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コネクト・クエスト  作者: ノリト ネギ
ネレネン王国と武神祭
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第五十八章 新たな火種

 広いフロアの奥には、酷く孤独な玉座が鎮座する。そこに座る気高い男もまた、誰よりも孤高の存在だ。

 赤いカーペットを正面に捉え、王は肘掛に右腕をつきながら小さくため息をつく。去っていく配下の背中を眺めながら、今日最後の仕事を終えたことに安堵した瞬間だ。

 武神祭。自分のわがままを具現化したこの大会は、先ほど無事終わりを告げた。

 死者は出ず、負傷者は都度回復魔法で癒し、全十六試合は滞りなく終了する。優勝者がヴォイスでなかったことを除けば、例年通りの成功と言える。

 鈍い音と共に正面の大扉が閉じ、一人残された王は薄暗いフロアで煌びやかな椅子に座り続ける。

 薄暗い。そんなことはないのだが、そう思ってしまうことが王の心情を表しているのかもしれない。

 そう思う人物は一人だけではなく、すっと音もなく現れた老人もまた、闇をかきわけるように現われる。


「本日のお勤め、ご苦労さまです」

「なんと……、言い表せば良いのだろうな、この感情は」


 背骨が曲がり、猫背のように前かがみになっているベークはやさしく王を労う。

 ロメロンは刺繍が施された背もたれに体を預けながら、ただただ高い天井を見上げる。石造の王宮は灰色で満たされており、内装は幾分整えられているが、日が沈んだ後ゆえやはりどこか物悲しい。


「高揚感から解放された祭りの後の静けさ……、でしょうな。私からご報告差し上げます。初戦を飾ったスルフィなる娘、覚えてらっしゃいますか?」

「当然だ。短剣一本でよく戦っていた。人殺しの娘でなければキーラの部隊に加えたいほどだ」


 スルフィの父親ザラフは、帰国後連日のように人を殺し続けた。既にヴォイスによって殺害されており、事件は解決したものの、残された一人娘のスルフィはこの国から居場所を失ったに等しい。薬屋は閉店状態であり、残された道は高い戦闘力を活かしての傭兵稼業くらいだろうか。


「あの娘が使用していた短剣……。おそらく至宝神器に匹敵するものと思われます」

「ほう……。いや、それなら合点がいくな」

「さすが王、聡明ですのう」


 フォッフォッフォと笑いながら、ベークはしわしわな両手を合わせて喜ぶ。

 スルフィは一回戦、二回戦、準々決勝と戦い、その都度身体能力の向上と戦技の獲得を成しえた。至宝神器に深い見聞を持ち合わせている宰相はその点からマンイーターの異常性を見抜いたが、他の人間にもその成長曲線は首を傾げたくなるほど奇怪だ。


「つまり……」

「先ずは娘と交渉し、結果次第では奪取を進言致します」


 マンイーターの入手。これが至宝神器足りえる武器である以上、ベークは宰相としてそう言わざるをえない。

 ネレネン王国はモンスターと争っている最中だ。リザードマンを倒し、最終的にはオークすら退けなければいつかは滅ぼされてしまう。戦力足りえる武器の収拾は必須あり、マンイーターを発見してしまった以上、国宝として迎え入れない理由がない。

 宰相は気づけていない。マンイーターが既存の至宝神器とは一線を画す武器だということを。性能そのものは肉薄するかもしれないが、根底は全く別の異物だ。

 それでも至宝神器と似通ったことが可能なことから、ベークはスルフィからそれを譲渡してもらうための案を企てる。


「良かろう。武神祭も終わったのだ、親衛隊を使え」

「かしこまりました」


 スルフィおよびマンイーターについての話し合いはこれで終わる。もっとも、王にとってここまでは前置きでしかなく、ゆえにここからが本題だ。


「俺の力は俺だけのものだ。そうだよな?」

「もちろんです。ミュルグレスに認められたのはロメロン王だけです」


 宰相が言い終わるや否や、王は一瞬にして椅子から立ち上がり、目にも留まらず速さで歩き出す。目の前のわずかな段差を下りきり、背後のベークに視線を向ける。

 一連の動作はほとんど一瞬だ。宰相がただの老人だから見切れないというわけではない。ただ立ち上がり、歩き、段差を降りる動作は、全く急いでおらず、しかし刹那に終わってしまう。


