒的な数の差に抗うことなく蹂躙されてしまうだろう。
だが、そうならない。押されることは間違いないが、それでも決して敗北には結びつかない。少なくとも、その場でいくらかの時間は耐え凌ぐことが出来てしまう。
なぜか? 傭兵とモンスターの差がそうさせる。
多少の連携は可能だが、その根底には個人プレイしか存在しないリザードマン。
全身全霊の単独行動にも関わらず、結果的に連携が成立する傭兵。
他者への理解度がそれを可能とする。
人間は、正確には戦うことしか追求しない者達は、寝ても冷めてもそのことだけを考えている。そのためには戦う相手の研究も去ることながら、自分達のことも理解しておく必要がある。
例えばパラディン。
例えばモンク。
例えばメイジ。
それらが何を得意とするか。
それらが何を不得意とするか。
何ができるのか。
何ができないのか。
共に戦う機会もあるだろうという想定のもと、知っておかなければならない。
知識だけでは不足している。ゆえに行動を共にすることも必要だ。
日々の傭兵稼業でもいい。
このような大規模戦闘でも問題ない。
他人を認識し、その上で全力を出しつつも、周囲に目を配らせることが必要だ。
そうすることで知識と経験が結びつき、やがて無意識に他人の行動を考慮しての立ち振る舞いが可能となる。
その場に居合わせる全員がこれを実現した場合、それはモンスターを圧倒する足並みの揃った戦い方へ変貌し、多少の戦力差なら覆してしまう。
少なくとも、この区画での戦闘は将軍の手を煩わせずとも互角以上に戦えている。
だが、それも長くは続かない。見事な助け合いも、大軍に怯まない精神力すらも、人間を超越した実力の前には意味を成さないからだ。
「みんな下がって!」
前方で戦う五十を越える彼女達へ、後方に待機している少年のような男が的確なタイミングで指示を出す。
後少し遅れていたら、半分はその場で命を落としていただろう。
足元に転がる大量のリザードマン達の死体を踏みつけながら、三十体ものトラが一斉に現われる。全身は黒く、全長は転がるそれらよりも幾分大きい。筋肉をまとった体を支える四肢は太く、鋭い爪は獲物を仕留めるには十分だ。
ママカタイガー。ママカ荒野に生息するトラのモンスターだ。凶暴かつ数が多いことから、傭兵に発行される任務の一つとしてこれの討伐は非常に有名だ。
後方に戻った女達は一瞬驚くものの、この程度の増援なら問題ないとすぐに安堵する。だが、そうでないことを将軍だけが見抜いており、茶色いリザードマン達の足元に集結し出したママカタイガー達は何十秒経過しようと終わることなく増え続ける。
「そ、そんな……」
「いくらなんでも増えすぎ!」
この事実には誰もが目を疑う。
その数は既に百を越えており、上の階層から見下ろしている中衛や後衛達にはもはや一階の地面が見えないほどだ。
あまり広くはないこの区画のおよそ八割が茶色と黒色で染め上げられる。
残りの二割の内、半分が色とりどりの傭兵と軍人であり、戦力差はおよそ覆せない段階にまで開いてしまう。
何より数だけが問題ではない。スビルス以外にも既に何人かは気づいており、その場で足を止めた黒いトラ達の後方から、黒い片手斧を左手に握ったやや黄色がかったリザードマンが現われる。
雰囲気は他と異なり、人間からもその妖艶さが垣間見える。鱗の色から雌だと判別できるが、今はそれよりもその存在感が人間達の視線を独占する。
近寄ってはいけない。そう判別させるには十分過ぎる威圧感が、独特な色気を吹き飛ばしながら人間達を覆う。
だからと言って軍人は逃げない。
理由は二つ。
ここを死守することが自分達に与えられた任務だから。
三将軍の一人、弓使いのスビルスがいてくれるから。
ゆえに彼らは退かない。指令がない限りはここで戦う。
もちろん傭兵もその場から後退しない。
理由は二つ。
彼女達には女としてのプライドがある。同じ女として、黒い斧を握るリザードマンには負けたくない。
何より、スビルスという守るべき対象が前だけを向いている。それなら自分達もそうするまでだ。
この状況でも下がらない人間に、そのリザードマンはどこかつまらなそうに目を細める。手間が省けるかと想定していたが、そうならなかったことが不服だからだ。
それなら実力行使しかなく、ネレネン王国を目指す道中、支配下に置いた二百体のママカタイガーをけしかける。
このリザードマンはそういうことが出来てしまう特別な能力の持ち主であり、前に向けられた黒い斧を合図に、最前列から順に黒い影が風を切りながら駆け出す。
「ここからは僕もやるよー」
将軍はこのために待機していた。必ず現われる隊長クラスの存在にいち早く気づき、被害を最小限に抑えるために。
そして、その迎撃を行うため、溜め込んだ体力を動力にここからいっきに活動を開始する。
石畳の固い地面を四本足で駆けるそれらに向けて、黒く太い弓から一本の矢が放たれる。それは最も足の速い固体の頭に突き刺さり、その事実が周囲に知れ渡るよりも先に二本目が次の固体を貫く。
神速の動作は至宝神器によってもたらされたわけではなく、スビルスという若くしてこの地位に登りつめた男の実力だ。
丸いヘルメットも、体を覆う鎧も真っ赤に染まっており、金色の装飾は遠目からでもこの男が誰かを認識させる。
三将軍が一人、アルテミスの弓に認められたスビルスがこの区画を守るために立ちはだかる。
矢の消耗は気にする必要などない。部下がいくらでも補充してくれるからだ。背中の黒い矢筒には二十を越える矢が納まっているが、それらはものの数秒で使い果たされる。もちろん乱雑に放っているわけではなく、それらは全てママカタイガーを殺してみせる。
この人間を前にこの程度の数ではどうすることもできない。そんなことは理解しており、そのリザードマンは配下のママカタイガーを追い越すほどの速度で前へ突出する。
これを相手に接近戦はまずいとスビルスもわかっており、腰を落とし、両足を大きく開いた体勢で全力の一射を放つ。
