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コネクト・クエスト  作者: ノリト ネギ
ネレネン王国と武神祭
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第五十七章 冒険者と軍人と傭兵と王

 イリックはゆっくりと腰を上げる。試合開始時間が迫っており、出場選手としてそこへ向かわなければならない。

 ウェイクも立ち上がる。向かう場所は一緒だ。

 会場は異様な熱気で満ちている。これから始まる試合がそうさせるのか、これまで繰り広げられた戦いの余熱なのか、それはこの二人には判断できない。

 観客席に座る面々はイリックとウェイクを目で追う。この状況は誰もが予想できなかった。トリストン大陸から招いた客人二人が自分達を打ち負かし、準決勝で合間見えることのだから。

 ヴォイスは傭兵を代表してこの戦いを見届ける。

 ネレネン王国で発足された傭兵制度。

 それを発足させた傭兵会社。

 長い年月によって国に馴染んだこの仕組みの集大成こそがヴォイスだ。がっしりと構えて、今はただただ次の戦いの行く末を見守る。

 ロメロンは右に宰相を、左に王妃を並べ、今は瞳を閉じてその時を待つ。


 事の発端はガーウィンス連邦国からの要請だ。

 四人の冒険者がネレネン王国およびアリカ大陸で冒険をしたがっている。検討してくないだろうか? そんなやり取りから始まる。

 宰相から話を聞いた王は一旦その話を保留する。冒険者なる存在がどんなものかわかりかねていたことと、そもそも目的が見えなかったからだ。

 スパイだとは思わなかった。正規ルートで話を持ちかけてくる時点でその線はありえない。

 断るほどではないのかもしれないが、受け入れることもできず、ネレネン王国は回答を急かすガーウィンス連邦国に曖昧な態度をとり続ける。

 何度目かの要請の後、この話は一旦途切れる。ガーウィンス連邦国が非常事態に陥るからだ。

 それはネレネン王国に行きたがっている四人によって解決を迎える。ゆえにガーウィンス連邦国は再び交渉を開始する。

 終わったと思っていた話が再び浮上し、ネレネン王国、とりわけ宰相は驚く。この大陸に来て何がしたいのだ? そう思わずにはいられない。

 ガーウィンス連邦国は質問に一つずつ答えていく。

 冒険者は未知の世界を知りたがる。

 冒険者はモンスターと戦いたい。

 冒険者は旅を望む。

 冒険者は自分の足で見て周りたい。

 次なる目的地がアリカ大陸であり、ネレネン王国なのだと説明する。

 軍人とも傭兵とも異なる背景に王は高々と笑い、判断を宰相に委ねる。すなわち、王は既に了承している。

 ベークはロメロンよりはいくらか保守的だ。年寄りということも関係しているのかもしれない。

 ゆえに異国からの客人が何か変なことをしでかさないか必要以上に警戒してしまう。しかし、思いついてしまう。

 武神祭に来賓として招き、出場させることを。そうすることでより一層盛り上がるのでは、と考え、王に相談する。

 ロメロンは当然のように首を縦に振り、長々と続いた交渉はついに成立する。

 この落とし処は両国にとっても都合が良い。

 ガーウィンス連邦国は四人の冒険者の願いを叶えることができる。

 ネレネン王国は今年の武神祭をより一層盛り上げられる。

 そして武神祭二日目。

 会場は想像を越えるほど震えており、その目論見は成功したと言い切れる。


 王はゆっくりと口を開く。


「この二人は何者だ?」

「軍人と……、冒険者なる傭兵もどきです」


 宰相が知っていることはこの程度だ。ウェイクについては軍人ゆえ、それほど誤った認識を抱いてはいない。一方でイリックについては何もわかっていない。もちろん、ガーウィンス連邦国からある程度の情報は流してもらったものの、正確な実力までは把握できていない。


「トゥリン、そこまで目はよくないのだけど。この軍人さん、もしかして三将軍に匹敵してないかしら?」


 王妃のつぶやきが隔離された観客席に沈黙をもたらす。

 王も宰相も同じ考えに至っている。それほどまでに、ウェイクの戦闘内容は秀逸だ。

 オランヤンとヴォイスは一年前に決勝で戦っている。結果はヴォイスの圧勝だったが、少なくともウェイクのような異常な勝ち方ではなかった。

 傭兵と傭兵が腕を競い合い、その果てにヴォイスが勝利を掴み取る。

 しかし、先ほどの戦いは異質だ。軍人と傭兵が戦い、オランヤンが全力を出し切った上で完膚なきまでに倒された。

 震えずにはいられない。この事態は王を非常に興奮させる。


「これからの二戦。しかと眼に焼き付けるぞ」


 好戦的な王が作り出した新たな戦場。そこに降り立つ二人が異国の人間であろうと、高鳴る鼓動は抑えられない。


 薄暗い廊下を二人は歩く。控え室で簡単な手続きを済ませたため、後はそこへ向かうだけだ。


「手加減してください」

「ふ、俺がそんなことはできない人間だと知っているだろう」

「ですよね~」


 イリックはとりあえず頼んでみる。当然のようにあっさりと却下され、小さく肩を落とす。

 もうすぐ通路は右左に別れる。その先で出会ったら二人は戦わなければならない。ゆえに今の内に色々確認せねばならないことがあり、イリックはせっせと言葉を紡ぐ。


「あの約束、覚えてくれてますよね? ウェイクさんが優勝しても、盾くれるんですよね?」

「ああ。ただし、俺をある程度苦戦させたらだぞ?」

(あれ? ハードル上がってない?)


 それでもウェイクが覚えてくれていることに変わりはなく、イリックは若干腑に落ちないが、歩みを止めたりはしない。

 廊下は薄暗く、そして静かだ。会場の雰囲気が偽りのように感じてしまう。

 聞こえるのは二人の足音だけ。やがてそれは二つに別れ、再開は十六名の選手が汗を流した戦場で済まされる。


「そうだ。さっきみたいに素手で戦ってくれませんか?」

「さすがにそれでは勝てん。本気で行かせてもらうぞ」

「いやー!」


 再開ついでにイリックはハンデを提案する。

 さすがのウェイクも、ミスリルソード無しではイリックに敵わないと踏んでおり、同時にそれだけイリックを評価しているとも言える。


「お兄ちゃんもウェイクさんもがんばってー!」


 ネッテの声がドヨドヨと騒がしくなり始めた会場に響く。


「妹も応援しているぞ。さぁ、本気で来い」

「おもいっきりウェイクさんも応援されてますよ」


 ウェイクは仁王立ちだ。まるで一ヶ月間の模擬戦の答え合わせをするかの如く、イリックの意思を迎え撃とうとしている。


(結局、まだ一回もウェイクさんには勝ててないんだよな。でも、今回は……)


 勝たなければならない。イリックは鼻息荒く背中のミスリルソードを抜き去る。

 銀色の刃は輝いており、刃こぼれの類は一切見受けられない。深みのある黒一色の柄は握り心地がよく、手を守る鍔も黒く輝いている。

 武器は問題なく、次いで防具を確認する。赤いコートはいくらか汚れているが、物としては決して不備がない。いくつもの戦いをくぐり抜ける度にぼろぼろになるが、魔力を流すことでこの防具は再生する。ブレイズマーシャラー、火の大精霊に祝福されたこの服は、準決勝でもイリックを守るために体を包む。

 異国の二人にネレネン王国における最強の軍人が歩み寄る。イリックよりも、そしてウェイクよりも長身の男は来賓を称えるように声を放つ。


「準決勝をここに始める! 選手はトリストン大陸から遠路遥々おとずれた両名! 冒険者のイリック! デフィアーク共和国の軍長ウェイク!」


 会場が波打つようにどっと湧く。戦いがこれから始まるのだから、平常心を保てる人間などここにはいない。

 敗れた者達は羨望の眼差しを向けながら勝者を眺める。

 ネッテ達はわくわくしながらも二人を応援する。

 ヴォイスは黙って挑戦者を待ちわびる。

 王はうれしそうに眼下を見下ろす。

 アインが右手を上げると会場は少しだけ静まる。その時が来たからだ。


「両者! 構え!」


 イリックはそっとミスリルソードの刃先を斜め前に向ける。

 ウェイクは自然体を維持しながらも背中のミスリルソードを鞘から抜き、右手だけでぎゅっと握る。

 二人は既に何度も戦っている。ゆえに相手の戦い方は熟知しており、今更どう立ち振る舞えばいいかなど考える必要もない。やるべきことは決まっており、やれることをやるしかない。