「似たようなことをする人間がいるぞ」

「なんと!?」


 王の発言は老人の声を震わせる。そんなことはありえない。不可能だからだ。

 ロメロンの力は唯一無二だと誰よりもベークが理解している。真似事すらありえないこれは魔法や戦技を超越した何かであり、それゆえに今は信じられないとしわしわな顔で訴える。


「西の大陸から招いたイリックという男だ」

「――冒険者と呼ばれる者ですな。いったい何を?」

「おそらくだが……、時を止めた」


 王の返答に宰相は脱力すら感じる。紛れもなく類似する能力だと一瞬で見抜くことができたからだ。開いた口が塞がらず、情けない顔をしていることは重々承知だが、今は顔の筋肉が言うことをきかない。


「西の大陸にも……、ミュルグレスのような武器が存在するのかもしれませぬ。そして……」

「俺と類似する力を手に入れた……か」

「あの者、インビンシブルを使っておりましたな」

「そういうからくりだろう」


 見抜く。二人はコネクトによるインビンシブル使用をあっさりと看破する。そうできる理由が二人には存在するからだ。


「仲間を三人連れておりましたし、あの中の一人がパラディンなのでしょう」


 宰相はアジールについても答えにたどり着いてみせる。


「西の大陸にもいたということか。そして、来賓の一人に紛れていた、と。傑作じゃないか」

「王に引き寄せられたとしか思えません」

「まぁ、いい。その男については後回しだ。今はそれよりもオハンについて考えねばなるまい」


 イリックの異常性はネレネン王国に何ら影を落とさない。問題は至宝神器が他国の人間の手に渡ったことだ。デフィアーク共和国の軍人が優勝し、授与式を得て王からウェイクにその盾は渡っている。


「かの者達は当分この地に残るようです。冒険者と呼ばれる彼らはアリカ大陸の探索が目的なのでしょう」

「なら安心だな。戻る前にオハンを回収する」


 イリック達は武神祭に出場するため、ネレネン王国に渡航したわけではない。ネレネン王国およびアリカ大陸を自分達の目で見て周ることが主たる目的だ。

 宿代が免除されているこの現状は自宅を失った四人達には非常に好都合であり、可能ならもう少し居座るつもりでいる。


「親衛隊をそちらにも配置致します。先ずは情報収集から開始させましょう」

「ああ。手荒な真似はしたくないのだが……」


 王とてイリック達の抹殺など命令したくはない。国宝である盾を取り返したいだけであり、そのためには情報を集め、金や代替品で対応可能か探りを入れる。

 武神祭が終わろうと、ロメロン達には様々な課題が山積している。

 スルフィのマンイーター入手。

 オハンの奪取。

 イリックの謎を解明。

 そして、迫り来るリザードマンの大軍からネレネン王国を守る。

 矢面に立たされた者達は、何も知らずにそれぞれの夜を迎えようとしている。



 ◆



 静まり返った部屋はただただ暗く、窓から差し込む光の正体は月明かりか町の明かりか、それすらも今のスルフィには判断できない。

 眠るためのベッドで膝を抱え、闇に溶け込むように佇む姿は以前の活気ある少女とは一線を画す。

 成すべきことを成せなかったことを悔やみ、怒り、絶望する。

 散らばった部屋をそのままにして、この家に住む唯一の娘はただただ部屋の壁を眺める。


(思いついた?)

(ううん。どうしたらいいんだろう?)