それは衝撃波を放ちながら混戦中の軍人や傭兵をすり抜け、当然のように黒い片手斧のリザードマンに辿り着くも、足を止めることなくさっと左側へ体をねじられ、かすめながらもその矢はやり過ごされてしまう。
この至宝神器から放たれた矢は必ず獲物に命中する。ゆえに至宝神器であり、意思を持つように、音よりも速い矢はそのリザードマン目掛けユーターンする。
ドスン。そんな衝撃を疑問に思い、それはゆっくりと眼下を見下ろす。回避したはずの矢が背後から突き刺さっており、やや膨らんだ胸元から矢尻が顔を覗かせている。
それでもなお、この雌は怯まない。右手でそれを掴み、当然のように引き抜いてみせる。大量の出血を気に留めず、矢を折りその場に廃棄して戦闘続行を口元で表現する。
「ふ~ん。自慢の音速越えだったのにな~。手ごわいな~。アインさんに頼りたくなっちゃう」
童顔なその顔は残念そうにつぶやく。迫り来る危機に恐れることなどなく、弓では倒しきれない相手と戦わなければならないことを憂うことしかしない。
負けはしない。絶対的な自信の表れだ。
まだまだ開いていた両者の距離は、ぼやく間に縮められてしまう。頭上から振り下ろされる肩刃の黒い斧を、スビルスは動じることなく見つめ返す。
(どうせこれ一体じゃないんだろうな~)
スビルスの予想な的中する。回避のために後方へ飛び跳ね、空中で四本の矢を続けて放つ。
その瞬間、正面の区画から突出した殺気が二つも移動してくることに気づかされる。
(隊長が三体か~。これは骨が折れるぞ~)
スビルスは嘆く。楽に勝たせてもらえない。その事実を認識し終えてしまったからだ。
中央の区画で戦うアイン達以上の激戦が、隣接するここで始まろうとしている。
◆
南側。すなわち正門から左に曲がり、その先を占有し終えた部隊がなだれ込む場所がここだ。
中央および北側と異なり、南方面はとりわけ入り組んだ作りをしている。ゆえに、広まった空間は一切存在しない。
通路を右へ進もうと、左へ折れようと、最終的には同じ場所に到着するが、そんな道が目の前にも頭上にも存在しているのだから、大勢で進軍するリザードマン達は時折どこへ進めばいいのか迷ってしまう。
それでも自分達の背後には大量の同胞が追従しており、思いつきであろうとひたすら前へ進むしかない。
その先では傭兵や軍人が待機しており、網にかかった獲物を捕らえるように一体ずつ侵入者を討伐する。
今までの防衛戦ではそれで良かったが、今回の戦力はそんな戦術をあっさりと打ち砕く。先頭を走る勇敢な仲間がやられようと、続く自分達が人間を蹂躙すればいいからだ。
数と勢いがそれを可能にしており、決して広くない道で出会い頭の遭遇戦が次から次に開始される。
普段とは比べ物にならない早さで軍人達は後退を余儀なくされる。そうでもしなければ、押し寄せるリザードマン達に全滅させられるからだ。
狭いがゆえに、その勢いを止められない。
屈しない精神や頑丈な肉体をもってしても、道を満たしながら駆ける大群には手も足も出ない。
こういう時に頼りになるのは傭兵達だ。防衛戦用に設けられた専用の市街地であろうと故郷には変わらず、迷路のような構造もきちんと頭に入っている。それは軍人達も同様だが、活用できるか否かは別問題だ。
周囲が見渡せる上の階層から、ハンターは手当たり次第に矢を放つ。その数を減らしたいという算段もあるが、それ以上に集団を少しでも散らしたい。
自分が狙われることで、そして逃げ続けることで、相手の戦力を拡散させる。それが集団戦のおいていかに効果的か、彼らはシミュレーションでも経験からも知っている。
だが、それも今回は通用しない。なぜなら、二階にも逃げ場などないからだ。
下の階層同様、上にも大量のリザードマン達がなだれ込む。それだけの数を要しており、裏を返せば一階を走りきれない集団が二階にあぶれてきただけとも言える。
前へ進むことができない。そうなれば後ろに下がるしかなく、交戦しながらも傭兵達は足を後ろに運び続ける。
リザードマンの強さは千差万別だ。
ネレネン王国の近隣に生息する比較的危険度の低いモンスターよりやや強い程度から、三将軍しか戦えない化け物まで幅広い。
先頭をひた走るそれらは、どちらかと言えば弱い固体達だ。やっと戦線に送られた若い連中は手柄が欲しいと我先に走る。
その程度の相手に負ける傭兵はいないが、今回は数の差に圧倒されてしまう。
南側はその構造上、どうしても大軍を送り込めない。不可能ではないが、正門側のエリアで渋滞してしまう。
ゆえにリザードマンにしてみれば、最大戦力を中央区画に送り込むべきだが、今回はあえてある程度均等に分ける。
それでも十分との見込みもあるが、北、中央、南に一人ずつ配置される三将軍の存在が厄介だからだ。
壁のように立ちはだかる三人を倒すもしくは後退させなければならない。そのためには唯一対抗できる隊長クラスを仕向けるしかなく、それらを配下共々均等に割り当てる。
もし戦場が十分広いのなら、一人に全員をぶつけてしまえばいいが、防衛戦が繰り広げられるここがそれを不可能にしている。
三人のどれか一人だけでも突破したい。そんな思惑から、リザードマンは南側の渋滞を省みず、今回投入する軍勢を平均的に三分割する。
リザードマンは月に一度から二度、ネレネン王国を攻め込む。自分達の拠点であるリヤント砦から目的地まで、およそ二十日の道のりだ。
その移動だけでもかなりの行事であり、敗走時には同じ時間をかけて戻らなければならない。
リザードマンは人間よりも繁殖力が高く、成長速度も圧倒的に早い。何より、遠く離れた本国から定期的に増援が送られるため、このペースでネレネン王国と戦争が出来ている。
何より今はオークという同盟がいるため、時には歩調を合わせて、時には交互に攻め込むことで、難攻不落のネレネン王国を弱らせることが可能だ。
そして今回の作戦が決定する。およそ二ヶ月間我慢し、戦力を大きく溜めこむ。その上でその戦力を全て投入し、三将軍を最低でも一人は殺した上で二個目の塁壁を目指す。その先には大勢の国民がいることを理解しており、その数を少しでも減らす算段だ。