「始めえぇ!」


 審判の咆哮と共にイリックは右足を前に出す。動かないウェイクに構わず左足も動かす。じわりと距離が縮み、そのまま先制攻撃を繰り出す。

 上から下へ。

 下から斜め上へ。

 右から左へ。

 左から右下へ。

 その度にミスリルソードがぶつかりあう。

 イリックは右手だけでそれを振りぬき、ウェイクも右手だけでいなしきる。

 十秒。

 十五秒。

 二十秒。

 数え切れないほどの激しい金属音が会場に鳴り響く。

 両者は決して接近し過ぎず、片手剣同士が届くギリギリの間合いで攻防を続ける。この状況は誰が見ても前哨戦に過ぎない。

 時折動作が緩やかになろうと、それは次の攻撃への溜めであり、イリックがじりっと腰を落とせばウェイクは剣筋を読み防御の構えへ移行する。

 ウェイクがぐっと腕に力をこめれば、イリックは回避に専念する。

 阿吽の呼吸で行われる剣撃のぶつかり合いは観客を魅了するためではないが、会場に響く音は激しい金属音だけだ。

 観客席が息を飲む中、ウェイクが走り出す。

 振り下ろされた一撃は重たく、イリックはミスリルソードを横に寝かして眼前で受け止める。

 両者は言葉を交わすことなく、戦い方を移行する。顔と顔がぶつかるほど接近したのだから、ここからはその距離で戦えばいい。

 ウェイクは右ひざをイリックの腹に打ち込む。

 イリックは左手で受け止めるも、その蹴りは連撃であり、膝蹴りから上段蹴りへの変化には対応しきれない。

 一瞬開いた距離はウェイクの踏み込みによって縮まる。その勢いを乗せて繰り出される斬撃はやはり重たいが、イリックは寸でのタイミングで受けきってみせる。


(ミスリルソードが磨り減っちゃいそうだけど、ウェイクさん相手にはどうしようもないな)


 大事な片手剣を庇いながら戦うことなどできない。眼前の軍人は自分よりも強いのだから、実力以上を発揮しながら立ち向かうしかない。覚悟を力に変えて、先ずは一撃当てることに専念する。

 上から圧し掛かる片手剣を受け流すように、イリックは自身のミスリルソードを傾けてウェイクのそれを地面に滑らせる。一瞬前のめりになったウェイクを蹴り飛ばし、両者の距離は再び開く。


「もっと腰を入れろ」

「ですよね~」


 とりあえずの蹴りを成立されたものの、それはウェイクをいくらか後方へ飛ばすことにしか繋がっておらず、ただでさえ頑丈な肉体にはこれっぽっちも痛みを与えられていない。


「せめてこれくらいはしてみろ」


 まるでお手本のように、ウェイクは大きく一歩を繰り出し、二歩目の代わりに上段蹴りを披露する。

 イリックは左腕の骨を折られながらもなんとか受けきり、流れるように繰り出された頭上からの一太刀をキュアを唱えながら右手のミスリルソードで防ぐ。

 ウェイクはそれを見越していたかのように左腕でイリックの顔を殴る。


「くぅ」


 鼻から流れ出る何かが熱いが、殴られた場所はそれ以上だ。

 まだ続くぞ。そう言わんばかりに、ウェイクは右肩に銀色の片手剣を担いだまま左手で細かくパンチを繰り出す。

 上半身の動きだけでそれを回避したイリックは、体をぐるりと右回りに回転させて右足に斬りかかる。

 ウェイクは担いでいたミスリルソードを振り下ろし、迫り来る鋭い攻撃を受け止める。

 鳴り止まぬ攻撃音を聞きながら、観客席のロニアは以前から思っていた疑問を口にする。


「あなた達ってこれ見えてるの?」

「うんー」

「少しだけ」


 ロニアには二人の攻防が目で追えない。イリックの身のこなしは切れ味鋭く、ウェイクの動きは人間のそれではない。

 一方、ネッテは普通に見えている。

 残念ながらアジールには難しい。それでも残像のようにかろうじて要所要所を把握できるため、戦いの行く末を手に汗握りながら見守ることができる。


「こういう時は心底前衛がうらやましいわ」

「でも、ほら。時々止まる」

「動き出したらさっぱりだもの。というか、イリックなかなかいい勝負してるわね」


 アジールの言う通り、二人は動きっぱなしというわけではない。

 相手の出方をうかがうため。

 次の攻撃の予備動作として。

 殴られ怯み、足を止める。

 様々な理由で両者は一時的に動きを緩める。


「あ、またキュア使った。マジックポイント最後まで持つかな?」

「どうかしらね。そこまで長期戦になるのかしら?」


 ネッテはイリックのキュアの回数を数えている。戦闘開始以降、イリックの体は二度白い光に包まれている。すなわち、残り回数は九回だ。


「ピアスあるから大丈夫?」

「ガイストピアスね。すごいマジックアイテムだわ。私も欲しいくらい」

「お兄ちゃんならくれると思うよー」


 アジールの推察は正解だ。ガイストピアスによってイリックのマジックポイントは毎秒回復する。キュアを使うなら、早めに使ってしまった方が効果的だ。

 マジックポイントがなければ何もできないロニアとしては、夢のような装備と言える。もっとも、ロニアはイリックとは異なり、膨大なマジックポイントを保有している。その量は攻撃魔法だけではそうそう枯渇しない。


「あんまり似合ってない」

「それ、本人の前で言わない方がいいわよ。へこむらしいから」


 アジールもロニアも心の中では思っている。やや童顔なイリックにはピアスのような装飾品がマッチしていないことを。それでも口にはしない。大人だからだ。


「私言っちゃったー、あはは」

「そう……。リンダやウェイクにも散々言われたらしいし、今更気にしないでしょう」


 あっけらかんと笑うネッテを他所に、ロニアは身内の戦いを眺める。


(勝てそうには……ないわね)


 そう思うのはロニアだけではない。他の観客も似たような感想を抱いている。しかし、その胸中はバラバラだ。

 ある者はこう思う。ウェイクが出場していなくても、代わりにこの少年にやられていただろう、と。

 ある若者はこう考える。自分が戦った時よりも速い、速すぎる、と。

 ある女は不思議がる。どんな才能があればそこまで強くなれるのだろう、と。

 ヴォイスはギリッと見据える。想像を越える戦いが眼下で繰り広げられているからだ。

 一人だけ、他の観客とは全く異なる野望を抱く少女がいる。準々決勝でイリックに敗れたスルフィだ。心は折られ、ヴォイスとイリックの殺害を達成できなかった復讐者は、マンイーターによってより一層黒い感情を抱かされる。

 ヴォイスはもはやどうでもいい。この男だけはなんとしても殺さなければならない。

 スルフィは刺さるような視線をイリックに向ける。なぜだかわからない。それはスルフィもマンイーターも同様だ。それでも殺さねばならない。この短剣よりも不可思議な存在に、今はただ殺意を向けることしかできない。

 勝てない。まだ実力が届かない。ゆえに眺めることしかできず、スルフィはまるで自分の意思だと錯覚しながら考えさせられる。


(どうやればあの男を殺せるの?)

(今は耐えなさい。でも、なんとしても殺すのよん)


 もはや父親の仇などどうでもよく、標的な一人に絞られる。ミスリルソードをぶつけあう片割れ。赤いピーコートをまとう少年。

 内側から沸き起こる殺意を煮詰めながら、スルフィはマンイーターの完全な手駒と成り下がる。

 この短剣にとってもわからない。なぜそうしなければならないのか、それがわからない。イリックとの接触時に感じた違和感は、決して味わってはいけない感覚だと察したからかもしれない。

 唯一わかることは、創造主の意向を阻害しかねない存在、それがイリックという冒険者だ。

 観客から熱い視線を向けられながら、二人は拳で殴りあう。脇をしめ、ファイティングポーズを保ちながら右腕と左腕を素早く相手へ突き出す。

 両者の片手剣は、少し離れた場所で寄り添うように地面に刺さっている。つばぜり合いの過程でイリックがいなすように蹴り、二本のミスリルソードは二人の腕を支点としてぐるりと円を描き、反対側で地面に到達したからだ。

 イリックが引き抜くよりも先にウェイクが殴りかかり、両者はそのまま格闘戦を開始する。

 この攻防、残念ながら互角ではない。それは誰の目からも明らかだ。

 イリックの拳も時折ウェイクの顔面を捉えるが、ウェイクの拳はその数倍イリックを殴っている。

 殴られる度によろめくイリックと、ビクともしないウェイク。パンチの威力か打たれ強さが原因か、それは誰にもわからないが、戦況は一方的だ。

 しかし、回復魔法の有無がその差を埋める。負傷しようとキュアがリカバリーしてくれるからだ。もっとも、その回数は有限であり、無尽蔵に詠唱することはできない。両者は共にそれをわかっているからこそ、一旦離れた武器へじりじりと殴り合いながら歩み寄る。

 イリックの拳が二度三度とウェイクの顔を殴るも、わずかに仰け反らせることしかできない。それでも今はそれで十分だ。地面に刺さる片手剣を抜き去ることに成功したのだから。

 ウェイクもほぼ同時に自身のミスリルソードを抜き、二人は改めて剣撃を繰り出しあう。


(やっぱりまだ無理かぁ)


 イリックは再認識させられる。第三陸軍軍長にはまだ勝てない。そんなことは一ヶ月の鍛錬で散々思い知らされており、それでも武神祭では優勝せねばならず、そのための一ヶ月でもあった。