 わからない。その問いかけには答えられない。

 やるべきことは決めている。しかし、それを達成するための方法が思いつかない。

 目的は簡単だ。自分を負かした男を殺す。

 そのためにはさらに強くならなければならない。使える戦技を全て駆使しても倒せなかったその男を、次は殺さなければならない。


(もっと強くなるのん。人を殺しましょう)

(でも、そうすると掴まっちゃう。この国で人を殺すバカは早々いない)

(そう。知らなかったわ)


 スルフィから教わることがあるのかと、マンイーターは小さく驚く。前回の失敗はそういうことかと学習し、新たな策を講じなければならないと方針を転換する。

 スルフィは考える。イリックをどうすれば殺せるのかを。

 濁った頭を回転させて、闇の海に沈んでいく。

 強くならなければならない。どうすれば? 自分でも勝てる適度に強い人間を襲い、殺せばいい。

 しかし、この国の人間をこの国で殺せば、たちまち自分は掴まってしまう。それでは目的を達成できない。

 考えなければ。殺してもすぐにはばれない人間を。

 探さなければ。殺してもすぐにはばれない人間を。


(あの人間。気持ち悪い)


 マンイーターも深く考える。イリックとの接触は、創造主に作られて以降、初めて味わう気持ち悪さだった。決して接触してはいけないと即座に感じ取れるほどだ。

 禁忌。まさにイリックとの邂逅はこれでしかない。

 自分の目的を果たすため。

 それをスルフィに代行させるため。

 あの男は障害そのものだ。排除しなければならない。

 様々な土地と人間を渡り歩いたマンイーターにとって、イリックという人間はとにかく危うい存在だ。

 これ以上接触してはいけない。

 だが、殺さなければならない。

 相反する事実に、マンイーターはスルフィ以上に困惑する。


(あなたは十分強くなったわ。きっと歴代の人間の中でも最強よん。今は少し休みましょう)

(うん)


 二人は武神祭での成長を反芻するように眠る。マンイーターにとって、スルフィは手駒でしかない。壊れようとその時は次の宿主を探せばいいだけだ。しかし、今回ばかりは事情が違う。明確な目的があり、それを達成するまでこの少女に死なれては困る。

 イリックという人間を殺すため、非常に適性の高いスルフィにはまだまだ役立ってもらわなければならない。

 ヴォイスという遊び半分で定めた目標などもはやどうでもいい。イリックだけは殺さなければならない。まるで創造主からそう指示されたかのように、マンイーターは強く思い込む。

 月と星が輝く夜空の下で、市街地は静かに夜を堪能する。



 ◆



 大人達が笑いながら酒を流し込む。喉越しに唸りながら、ある者は目の前の料理にかじりつき、ある者は話を振る。

 びっしりと並べられているテーブルと椅子は全て埋まっており、男も女も一日の働きをねぎらいながら夜の訪れを祝う。

 忙しそうに酒や料理を運ぶ店員を眺めながら、イリックはむしゃりと串に刺さった肉をほうばる。

 ネレネン王国の市街地に存在する酒場で、イリック達は武神祭の優勝を祝いながら腹を満たす。


「国宝だけあって重たいのかしらね?」

「そういうことじゃなさそう」


 ロニアとアジールは足元に立てかけている盾に目を向ける。

 やや縦長に丸いそれは銀色に輝いており、酒場の明かりに照らされてどこか妖艶だ。外周部分は黒く縁取られており、内側には金色の線がクロスするように二本走っている。それが斜めに傾く力強い十字架を作り出している。

 オハン。この国に伝わる至宝神器の一つ。この盾に認められた者しか使いこなせない不思議な装備品であり、ウェイクの優勝を祝福しながらも一同の話題はこれに集中する。


「全員が例外なく重く感じるということは、盾自体の重量ということはないだろう」


 ウェイクの分析は的を得ている。オハンを王から渡された際、こう言われたことを覚えている。

 盾に認められた者しか扱えないぞ、と。

 それを裏付けるように、ロメロンもウェイクもオハンの重さをどしりと感じた。これを持ったまま戦うことなど到底不可能だ。

 ウェイクから受け取ったイリックやアジールも同じ感想を抱いており、ネッテやロニアもその重みには目を丸くした。

 オハン自体が重いのではない。少なくとも、ウェイクやアジールは片腕で人間を二人くらいは容易く持ち上げられてしまう。イリックとてそれは同様であり、ネッテやロニアはそこまでの筋力には至らないものの、冒険者ゆえに常人を軽く越えている。

