鬼嫁の目を盗んで
ギルド会館は今日も賑わう。
四種の掲示板前には、数え切れないほどの冒険者達が肩を並べて立っている。
黒い鎧を着る者。
灰色のローブをまとう者。
大きな剣を背負う者。
茶色い杖を握る者。
それぞれが自分達の夢を叶えるために、貼られている紙を吟味する。
イリックは少し離れた場所から彼らを眺める。
ギルド会館の半分は食堂になっており、イリックはずらっと並ぶテーブルの一つに陣取っている。
他の三人は何をしているかというと、人ごみに紛れて今日のクエストを物色中だ。
冒険者はギルド会館の掲示板でクエストを探す。直接依頼を受けることもあるが、ほとんどは掲示板がきっかけとなる。
いつもはイリックがクエストを探すのだが、今日は珍しく女性陣に任せる。ゆえに手持ち無沙汰になり、サウノティーで喉を潤す。
ここはサウノ商業国。
トリストン大陸の中央に位置するここは最も人口の多い国であり、冒険者の数もやはり最大だ。
今日は珍しく女性が少ない。比率で言えば男女比は九対一くらいかもしれない。もちろん、単なる偶然であり、普段はもう少し女性が多い。
しかし、今日は少ない。
ゆえに、ネッテ、アジール、ロニアが目立つ。
ネッテは色んな意味で際立つ。十五歳だがそれよりも幼く見えるため、なんで子供がこんなところに、と心配になってくる。
アジールは背が高い。それこそイリックよりもグンと高く、それだけでも存在感は抜群だ。白い鎧が高級品なことも理由に挙げられる。シルバープレートメイル。ミスリル製の鎧であり、その金額は並の冒険者を愕然とさせる。
ロニアはその外見が男達の視線を集める。ボディラインが丸分かりのタイトワンピースを着ており、大きな胸は当然ながら、腹や尻の丸みが男達を刺激する。丈も随分と短いため、顕わになっている太ももは凶器でしかない。今日は濃い青色を選んでおり、その深みが大人の色気を醸し出している。
ネッテはともかく、アジールとロニアには共通していることがある。どちらもかなりの美人だ。
遠目から眺めているイリックは、そのことを再認識させられる。二人が周囲の男達の視線を独占しているからだ。
ネッテは完全に埋もれており、もはや誰の眼中にも入っていない。
アジールは無表情だが、母親似でどのパーツも凛とした女性のものだ。何よりその目が一際異彩過ぎる。
魔眼。黒目の内側に赤線で描かれた円が存在しており、そんな能力はないのだろうが、見ているだけで惹き込まれてしまう。
茶色い髪は肩の上近くまで伸びており、首元の肌が見え隠れするだけで男達は過剰なまでに興奮を覚える。
ロニアも負けず劣らずの美を持ち合わせている。
目はアジールと比べて若干釣りあがっており、青いその目は男の悪事を許してくれそうにない。
唇は厚く、ぷりっとしているそのピンク色は男達に変な感情を抱かせてしまう。
黒い髪は顔を包み込むように伸びており、ボブカットと呼ばれるおしゃれな髪型を成している。
二人は美人だ。イリックがそう思う必要すらなく、周囲の男達がそうであると証明している。
(ネッテはかわいい系だから方向性が違うだけなんだけど……。俺はやっぱり美人がいいなぁ)
イリックは言い訳をする用に自問自答する。
ネッテは自慢の妹だ。見た目という点でも優秀だと兄は思っている。
ただし、アジールやロニアとはベクトルが異なる。かわいいが美人ではない。具体的には色気が全く足りていない。十五歳にそんなことを求めたりはしないが、比較対象が身近に二人もいるのだから、つい比べてしまう。
「おう。最近がんばってるな」
若干かすれた野太い声がイリックに向けて放たれる。
イリックはこの声を知っている。連日サウノ商業国で活動していると、多くの冒険者と知り合える。この声の持ち主とも情報交換を得て顔なじみになった。
振り返ると、そこには予想通りの男が立っていた。
分厚い上半身には、赤いハーネスが丈夫そうな黒い皮を繋ぎ止めている鎧。
大きな背中には、鋼色の大きな槍。先端の刃はひし形をしている。
眼前の冒険者は茶色い髪と茶色いひげを無造作に生やしており、太い腕にはいくつもの傷が勲章のように浮かんでいる。
「あ、おはようございます。お金を稼がないといけないので」
「ガハハ! それは俺も同じだな!」
イリックの正論にひげの冒険者はやかましく笑う。