 イリックとウェイクは一日に数回練習試合を行った。結果は当然のようにイリックの全敗だ。しかし、鍛錬の日々が無駄ではないことを両者は理解している。

 徐々にウェイクの背中が見え始めたと実感できているイリック。

 日に日に成長するイリックとうれしそうに剣を交えるウェイク。

 今ではこうして長々と戦える。今回の武神祭において、この戦闘時間は最長記録だ。両者は既に十分以上も戦っており、終わりはまだ見えない。


「動きが鈍ったぞ。疲れたか?」

「い、いえ。まだ大丈夫です」


 ウェイクの言う通り、イリックはいくらか消耗している。それもそうだろう。この男と戦うということは、全力を出し続けなければならないのだから。

 一方のウェイクはこれっぽっちもスタミナを消耗しておらず、それを証明するように今までで最も力を込めた斬撃を振り上げる。

 耳をつんざく金属音と共に、イリックの手から離れたミスリルソードが弧を描きながら飛んで行く。

 勝負あり。審判のアインすらそう判断するこの状況において、イリックとネッテだけはまだ諦めない。

 ここまでの戦いにおいて、イリックはあるポリシーを守ってウェイクと相対していた。尊敬する相手だからこそ同じ土俵で戦いたいという願望とわがままの混ざり合う感情に従って剣をぶつけ合っていた。

 今の自分ならある程度やれるだろうという自信と誇りもあり、それを可能としてきたが、それはこの瞬間に終わりを告げる。

 ウェイクの圧倒的な腕力に敵わず、こうして片手剣を弾かれてしまう。こうなってしまっては、イリックに取れ得る選択肢は二つしかない。

 降参か反則すれすれの全力だ。

 当然、イリックは後者を選ぶ。負けるつもりもなければ、まだ戦えると自負しているからだ。

 飛んで行くミスリルソードを眺めながら、イリックは迫るウェイクを倒すためにそれを発動させる。


「さぁ、来い」


 ウェイクも理解している。この少年はまだ倒せない。ここからが本番だと。

 元来、それはこの状況で使ってはならない。観客席からは多くはないにしろ、見物人がささいな動作も見落とさないよう目を見開いて観戦している。それでもそうするしかなく、イリックはここまで出し惜しみしていた自分だけの魔法を使う。


「コネクト」


 イリックに片手剣を振り下ろすウェイクの動作が停止する。

 武神祭の会場からはわずかに色が失われていき、元々静かだったが今は完全な無音状態だ。

 ウェイク同様、観客席の人々も動かない。

 イリックはそれを確認した上で、吹き飛ばされた自分のミスリルソードを掴むために飛び跳ねようとする。

 その時だった。

 視界で何かが動き出す。それは椅子から立ち上がり、慌てた様子で左右に首を振る。


(何!?)


 イリックが困惑するのは当然だ。コネクト発動後、自分以外は三秒間、動くことができないのだから。

 しかし、その男は動く。この状況を理解できていないらしく、ただただうろたえているようにも見える。

 黒髪をセンター分けにしており、両耳が隠れる程度には長い。

 赤い衣服とマントはまさに王族のためのそれであり、金色の刺繍はひたすらに艶やかだ。

 隔離された観客席に座る二人の内の一人。ロメロン。ネレネン王国の王だ。


「なんだこれは!?」


 王とて、こんなことは初めてだ。無音かつ、誰も動かないばかりか、人間以外の景色が灰色がかっている。

 姉も宰相も身動き一つとらない。動けているのは、そしてこの時間を認識できているのは自分だけであり、リザードマンかオークの仕業かと錯覚してしまう。

 そして二人の視線がぶつかる。

 ロメロンとイリック。

 王と冒険者。

 観客と選手。

 静止した会場で、二人は互いの状況を理解し合う。

 なぜ動ける?

 何をした?

 もちろん答えなど得られず、そして三秒が過ぎ去ってしまう。

 その直前にイリックはやるべきことをやるために飛び跳ねる。同時に世界は色と音、そして時間を取り戻し、ウェイクの攻撃は空振りに終わる。

 空中で武器を掴んだイリックは、着地と同時に体勢を立て直すも、今は半ば錯乱状態だ。


(なんで王様が動ける? まるであいつじゃないか……)


 イリックは知っている。コネクトの静止時間に招かれざる客人として踏み込んできた存在を。

 北の地に救う煉獄のモンスターを呼び出した張本人。三つの人格を宿したゴブリンのフブキだ。

 フブキ自身、正確には煉獄の力を扱えるネル自身、なぜそんなことが可能なのか理解できずにいた。

 イリックにとってそんなことはどうでもよく、言えることは一つ、ネルは絶対悪であり、倒さなければならないモンスターそのものだった。

 そして、ネレネン王国の王もまた、コネクトの静止時間に土足で踏み込む。コネクトの通用しない相手は要警戒だとイリックの中の方程式が進言する。ロメロンもまた、ネルのような存在なのかもしれないと今は決め付けざるをえない。少なくともただの人間ではなく、もしかしたら人間ですらないのかもしれない。

 イリックは目を見開きながら、自分を見下ろす男を凝視し続ける。

 ウェイクもイリックから違和感を感じ取る。コネクトを使い窮地を脱したことは既に把握できており、試合が振り出しに戻ったことも理解できている。

 しかし、イリックの様子がおかしい。自分ではなく、なぜか観客席を見上げている。心底驚いているその表情が異常事態が起きたと物語っており、ウェイクは武器を構えなおして口を開く。


「どうした?」

「勘違い……ってことはなさそうです。試合が終わったら説明します。ウェイクさんがいてくれれば、とりあえず襲われてもなんとかなるでしょうし……」


 その発言は思ったよりも芳しくない状況だと暗にほのめかしており、ウェイクはあまりよろしくない頭で自分達に危機が迫っていることを推測する。


「試合を中断した方がいいのか?」

「多分大丈夫だと思います。全員がぐるってわけでもなさそうですし……。何より、まだあちらさんも良くわかってないようです」

「ふむ」


 ウェイクは左手で頭を掻きながら、とりあえず試合続行を了承する。敵がいるのかもしれない。その敵を認識することはできたが、目的までは掴みかねている。イリックの得た情報をそう分析し、剣先を斜め前に向ける。

 戦っている場合ではない。

 今すぐにでも問いかけたい。

 しかし、今は準決勝の最中だ。イリックにとって最も重要なことはロメロンに真相を聞きだすことだが、次点はウェイクを倒すことだ。

 途切れた集中力を復活させ、ふつふつと真の実力を発揮する。

 イリックにとって、この状況は不運に他ならない。いかに目の前の対戦相手へ集中しようとしても、どうしてもロメロンによって阻害される。

 それでもやるしかなく、アジールに喜んでもらうため、イリックはアジール自身から力を借りる。


「インビンシブル」


 イリックの体から風のような圧力が発生する。それはウェイクや三将軍は当然ながら、観客席にも重圧となって届く。

 トリストン大陸から招かれた客人以外の全員が度肝を抜かす。この戦技は非常に稀有なことで有名であり、この場で使えるのは三将軍のアインだけだ。

 珍しい。何より超高性能なことから、観客達は勝敗の行く末を見失う。

 一分間、無敵と化したイリックは防御と回避を捨ててウェイクに攻撃を開始する。斬られようと、殴られようと、蹴られようと、一切の攻撃を受け付けなくなった肉体の前では意味を成さず、今はただミスリルソードで相手を打ち負かすことだけを考えればいい。


「本気出したようね」

「がんばれお兄ちゃーん!」


 さすがのロニアもこの程度のことはわかる。コネクトの発動およびインビンシブル。イリックが本大会でとり得る最終手段だ。残念ながらネッテやロニアの戦技や魔法は使えない。イリックはパラディンとして武神祭に出場しているのだから、ローグやメイジのそれらを使うわけにはいかない。


「なんだと?」


 ヴォイスは目を疑う。インビンシブルはただの戦技ではないことを誰よりも承知している。ただ珍しいだけの戦技ではない。戦いの果てに辿り着ける極致にてやっと習得できる言わば選ばれし者にのみ許される特権のようなものだ。

 ヴォイス自身もまだそこには至っておらず、ゆえにこの状況は受け入れがたい。しかし、イリックはそれを発動させ、対戦相手に猛攻を開始している。

 勝ち上がるのはウェイクではない? そんな考えが頭をよぎる。

 周囲の観客も息を飲む。そんな中、スルフィだけは怯むことなくこの事実を受け入れる。それほどに手ごわい相手なら、自身もそれ相応に強くなればいいだけだ。そのための方法を今はじっと考える。

 この男がインビンシブルを使おうと関係ない。それを使わせた上で、効果が切れたタイミングで殺せばいいのだから。戦技の弱点は効果時間の短さであり、そこを突いてしまえば案外脆い。

 イリックは攻撃に変化をもたせるため、ミスリルソードを逆手に持ち絶え間ない剣撃を繰り出す。

 ウェイクは後退しつつも同じ剣でなんとかしのぐ。防御を捨てたその攻撃に淀みはなく、さしもの軍長もじりじりと押されて行く。

 デフィアーク共和国での一ヶ月。毎日のようにイリック達は模擬戦を行い続けた。

 ウェイク。

 マッカス。

 最強クラスの軍人にしごかれた結果、イリックは両名の影響を受けつつ進化を果たす。先ず、相手を斬ることしか考えていなかった戦闘スタイルに変化が現われる。

 ウェイクがそうするように、打撃や蹴りを織り交ぜるようになる。そうすることで相手を怯ませ、無理やり隙を作る。よろめかすことに成功してしまば、後は斬りかかれば終わりだ。