 持てる。そういう意味では全員変わらない。しかし、モンスターの機敏な攻撃を受け止めるために素早くこれを動かせるかと言われれば不可能な程度にはドシリと重たい。

 すなわち、五人全員がオハンに認められなかったということだ。

 何が足りないのか、それはわからない。筋力なのか、経験なのか、精神力なのか、もしくは相性であり未来永劫どうすることもできないのか、今は答えに辿り着けず、優勝賞品は重たいだけの塊に成り下がる。


「至宝神器は伊達じゃないってことなのかしら? 困ったわね~」

「困った困った」


 ロニアのぼやきにネッテは笑顔で乗っかる。実はあまり状況を理解しておらず、目の前の料理にただただ上機嫌だ。


「高く売れるのかな?」

「大概罰当たりなことをさらりと言うわね。まぁ、そうするしかないでしょうけど」


 イリックの提案にロニアは仰け反る。残された手はそれしかないのも事実だ。売って金を作り、代替の盾を購入する。オハンは国宝ゆえ、値段がつくのかどうかもわからないが、それなら三大大国に持ち帰ってから売ればいいのであって、ギルド会館で実物を冒険者に披露しながら売却を試みることで、法外な値段でも金持ちが食いつくかもしれない。


「その前に持ち帰り、隊長に相談だ。宿屋に戻り次第、こっそり戻るぞ」


 ウェイクはやや小声で切り出す。こんなことは大っぴらにはできないため、他人に聞かれるわけにはいかない。酒場の喧騒に紛れながらも、四人にだけ伝わるようにそっと漏らす。


「それがいいでしょうね」

「わかりました」


 ロニアとイリックも賛成だ。これほどの盾なら、知り合いに見せればそれだけで話の種にもなる。

 オハンについての話し合いも終わり、一同はもしゃもしゃと食事を進める。ネレネン王国の料理はトリストン大陸では食べられないものばかりだ。皆、競うようにテーブルの上に並べられた皿を空にしていく。


「それにしてもヴォイスさん強かったですね」

「ああ。なんとか勝てたが、実に器量の大きい男だった」

「へぇ、そうなんだ」


 イリックは当然ながら、ウェイクもその強さには感銘を受けた。ロニアは次元の高さについていけず、てきとうな相槌を打つことしかできない。

 ヴォイス。武神祭を二連覇した男。ネレネン王国における最強の傭兵と言われており、四人目の将軍になるはずだった。それはウェイクの優勝により一旦白紙に戻ってしまう。


「私でも絶対勝てないだろうな~。お兄ちゃんなら勝てそう?」

「無理無理。俺はまだ人間辞めてないから」


 自分と相手との戦力分析が苦手なネッテですら、ヴォイスの強さには舌を巻く。

 イリックは準決勝でウェイクに負けて良かったと痛感しながら、串焼きをぺろりと平らげる。


(ウェイクさんと良い勝負してたような……)

(こういう時は必ず謙遜する。なんでだろう?)

