案外重たい話
気づけば我が家のように落ち着けてしまう宿屋の四人部屋。
ここはサウノ商業国。窓から外を眺めれば、街灯で照らされた夜の大通りを大勢の人間が闊歩している。
時刻は夜の九時。
ネッテとアジールはいつものように二人で入浴中。
四つのベッドが並ぶ部屋には、イリックとロニアの二人だけ。
それぞれ、自分達のやり方で一日を締めくくろうとしている。
イリックは満腹な腹を摩りながら、窓辺の椅子に腰かけ夜の町並みを眺める。
ロニアは風呂上りの体をぽかぽかさせながら、ベッドに寝転がりネッテ用の本を読み進める。
比較的静かな部屋の静寂を破ったのはロニアだった。
「ネッテちゃんとの間に子供作るつもりなら、タイミング考えなさいよ」
ロニアの発言にイリックは気を失いかける。そんなことを考えたこともないからだ。
「そんな予定はありません」
「なんでよ。ネッテちゃんが望んでるのだから、叶えてあげたら?」
「嫌です」
イリックは折れない。ネッテにそんな感情を抱いたことなどなく、強要されようとおよそ不可能だ。
「東の大陸では普通らしいわよ? 別にいいじゃない」
そう、ロニアの言う通り、兄妹での結婚や子作りは問題ない。
もちろん弊害はあり、それゆえにこの大陸では避けるべきだと考えられてはいるが、だからと言って禁止されていたりはしない。
弊害。近親者同士の子供には、とある欠点が発症し易い。
魔法の詠唱を司る魔法臓器と、戦技の使用に関係する戦技臓器の発達不全だ。
冒険者や軍人にならないのなら問題ない。これら臓器は日常生活にこれっぽっちも影響しないのだから。使えればそれはそれで便利かもしれないが、使いこなすにしても鍛錬が必要であり、そんなことは一般人には到底耐えられない。
「俺はトリストン大陸の人間なので、そういった考え方はできないんです」
「それは私も同じだけど」
この大陸の人間は近親婚を良しとしない。イリックとロニアもそれは同じだが、この兄妹に関しては構わないだろうとロニアは勝手に決め付ける。
「あぁ、将来は東の大陸に移り住んだら?」
「そういう問題じゃありません。無理なものは無理なんです」
ロニアの提案をイリックはばっさりと切り捨てる。
イリックにとってネッテは大事な妹だ。守るべき存在であり、いつかは良い男を見つけて嫁いでもらいたいとさえ思っている。
十五年一緒にいるが、劣情を抱いたことなどなく、そもそもチビでぺちゃぱいな時点で眼中にない。
今更妹を女として見ることなどできない。
「本当に頑固ね。ネッテちゃんに既成事実作られでもしたらどうするのよ」
「え、何それこわい」
確かにこわい。本気のネッテはイリック以上の身体能力を発揮する。およそ抗える存在ではなく、ごり押しで来られた場合、なし崩し的に色んなことを強要されてしまうかもしれない。
「子供ができたら冒険者なんて続けられないでしょうから、しっかりと考えなさい」
「完全にネッテ次第な気がしてきたんですけど……」
世界を冒険するよりも先にネッテの旦那を見つけなければならない。イリックはそう決断する。
(そういえば、ネッテが戦技をなかなか覚えないのって……。いや、その内二つも習得するんだから関係ないか)
そんなことを勘ぐるよりも、今は自分の身の安全とネッテの旦那について考えなければならない。イリックは無い知恵を振り絞りながら窓の外を眺める。
日が沈もうと、サウノ商業国の大通りは人で賑わっている。
往来する人々は足早にどこかに向かっている。帰るべきところを目指しているのだろう。
「お兄ちゃんお風呂どうぞー!」
ネッテとアジールが風呂からあがる。
バスタオルを巻いているだけのネッテを見ても、はやり何とも思わない。本人曰く、変えの下着と寝間着を浴室に運び忘れたらしい。
隣のアジールはきっちりと薄い布地の服に着替えている。後は寝るだけなのだから、これが正しい格好だ。
胸のボタンがきちんととまりきっておらず、谷間がギリギリ見えない絶妙なチラリズムの一歩手前を演出している。
非常に眼福だ。イリックは目が離せない。
「兄上!」
「ぎゃー!」
両目が潰された。
何も見えないが、イリックはよろよろと入れ替わるように浴室に向かう。
さぁ、次はイリックの番だ。