 マッカスからは体の使い方を吸収する。見よう見真似でしかないが、毎日のようにボロ雑巾の如く扱われれば、イリックの意思に関係なく体が覚えてしまう。

 マッカスは全身を使って槍を操る。槍をしならせ、自身の体も捻じ曲げ、常軌を逸した破壊力を実現する。体の柔らかさはウェイクを越えており、その戦い方は本能で動くネッテを彷彿とさせる。

 手堅い戦い方の中に格闘戦を組み込むウェイク。

 身体能力の高さを遺憾なく発揮するマッカス。

 それらがイリックに溶け込み、この冒険者は次の段階に至る。

 それだけではない。数え切れないほどの模擬戦が身体能力を成長させつつも、圧倒的な戦闘経験を積ませる。

 日数にして二十五日。イリックは朝から晩まで様々な軍人相手に戦いを挑まれる。

 興味本位で挑む若輩者。

 そこそこの実力を備える優秀な軍人。

 隊長。

 軍長。

 平均すると、一日の試合数は四十を越える。すなわち、イリックはおよそ千試合を経験したことになる。この数はイリックという男の経験不足をいっきに解消させる。その上で、体の使い方や片手剣の扱い方、体力の温存の仕方を学ばせ、ウェイクという圧倒的に格上な軍人の背中に手を届かせる。

 そうでなければ、いかにインビンシブル中であろうとこの一撃は届かなかった。ウェイクは銀色の装甲の隙間を浅いなりにも斬られ、腹部から出血させられる。


「その程度か?」

「あぁん、やっぱり強~い!」


 試合を終わらせるつもりの一撃が軽症にしかならない。イリックはウェイクとうい壁がいかに高く厚いか、無理やり思い知らされる。

 ウェイクは攻撃をしかけない。インビンシブルを使ったイリックとは何度も戦っており、攻撃の無意味さは十分理解できている。

 防御に徹するこの男にダメージを負わせることは今まで以上に困難だ。それでもやるしかなく、いくらか縮まった実力差がそれを可能とする。

 時間は既に三十秒経過しており、残された猶予は少ない。両者はそれを理解しており、ウェイクは時間を稼ぐためにも、イリックの重い攻撃から一時的に開放されるためにも、後方へふわりと跳ねる。

 その行為は今のイリックにとって隙でしかない。追いかけるように飛び跳ね、空中でウェイクを細かく切り刻む。

 左頬、右腕、左腕、右脇腹、左足。全身に切り傷を負わせることに成功したイリックは、両者が地面に辿り着くよりも先にダメ押しの回し蹴りを浴びせる。

 吹き飛ばされ、ウェイクは壁に激しく叩きつけられる。硬い壁には網目状にヒビが入り、細かい欠片が無造作にこぼれていく。

 イリックは攻撃の手を休めない。この程度で倒せる相手ではないことを知っている。なによりまだまだ足りていないことも承知している。ゆえに加速し、追撃を試みる。

 それでもこの男には届かない。激しい衝撃に晒されながらも尻餅すらつかずに耐え切ったウェイクは、背後の壁をグンと押し、迫り来る赤いコートに右足を打ち込む。

 イリックはお返しと言わんばかりに蹴り返され、そのまま反対側の壁に叩きつけられる。ダメージは負わない。そういう意味では問題ないが、残り少ない時間は着々と消耗させられる。


「この程度では、あの約束は無しだな」


 ウェイクはゆっくりと歩みを進めながら切り出す。ウェイクが優勝したら、オハンをアジールに譲るという話だ。

 まだその条件を満たせていないと突きつけられてはイリックとしても奮い立つしかなく、そもそもその約束以前に勝つつもりでいる。

 インビンシブルの残り時間は後わずか。しかし、あえて走ることなくイリックも歩き出す。

 勝つ。

 勝つしかない。

 勝ってみせる。

 勝たなければならない。

 そういった想いがイリックの背中を後押しする。この一振りで決める。そう決意し、越えなければならない相手をじっと見据える。

 集中しきれなかった。そういう意味でも、イリックはまだ未熟なのかもしれない。

 ふと、隔離された観客席で立ち尽くす男が視界の隅に入る。偉そうなその佇まいは紛れもなくこの国の王そのものであり、コネクトの静止時間を認識した上で動いてみせた異質な人間だ。

 何者なんだ?

 そんな疑問を抱きつつも、一旦頭を切り替えてゆっくりと駆け足へ移行する。


「さぁ、来い」

「お言葉に甘えてぇ!」


 二歩、三歩と大きな歩幅で距離を詰め、イリックは言われた通り飛びかかる。右手だけで上から下に振りぬかれるミスリルソードは空気すらも切り裂きながら衝撃のような音を発生させる。その速度はごく少数の人間にしか追えない。少なくとも、他の出場選手なら全員これで倒せていただろう。だが届かない。

 わずかによぎってしまったロメロン王の異常性が、イリックの動きをほんの少しだけ鈍らせる。

 ウェイクは静止すると同時に左足をさっと後ろに動かして体を後退させる。目の前を通り過ぎる銀色の剣身をやり過ごし、左腕でイリックを殴り飛ばす。

 痛みは感じない。インビンシブルが効果を失う直前だったからだ。しかし、それも終わりを告げ、ここから先はやるかやられるかの二択となる。


「どうした?」

「ふ~。自分がいかにふがいないか、思い知りました」


 ウェイクの問いかけにイリックは乾いた笑いを浮かべることしかできない。集中しなければならない状況にも関わらずそうできない自分の情けなさを嘆きつつ、それでもなお、まだ諦めてはいない。

 イリックは今、コネクトでアジールと繋がっている。ゆえにインビンシブルを使えたのであって、その効果が消え去ろうと力強い暖かさのようなものは感じ取れている。

 長身で無口で小さいものを愛でたがる自慢の仲間。

 彼女のために優勝すると決めたのだから、今はロメロンに浮気をしている場合ではない。やっとそのことに気づけたイリックは、先ずは師匠とも言うべき男を乗り越えることから始める。

 デフィアーク共和国を守ろうとしている軍人と仲間のことしか考えていない冒険者とでは勝負にならないのかもしれない。それでも今は倒さなければならず、アジールのためにその一歩を踏み出す。

 仲間のために積んだ一ヶ月の時間がそうさせたのか。

 コネクトで繋がっているアジールを強く想ったからか。

 それはイリックにもわからない。わからずとも、その片鱗を少しだけ開放させることに成功する。

 インビンシブルを発現させた先ほどとは異なる圧力がイリックから放たれる。それは無風の会場を揺らし、ウェイクも三将軍も観客達もビリッと圧迫される。


 コネクト。イリックはこの魔法を既に何度か成長させている。

 コネクトそのものの効果時間は六十秒から始まったが、今では十分間も継続する。この時間内なら、ネッテ達の戦技をいつでも使える。

 再使用時間も大幅に短縮された。四十五分から始まったそれは、今では四分の一未満の十分だ。それでも魔法とは思えぬ長さだが、戦技と比べれば珍しくもない。

 何より、ネッテから始まった接続対象者はアジールとロニアにまで拡張されている。イリックは仲間全員と繋がったことになる。

 これで完成だと思い込んでいた。

 コネクトいう不思議な魔法はこれ以上成長しないと思っていた。

 イリックはこの考えが間違いだとこの瞬間に思い知る。

 ここまでは第一段階。

 ここから先は第二形態。

 力量を正確に捉え、その上で仲間のために戦うことを選んだ少年は、与えられた力を自分自身のものへ昇華させる。

 新たな段階への一歩は、ウェイクとの距離を詰めるためにも必要な一歩だ。


「行行ききまますす」


 行きます。イリックの一言は周囲の人間を驚かせる。声が二重に聞こえたからだ。何より、その存在感が一変している。まるで人間ではないようなその気配は、もちろんモンスターのそれとも異なり、未確認なものにしか思えない。


(何かを掴んだようだな……。俺も全力で迎え撃つ)


 迫り来るイリックはもはや別人だ。心優しい少年ではなく、獲物を倒すために牙をむき出しにする野生動物のそれだ。

 殺意は感じられない。当然だ。イリックは身内を殺そうなどとはこれっぽっちも思わない。そんな感情を抱かずとも相手と戦うことは可能であり、そういう意味でもイリックは、マンイーターに飲まれた少女や優勝候補だった双子の子供よりは幾分格上なおかもしれない。

 ウェイクがミスリルソードを構えると同時にイリックがその場から消え去る。先ほどは避けられた飛びかかり斬りが今回は受け止められる。

 避けられなかっただけよしとしよう。イリックはそう捉え、そのままウェイクを押さえつけていく。


「こ、これは!?」


 不利な姿勢ということを差し引いてもウェイクはイリックに抗えない。覆いかぶさるように迫るイリックにじりじりと押しつぶされ、ついには横に寝かしながら堪えている自身のミスリルソードが左肩にめり込み始める。ぶしゅっと血液があふれ出し、左腕の機能が低下していく。