(コネクトを差し引いての発言なんでしょうね)


 ネッテ、アジール、ロニアの三人は、半笑いを浮かべるイリックを眺めながらそれぞれの感想を抱く。行き着くところは同じであり、ウェイクとある程度やりあえていたのだから、ヴォイスの背中も見えているのだろうと勝手に推測する。


「ロニア。イリックの才能を限界まで引き出すのはおまえの仕事だぞ」

「そんなことはわかってるわ。魔法を使えないあなたにはわからないでしょうけど、あれって存外大変なのよ? こんな芸当できる人間、見たことないでしょ?」


 ウェイクはイリックの弱点とその克服方法を見抜いている。

 貧乏性であり、言ってしまえばケチな性分は、冒険者という過酷な職業とは相性が良いとは言えない。なぜなら装備品は消耗するからだ。

 イリックがデフィアーク共和国から譲り受けたミスリルソードは、どう転んでも自分達では購入することなどできない。それほどに高額な剣であり、イリック達にとっては一品物だ。

 ゆえに、ここでイリックの性格が足を引っ張る。

 大事に使いたい。

 壊したくない。

 無理な使い方をしたくない。

 こういった考え方が戦闘中であろうと当然のようによぎってしまい、結果、イリックの戦闘力はいくらか削ぎ落とされてしまう。

 この問題を解決する方法はいくつかあるが、最も手っ取り早い方法はロニアの魔法、リーベルタースだ。水で作られた剣は魔法であり、刃こぼれしようが破壊されようが失おうがなんら問題ない。わずかなマジックポイントと引き換えに生成できてしまう。

 武器の消耗を気にせずに、その上すぐに補充できる状況でこそ、イリックというケチな男は実力を発揮することができる。

 もちろんロニアの努力だけではどうすることもできない。いかにリーベルタースの完成度を高めようと、イリックは水の剣すらどこか余所余所しく扱ってしまう。水でできているからこそ、普段以上に丁寧に使ってしまうその性分こそ、真っ先にどうにかしなければならないのかもしれない。


「魔力を高める装飾品でも購入すればいいんでしょうけど……。今はそれよりもアジールさんの防具だな~。あぁ、金足りないな~」

「お家!」


 頭を抱えるイリックとは対照的に、ネッテはピョンと右手を突き上げる。

 自宅も決して後回しにはできない。今日明日でどうこうしなければならないわけでもないが、宿代は散財に繋がっており、ガイストピアスが手に入った今こそ、四人で暮らせる家が必要と言える。

 つまり、サウノ商業国以外に自宅を建てようと、起床後、朝食を済ませ次第テレポートでサウノ商業国へ移動し、めぼしいクエストを受注する。

 今では十分もかからずにテレポート分のマジックポイントが回復するため、その頃にはテレポートが使えてしまう。目的地もしくは最寄の場所へテレポートへ移動し、クエストを達成後、サウノ商業国へテレポートで戻る。

 クエストの完了手続きを済ませ、仮にそれが十分以内に済んでしまおうと、掲示板を眺めるなり仲間や冒険者と軽く雑談をしていればすぐにテレポートで自宅に帰還できてしまう。

 イリックのマジックポイント問題が解決した今こそ、一日の出費から宿代を浮かせられるチャンスだったのだが、肝心の家がイリンによって燃やされた以上、この案は完全に泡となって消えてしまう。


「デフィアークがいいんだっけ? 私はどこでも構わないわよ」

「デフィアーク!」


 この話題は何度も繰り返されている。ゆえに、一同はイリックの考えを把握しており、ロニアは興味なさそうに言ってのける。

 ネッテは右手を挙げて体を揺らす。


「デフィアークで決まりなのか?」

「私はどこでもいい」


 ウェイクは部外者だがこの話題には何度か遭遇しており、不思議そうに四人を眺める。

 アジールは住む場所などどこでもいいと考えており、デフィアーク共和国に住む利便性などこれっぽっちも考えていない。


「本当はサウノがいいんでしょうけど、これもらっちゃったからそこにこだわる必要もないんですよね~。となると、俺としてはデフィアークかな~」


 イリックは左耳に垂らす銀色のピアスをチリンと指で鳴らす。非常に小さな赤い宝石がついており、それがリンダを筆頭に様々な人間の努力によってマジックポイントの回復効果をもたらしている。


