安心できる男
「ネッテちゃん、イリックって釣り以外に趣味ないの?」
ロニアは自分のベッドに腰かけながら、ネッテに問いかける。
ネッテはごそごそと忙しそうにウェストポーチを漁っており、その姿は小動物のようでどこかかわいい。
時刻は朝の十時前。
雨粒が窓を叩いており、普段は明るい時間帯でも灯りが必要だ。
ここはガーウィンス連邦国の宿屋なのだが、イリックは朝から釣りに出かけており、ここにはいない。
残された一同は、打ち付ける雨音をバックグラウンドミュージックにゆっくりとくつろいでいる。
「そうだよ~。釣りのために生きてるような感じ。雨が降ってても今日みたいに行っちゃうしね」
ネッテの返答を聞くまでもなく、この場に居合わせる全員がそのことを承知している。
うんうん。アジールは納得するように首を縦に振る。コネクトで繋がって以来、イリックの話題にはかなり食いつくようになった。
トゥルルはこれといった反応を見せない。既に頭の中のデータベースにはそうインプットされている。
「私達の休みって、イリックが朝から釣りに行きたい日だったりするのかしら」
「あ、それあるかも!」
ロニアのつぶやきにネッテがくわっと目を見開く。そんなことはないのだが、イリックは不在のため、濡れ衣を晴らすことができない。
「釣ったところでそれを食べるわけでもないのに……。何が楽しいのやら」
「本当だよね~」
ここはガーウィンス連邦国。
そして宿屋泊。
魚を釣り上げたとしても、釣果として持ち帰るわけにはいかない。自宅暮らしの場合、それは立派な夕食になるのだが、ここではそうもいかないため、キャッチアンドリリースが基本だ。
「ネッテちゃんはお兄ちゃんと一緒に釣りとかしないの?」
「しな~い。じ~っと待ってるだけでつまんないもん」
同意権だわ。ロニアはそう付け加えて、ぷくっと頬を膨らませるネッテに小さく笑ってみせる。
「冒険始まる前なんか、朝は港で釣りして、午後は見回りして、帰りにまた釣りしてたんだよ。それを何年もずっと続けてたの!」
ネッテは再び、くわっと目を見開く。ついでに両手も振り上げる。
「何がそうさせるのかしらね~」
「だね~」
そして静寂が訪れる。
アジールとトゥルルは会話に参加しないため、ネッテとロニアが黙るとそのまま沈黙に繋がってしまう。
「あ、でも!」
ネッテの声は比較的大きい。ボリューム調整が苦手なだけでもある。
「釣りで忙しそうだから、浮気の心配がない!」
「ふふ、そうね」
ネッテの意見にはロニアもアジールも納得する。それもそうだろう、イリックの頭の中は釣りでいっぱいなのだから。
「前は見回りと釣りだけ! 今は冒険と釣りだけ!」
「そう言われると、イリックの人生が少し心配になってくるわね……。まぁ、浮気は絶対しないでしょう」
ネッテは、兄が他所の女にかまける暇がないことを心底喜ぶ。
ロニアはそんなイリックに複雑な心境を抱く。それでも内心ではやはりネッテと同意権だ。
ロニアは軽い男は大嫌いだ。頭の悪さよりもそこが許せない。イリックに関してはその点を心配する必要が一切なく、想いを伝えてはいないが、既に安心しきっている。
ただ聞いてるだけのアジールも寡黙に納得する。コネクトで繋がって以来、すっかりイリックにぞっこんだ。だからと言ってネッテを疎かにすることもなく、どちらかと言えばネッテと一緒にいる時間の方が多い。
トゥルルは機械娘ゆえ、恋愛沙汰には疎い。これらのやり取りを大事に記憶することくらいしかできない。
「浮気しない! 安心だ!」
「素敵なお兄ちゃんで良かったわね!」
吠えるネッテ。
微笑ましくそれを眺めるロニア。
無言のアジールとトゥルル。
そして、雨の中釣りを満喫するイリック。
今日も五人は幸せそうだ。
なお、二人の言う通り、イリックは浮気しない。というかできない。それだけの甲斐性がないからだ。
釣りで忙しい。その側面もあるが、どちらかと言えば器量が原因だろう。ネッテ達にとってはありがたい話ではあるのだが。