 このままでは負ける。ウェイクはうれしさと悔しさを混ぜ合わせながら状況を受け入れる。

 なぜか冷静にこの状況を捉えることができたからこそ、その一言が口に出てしまう。


「このままでは俺達のミスリルソードは折れてしまうかもしれんな」


 それほどの力でイリックとウェイクのミスリルソードは交錯している。同じ武器同士、少なくともどちらかがそうなってもおかしくはない。


「そ、それだけはご勘弁をー!」


 イリックは慌てて後退する。ミスリルソード、二十八万ゴールド。なかなか手の届かなかったスチールソードが三本も買えてしまう金額だ。もしこれを失った場合、一ヶ月は寝込む自信がある。ゆえに、一旦間合いを取る。

 この瞬間、イリックの気配は正常な状態に戻ってしまう。燃えたぎっていた闘志も、上昇していた身体能力も元通りに戻ってしまう。


「あ」

「今のは俺が悪かった」


 ウェイクは失言を謝罪しつつも、呆然とする弟子に一太刀浴びせて勝負を決める。


「案外良い勝負……しましたよね? がくっ」


 イリック十八歳、ミスリルソードを庇ってここに戦死する。


「勝者! ウェイク!」

「お兄ちゃーん!」


 歓声よりも先にネッテの悲痛な叫び声が轟く。


「ここだけ切り取ると、もはや漫才にしか見えないわね」


 イリック達の勝ち負けに興味のないロニアは、冷静にこの状況を眺める。

 倒れるイリック。

 頭を掻きながら不甲斐ない手を使ってしまったことを後悔するウェイク。

 涙を流しながら兄の死を嘆くネッテ。

 無表情を貫くアジール。

 ワンテンポ遅れて歓声が沸きあがる中、ロニアはいかにも自分達のリーダーらしい負け方にため息をつく。

 武神祭、準決勝。勝者が決まり、残す試合は決勝のみとなる。

 トリストン大陸の軍人、ウェイク。

 アリカ大陸の傭兵、ヴォイス。

 最強を決める戦いが始まる。


「お兄ちゃーん!」

「そろそろ起きるか」


 ネッテの叫び声とは関係なしに、イリックは敗北を受け入れながら立ち上がる。


「次の試合、さくっと優勝してくださいよ。とんでもない方法で俺を負かしたんですから」

「わ、わかっている……。本当に悪かった」


 イリックは負けたものの、優勝賞品は手に入りそうだと胸を撫で下ろす。ウェイクが負けるはずがないだろう。そう楽観視しているからだ。

 その考えは浅はかだったと、次の試合で気づかされる。



 ◆



(あれは何だったのだ?)


 王妃や宰相が激闘に当てられ盛り上がる中、王だけは深く考え込む。

 無音の世界。

 静止した試合会場。

 色あせた景色。

 そして、自分と少年だけが動くことを許された数秒間。


(もしや……、そういうことなのか?)


 ロメロンには見当がつく。自分もまた、選ばれし人間だからだ。

 全く同じことはできない。似ているとも言えない。しかし、通じるものがあるのは確かだ。


「インビンシブルが使えるから強いのか、強いから使えるのか……。いやはや、不思議な若者でしたのう」

「その子を倒した軍人さんもすごかったわね~。ヴォイス大丈夫かしら?」

「ふぉっふぉ。心労で残り少ない寿命が尽きてしまいそうじゃ」


 優勝賞品はヴォイスのために用意した至宝神器の一つ、オハン。これを他人に奪われるわけにはいかず、宰相はストレスでさらに老け込んでいく。


「ベーク。俺と同じ力を持つ人間が他にいると思うか?」


 ロメロンの発言に宰相は目を丸くする。ゆっくりと首を左右に振りながら、当然の回答を口にする。


「おりません。至宝神器は一度に一人しか選びませぬ。ゆえにその力は王だけのものです」

「ふむ……。そうよな」


 王は再び思考の海に飛び込む。深く、広いその中で答えが見つかるか、わからずとも探すしかない。


「どうしたの? お腹痛いの? トゥリンが撫でてあげましょうか?」

「ベーク。武神祭が終わったら話がある。お主も何か言いたいことがあるのだろう?」

「王に隠し事はできませんのう」


 姉の発言を無視して、ロメロンとベークは話の落とし処をそこに決める。今は武神祭の最中ゆえ、これ以上は水を差す行為に等しい。

 次は決勝戦。待ち望んでいた試合だ。純粋に楽しむためにも、今は頭を空っぽにする必要がある。憂いを先延ばしにするだけとも言えるが、そうするだけの価値がある。

 それでも王は無意識にその少年を目で追ってしまう。短い黒髪、赤いピーコート、中肉中背の冒険者を。


「おしかった! 感動した!」

「まぁ、仕方ないわよ。善戦した方なんじゃない? 速すぎてよくわからなかったけど」


 ネッテとロニアがイリックとウェイクを歓迎する。もちろん、アジールも無口なだけで心の中では拍手を送っている。


「コネクト使わないとやっぱり手も足も出ませ~ん」

「そんなことはない。ところで、最後のあれは何だ?」

「なんか出来ちゃいました」


 イリックはお手上げだ。ウェイクの指摘通り、コネクトの新たな可能性をこのタイミングで見出せたからだ。


「何か感じた。ちょっとうれしかった」


 アジールは自身の腹をさする。イリックが接続相手に選んでいたことから、アジールにも従来とは別の暖かさをもたらす。


「わ、私もそれ感じたい!」

「大声で変なこと言うな!」


 ネッテの魂の叫びはイリックを怯ませる。


「スピードも腕力も高まっていたな。アジールの戦技を借りたわけではないんだな?」

「そんな感じではなかったですね」


 ウェイクはイリックの新たな力を体感した唯一の存在だ。

 速度を高めるアサシンステップや雷撃の閃光。

 筋力を高める腕力向上やアグレッシブモード。

 これらを同時に使用したような凄味があの時のイリックには備わっていた。コネクトの次のステージだとしても、考えたところでわかるはずもなく、新たな課題として今後解明しなければならない。


 準決勝が終わり、観客席は熱気に包まれている。それほどに熱く、誰もを圧倒する試合を披露したのだから当然だ。

 三人を除き、他全員の心を大きく揺さ振ったことから、イリックやウェイクには様々な人間が声をかけに現れる。

 ねぎらい、称え、感謝の言葉を口にする彼らに、イリック達は照れながらも言葉を返す。

 三人。彼らは静かに自分達の思考を汲み取り続ける。

 ヴォイスは自分の対戦相手を分析する。

 ロメロンはコネクトの謎に心が揺さ振られる。

 そしてスルフィ。イリックを殺すために、マンイーター共々観察し続ける。

 長いはずの時間はあっという間に過ぎ去り、武神祭最後の試合が始まろうとする。出場選手は戦場へ続く廊下へ向かい、残された面々は声援を送る。


「前回優勝者の実力、どれほどかしらね?」

「勝って~。勝ってくださ~い」


 ロニアはいつも通りのクールな表情を保つ一方、イリックは必死に祈るしかない。


「盾欲しかった。なんちゃって」

「ぐはっ! で、でも大丈夫です!」


 アジールのブラックなジョークにイリックは吐血する。しかし、まだ手に入る可能性は十分あり、そのための応援でもある。


「あぁ、そういう裏取引してるのね」

「どゆことー?」


 察するロニアと飲み込めないネッテ。いつも通りの光景だ。

 四人は信じている。ウェイクが勝利することを。


「さぁ、始まるわよ~。ワクワクするわね」

「ふぉっふぉっふぉ。終わってしまう寂しさもありますのう」


 王妃と宰相の表情は自然とほころぶ。

 今年の武神祭はこの試合で終わりを告げる。ここまでの試合はヴォイスと優勝を競うためであり、前回優勝者と挑戦者がゆっくりと試合会場に現われる。


「四人目の将軍が誕生する瞬間、楽しみだわ~」

「オハンは間違いなくヴォイスを選ぶ。いかに西の軍人が強かろうと、それは覆らないさ」


 姉弟の期待の視線を受けながら、筋肉をまとった巨大な体が一歩、二歩と歩みを進める。

 装甲は黒く、灰色で縁取られているその鎧は筋肉を押さえつけるように膨れ上がっている。

 茶色い髪は短く、垂れることなく空を仰ぐ。

 普段は温厚な顔つきをしているが、今は戦場に向かう傭兵のそれだ。

 左手の盾は黒い長方形をしており、素材は鎧同様ダーク鉱石ゆえ、破ることなど到底できない。

 左腰には巨大な体との対比で短剣がぶら下がっているように見えるが、れっきとした剣だ。

 所定の位置に辿り着いたヴォイスは、ゆっくりと鞘から片手剣を抜き去る。トリストン大陸産のそれは、剣身が青く、形は直線的かつやや細い。

 アダマンソード。その名の通り、アダマン鉱石から作られる最高峰の武器だ。現状、これを超える片手剣は存在しないと言っても過言ではない。この国で挙げるなら、至宝神器くらいだろう。人間と相対するには過剰過ぎるが、普段からこれを愛用しているのだから使わない理由もなく、武器だけを比べても対戦相手を圧倒している。

