カニにグラニートなんて聞いたことない
イリックは黙って料理を食す。時折愛想笑いを浮かべる程度で、大げさかもしれないが息苦しさすら感じている。
ここはデフィアーク共和国。
ここはアジールの実家。
冒険者になれたばかりのイリックとネッテは、ロニア共々アジールの実家に招かれてしまった。
テーブルの上には六人分の豪勢な夕食がずらっと並んでいる。奮発してくれたのだろう、どれも手の込んだ料理ばかりで萎縮してしまう。
決して静かな場ではない。アジールの両親やネッテが和気藹々と話し続けているからだ。
アジールはほとんどしゃべらない。元々無口だ。
ロニアはそれ相応に受け答えをしている。
そして、イリックは借りてきた猫のように黙っている。時々質問を投げかけられたら、返事をするくらいだ。
イリックにとってこの状況は初めてづくしだ。
初めてのデフィアーク共和国。
初めてのアジール宅。
そもそも冒険者になりたててであり、新たな人生の幕開けだったりもする。
「このお肉美味しい!」
「お腹いっぱい食べていってね」
ネッテが満面の笑顔で感想を述べる。口に含んだ料理は羊肉を野菜と共に煮込んだものであり、イリックも先ほどから舌鼓を打っている。
十五歳よりも若く見える子供のようなネッテが喜ぶ姿を見て、アジールの母アサリもまた喜びを顕わにする。
アジールと母親は似ているようで似ていない。
二人共茶色い髪をしているが、アサリはグンと髪を伸ばしている。
顔だけを見れば似ているのだろうが、無表情な娘とは対照的に母親の表情はコロコロと変わる。
アジールの性格は父親似のようだ。
「その若さでモンスターと戦えるとはすごい。どんな修行に打ち込んだのですか?」
「お兄ちゃんに教わりました!」
アジールの父ユーグは機船旅行社の社長だ。この大陸を股にかける商売をしており、この家が豪邸なことも、アジールの装備が一級品なことにもきちんと理由がある。
ユーグの遺伝子は確実にアジールへ受け継がれている。
二人共身長が高い。
やや筋肉質。
そして表情はそれほど変化しない。
(やさしそうな親御さんだ)
イリックはこっそりとユーグとアサリを眺める。
ユーグは社長ゆえに苦労しているのか、髪の毛は全て白髪だ。顔の彫りは深く、満場一致で二枚目に分類される。
アサリはアジール似で美人だ。もちろん、顔のしわは隠せないレベルに達しており、年相応に見えてしまう。作り笑顔ではないその表情は見るものを和ませるだけの力を秘めている。
イリックは思い出を掘り起こす。父と母はどんな顔だったかな、と。
「ネッテとイリックはすごく強い。私よりも」
「あら、すごいのね~」
「それほどでも!」
アジールが兄妹の実力を説明する。一緒にいる時間はまだ短いが、アーリマンおよびデーモンとの戦いで二人の実力は見せ付けられており、少なくとも自分よりは優れていると理解している。
アサリは小さく驚きながらも感心する。それもそうだろう、イリックはともかくネッテは十五歳だ。しかもそれよりも若く見える。子供っぽいだけなのかもしれないが。
「次はどちらに向かわれるんですか?」
「あ、ガーウィンス連邦国です。少し野暮用がありまして」
「ほほう、遠いですね」
ユーグの問いかけに、イリックが久しぶりに口を開く。
デフィアーク共和国とガーウィンス連邦国でデーモン討伐の件を報告しなければならない。
その後もおしゃべりなネッテを中心に、懇談会のような夕食は続く。
話を振られない限り自ら話そうとしないイリックは、黙々と目の前の食事を食べ続ける。その結果、誰よりも早く腹が膨れ始める。
そんな時に話題を振られたのだから丁度良かったのかもしれない。
「我々が知らないような、冒険者だけが知りうるおもしろい話とかがあればお聞かせください」
紳士のような顔をしていながら、ユーグは無茶振りにも近い話を切り出す。
ネッテとアジールはさっとイリックに視線を向ける。任せた、そういう意味だ。
(冒険者歴一日の俺がなぜ……。いいけど)
イリックは冒険者になったばかりだが、知識はなかなか豊富だ。
七年前からアイール砂丘の見回りを始めたということもあるが、それ以前からサラミア港のギルド会館に時折通って情報収集に励んできた。