「ほんと、釣りバカなんだから」

「釣りバカ釣りバカ」


 ロニアは呆れながら、ネッテはそれを真似ながらイリックを小バカにする。

 イリックは川釣りと海釣りができるという利点から住居の候補をデフィアーク共和国に絞っている。まさに釣りバカゆえの理由であり、こういう時はこれっぽっちも反論できない。


「さすがに家をどうこうは軍長だろうとどうにもならん。四人で暮らすのならそこそこの広さが必要だろう。今の所持金はどれくらいなんだ?」

「六万くらいです! これでも裕福なくらいです!」


 ウェイクは第三陸軍軍長だが、冒険者に家をプレゼントできるほどの権力は持ち合わせていない。

 イリックはこの数日でいくらか減ってしまった所持金を恥ずかしげもなく答える。六万ゴールドは少額ではない。一般家庭の二、三か月分の収入に匹敵する。しかし、冒険者に必要な武器や防具を買うには心もとなく、一軒家に至っては夢のまた夢だ。


「ふ~む……。最低でも百……、いや、百五十から二百くらいは必要だろう」

「あふん」


 ウェイクから非情な現実を突きつけられ、イリックの口から魂が抜け出てしまう。


「それくらいは必要よね~。というか、ここもハッキリさせてないけど、本当に四人で暮らすことを前提に考えを進めてもいいのよね?」

「ミナサンサエヨロシケレバ」


 ロニアの疑問は最もだ。自分達は家族ではない。イリックとネッテは兄妹だが、アジールとロニアは冒険者仲間だ。普通なら一つ屋根の下で暮らすことなどありえない。冒険者はそういうものであり、イリックの案はどちらかと言えば非常識に当たる。


「一緒一緒!」


 ネッテは能天気に笑いながら言い切る。今更アジールやロニアと離れて暮らすつもりなど毛頭なく、イリックは善意からそう提案しているだけだが、ネッテは既に家族気分でいる。


「ハーレム」

「ソウイウコト言ッテルト、アジールサンダケ自宅ニカエシマスヨ」


 アジールは意地悪く言ってのける。事実そうなのだから、ウェイクは笑うしかない。

 イリックはアジールの実家がデフィアーク共和国にあることを突きつけるが、口から漏れている魂で反論しているため、これっぽっちも威厳は感じられない。


「どの道すぐには決められないことだ。どこに住むかも含めて、じっくり考えると良い。その魔法があれば、実質どこにいようと変わらんのだろう?」

「ソウデスネ」


 ウェイクの言う通りだ。イリックはテレポートで三大大国を一瞬で行き来することが出来る。ガイストピアスによりその距離はさらに縮まったと言っても過言ではない。

 何より家を建てるには金が必要であり、それの工面が最も大変だ。住む場所を考えながら、金策方法も検討しなければならない。

 こつこつクエストに励むしかないが、それでは何年かかるか検討もつかない。

 イリック達は次の話題で盛り上がりながら豪華な夕食を済ませ、膨れた腹を摩りながら宿屋に戻る。まだ宿泊を許可されており、今は実質無料で寝泊りができている。ありがたい話だが、今日はここで一泊することはない。


「それじゃ、良いですかー?」

「おー!」

「頼む」


 イリックは詠唱を開始する。

 自分にしか使えない魔法。

 風の大精霊から与えられた魔法。

 別の土地に一瞬で移動できてしまう魔法。

 十一秒じっくりと詠唱し、五人は一旦デフィアーク共和国へ戻る。

 武神祭の優勝を報告するため。

 オハンについて相談するため。

 今後について方針を決めるため。

 既に夜は深まっている。残業しているエミリアと手短に話すことしかできないかもしれないが、トリストン大陸の風を全身で感じることができただけでも有意義な帰還だったと言えるだろう。