 その相手はウェイク。銀色の軽鎧はミスリル製であり、片手剣も同様だ。劣勢であることを一切意識せず、歓声を受けながらヴォイスを見上げる。

 身長差はおよそ二十センチ。横幅に関しても、筋肉質なウェイクが小柄に見えてしまう。


「胸を借りるつもりで挑ませてもらう」


 ヴォイスの発言に驕りはない。そこに立っているのは三連覇をかけた男ではなく、トリストン大陸の軍人と腕試しをしたい傭兵だ。

 眼前の男がどれほどの実力か、観客席に座る者達を含めて全員が見せ付けられている。侮ることなどこれっぽっちもせず、油断などしようものなら瞬く間に倒されてしまう。そういう認識で、この戦場に降り立っている。


「あなたの実力は町を歩けばどこでも耳にする。それほどの相手と戦えることを誇りに感じる」


 ウェイクはミスリルソードをゆっくりと抜く。審判はまだ近寄ってすらいないが、逸る気持ちがそうさせる。

 赤い鎧を着飾った三将軍がぞろぞろと現れ、アインが最後の試合が始まることを観客達に知らせる。

 出場選手は十七名。勝ち残ったウェイクがヴォイスと戦うこの試合は決勝戦。勝者が至宝神器の一つ、オハンを手にする。

 ウェイクはウォーリア。

 ヴォイスはパラディン。

 前衛の二人が武神祭を締めくくる。

 口上を終えたアインがゆっくりと右手を上に突き出し、一瞬の静寂を会場にもたらす。


「決勝戦! 始め!」


 そして歓声が湧きあがる。今までの試合はこの時のためであり、最も密度の濃い時間が訪れる。

 勝者が優勝するわかり易い構図は、見る者を大いに興奮させる。

 ヴォイスはじりっと右回りに動き出す。

 ウェイクも同時に右へ周りだす。

 立ち位置が入れ替わる直前、先に動いたのはウェイクだった。勇猛果敢な直進は、戦闘系の戦技をもたないこの男の唯一の攻撃手段でもあり、間合いをきちんと見極めた上で右手の片手剣を左から右へ振りぬく。

 怯むこともなく、一歩も下がることなく巨体はガキンと青い片手剣で受け流す。対戦相手の動きは今回出場したどの選手よりも速い。しかし、この男には対処可能な範囲だ。


(やはり使わない。そういうことなのか?)


 ヴォイスの疑問は確信に変わりつつある。

 ウェイクはこの大会でまだ一度も戦技を披露していない。イリック達は当然その理由を知っているが、ネレネン王国の人間には奇妙な立ち振る舞いにしか映らず、それはヴォイスとて同様だ。

 しかし、準決勝でも使わなかったことと自分相手にも使う素振りを見せないことから、出し惜しみの類ではないのだろうと確信に迫る。

 ヴォイスは十個もの戦技を習得している。パラディンという特性上、多くが一対一では役立たないが、それでも有効なものはいくつかあり、それを一つずつ繰り出すことで対戦相手を打ち負かそうと方針を決める。

 裏を返せば、純粋な身体能力による勝負では勝てないかもしれないと既に見切っているということだ。

 剣をぶつけあっていたヴォイスは離れると同時に、ひっそりと手段を講じる。発動が目に見えない戦技ゆえ、ウェイクはすぐには違和感に気づくことができない。

 どっしりと構える傭兵に呼応して、ウェイクはじりっと距離を詰める。それしかできない。この男の不器用さが戦い方にも現れている。

 銀色に輝く片手剣は国から支給された武器。祖国を守るために振るうそれは今はだけは人間に向けなければならない。軍人としてはあるまじき行為かもしれないが、これは任務であり、自分が打ち負かした男との約束を果たすためでもある。

 ギュンと駆け、右上から左下へ素早く振り下ろす。この一撃はオーソドックな攻撃に違いないが、この男が放てば必殺の一振りとなる。すくなくとも、大会に出場した選手のほとんどをこれで殺すことができる。対象外はイリックとオランヤン、そしてこの男だ。

 ミスリル製の剣身は、左腕に存在する装甲のわずかな隙間に確かに命中した。だが、ウェイクはその手応えに目を見開く。肉体に剣撃を当てたにも関わらず、その部位がダーク製の鎧以上の硬度を誇ったからだ。


 ゴッドガード。パラディンが使用できる戦技の一つ。次に受ける物理攻撃を一度だけ無効化する。再使用時間は十分間と長いため、一試合に一度の切り札とも言える。


 ヴォイスはこの戦技を使ったことで防御も回避も実行しない。先の試合のイリックのように攻撃に専念すればよく、そしてこの一撃はウェイクの軽鎧を切り裂きながら手傷を負わせることに成功する。


(うかつだった。いや、これでこの手はもう使えないな)


 ウェイクの胸から腹にかけて作られた切り傷からわずかに血液が流れ出る。咄嗟の回避行動が間に合ったため、皮を薄く切られただけで済んだのは不幸中の幸いか、高い身体能力の成せる業か。


(今ので倒せないのか!?)


 そう、第三陸軍軍長を倒すには至らない。一対一においてほぼ必殺のカウンター攻撃があっさりと避けられたことにヴォイスは驚愕せざるをえない。

 観客から見れば手傷を負ったウェイクが劣勢に見えるが、戦っている二人にとっては互角の攻防だ。

 ゴッドガードを使わせたウェイク。

 致命傷に至れなかったヴォイス。

 このやり取りだけを見ればウェイクが優勢かもしれないが、そもそも手駒の差が大きく、何よりヴォイスにはキュアが存在する。

 身体能力が肉薄している場合、回復可能か否かは非常に重要だ。ヴォイスにはそれができる。ウェイクにはできない。この差が王に確信させる。


「勝ったな」

「せっかちね~。まだ始まったばかりよ」


 トゥリンはそこまで早合点しない。冷静に戦いの行く末を見守るつもりで眼下の二人を見下ろす。


「わしには良くわかりませんが、力も速さも互角のようで。つまり、そういうことですのう」


 戦技と回復魔法の差が勝敗を分ける。宰相もまた、そう分析する。

 それらは全て間違いだ。二人の戦いこれからそのことを証明する。

 この男に限界などない。足りないのなら加速すればいいのであって、グッと屈み、加速するための力を足に籠める。

 来るか。ヴォイスにそう思わせるよりも先に軍人はそこから姿を消す。その速さは三将軍の一人、弓使いのスビルスすらも振り切る。

 それでもまだ対応可能範囲内だ。

 ヴォイスは迫る銀色の刃をダーク製の盾で受け止める。この程度なら間に合う。その速さならどうということはない。無言の返答で対戦相手に圧力をかける。


「その盾は邪魔だな」


 ウェイクからすれば、アダマンの片手剣、ダークの盾、ダークの重鎧はどれも障害でしかない。鎧を脱がすことなどできないため、それなら盾くらいは退場させるしかなく、それをこれから実行する。

 ミスリルソードが弾かれると同時に、左手で真っ黒な長方形の装甲を掴む。ぐっと引っ張ろうとヴォイスが盾を手放すわけもなく、それならそれで引き離せばいいだけだと言わんばかりに、アダマンソードが振り下ろされるよりも先に左足で巨体に蹴り飛ばす。


「うっぐ!」


 吹き飛ぶヴォイスと戦利品の盾を入手したウェイク。この瞬間、装備の開きはある程度縮まる。


「イリック!」


 ウェイクはダーク製の分厚い盾を観客席に投げ込む。選手は観客席に出てはいけないというルールを逆手に取り、盾の補充を不可能にする。

 弧を描いてそれはイリックの頭上に到着する。はいはい、と若干面倒そうな顔をしながらも、イリックは押し付けられた役目を果たすためそれを掴み取る。試合が終わるまで預かっててくれ。ウェイクの意思もついでに受け取る。


「二度武神祭に出場したが、こうして盾を奪い取られるなんて初めてだ。準決勝の戦いもそうだったが、おもしろい戦い方するんだな。感心するぜ。ガッハッハッ」


 ヴォイスはうれしそうに笑いながら立ち上がる。盾を失ったことで防御面に不安はあるが、攻撃に専念し易いという利点を素直に受け入れ、立ちはだかる軍人に一歩ずつ歩み寄る。

 口から流れ出る血液が、内臓へのダメージを物語っている。鎧越しとは言え、今の蹴りにはそれほどの威力が備わっていた。自身をキュアの光で包みながら、ヴォイスはズンズンと相手との距離を詰める。


「一つ教えてくれ。なぜ戦技を使わない? ウォーリアこそ戦技を駆使してなんぼだろう?」


 その問いかけには本来答えるべきではない。自身の戦闘方法をさらけ出すことに繋がるからだ。それでもウェイクは答えてしまう。不器用な男ゆえ、隠すという選択肢は思い浮かばない。


「ウォーシャウトしか習得していない」


 ウェイクの発言にヴォイスは足を止める。ウォーシャウトは一対一では何ら効果を発揮せず、言わば仲間を庇うためのものだ。

 この事実には観客達も言葉を失う。ネレネン王国を代表する精鋭達は、ウォーシャウトしか使えない男に敗れ去ったと突きつけられたのだから。


「なるほど……。正面から立ち向かったら敵わないかもしれないが、少し付き合ってもらうぜ」

「来い」


 戦技を駆使して戦いたいヴォイス。

 己の肉体だけで戦うウェイク。

 両者は同じ土俵でぶつかりあう。

 想定外の事実を打ち明けられてしまっては、ヴォイスとしても血が滾る。決勝戦ゆえこれは悪手なのかもしれないが、戦技もなしにこれほどまでに強い男とは出会ったことがなく、自分がどこまで通じるのか、この男をこのままねじ伏せられるのか、試してみたいと思ってしまうのは最強の傭兵としては当然だ。

 右から左へ。

 左から右へ。

 互いに重たい剣撃を相手に放つ。ウェイクはそれらを避け、ヴォイスは青い片手剣で受ける。

 二人にとって、この試合会場は狭い。縦横無尽に走り回りながら斬りつけるが、そこには三将軍も審判として同席しており、巻き込まれでもしたら命に関わる戦いが目の前で繰り広げられており、オークやリザードマンが攻め込んできた時以上の危機感を三人に植え付ける。


(これほどとは……。もはや手に負えん!)