リザードマンは八百五十年もネレネン王国と争っている。いかにこの戦力であろうと、倒しきれるとは到底思っていない。
それでも戦力を大きく削ぎ落とすことくらいは可能だと目論んでいる。あわよくば滅ぼせるかもしれないという期待も抱いているが、それがいかに難しいかは先祖代々の記録により理解している。
篭城を決め込んでいるこの国の打倒はそれほど難しく、何より戦場となるこの市街地が大量の戦力投下をある程度相殺してしまう。
それでも数は多ければ多いにこしたことはない。それを証明するように、正門と二個目の塁壁に広がる戦場では、順調に人間達を翻弄出来ている。
北側には道中手なずけたモンスターも投入し、戦力比は十倍に達している。
中央は隣接エリアと完全に隔絶出来たため、後はじわりじわりと包囲済みの人間を殺していけばいい。
南側では入り組んだ構造上人間の殲滅は困難だが、後退が目当てであり、それに関しては順調だ。
そう。南側の軍人と傭兵は撤退を余儀なくされている。まだ後ろがあるのだから問題ないとも言えるが、軍人達はここを死守せんとギリギリのラインで踏みとどまる。
もし背後の区画に下がってしまった場合、そこの戦力と合流できるというメリットも存在する。しかし、そこは最終防衛ラインが存在する大広間の隣なため、今回に関しては王を危険に晒すことにも繋がる。
ゆえに軍人達は命をかけて足を止める。倒しても倒しても入れ替わるように死体を乗り越えてくるリザードマンとの終わらない死闘をこの場所で続けなければならない。
「下がりなさい」
少し低い女性の声が前線の部下達を包み込む。この区画を放棄するという意味ではない。活路を見出すために自らが戦うという意思表示だ。
入れ替わるように前へ出る女性は非常に目立つ赤い鎧をまとっており、長い青髪は日の光を浴びて輝いている。
周囲の男達に引けを取らない背丈も去ることながら、握られている槍の長さが今はただただ力強い。
鋭い目つきは道を満たすリザードマン達に向けられており、指示通り下がった部下達を労うように今は前へ突き進む。
新たな獲物に喜ぶリザードマン達は、我先に狭い通路を駆ける。この人間の強さを見抜けない愚か者達であり、競うように先頭を走るそれらは、自分達が殺されたことに気づけずに絶命していく。
「ここは任せなさい。あなた達は右回りで迎撃を!」
女は静かに叫ぶ。この区画を守りきれないにしろ、ここを突破する敵の数は可能な限り減らさなければならない。叶わぬ恋であろうと王を守る気持ちに偽りはなく、何より将軍という地位がモンスターに臆することを許さない。
ロンゴミアント。ネレネン王国に伝わる最強の槍。穂先から柄尻までが銀一色に輝いており、先端に備わる刃はドリルのような形をしている。
鋭いそれを目にも留まらず速さで突けば、ダーク製はおろかアダマン製の鎧や盾すらあっさりと貫いてみせる。
認められし者が扱えば、それは押し寄せる軍勢すらも散らすことが可能であり、三将軍が一人、キーラはそれを実演するようにリザードマン達の体を削り取っていく。
それでもそれらは進軍を止めない。目の前の美しい女を殺したい一心で武器を手に取り愚直な進行を続ける。
十。
二十。
三十。
キーラが銀色の槍を振るう度に、大量の死体が戦場に作られていく。
しかし、それも長くは続かない。同胞をネレネン王国で散らすために長い道のりを進んだわけではない。
狭い通路は茶色、もしくは薄黄色のリザードマン達で満たされている。将軍によってせき止められた結果、後ろはさらにつかえてしまう。
ゆえにそれは壁を走る。眼下の部下達をいっきに追い越し、自分が相手をしなければならない人間との距離を一秒もかからず詰め終える。
その太刀筋は空間を切り裂き、音となって周囲を振るわせる。
この一撃を防げる人間はネレネン王国に五人もいないだろう。しかし、キーラはその一人であり、ロンゴミアントを間に合わせる。
眼前で交錯する銀色の棒は、一方は槍であり、もう一方は細く鋭い刀だ。
「ギギイ」
今の一太刀で殺せなかったことに驚いたのか、戦いがいのあるその実力を喜んでいるのか、左腕が存在しないこのリザードマンはキーラの鋭い眼差しを真っ直ぐ見つめ返す。
(この固体……。報告にあったリザードマンだな)
キーラは知っている。三ヶ月前に発生した防衛戦において、アインが退けた一体だ。報告書の記述では、たった一人で百人もの傭兵を戦闘不能に追い込み、最終的には戦技を惜しみなく使用したアインによって左腕を切り落とされる。
倒された傭兵の中には今年の武神祭で活躍した双子も含まれており、ゆえに三将軍としても無傷では勝てないばかりか、殺しきることも難しかった。
そんな強敵が目の前にいる。ゆえにキーラもまた早速戦技を発動させようとしたその瞬間だった。
隻腕のリザードマンが、後方で自分達の戦いを眺める部下達の元まで下がると同時に、上の階層から巨大な氷が降り注ぐ。
魔法の威力や規模は詠唱者の魔力によって左右されるが、その大きさは人間の倍は大きく、狭い通路の石壁を削りながらキーラに降り注ぐ。
(この威力は!?)
知っている。戦ったことがある相手だから。今は過去を振り返っている場合ではなく、至宝神器で巨大な氷を粉砕する。
キーラおよび周辺の軍人達は一斉に上の階層を見上げる。
小さな杖を指揮棒のように振り回す茶色いリザードマンがニンマリと笑っている。頭には黒いシルクハットのような帽子を被っており、基本的には裸な軍勢の中でその存在は一際目立つ。
(――まずいな)
さすがの三将軍も不安を感じてしまう。この固体は隊長クラスの中でも一際強いことで有名だからだ。三年前に姿を見せて以来、一度も殺しきれていない最強の一角がそこにいる。
一体だけでも苦戦を強いられる相手が二体も立ちはだかる。キーラは一人で相手をしなければならない。
勝てないにしろ、せめてここで足止めする。そんな覚悟を胸に秘め、銀色の至宝神器をぎゅっと力強く握り締める。
だが、そんな算段は一瞬にして打ち砕かれる。上の階層にもう一体の化け物が現われてしまったからだ。
四本の腕を生やすそれは、氷の塊を放った同胞に話しかける。
獲物はどれだ?