 ◆



 翌日。

 イリック達は昼食を済ませた後、ガーウィンス連邦国に向かう。スルフィが使う短剣についての手がかりを得るためと、オハンについて調べてもらうためだ。

 午前中はエミリアを筆頭に、未知の装備品を専門を扱う研究者に見てもらったものの、手がかりのようなものは得られず、ガーウィンス連邦国の館長達に白羽の矢を立てる。

 先ずは火の図書館へ向かう。こういう時はとりあえずゴルドに訊くのが手っ取り早く、手に負えないと判断されても次の行き先を提示してもらえるだろうという算段も働いてのことだ。

 こういう時はわかり易く二手に別れる。

 イリックとロニアが本題に取り掛かり、ネッテとアジールは町をぶらつく。本当はイリックもネッテ達同様ぶらぶらしたいのだが、ロニアがそれを許可してくれるはずもなく、二人は館長室の扉をノックする。


「なんじゃー」


 扉の向こうからやる気のない老人の声が響く。つまりは目当ての人間が室内にいるということであり、イリックとロニアはガチャリと入室する。


「こんにちはー。ちょっと戻ってきました」

「おぉ、話は聞いておるぞ。ウェイク殿が優勝したそうだな」

「ええ。おかげでこれが手に入りました」


 イリックは黒く縁取られた縦長の丸い盾をゴルドに見せる。銀色の装甲が美しく、そこに走る二本の線で作られた傾く十字線も金色に輝いている。


「ちょっと見てくれないかしら? アジールですら扱えないのよ」

「ほほう。どれどれ……」


 イリックから受け取ったオハンが、ゴルドの太い腕にぐわんと負担をかける。オハン自体も決して軽い盾ではないが、この重さはそれだけではなく、まるで盾が持たれることを拒絶しているように重い。すなわち、不適合だということだ。


「至宝神器とやらだったか。すごいもんじゃのう。噂に違わぬ代物じゃ」


 ゴルドはその重みに唸りながら黒い縁を撫でる。決して傷つかないと言われているそれは、噂通り損傷など見当たらない。せいぜいイリックが昨晩つけてしまったパスタの染みくらいだ。


「誰が持っても重たいの。だから使い物にならなくて」

「使い手を選ぶという言い伝えも事実なのじゃろう。残念ながら、今のお主らには無用の長物ということじゃ」

「となるとやっぱり売るしかないのかな~」


 ロニアとゴルドが考える中、イリックは既に売却を検討している。その上、高く売るための手段すら計画している。


「お主にかかれば至宝神器も金でしかないか。傑作じゃのう」

「サウノのギルド会館で売りに出そうかな~。もちろん、装備できる人が見つかればの話ですけど。あぁ、別に欲しいって言ってくれる人なら誰でも構わないか」


 ゴルドとイリックは楽しそうに笑うが、ロニアは二人ほど能天気ではなく、とりあえずオハンの調査を依頼する。


「こんな不思議な盾、きっと誰も見たことないでしょう? 我先に挙手して食いつくんじゃない?」

「ようわかっとるな。まぁ、わしの方で取り掛かってみるわい」


 オハンはこれで一先ず終了だ。何も解決していないが、イリック達にできることはここまでであり、この先はゴルド達のような学者の領分と言える。


「もう一つ、不思議な短剣についても調べて欲しいというかご存知だったら教えて欲しいんですけど……」

「ほう、言ってみい」


 イリックはスルフィが所持していた短剣について切り出す。

 銀色の刃に緑色の装飾が施されており、それは一見すると吹き荒れる風のように見える。手を守る鍔と握る柄は金色に輝いており、傷一つ見当たらないことからまるで新品のようだった。