多少偏ってはいるが、他人に披露できる程度の話題は持ち合わせている。
「それでは、カニのモンスターについて……」
「ヒューヒュー!」
ネッテがやかましいがイリックは話を続ける。全員の視線が集まる中、そっと語り始める。
「この辺りですとグフータ野ですか。カニの姿をしたモンスターがいると思います」
イリックは前置きから入る。
カニのモンスター。それはトリストン大陸のあちこちに生息するポピュラーな種類だ。
カニと呼ばれているが、姿形はカニとは多少異なる。
一般的なカニは平たく、それでいて小さい。ほとんどが横歩きで移動する。
一方、モンスターのそれは少々異なる。青い甲殻は丸くでっぱっており、複眼も頂上に備わっている。大きさは多少差異があるが、大人の腰付近まで届く。前後移動も可能だ。
どちらかと言えばヤドカリに似ている。それでもこの大陸の人間はそれらをカニと呼んでおり、イリックもそれは同様だ。
「そいつらが苦手とする属性は何だと思いますか? 火や風、雷といった六種類の攻撃魔法のどれを撃つべきか、というお話です」
火属性のフレイム。
氷属性のアイスクル。
風属性のストーム。
土属性のグラニート。
雷属性のスパーク。
水属性のスプラッシュ。
カニと呼ばわれるモンスターを相手にする際、最適な攻撃魔法はこの内のどれか、という問題だ。
この場で答えを知っているのはイリック以外に二人、アジールとロニアだ。
冒険者はモンスターの生態について把握しなければならない。戦う相手なのだから、当然の作法だ。
カニはあちこちに生息するため、比較的遭遇し易い。戦う機会もそれに比例して多く、その特徴は冒険者なら知ってて当然だ。
(火だろうか)
「火かしら?」
ユーグとアサリは同じ属性を思い浮かべる。
人間はカニを食する。モンスターのカニも、そうでないカニも等しく口にする。その際は火を通す。青い甲殻はやがて真っ赤に染まり、その姿は見ているだけで食欲を膨張させる。
ゆえに一般人はこの問いかけに火を選ぶことが多い。そう連想してしまうのだから当然だ。
「グラニート!」
ネッテだけは違うらしい。右手を元気よく挙げてそう言い放つ。
「実は氷と雷なんです」
イリックはネッテの方を一切見ず、アジールの両親を交互に見ながら正解を述べる。
「ほう……」
「そうなんですね~」
「知らなかった!」
ユーグとアサリ以上にネッテが驚く。
カニのモンスターはアイスクルとスパークを苦手とする。もちろん他の攻撃魔法も有効だ。水のスプラッシュにだけはある程度の抵抗を持っており、できればそれ以外の属性で攻撃すべきだ。
ロニアのように水の魔法を専門とするのなら仕方ないが、水とそれ以外の攻撃魔法を扱えるのなら、氷か雷の攻撃魔法を使用したい相手と言える。
土のグラニートでも構わないのだが、あえてそれを撃つ冒険者はいない。それしか使えないのならその選択も有りだが、そうでないならやはり他の魔法を選択すべきだ。
「もちろん、火の攻撃魔法でも構いません。ただ、氷か雷の攻撃魔法が最も有効なんです。相手がカニの場合」
冒険者にとってこれは常識のようなものであり、ネッテが不正解だったことにはいささか首を傾げたくなるが、イリックはぐっと堪えて話を進める。ネッテは攻撃魔法を使えないため、知らなくても損はしないのかもしれない。そう自分に言い聞かせる。
「我々が抱くイメージとは少し異なるのだな」
「不思議ね~」
「グラニートじゃだめ~?」
なぜかいちいちネッテも食いつく。
イリックは渋々首を向ける。
「ダメじゃないけど、あえてグラニートを選ぶ冒険者なんて聞いたことないぞ」
「さすがのカニさんでも、固い土でガツンってされたらきっと痛がると思うよ? ヒビが入っちゃうかもしれない!」
お、おう。そうとしか言えない。
一方、ハキハキと自分の考えを述べるネッテがかわいくて仕方ないのか、アジールとその母親は微笑ましく十五歳児を見つめる。
カニにグラニートという選択は別に構わない。
しかし、そんな戦術は聞いたことがない。少なくともイリックは耳にしたことがない。それだけのお話。