黒い帽子を被ったリザードマンは答える。
赤いあの人間だ。
そんなシンプルなやり取りを得て、キーラは三体の隊長クラスに狙いをつけられる。
この事実に、キーラの後方で待機する軍人達は怯まざるをえない。
もっとも、上の階層でリザードマン達と激戦を繰り広げている傭兵達はなぜかうれしそうに気合を入れなおす。
まだまだ戦える。
獲物は大量に残っている。
そんな狂った感性が彼らを鼓舞し続ける。
それでもこの区画に陣取った彼らの危機には違いなく、それはキーラの負傷によって決定的なものとなる。
リザードマンの圧倒的な数の暴力が、ネレネン王国の喉元に突き刺さろうとしている。
◆
この大国には三つの巨大な壁が存在する。
それらは一重に国を存続させるために設けられており、言ってしまえば三段構えの防壁だ。
一つ目は正門を兼ねており、隣接するビリット平原と領地を区切るように君臨している。
二つ目は防衛用の市街地と国民が住まう真の市街地を隔てるために作られている。ここを突破された時点で、この国は滅びてしまうと言っても過言ではない。
三つ目は王宮や富裕層、軍事施設を守るためにそびえ立っているが、ここまでモンスターの侵入を許してしまっては、なにもかもが手遅れだ。
ゆえに最も守らなければならない壁は二つ目であり、市街地同士を行き来するための門が存在する広間には大勢の軍人が配置される。
しかし、将軍はその手前に陣取っており、ここは最も安全なことから、軍歴の短い若者達が国の威信をかけて死守しなければならない。
防衛戦の際は相手の規模に関わらず、必ずここにもモンスターが訪れる。いかに抜きん出た三将軍や実力者揃いの傭兵と言えども、全てのモンスターをその場で殲滅できるはずもない。
ましてや手を焼く強敵が必ず立ちはだかる以上、それ相応の数には突破されてしまう。
今回のリザードマンはいつにも増して大群だ。その数は平均値の三倍にも匹敵すると観測されており、ロメロン王が陣取る最終防衛ラインには、既に二百を越えるリザードマン達が押し寄せている。
正門を突破されて二十分。
イリックは初めての戦争を前にゴクリと喉を鳴らす。
眼前では傭兵や軍人、そしてウェイク達が茶色い鱗をまとうモンスター達と互角以上の攻防を続けている。
アイン達が打ち漏らした軍勢が大広間に現われたのはつい先ほど。自分達を圧倒的に上回る数相手に二十分耐えただけでも上々の出来と言える。
「やばそうね。私も加勢するわ」
「私も!」
ロニアは戦況を自分なりに分析し、白いタイトワンピースの裾を揺らしながら一歩を踏み出す。
ネッテは多数と多数がぶつかりあう混戦に鼻息荒く興奮しながら追従する。
「先に言っておくわ。今回は大人しくあんたの指示に従ってあげる。それまでは待機しててあげるから、決まったら言いなさい」
「そうじゃのう。ススリリ、お主は早速回復しに行ってやれ」
シャルロットはイリックの傍から動かない。ネレネン王国が予想以上に追い込まれているとあっさりと見抜いたからこそ、最大の成果を出すために、実力を認めているイリックの駒として動くことを決意する。
ゴルドはそれなりの実力を持ち合わせているが、イリックやシャルロットほど抜きん出たものは一切持ち合わせておらず、臨機応変に動ける柔軟性は老人ながらも備えていることから、イリックの考えを聞いてから行動を開始することにする。
イリック達の眼前では、人間とモンスターの激しい戦いが繰り広げられている。
軍人五十人。
傭兵二十人。
ウェイクとミヤ。
ネッテとロニア。
対するリザードマンは今なおその数を増やしており、大広間を埋め尽くさんとばかりになだれ込んできている。その数は徐々に膨れ上がり間もなく三百に達しそうだ。
広間の中央に陣取っているイリックの後方には、三十名近い軍人達が待機している。彼らは塁壁を守る最後の砦であり、同時に経験値不足の新参者でもある。最も安全だからこそ、彼らはそこに配置されており、しかし、その時が訪れればモンスターに立ち向かわなければならない。
「私も行くね」
アジールは静かに歩き出す。今更一人が加勢したところで、前方の不利を覆すことなどできない。それでも観戦者でいられるのは武神祭の間だけだとわきまえており、防衛戦に参加した以上、一戦力として立ち向かう。
(これって、一つ前の広場が攻め落とされたってことだよな? 確か、審判の人が防衛してるはずだけど……。もうやられたのか?)
イリックの分析は半分当たりだ。アインは倒されていない。しかし、そこが陥落したことは正しく、配置された軍人や駆けつけた傭兵達は四面楚歌の戦いを繰り広げている。
「シャル、モンスターだけを焼き払えるか?」
「当然よ」
「なら頼む」
イリックはシャルロットの投入を決意する。そもそも出し惜しみする戦力でもなく、膨大なマジックポイントゆえにそうそうガス欠にもならない優秀な魔法使いだ。
ゴルドはシャルロットの護衛として追従し、たリザードマンの群れは一度の上位魔法で二十体近くも絶命する。
(やばいな……。俺もコネクトで加勢しないとか)
シャルロットの魔法は確かに強力だ。だが、即席の参戦者ゆえ、周囲の人間がその戦闘能力を把握できておらず、敵味方入り乱れて戦ってしまっている。それではシャルロットの上位魔法も迂闊に詠唱できず、人のいない隅へ放つしかない。リザードマンの数を十分減らせてはいるが、その数よりも増える数が勝ってしまっている。
イリックから見て右の高台には王と親衛隊が陣取っており、見渡しが良い反面、モンスターからも狙われ易い。
大広間と右に隣接する区画を見渡す王の元へ、薄水色の鎧をまとう軍人が汗を流しながら駆けつける。
一人残されたイリックはその様子をうかがうため、何より聞き耳をたてるため、王に歩み寄る。
「現状報告に参りました!」
「話せ」
男は王に臆することなく、自分の役割を果たそうと奮い立つ。
「現時点で判明しているリザードマンの総数は四千。その内、八百の討伐に成功しております。三将軍が四百、傭兵が三百、我が軍が百です!」
(すげ~)
軍人の報告にイリックは目を丸くする。たった三人の実力者が四百ものリザードマンを打ち破っており、それは現状の成果の半分を占める。
「対するこちらの消耗は、傭兵が百、我が軍は二百となります」
人間の参加人数はおよそ七百人。傭兵と軍人がおよそ半々の割合だ。つまり、戦闘開始から二十分で、三百人もの死傷者が発生したことになる。
回復魔法があるため、死んでさえいなければいずれは戦線に戻ることは可能だ。だからといって全員を逐次回復できるだけの豊潤な回復役が参戦しているわけでもなく、何より二十分経過という事実が重く圧し掛かる。
魔法を使用するためにはマジックポイントが必要だ。それは無尽蔵ではなく、時間経過でゆっくりと補給されはするものの、その速度は非常に遅い。
防衛戦開始以降、魔法を使える者達は自分達のペースで魔法を使い続けている。中には既に魔法を使い終えてしまう者も現れており、そのことが増え続けるリザードマン達への対処と仲間の救出を遅らせている。
普段ならある程度鎮圧できている時間帯だが、今回はまだまだ中盤であり、傭兵も軍人も息切れ状態に陥りながらも何とかその場で踏ん張っている。
八百体を討伐することには成功しているが、人間側も三百人の離脱者を出している。数だけ見れば優秀な成績かもしれないが、リザードマンはまだ三千体以上もその数を残しており、勢いは今なお高まり続けている。
「報告ご苦労。俺も参戦する」
ロメロンはこれ以上の被害を良しとしない。国民を守るために、至宝神器から与えられた力をこのタイミングで発揮することを決断する。
何より、拭えない違和感が気持ち悪く、戦況報告を受けてもなお、それは体にまとわりついている。
(なぜ隊長クラスが現われない? 普段なら一体二体はこの広間に侵入してくるはずだが……)
今回のリザードマンは数が多いだけの烏合の衆ではない。それに比例して隊長クラスも多く参戦していることは安易に予想できるが、なぜか最終防衛ラインの大広間には一体も進出して来ない。
そのことが非常に気持ち悪く、王は左の広間と右の区画を見比べながらその姿を探す。
不安にも似たその感情は、新たに現われた三人の軍人によって具現化してしまう。
「報告に参上致しました!」
肩で息をする男達は別方向から駆けつけるも、ほぼ同時に到着する。彼らは左から順に伝えるべきことを口にする。
「アイン様が負傷致しました! 中央広間は占拠されており、増援は難しく、劣勢を覆すことは難しいようです!」
「スビルス様が負傷致しました。三体の隊長クラスとその尖兵に防戦一方のようです」
「キーラ様負傷! 増援求むとのこと!」
(――そういうことか!)