 この短剣がイリックを困惑させる理由は、握った瞬間、ただならぬ気配のようなものを感じ取れたからだ。

 それが何なのか、それすらもわからないが、その異常性だけは理解できたため、イリックはガーウィンス連邦国まで赴いている。


「ふ~む。それも至宝神器なんじゃろうか?」

「持ってた子はただの一般人よ? まぁ、そんな子が武神祭で勝ちあがれてることも不思議なんだけど」


 いかにゴルドと言えど、今の証言だけでは手がかりが少なすぎる。

 ロニアはイリックから聞きかじった知識しか持ち合わせていないが、ゴルドの今の発言には首を傾けてしまう。

 トントントン。三人が唸る中、扉がやさしくノックされる。

 ゴルドの返事を受けて現れたのは、緑色の服をまとう水の図書館の館長、ガラハだ。イリックとロニアの顔を見て、小さく驚く。


「こんにちは。思わぬお客さんがいらしたんですね」

「おう。ちょいと相談事をもちかけられていてのう……」


 挨拶を交えつつ、イリックはゴルドに話したオハンと銀色の短剣について再び説明する。

 オハンについてはガラハとしてもどうすることもできず、しかし後者については話は別だ。少なくとも、その外見だけは聞き覚えがある。


「――マンイーターかも……しれませんね」

「ほう。あぁ、なるほどのう」

「ふ~ん。その可能性は思いつかなかったわ」


 ガラハの発言に、ゴルドとロニアはいっきに確信へ迫る。イリックだけは一瞬ついていけなかったが、ネッテとは違いその知識は持ち合わせているため、すぐに理解してみせる。


「あ~……、噂って本当だったんですね。だから一回戦よりも二回戦、二回戦よりも準々決勝の時の方が強かったのか」


 イリックはスルフィについて補足する。戦う度に強くなり、終いには戦技すらも戦闘中に習得してみせた。ゆえにイリックは次々と繰り出される攻撃に苦労させられたが、倒せない相手でもなかった。


「外見とその特徴から、ほぼ間違いないでしょう。まさか今はネレネン王国に渡っていたとは……。今でもサウノの警備隊はマンイーターを探してますよ。三十五年前に起きた連続殺人の凶器として」

「そうね。サウノのギルド会館にもそんな依頼が貼られていたわ」


 ネッテですらその名を知っているマンイーターは、三十五年前にサウノ商業国で商人が冒険者や警備隊を次々と殺したことで一躍有名な短剣となる。犯人が自殺したことでこの事件は解決となったが、肝心の凶器が見つかっておらず、風の噂では西のコンティティ大陸に渡り生き血をすすっていると言われていたが、今は東のアリカ大陸に存在している。

 マンイーターについてはそれ以前から存在を確認されており、その不可思議な現象についてもある程度把握できている。

 所有者の身体能力を高める。

 性格を一変させ、攻撃的にさせる。

 所有者と共に、もしくはそれ自体がどこかへ突然消え去る。

 どれも確証はないが、過去の出来事がそうだと結論づけており、イリックからもたらされた情報はそれらを裏付けることが可能だ。


「大発見ですね。もし持ち帰ることができれば、報奨金がもらえますよ。確か三十万ゴールドだったかな」

「さんじゅ!?」


 ガラハの発言にイリックは失神しかける。

 三十万ゴールド。これだけあれば、ミスリル製の鎧には届かないがスチール製の重鎧は購入可能だ。これを足がかりに金策を続ければ、そう遠くない内にミスリル製品も買えてしまうかもしれない。

 まさに夢のような金額であり、イリックは新たな野望を抱かずにはいられない。


(よし、スルフィさんと交渉して譲ってもらおう)


 スルフィがマンイーターに支配されている可能性などこれっぽっちも考えず、イリックは穏便な方法で話を進めようと画策する。


 こうしてネレネン王国に三つの思惑が交錯する。

 ロメロン王はイリックからオハンを、スルフィからマンイーターを奪取したい。

 スルフィはイリックを殺したい。

 イリックはスルフィと交渉したい。

 三人は自分達の願いを実現するためそれぞれのやり方を推し進める。

 全員の希望が実ることはない。

 己の目標を達成するためには他人を押しのけなければならず、すなわち新たな戦いの始まりを意味する。

 それだけではない。リザードマンの大軍が迫っており、王はその前に済ませてしまいたいと画策している。

 三つ巴の戦いはしたたかに始まろうとしている。


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