 アインは諦める。もし、どちらかが相手を殺そうとしても、止めに入ることは三将軍でさえ不可能だと悟る。


(すごい。巻き込まれないように避難するので精一杯。おしっこもらしちゃいそう)


 キーラは青い長髪を揺らしながら、それよりも長い背中の両手槍に手を伸ばす。もしもの際はこれで自分の身を守らなければならない。戦場を駆ける二人の化け物の攻撃は、そこにいる自分達の命すら奪いかねないほどの威力を伴っている。


(やっぱりヴォイスさんすごいな~。早く将軍になってくれないかな~。うわっ!?)


 子供のようなスビルスは、人間の手に余る天災のような目の前の戦闘に唸ることしかできない。殺生を未然に防がねばならない自分達の役割は、この戦闘では果たせないと既に諦めている。

 両者の斬撃は空気さえ無慈悲に切り裂くため、一振り毎に衝撃波が発生する。それらは着々と会場を破壊しており、二人の脚力に耐えられず、地面もまたぼろぼろに成り果てる。


「あの時を思い出すわね。カルック坑道の大暴れ」

「あぁ、ウェイクさんとマッカスさんの? そんな感じですね」


 ロニアとイリックは思い出す。カルック高原周辺のモンスター増加の謎を追い、カルック坑道に足を踏み入れた時のことを。最奥で大量のアンデッドに囲まれるも、たった二人の軍人がそれらを全て殲滅してしまう。

 眼下ではそれと同等かそれ以上の破壊力で満たされており、一般人はおろか、並みの傭兵や軍人、冒険者が近寄ろうものならあっさりと肉片に粉砕されてしまうだろう。


「良い勝負……。やばそう」

「そうなのー?」


 アジールはウェイクとヴォイスの負傷具合から、その後の行く末をなんとなく察する。ネッテは若干ウェイクが有利に立てていると分析しており、もちろんどちらの観察も間違いではない。

 試合会場を破壊しながら、決勝戦は着々と進行している。

 剣が相手の皮や肉を切り裂き、拳や足が相手に打ち込まれる。二人の攻防は激しく、次々と対戦相手に傷を作っている。

 どちらが優勢かと問われれば、ウェイクが手数で勝っている。筋力、俊敏性、反射神経、動体視力、あらゆる要素で勝っている証拠であり、流す血液の総量はヴォイスの方がいくらか多い。

 しかし、ヴォイスはあえてキュアを使っていない。戦技や魔法なしに戦うウェイクに感化されたからだ。シード選手として、相手と同じ条件で戦い、打ち負かしたい。そんな欲求に突き動かされているだけであり、そんなプライドをかなぐり捨てれば、形勢は一瞬にして逆転する。

 ヴォイスの音すら置き去りにするアダマンソードの振り上げ斬りはウェイクをかすめることすらなく空振りに終わる。放たれた衝撃は観客席の壁を乗り越え、座っていた観客近くに着弾する。

 キャッ。その悲鳴が自分達の戦いがいかに危険かをヴォイスに悟らせ、この戦い方は終わりを告げる。


「悪いな。そろそろ終わらせよう。本気で行かせてもらう」

「当然だ」


 ヴォイスはキュアを唱えながら一旦動きを止める。損傷を完治した上で、いっきに叩きのめすためだ。

 ウェイクとしてもこの攻防はお遊戯でしかない。戦技をあえて使わないヴォイスに付き合っただけだ。


「終わったな」


 王は勝利を確信する。この戦技があるからこそ、ヴォイスが西の大陸の軍人に負けるはずがないと信じることができる。

 他の観客達も、三将軍も含めて同じ結論に至る。互角の攻防を繰り広げた以上、ヴォイスの勝利は揺るがない。


「シールドオブザヒーロー」


 ヴォイスが勝負を終わらせるための戦技を宿す。見た目には変化がない。しかし、放たれる重圧はグンと重くなり、ウェイクは肌を突き刺す闘志に眉をひそめる。


(ふーん。この人これも使えるのか。まぁ、これで互角か)


 イリックだけはまだ二人の優劣を決めかねる。

 身体能力を二割程度高める戦技をこのタイミングでヴォイスが披露しようと、両者の溝がやっと埋まった程度にしか思わない。

 イリックはこの中の誰よりもウェイクの実力を知っている。毎日、模擬戦で殴り、蹴飛ばされながらしごかれたからだ。


「あ、やばそう」

「がんばってー!」


 アジールは驚き、ネッテが悲鳴にも似た声援を送る。

 シールドオブザヒーローにより何もかもを上昇させたヴォイスが、ウェイクを一方的に痛めつけ始めたからだ。

 初手のタックルは回避行動すら許さずウェイクを吹き飛ばし、遥か後方の壁へ叩きつける。

 追撃の一振りはかろうじてミスリルソードで受け止めるも、頭や体から流れる血液はおよそ軽症には見えない。

 腕力ですら敵わないのか、ウェイクは壁に押し付けられていく。体を捻り、即座にそこから脱出を試みても、それすらもさせないようにヴォイスが追いついてみせる。

 振り下ろされる青い剣身が、目にも留まらぬ速さでウェイクの鍛えられた体を切り裂いていく。

 血しぶきが舞い、戦場に赤い花が咲く。勝敗は決した。誰もがそう捉える中、一人だけ手を差し伸べようとする人間がいる。


「がんばってくださ~い! 一人で戦ってるんですから、失うものはありませんよ~!」


 イリックの声援は仲間達も混乱させる。この状況に適した発言とは思えないからだ。

 イリックの謎かけのようなアドバイスはきちんとウェイクの耳に届く。体中が痛むが、ふと気づかされハッとする。

 よろめく足に力を入れなおし、飛びかけた意識を繋ぎとめる。

 ウェイクが立ち直るのなら、ヴォイスは攻撃を続けるしかない。この試合は決勝戦であり、武神祭を締めくくる大事な戦いだ。優劣を競う場であり、自分が勝つために行動を再開する。

 グンと加速し、ウェイクの左手側に移動する。巨体からは想像もできないその素早さは、分類が盾役であることを忘れさせる。ウェイクの視線がこちらに向くよりも先に、青い片手剣を左から右へスライドさせる。筋肉で包まれた左腕を切り落とし、あわよくば脇腹も切り裂く算段だ。

 残念ながらそれは叶わない。振りぬかれるはずだったアダマンソードはミスリルソードに弾かれ、切り落とす予定だった左腕は顎ヒゲの生えた顔に叩き込まれる。


「くぅ!」

「まだだ」


 ヴォイスは怯む。顔面を殴られたからではない。戦技で自身を強化しようと、まだこの男を超越しきれていないからだ。

 ウェイクは諦めない。そんな単語は辞書に載っていない。

 体中から出血しようがおかまいなしに、第三陸軍軍長は英雄と呼ばれる傭兵に剣撃と打撃で反撃を開始する。

 その動きは今まで以上に鋭く、もはや三将軍すら冷や汗を流すことしかできない。


(やはり戦技を使えるのか!? いや、違う!)


 ヴォイスは湧き上がった疑問を自分自身で払拭する。ウェイクは何もしていない。それにも関わらず、まるでシールドオブザヒーローのように身体能力を高めてみせる。


(何をした!?)


 わからない。ヴォイスにわかるはずもなく、それは観客やトリストン大陸からの来賓達も一人を除いて理解できていない。

 そう、イリックだけは理解している。そのためのアドバイスであり、ウェイクを優勝させるための魔法の呪文でもある。

 ウェイクは守るために戦う男だ。

 デフィアーク共和国を守るために戦う。

 部下達を守るために戦う。

 家族を守るために戦う。

 国民を守るために戦う。

 そのためにひ弱な少年は軍に入隊し、厳しい訓練に耐えた結果、第三陸軍軍長に登りつめる。

 守るために。これはウェイクの原動力だが、同時に枷でもある。

 ウェイクはミスリルソードを地面すれすれの位置から振り上げ、受け止めたヴォイスを後方に浮かしてみせる。着地するよりも先に距離を詰め、右上から左下へ重厚な鎧ごと切り裂いてみせる。

 ミスリルとダーク。素材のランクは後者が勝るため、今の一撃はミスリルソードの刃を欠けさせる。しかし、ダーク製の重鎧にもまた大きく切れ目が入り、浅いなりにもヴォイスの筋肉を傷つけることに成功する。


(まずい! 時間が終わる!)