ロメロンは真相に辿り着く。リザードマンの目的はこの国の陥落だが、その手法として、今回はネレネン王国の戦力を削ぎ落とすことに注力しているとついに見抜く。
多数の軍勢は将軍達を孤立させるためであり、その将軍達には複数体の隊長をぶつけて仕留める。
この国を攻め落とす最善の下準備であり、その一段階目がこうして成就しようとしている。
「親衛隊。南のキーラへ駆けつけろ」
「行け」
王の指示により、一人を除いて紫色の装束に身を包んだ男達がその場から消え去る。南側の区画、ひいてはキーラを守るためであり、自分の護衛は手薄になるが、それは唯一残った男の役割だ。
「ここは俺が担当する。おまえ達はあの者達を北へ向かわせろ」
高みの見物はここまでだ。大広間と隣接する南の区画を隔てる高台も兼ねた壁から、王は赤いマントをたなびかせながら飛び降りる。この国を守らなければならない。そのためには自ら出陣する。元首としてはありえない行為だが、それがこの男をたらしめている。
ロメロンは平地に降り立つ。正面で暴れるリザードマンの群れを一人で受け持つつもりだ。
報告に現われた三人は指示通り、王の向かう先で攻防を繰り広げている同僚達の誘導を開始する。
一人残った親衛隊の男もそっと王に続く。命に代えても守らなければならない。自分の命と王のそれとでは、重みが違うことを理解している。
「俺も手伝いますよ」
「助かる」
赤いピーコートをまとうイリックが隣を歩く。
赤い正装の王は感謝の気持ちを口にし、リザードマン達に狙いを定める。
大広間を防衛する人間が減りだしたことで、それらは加速度的に数を増やしだす。
赤い服を着た二人の人間に対し、百倍以上の勢力が進軍を開始する。
「わしはどうすれば良いかのう」
「シャルロット共々北へお願いします。思う存分暴れてください」
作戦を仰ぎに来たゴルドに対し、イリックは左方向を指差す。三将軍のスビルスが押し込まれている方角であり、リザードマンとママカタイガーの軍勢が人間達を飲み込もうとしている。
「イリック」
「ウェイクさんとミヤさんは大急ぎで南側を。間に合うかどうかはお二人次第! なんちゃって」
次いでウェイクに指示を出す。指差す方向は右側であり、迷宮のような場所でキーラ達が翻弄されている。
その地形から、シャルロットのような範囲攻撃とは相性が悪いため、イリックは前衛として決して負けることのない二人を送り込む。
「私は私はー?」
そしてイリックの仲間達が合流する。
ネッテはピョンピョンと軽快に、アジールは物静かに、ロニアは落ち着いた様子でイリックとロメロンを取り囲む。
「ふ~む。王様はここを死守するおつもりで?」
「そうだ。イリックはどうする?」
「なら、こいつらを蹴散らせたらそのまま正面の人達と合流します。審判の人が心配ですし……」
「ふむ、頼んだぞ」
「頼まれました」
方針は決定する。ロメロンは最終防衛ラインを王として守りぬく。そのための力を備えており、出し惜しみなどしない。
そういうことならイリックはここに居座る必要もなく、眼前に迫る茶色い軍勢を蹴散らした後は自由行動が可能だ。
北と南には、トリストン大陸を代表する実力者達が加勢するため、イリックは正面突破を目的とする。
「んじゃ、俺の後についてきてー」
「ガッテン!」
「撃ち漏らしの掃除を担当するわ」
「みんなを守る」
赤い服を着た男二人の後を、ネッテ、ロニア、アジールが平然とついていく。少し離れた場所には親衛隊の隊長も同行しており、これから始まる圧倒的な破壊行為を近場で観戦できる幸運な者達でもある。
「いくぞ。コネクト」
王の詠唱と共に、時間の流れが急激に減速する。
「へ~。これが王様のコネクト」
イリックは驚く。ゆっくりと進む世界の中で、自分とロメロンだけが普段通りに動けている。後方を歩くネッテ達も、前方を走るリザードマン達も、まるで制止したかのようになかなか動き出さない。
目を凝らせばわかることだが、それらはスローモーションの如く動き続けており、彼らからすればイリックとロメロンが超スピードで動いているように見える。
「これが俺のフロストキングだ」
その発言と共に、王の頭上に氷の槍が二本生成される。ロメロンよりも大きなそれらは、冷気を漂わせながら空中で獲物を狙う。
姉のトゥリンが辿り着く極致、氷の攻撃魔法。彼女はこれをフロストクイーンと命名しているが、王が使う場合はキングが相応しい。
太く、長い槍は瞬く間に発射され、しかし、およそ五メートル程度進むとその場で急激にその速度を低下させる。
そんなことはお構いなしに、ロメロンは次の槍を頭上に作り出し、完成と共にすぐさま発射し続ける。
「俺はこのあたりに陣取る。アインを任せたぞ」
「まぁ、この国の傭兵さんは優秀ですし、加勢なんか必要ないかもしれませんけどね」
二人は一旦別れる。ここを守る王と、正面の区画を攻め入る冒険者。それぞれの役割を果たすため、一瞬交錯した二人の道はすぐに別れてしまう。
そして時間の流れは元に戻り、放たれた十を越える槍達が、雪崩のような軍勢を大きく削り始める。
一本の槍がリザードマンを二十体近くも粉砕するのだから、この先制攻撃は瞬く間に大広間のパワーバランスを傾ける。
「あら、すごいわね。これなら確かにイリックよりも上ね」
「お、お兄ちゃんもすごいよ!」
ロニアはあっさりと言ってのける。ネッテの言う通り、イリックのオムニシエンスもすさまじいが、ロメロンとイリックにはどう足掻こうとくつがえせない圧倒的な差が存在している。
マジックポイントだ。イリックは水の武器をおよそ九本程度しか作り出せない。
対してロメロンは、五十本以上も自前のマジックポイントでまかなえる。それだけではなく、仮にマジックポイントが枯れてしまった場合、コネクト中なら姉の戦技である魔力回帰で六割もの量を一瞬にして回復可能だ。
ゆえにイリックとは比べ物にならないレベルで固定砲台のような真似事ができてしまう。そういう意味でロニアは、ロメロンとフロストキングを高く評価する。
「い、いいもん! ピアスあるから!」
イリックは泣きながら前進する。次々と発射される氷の槍が空気を切り裂きながら眼前の集団に放たれるが、臆することなく歩みを進める。
「ここ、完全に破壊される」
「仕方ないわ。王様自らあんな魔法撃ってるんだもの。誰も文句を言えないでしょう」
アジールとロニアの視線の先では、リザードマンは当然ながら地面や壁も容赦なく粉砕されている。フロストキングの高すぎる威力の弊害であり、もっとも、こういった状況は市街地での防衛戦を長年続けているネレネン王国にとっては当たり前の光景だ。
氷の槍は十を越えるモンスターを貫こうと、これっぽっちも威力を減衰せず突き進む。ゆえに市街地には次々と穴が出来上がり、真下に掘られていないそれらはリザードマンの肉片で満たされていく。
「一分もかからない内に掃討しちゃうとは……」
「同じコネクト使いでしょ。何今更驚いてるのよ」
イリック達は広場と正面を区切る壁に辿り着く。道中、数え切れないほどの死体を乗り越えてここまでやってきたが、大広間の手前を埋め尽くしていた茶色いそれらは一体も動くことなく地に伏せている。
ロニアからすれば、マジックポイントの有る無し程度の差でしかなく、イリックも十分卓越した破壊力を持っていることに変わりない。
(さて、俺もそろそろ使おうかうおっ!?)