冒険者は何をするにも金が必要だ。
食事。
宿。
装備の新調。
旅。
生きていくためにも金がかかるのはどの人間も同じだが、冒険者は一際出費が多い人種だ。
ゆえにクエストをこなして金を稼がねばならず、多くの冒険者はギルド会館に駆け込む。それはイリックも同様であり、ここ最近はサウノ商業国に入り浸り、朝からクエストに挑む日々を過ごしている。
この男もサウノ商業国を拠点としている冒険者の一人であり、冒険者歴はイリック達よりも遥かに長い。
多くの冒険者の顔を覚えており、イリックのことも早々に覚えてみせる。
「いつ見てもおまえさんの連れは美人だな。今日なんかいつもより輝いてるぞ」
「そ、そうですね……」
イリックは返答に困る。
アジールとロニアは仲間だ。他人から美人だと褒められたところで、得にも損にもならない。どんな返事が正解なのか考えながら、当たり障りのない言葉でとりあえず誤魔化す。
「俺のかみさんも美人だけどな!」
バシバシ。その男はイリックの背中を叩きながら、再びガハハと笑い出す。
(何回も聞きました……)
このやり取りはもう何度も繰り返されている。イリックは乾いた笑いを口から漏らしながら背中を叩かれ続ける。ちょっと痛い。
「で、どっちかとやったのか?」
「いえ」
その問いかけには即答だ。なぜなら、していないからだ。
「キスは?」
「いえ」
「あのエロい姉ちゃんのおっぱいは?」
「触ったことも拝んだこともありません」
イリックは涙を流しながら白状する。ロニアのおっぱいを揉みたい。それがダメならせめてツンツンと突かれて欲しい。どんな感触なのか、死ぬまでに一度でいいから確かめてみたい。それ以上は望まない。
「頼んでみろって!」
「無理です。そんな度胸ありません」
そう、イリックにそこまでの根性はない。仮にあったとしても、ロニアが首を縦に振るとは到底思えず、仲間としての絆に亀裂が入りそうでやはり頼めない。
ロニアやアジールがいかに美人であろうと、二人は仲間なだけであり彼女でも妻でもない。イリックにとってこの状況は生殺しだ。
「お預けをくらってるんだな……。くぅ! 同情するぜ!」
「わかってくれますか!」
二人はガッと互いの手を腕相撲のように握り合う。
「ところで、どっちが好みなんだ?」
「むぅ……。それは難しい質問ですね」
質問は矢継ぎ早に変化する。この男は無愛想に見えて、たいがい人懐っこい。その上おしゃべりだ。
イリックは悩む。突然の問いかけにたじろいでいるのではない。難しい内容なのだ。
アジールとロニア。どちらもイリックの好みだ。
イリックの理想の女性像は若干偏屈である。なぜそうなのか、心当たりはない。気づけばそうなのだから、素直に受け入れている。
背は高い方がいい。それこそ自分よりも高くていい。高いほど好みかもしれない。見下ろされたいくらいだ
胸は大きい方がいい。小さい胸も愛でることができるが、やはり大きいに越したことはない。
顔はきりっとした美人が理想だ。ネッテのようなかわいい系は眼中にない。
足は太くていい。細い足はむしろ嫌いだ。
性格に関してはあまり重きを置いていない。それでも、なよなよした女性は大嫌いだ。
以上からアジールとロニアを比較すると、なかなかどうしてやはり難しい。
身長はアジールに軍配が上がる。
胸は文句なしにロニアだ。
顔はなかなか難しい。ゆえに保留。どちらでもいい、そう言い換えることもできる。
足はアジールの方がやや太いが、ロニアの肉付きでも十分だ。
性格はどちらもイリック的には申し分ない。
「難しい」
イリックは本気で考え、本気で悩む。
そんな態度に男はニヤニヤと笑う。ふと、小さな何かが接近してくることに誰よりも早く気づく。
「んん?」
この男はそれを知っている。イリックの仲間であり、ここでよくアジールと楽しそうにお茶している女の子だ。
「私は!?」
「論外です! ギャー!」
ネッテが動揺しながら現われる。それもそうだろう、この話題から自分がはぶられているのだから。
イリックは両目を潰される。浮気があっさりとばれたことに恐怖しながらも、回復魔法で一生懸命自分を癒す。
鬼嫁の目を盗んでアジールとロニアを見比べていただけなのだが、鬼嫁によって目を潰されてしまう。
イリックはこの世の不条理に絶望しながら、わめき声をあげて苦しむ。