 ヴォイスは焦る。劣勢に立たされたからではない。シールドオブザヒーローの効果時間が過ぎ去ろうとしているからだ。身体能力を高める戦技はえてして効果時間が短い。ヴォイスが使用したこれも例外ではなく、持続時間は一分と短い。戦技の中では長い方かもしれないが、このままでは対戦相手を倒す前に効果が失われてしまう。

 ゆえに次の一撃で決めにかかる。そのための戦技を温存しており、こと対人戦においては絶大な効果をもたらす。

 斬られたことを一切気にも留めず、ヴォイスは傭兵としてのプライドを乗せて全力の水平斬りにうってでる。その軌跡はもはや観客の誰にも映らない。唯一、ウェイクはかろうじて目で追えたが、回避しきるには至らない。

 素早く後方へ一歩下がるも、左手は間に合わない。手首付近から切り落とされ、何よりその意味に気づけたが既に遅い。ピタリと動きが静止する。体はおろか、四肢すら全く動かない。


(バッシュか!)

「もらった!」


 勝利を確信したヴォイスが吠える。この一振りはただの攻撃ではない。戦技をまとった一撃だ。


 バッシュ。ウォーリアが習得する戦技の一つ。攻撃を当てることで、対象を一秒ほど静止させる。

 パラディンは一対一では強い分類と言われている。

 その理由はいくつか挙げられる。

 前衛で唯一回復魔法を習得する。

 様々な戦技を習得する。その中にはバッシュも含まれている。対人戦においてこれほど有効な戦技は存在しない。相手の動きを一時的に停止させられるのだから、一撃で勝負がつく対人戦ではもはや必殺の戦技だ。


 効果時間は一秒間。たったの一秒かもしれないが、ヴォイスにとっては長すぎる。それだけあれば、少なくとも眼前の相手を数回は容易く倒せてしまう。

 それを実践するようにヴォイスは下がろうとしたウェイクに追撃を試みる。

 三将軍や王は理解する。今の攻撃がバッシュであり、後はヴォイスが優勝するだけだ、と。

 一方で全く逆のことを考える男がいる。自身が一ヶ月間も模擬戦でしごかれたということは、対戦相手を務めたその軍人もまたわずかかもしれないが腕を上達させてしかるべきだ、と。

 イリックはここからどう逆転するのか、ワクワクしながら戦いを見守る。

 その男にとって、自分を満足させる対戦相手はほとんどいない。同じ軍長か、隊長クラスだけだ。

 軍長は忙しく、模擬戦に付き合ってもらうわけにはいかない。隊長達もそれは同様であり、ゆえにイリックという鍛えなければならない冒険者と過ごす日々はその男にとっても非常に有意義なものだった。

 イリックが強くなればなるほど、ウェイクは少しずつ追い詰められていく。もちろん負けはしないが、その差はじわりじわりと縮まっていき、その都度、ウェイクも自身を鍛えることができたと言える。

 イリックだけでなく、ネッテもまたウェイクを驚かせるほど成長する。イリックがふっかけたせいでネッテは毎日のようにウェイクと模擬戦を繰り広げ、結果は全敗だが、その戦いはネッテとウェイクをさらなる高みへ進ませる。

 軍人すらも圧倒する兄妹の相手を務めたこの男もまた、この一ヶ月で一皮向けたその一人だ。

 決めては一対一というこのありえない状況だろう。ウェイクは軍長として、部下達を庇いながら戦うことが多い。ずば抜けた身体能力がそれを可能とするが、モンスターの討伐を考えながらも頭の片隅では常に部下達を考慮しなければならない。

 守るためにも。

 モンスターを倒すためにも。

 任務を達成するためにも。

 それがウェイクの自然な闘い方になっていた。

 しかし、今は違う。ここはネレネン王国であり、今は武神祭の最中だ。

 相手は傭兵一人であり、イリックのアドバイス通り、この状況では誰かを守る必要はない。

 思う存分戦うことができる。

 相手を倒すことだけ考えれば良い。

 他のことに対して、決して良くない頭を割く必要がない。

 この一ヶ月とこの状況が、人間を超越したウェイクという軍人の力を限界まで引き出してしまう。

 バッシュ。それは本来相手の動きを一秒ほど止める戦技だ。弱体魔法にも似た効果を持っており、それはすなわち、弱体魔法同様、相手によっては不発に終わるということだ。

 ヴォイスのアダマンソードが、ウェイクの左腕に続き胴体へ振り下ろされる。届けば試合は終了だ。それほどの殺傷能力を秘めた一撃が、動けないウェイクに放たれる。

 動けない。確かに動けなかった。

 本来なら一秒程度は動けないその男は、この大会最速の腕の振りでアダマンソードを弾き返す。

 剣身にヒビが入るミスリルソード。

 右手から開放され、クルクルと回転しながら飛び去っていくアダマンソード。

 ヴォイスは言葉を失う。片手剣を手放してしまったからではない。バッシュにより動けないはずの対戦相手がその呪縛から早々に解き放たれたからだ。

 時間にしてコンマ一秒程度だ。一秒には遠く及ばない。しかし、事実は事実であり、決勝の舞台で戦う両者は雌雄を決するその瞬間を迎える。


 弱体魔法。この魔法は相手に様々な負の効果をもたらす。

 毒。

 麻痺。

 遅延。

 睡眠。

 動作の停止。

 弱体魔法の成否は、魔法の詠唱者と相手との魔力差によって決定する。具体的には、魔力で上回っていない限り、この魔法は成立しない。

 駆け出し冒険者が魔力の高いモンスターに放とうと、それは失敗に終わる。

 バッシュ。この戦技は相手の動きを一秒停止させる。言わば弱体魔法のような側面をもちあわせており、この停止時間は力量差によって変化する。

 力量差。それは腕力の場合もあれば、魔力の場合もあり、精神の強さだったりもする。バッシュの場合、腕力ともう一つ、格の違いによって停止時間の深度が決定する。


 格の違い。それは人間としての強さであり、腕力はほぼ互角だったことから、ウェイクとヴォイスではその部分に開きがあったのかもしれない。

 戦技なしで勝利できる軍人。

 戦技を駆使しても勝てなかった傭兵。

 非常な現実を突きつけるように、ウェイクは今にも折れそうな銀色の片手剣を相手の顔に向ける。


「ふ、降参だぁ。参った参った!」


 敗者は笑う。ガッハッハッと高々に笑う。静まり返った会場は、ヴォイスの太い笑い声に満たされる。

 誰も言葉を発することができない。絶対王者が負けるとはこれっぽっちも思っておらず、三将軍も王も観客達もこの状況に頭が真っ白になる。


「ウェイク。その強さの秘密は何だ?」

「守るためだ」


 ありきたりな返答に、ヴォイスは再び笑い出す。

 傑作だ。

 その強さも。

 決勝戦の結果も。

 この男と戦えたことも。

 今はただただ称えることしかできない。


「いえーい、げっとー」


 イリックは小さく喜ぶ。ウェイクが優勝したことで、優勝賞品は自動的にアジールの手に渡る。そういう算段であり、男と男が交わした盟約だ。


「きちんとあなたが勝ってアジールにプレゼントしなさいよ」

「いやいや。ロニアさんも見たでしょー? あの人やっぱり普通じゃないですよ。俺、まだ人間辞めたくないです」

「左腕斬られてたのに、平然としてるわね……」


 戦場だった場所には二人の男が立っている。笑う敗者と左腕から出血している勝者だ。どちらも表情は緩んでおり、しかしウェイクはそんな場合ではない。

 少し遅れて審判のアインが勝者の名前を告げる。もはやその行為に意味はないかもしれないが、今年の武神祭を締めくくる重要な儀式であり、優勝した男の名を観客席に響かせなければならない。

 勝者はウェイク。トリストン大陸から招かれた来賓の一人であり、デフィアーク共和国の第三陸軍を取りまとめる軍長だ。


 その後、優勝賞品の授与式が行われ、ウェイクにはネレネン王国に伝わる至宝神器の一つ、最強の盾と噂されるオハンが手渡される。ズシリと重いそれはウェイクには扱えない証拠だが、自分が使うわけではないため、堅苦しい顔はその事実を受け止めながらも少しだけはにかむ。

 こうして決して多くはない観客に見守られながら、王のわがままから始まった今回の武神祭も終了を迎える。

 この結果は国民にとっても王にとっても意にそぐわない結果かもしれないが、無事終わったことには変わりない。

 もっとも、イリック達のここでの旅がまだ終わらない。

 アリカ大陸を旅したいだけの兄妹は、新たに芽生えた目的に向かって一歩目をどう踏み出すか、仲間達と相談することから始める。

 やらなければならないことがある。

 解き明かさなければならないことがある。

 どちらもイリックにだけは重要なことであり、しかし今はそれよりも優先順位が高いことがある。

 一同は酒場で、ウェイクの優勝を祝いながらネレネン王国の料理をむさぼる。

 おめでとう。

 この言葉はやかましい酒場をより一層盛り上げながら日の沈んだこの国に活気をもたらしていく。


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