巨大なガラスが割れるような炸裂音が北側から発生する。その音はすさまじく、戦場はおろか国民が住まう市街地にも響き渡る。
空間を割り、元に戻ろうとする収縮を破壊エネルギーに置き換える最強最悪の魔法、シャルロットのカルマだ。
防御などもはや不可能であり、避けない限り、この攻撃魔法はあらゆる生命を無慈悲に刈り取ってしまう。
今の一撃がどれほどのモンスターを葬ったのか、気になるもののイリックは後方に振り向き、王に手を振る。突入の合図だ。
「んじゃ、行くぞー」
「おー!」
イリックは眼前の壁に設けられたトンネルのような通路を覗き込む。大広間に駆け込んだ同胞達が全て討伐されたことに萎縮したのか、リザードマン達も恐る恐る覗き込みながら様子をうかがっている。
ネッテは北からの騒音や振動にも、正面からの野太い方向にも一切怯むことなく、いつものペースで兄の背中についていく。
「俺が王様みたいに道を切開くので、ネッテを先頭についてきてください。アジールさんは最後尾でウォーシャウトの準備を」
「わかった」
イリックを無視してリザードマンがネッテ達に襲いかかろうと、後方からアジールがウォーシャウトを使うことで、目の前のネッテとロニアが攻撃を受けないというアジールにしかできない即席の作戦を立て、一同は中央の区画を目指す。
「んじゃ、行ってきマンイーター」
イリックはネッテの真似事の亜種と共にコネクトを発動させる。
一瞬にして世界から色が抜け落ち、生ある者だけがその色を保つ世界で、無音の中をイリックは駆け出す。
薄暗い廊下を一秒もかけず抜け、先ずは周囲のリザードマンを五体ほど切り刻む。
(これはすごい……)
静止した時の中で、イリックは大広間に次いで広い空間の惨状を目の当たりにする。
だが、そこにも希望は存在しており、自分達の加勢は必要なかったかも、と少し落ち込んでしまう。
広間の周囲は隙間なくリザードマンが包囲しており、その数は優位に四百には達しようとしている。もちろん正門側からはその数倍の数が押し寄せようとしており、ここを基点に北と南、そして最終防衛ラインが存在する西へなだれ込もうとしている。
この数は人間を殺しきるには十分過ぎる。例えどんな精鋭であろうと、この状況を打破することは出来ない。
ましては中央でぎゅうぎゅうに体を寄せ合いながら、背中を味方に預けている軍人と傭兵達は三体もの隊長クラスを相手にしなければならない。
だが、絶望の中でこそ、希望という光は眩しいほどに輝くのかもしれない。それは南の区画から駆けつけた英雄であり、頭や左腕から血を流しながら肩肘をついている将軍を今まさに救おうとしてる。
ゆえにイリックはやるべきことをやるためにその魔法を放つ。ロメロンのように連発は出来ないが、一発でも攻城兵器のような威力を備えるそれは、広間を取り囲む雑魚達を片付けるために発射される。
◆
イリックのように時を止めずとも、この男は間に合わせてみせる。だからこそ皆から慕われているのかもしれない。
南の区画で狭い通路を縦横無尽に走りながら、侵入者達をありえない速度で粉砕し続けた男はここよりも中央が危険だと察知し、急いで進路を変更する。
リザードマンが怒涛の勢いで押し寄せるということは数が多いということもあるが、何よりその手前でせき止められていないことを意味する。
正門を突破し、すぐに左へ折れた集団がなだれ込んでくるだけなら仕方ない。ここはそういう場所であり、それらをじっくりと葬り去る処刑場だ。
だが、今回は異常事態だ。中央の区画、すなわち正門から正面に進んだ場所からも毎秒十体を越える数が止めどなく押し寄せる。
三将軍のアインが陣取る難攻不落の広場が陥落した証拠だ。
ゆえに走る。道を塞ぐリザードマンなど障害にすらならず、通り抜けるように、それらを全て切り刻んでみせる。
青い片手剣はどれほどの獲物を死に追いやろうと、刃こぼれ一つせずに主人の右手で血を浴び続ける。
黒い長方形の盾が左手で踊っているが、これを使わせるほどの相手には遭遇していない。三将軍が一手に狙われているからだ。
そして辿り着く。前が見えないほどリザードマンが陣取るそこは、本来ならば軍人達がその役割を果たさなければならないのだが、今は中央に押し込まれており、それならばとこの男は引き続き眼前のモンスター達を絶命させていく。
ヴォイス。英雄と呼ばれ、誰からも頼られるこの傭兵は、三人がかりでアインを追い詰める常軌を逸した隊長クラスを先ずは一体仕留めることから開始する。
トカゲのように地を這うそれは放たれた矢よりも速く動き、次々とアインの体中をむしり取っていく。
この場には武神祭に出場した選手が何人か居合わせているが、彼らですらその一体に手も足も出ない。
それほどに素早く、低い姿勢がより一層戦いづらさを助長している。
そんなことは関係ない。ヴォイスという男は通り抜けるついでのようにそれを踏みつけ、地面を粉砕しながらこのリザードマンを完全に破壊する。
残り二体。ヴォイスは喜ぶことすらせず、血だらけのアインの前に立ち、隠そうともしない殺気を放つそれらを順に見比べる。
老人のようにしわだらけのリザードマン。
肥大化した筋肉の鎧をまとうリザードマン。
どちらも一級品の化け物であり、先ほどまではここの人間達を狩る側の存在だった。だが、それも終わりだ。この男が現われたことで状況は覆る。
ヴォイスは黒い鎧と黒い盾で身を守りながら、青い片手剣をそっと前に突き出す。
一方、手負いアインも大勢の回復魔法により完治する。ゆっくりと立ち上がり、太く真っ赤な両手剣を天に突き上げながら構える。
「助かった」
「一人一体だな。俺はデカ物をやらせてもらうぞ。ガッハッハッハ!」
ヴォイスはやはり傭兵だ。こんな状況でも心底戦いを楽しめてしまう。こういう性格を自覚しているからこそ、将軍という地位には相応しくないと理解している。
「それでいい。ん? なんだ?」
了承したアインの視界に、見たこともない攻撃魔法が映りこむ。
青く透き通ったそれは槍の形をしており、大きさは大人よりもやや大きく、その威力は一度に四十近いリザードマンの群れを血で染め上げる。
それは三発放たれ、広間を囲んでいた大軍はその数を三分の一まで減らされてしまう。
隊長クラスのリザードマン二体はそんなことをこれっぽっちも気にせず、倒さなければならない二人の人間をじっと見据える。
「どうやら頼もしい奴らが駆けつけてくれたようだな。なら、俺達も自分の仕事をやるしかないな!」
ヴォイスもちらっと見えたイリックに納得するだけで、過剰な反応を示さない。イリックないしその仲間の仕業ならそれで構わない。そういう気概でこの出来事を受け止める。
この広間には今なおリザードマンが次々と流れ込んでいる。この場を占有していた同胞達が倒されたことで、彼らは自分達が戦えると勇んで前へ出ようとする。
しかし、そんな気概は意味を成さない。これ以降は一方的な掃討作戦がいつまでも継続するからだ。
ヴォイスが駆けつけた時点で勝敗は決している。それに加えてイリック達一同も参上した以上、リザードマン達はここを放棄するしかない。
もちろんそんな知恵は働かない。現状把握ができていないとも、戦力差を理解しきれていないとも言える。
どちらにせよ、ここからは人間達の時間だ。
ヴォイスとアインが肩を並べ、眼前の強敵を睨む。
人間を超越したモンスターがいるのなら、人間の規格から外れた超人がいなければならない。誰にも知られていない真理の一つであり、この世界はそういうルールの下、神によって見守られている。
中央広場が持ち直すと同時に、北側と南側の戦況も一変する。
北側はシャルロットが一人であっさりと戦いを終わらせる。その魔法は大規模な軍隊を一撃で葬るだけの威力と規模を兼ね備えており、それでも隊長クラスだけは生き残ってみせたが、空中に浮いているシャルロットは安全圏からそれらが息絶えるまで上位魔法を放ち続ける。
初撃のカルマに耐え抜いたリザードマンが三人もいたことには息を飲んだが、驚かされたところでその後の魔法に影響が出るわけでもなく、ネレネン王国の誰もが辿り着けない魔力から放たれる攻撃魔法は、防衛戦用に建設された街を崩壊させながら隊長クラスを含めてその場に居合わせたモンスター達を完全に抹殺する。
「ふん。あの時のジャイアントを思い出したけど、どの道私の敵じゃないわ!」
孤高の存在であるように、空中で黒いローブを揺らしながらシャルロットは言い捨てる。
助けられた軍人や傭兵にとっては、この攻撃魔法の威力こそが恐怖の対象だ。
ネレネン王国は後衛に属する人間を軽視する。前衛の方が強いからであり、多くの人間がそういう価値観を共有している。
そんな偏見にも似た考えは、シャルロットによって完膚なきまでに粉砕される。
攻撃魔法こそ戦争に必要だ。数分で五百を越えるリザードマンをたった一人で倒してしまった少女の偉業を目撃すれば、誰もがそう思うのも当然だろう。
「わしらの出番はなかったのう」
「まだ終わってないですし、油断せず行きましょう」
ゴルドは肩の力を抜いて困ったように笑うが、ススリリの言う通り、今なお正門からはリザードマン達が侵入を続けている。
眼前の強敵達を倒せただけに過ぎず、何より多くの後衛達はマジックポイントを枯渇させており、ここからが執念場だと本来ならば奮い立たなければならない。
中央、北側に続き、南側も問題ない。デフィアーク共和国の軍人でありながら武神祭に優勝した男と自慢の部下が駆けつけたからだ。
通路を塞ぐ軍人達の頭上を飛び越えながら二人は進み、やがてリザードマンの大群と接敵する。
当然のようにミヤが先行し、銀色の両手剣を狭い通路で縦横無尽に振りまわす。ウェイクほどではないものの、その実力は武神祭でも上位に食い込めるほどだ。長いグレーの髪を暴れさせながら、黙々と眼前の敵を切り裂いていく軍人の姿は敵からも人間からも近寄りがたい危険さを伴っている。
「俺はこちらからまわる。手に負えない強敵と出会ったら一分でいいから時間を稼げ」
「かしこまりました」
ウェイクは別の道を進む。ミヤの実力を誰よりも信頼しているからであり、仮に隊長クラスと遭遇したとしても、早々負けはしないだろうと踏んでいる。
そして辿り着く。
青い長髪を赤い鎧の上で揺らすその女性は、自身よりも長い槍に支えられながらリザードマンと睨み合う。
自分は逃げるわけにはいかない。その行為が部下達の死に繋がると理解しているからだ。ゆえに左腕と右足が動かなくなろうと、これ以上の前進を阻止するようにその場から後退しない。
その心意気に感化されたわけではないが、駆けつけた異国の軍人が本来の力以上を発揮して二体のリザードマンをバラバラに切り刻む。
前後に並んでいたそれらは三将軍の一人を追い込むほどの実力者達だが、この男の前では意味を成さず、何より誰かを守るために戦うことを生業としてきたのだから、底の見えない実力は遺憾なく発揮される。
誰も守らなくていい状況では伸び伸びと戦えるが、守らなければならない危機的状況こそが、この男の真の実力を披露する。
「斬られながらも反撃を試みるとは……。やはり侮れんな。だが」
ウェイクは崩れ落ちた肉片から視線を外し、上の階層なら偉そうにこちらを見下ろす次なる獲物を視界に捉える。
「この程度ならイリックやミヤでも勝てるかもしれんな。いや、まだ無理か」
すなわち、ウェイクなら負けはしない。この二体は奇襲が成功したからこそ倒すことができたが、残りの一体は正面から堂々と立ち向かう。
短い杖を指揮棒のように振るいながら数種類の攻撃魔法を放ち、それらの半分は見事ウェイクに命中する。
だが、倒せない。三将軍を負傷させるほどの威力ゆえ、ウェイクも流血してしまうが、戦うことに支障は出ない。そうである以上、接近を終えたこの軍人は相手を倒すだけであり、キーラを追い詰めた三体のリザードマンは、たった一人の超越者によってあっさりと倒される。
「お、お名前を……」
上の階層から飛び降り、別の方向へ向かおうとするウェイクにその女は声をかけずにはいられない。
キーラは王に想いを寄せる夢見がちな三十歳だ。叶わぬ恋でも胸に秘めてしまう理由は、単純に次が見つからないからであり、それはこの瞬間に解消される。
「ウェイク。知っていると思ったが……」
「そ、そうでした……」
ウェイクは武神祭で優勝している。アインのサポートとして審判役を手伝っていたキーラも当然そこにいた。王以外の男に興味がないため、優勝者の名前はすっかり忘れており、今は顔を赤らめることしかできない。
しかし、その名は胸に刻まれる。自分の窮地を救い、この国を救った異国の軍人として、もはや忘れることなどできない。
「では、失礼する」
ウェイクは駆ける。この瞬間もミヤがリザードマンの大群を一人で蹴散らしており、その手助けに向かうつもりだ。
こうして南側の区画も鎮圧される。
ネレネン王国を落とすための策略はある程度成就するも、それは後一歩のところで失敗に終わる。
今回ばかりは運が悪かったとしか言えない。トリストン大陸から駆けつけた人間達が、想定の遥か上をいく戦力を持ち合わせていたのだから、どんな作戦も上手くいくはずがない。
異国の地で、彼らは経験したことのない大規模な戦争に身を委ねる。
ネッテは華麗に舞いながら、二本の短剣で二体、三体のリザードマンを沈めていく。
アジールは堅実に一体ずつ自分のところに誘導し、安全かつ確実に勝利を積み上げていく。
ロニアは攻撃よりも回復に重きを置く。多数が入り乱れる戦場ゆえ、負傷者が後を絶たない。覚えたての回復魔法を披露し、人間側の勝利を確実にしていく。
シャルロットは北側の空に浮かび、大地を焼き払うのように無差別にも似た破壊行為を続ける。終わることのないその攻撃は、周囲の軍人達や傭兵達にマジックポイントが無尽蔵なのではと錯覚させるほどだ。
ゴルドは周囲の軍人達と足並みを揃えながら、漆黒の斧で迫り来るリザードマンと互角以上の攻防を続ける。
ススリリはそんなゴルド達を中心に傷を癒し続け、北の区画を守る彼らを陰ながら支える。
ウェイクは決して尽きることのないスタミナを武器に、終わりの見えないモンスターの群れをいつまでも殲滅する。入り組んだ迷宮は、ミスリルソードに斬られ絶命した数え切れない屍によって埋もれていき、その後始末すらも不可能に思える。
ミヤは上官の現在位置を常に把握しつつ、別の道で遭遇戦に勝利し続ける。いずれはウェイクと肩を並べて戦えるようになりたい。そんな願いを叶えるために、その素質を持ち合わせている軍人は巨大な両手剣で眼前のモンスターをいつまでも倒す。この戦争すらも糧にて、今は愚直に与えられた任務をこなし続ける。
イリックはコネクトの継続時間である十分が過ぎ去ろうと、マイペースにリザードマン達を倒し続ける。もとよりマジックポイントも貧相なため、どの道接近戦を寡黙に維持するしかない。百体、二百体を周囲の傭兵達と協力して倒そうと、それ以上の数が地面を揺らしながら駆け込んでくるのだから、この地での戦争がいかに大変か、身をもって知ることとなる。
(これが戦争か~。大変だ~。でも……)
楽しい。
おもしろい。
血が騒ぐ。
イリックは不適切だと自覚しながらも、この状況に喜びを感じてしまう。
なぜなら冒険者だからだ。
そして、ネレネン王国で誕生した傭兵もまた、同じことを考えている。
冒険者も傭兵も、普段は一人ないしパーティを組んで一体ないし少数のモンスターと戦う。
四人から六人がかりで一体のモンスターを倒す。これがこの地でも西のトリストン大陸でもセオリーだ。
安全かつ確実な戦い方であり、多くの戦術もこの状況を想定して生み出されている。
時には危険を犯して、一人で数体のモンスターと戦う状況に出くわすこともあるだろう。
六人パーティで自分達以上の数と戦わなければならないかもしれない。
それでも彼らは様々な工夫を凝らして、モンスターを一体ずつ処理していく。
しかし、防衛戦はそんな日常とはかけ離れたシチュエーションを提供する。攻め込んで来るモンスターの数が既に非日常であり、周囲の味方もやはり祭りのように大勢だからだ。
一対一、もしくは六対一。そんな戦いが当たり前の傭兵にとって、数十対数十が発生する防衛戦は楽しくて仕方ない。
傭兵がそうなのだから冒険者も同様であり、イリックは不謹慎だと自覚しながらも、命の奪い合いを心底楽しんでしまう。
用意された戦場での防衛戦がそうさせるのであって、誰もイリックを責めることはできない。
義務でもなければ誰に頼まれたわけでもないにも関わらず、多くの傭兵が毎回防衛戦に参加することからも、この戦いがどれほど魅力的か物語っている。
もちろん報酬がそこそこ支払われ、モンスター討伐に伴う成長が見込めるという理由もあるが、その根底はこの敵味方入り乱れる戦場に引き寄せられてしまうからだ。
ネレネン王国で発生するモンスターとの大規模な防衛戦。
人間が滅ぼされるか、リザードマンとオークが掃討されるまで、この戦争はいつまでも続く。
それでいいはずがない。しかし、傭兵達はこの非日常を心の底から楽しんでしまっている。
そんな愚かな人間達をあざ笑うことなど誰にもできない。
傭兵も、冒険者も、モンスターの返り血を浴びすぎたがゆえに、様々な当たり前を根底に植えつけられている。
モンスターと戦うことが当たり前。
モンスターを倒すことが当たり前。
武器を手に取り、自ら戦うことが当たり前。
命のやり取りが当たり前。
傷つけば回復魔法で癒してもらうのが当たり前。
戦わない、力を持たない一般人からすれば、傭兵や冒険者もモンスターと大差ないのかもしれない。
そんなことはわかっている。それでも彼らは戦いたい。その魅力にとりつかれてしまったのだから、もはや後戻りなどできない。
それでいい。そう開き直って、彼らは今日も武器を握る。
ネレネン王国。終わることのない戦争に晒された大国は、明日を迎えるためにモンスターと戦い続ける。




